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混沌王は異界の力を求める 13

布津さん

第13話 ホテル・アグスタ 中編

2013-02-01 23:29:54 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:8091   閲覧ユーザー数:7823

なのはは、自分が数秒という短い時間だったが意識を失っていたのに気が付いた。素早く周囲を確認すれば、周囲は壁が白く発光する縦の通路のような道で、自分はそれなりの距離を自由落下している最中だった。

 

「レイジングハートッ!」

 

【All right Standby ready】

 

あとどのくらいでこの通路が終わるのかは知らないが、わざわざ落ち続けてやる必要もない。

 

なのはの纏っていた桜色のパーティドレスが、(ほど)けるように消えていく、外気に素肌をさらすのは一瞬、次の瞬間には桜色のドレスは、白のバリアジャケットへ転じ、サイドテールの髪はツインテールへと変じた。

 

「……え?」

 

バリアジャケットへと転じたなのはの第一声は、疑問の声だった。

 

「なのはっ!」

 

右からなのはの名を呼ぶ声がした。見れば、バリアジャケットを纏ったフェイトの姿があり、なのはと同じように、()()()()()()()()

 

「フェイトちゃん!」

 

「なのは、飛翔魔術が発動しない!」

 

飛翔魔法は基本的にほとんどの魔導師が使える、ごく一般的な魔法で、バリアジャケットに代表される防護服や、レイジングハート、バルディッシュ等のデバイスには、セイフティで全自動で飛翔魔法が発動されるように仕込まれている。

しかし、デバイスを起動しても、なのは、フェイト、はやての誰も自由落下が止まる様子はなく、周囲の景色は高速で流れていく。

 

「なのはちゃん! フェイトちゃん! 下ッ!」

 

はやての鋭い声に、なのはは下を見た。下には既に通路の出口が見えていた。

 

「出口……?」

 

呟きに応じるかのように、出口、もしくは入り口は一瞬で三人を吐き出す、あるいは飲み込んだ。

 

「うわっ……」

 

白の通路を抜けた瞬間に、今まで発動の兆しすらなかった飛翔魔法が力を取り戻し、慣性の法則に従い三人が三人とも思わず前につんのめった。

 

「いったい……?」

 

身を起こしたフェイトの声に、同じく身を起こしたなのはは周囲を見渡した。眼下には赤い大地がその硬く乾いた土を存分に曝しており、上を見れば既に通路は口を閉じていて、ただ赤黒い空があるだけだった。

 

「ん……」

 

視界の隅で、はやてが恐る恐るといった様子で、赤土に降りていくのが見え、なのはとフェイトもそれに習う。

 

「ここは、どこなん?」

 

はやてが誰も答えてはくれないであろう問いを口にした。答える者は居ない、呟いたはやても、なのはもフェイトもそう思った、だが

 

「ここは、アリスの世界」

 

小さい、けれども威圧感のある声が三人の背後から聞こえた。はっ! と背後を振り向けばそこには、周囲の乾いた風景から余りにも浮いている、アリスの姿があった。

 

「アリス……ちゃん?」

 

名を呼んでは見るものの、本当に目の前の存在が、先ほどまではやてと手を繋いでいたアリスと同一なのか、なのは確信が持てなかった。

 

櫛のよく通りそうな金の髪、紙のように白い肌、透き通った金の瞳。姿は先ほどまでと全く変わらない、ただ雰囲気だけが違う。

 

「そうだよ、お姉ちゃん。アリスだよ」

 

無邪気そうにアリスは笑う、だがそんなあどけない仕草さえ、かわいらしいとは思えず、恐怖しか感じられなかった。

 

「アリスちゃん。アリスちゃんの世界、ってどういうことなん……?」

 

はやてがアリスに語りかけた、その問いにアリスはゆらゆらと身体を揺らしながら答える。

 

「アリスの世界はアリスの世界だよ? わたしの世界、魔人の世界、わたしだけの世界」

 

魔人、その単語に三人の身が固まった。思い出されるのは数週前、人修羅と始めて名乗りを交わしたとき、あのとき彼は自分のことをなんと名乗った?

 

「アリスちゃん。アリスちゃんってまさか、悪魔……?」

 

なのはが尋ねた。レイジングハートを握る手に力が篭る。

 

「そうだよ、魔人アリス、コンゴトモヨロシクね」

 

身を折って微笑むアリスに、対照的に三人の顔には警戒の色が走る。

 

「ねえ、お姉ちゃんたち」

 

そんな三人にアリスは微笑んだまま言った。

 

「お姉ちゃんたちはアリスとお友達になってくれるんだよね?」

 

問いではなく、確認、アリスは三人の反応など気にもせず言葉を続ける。

 

「あのねー、わたしのお友達はみんな死んでるのー。だからお姉ちゃん達たちも」

 

 

 

                         死んでくれる?

 

 

 

 

「ってなわけで、人修羅は中に行っちゃったからこれ以上の援護は無理だよ」

 

ホテル・アグスタ正面でヘカトンケイルの強大な双手からの猛攻を回避する新人フォワード陣にピクシーは告げた。周囲にはメルキセデクやオーディン、スルトの姿は無い。

 

「逃げるなぁ!」

 

少々離れた箇所から、風きりの音とそんな叫び声が聞こえた。

 

人修羅が『ゼロス・ビート』を放ち唯一生き残ったヘカトンケイルの『召し寄せ』により

ヘカトンケイルと同クラスの悪魔が五体、――――ネルガル、アルシエル、スカディ、カトプレパス、フレスベルグ――――他にも低級の悪魔が十数匹ほどが各所に再び現れ、メルキセデク等仲魔たちは大物の対処へ、シグナムと今まで雑魚の処理をしていたザフィーラは下級たちの処理に向かい、ヘカトンケイルの迎撃は新人達に任されることになった。

 

「人修羅の攻撃で弱ってるとは思うし、大丈夫だとは思うけど、あれでも高位の悪魔だからね、頭は良いから油断しちゃ駄目だよ? それとヘカトンケイルはもっと腕を出してくるはずだから気をつけてね」

 

「何でもいいわ、迎撃行くわよ!」

 

「応ッ!」

 

「大丈夫そうだね……それじゃ!」

 

それだけ言うとピクシーは再び屋上のほうへ戻っていった、その小さな後姿に目も向けずティアナは双の拳を構える巨人に左手のクロスミラージュを向ける。

 

(今までと同じだ、打って倒して証明すれば良い、自分の能力と勇気を証明して、私はそれで何時だってやって来た!)

 

ヘカトンケイルが動く、地を震脚で揺るがし首の南京錠を鳴らしながらその巨体をワンステップでの新人フォワードたちの寸前にまで移動、そのまま真下にその丸太のような右腕を振り下ろす、ヘカトンケイルのその動きは力強いものの鈍重だった。無論、常日頃からなのはや人修羅の仲魔たちに扱かれている新人達には容易く避けることが出来る。すかさずティアナが魔力弾を打ち込むもののヘカトンケイルは空いた左腕で全ての魔力弾を叩き落す。まるでダメージを与えられないその結果にティアナは思わず舌打ちした。

 

(正面防衛ラインもう少し持ちこたえててね、後数分でメルキセデクさんかトールさんが戻ってくるから)

 

新人達にシャマルから念話が届く、スバルやエリオからは良い返事が返るもののティアナだけは反発した。

 

「守ってばっかじゃ行き詰まります! ちゃんと倒して見せます!」

 

(ランスター大丈夫か? 無茶はするな)

 

「大丈夫です! 毎日朝晩練習して来てんですから!」

 

オーディンからの言葉にもティアナは受け答えをするだけでまともに応じない。

 

「エリオ! センターに下がって、私とスバルのツートップで行くから」

 

「は、はい!」

 

「スバル! クロスシュートA行くわよ!」

 

「応ッ!」

 

返事と共にスバルがウィングロードを展開、ヘカトンケイルの頭上を通過する。目線の高いヘカトンケイルはスバルの背を目で追った。それは自然とティアナから背を向ける形となり、ヘカトンケイルはティアナを視界の外へ完全に追い出した。

 

(証明するんだ!)

 

双の手のクロスミラージュのカートリッジ排出の音と共に、ティアナの足元に橙の魔方陣が出現する。

 

(特別な才能や、すごい魔力が無くたって一流の隊長達や、悪魔との戦いだって!)

 

ティアナの周辺に十数個の魔力弾が出現する。

 

「あたしは、ランスターの弾丸は、ちゃんと敵を撃ち抜けるんだって!」

 

スバルがヘカトンケイルの頭上で旋回を繰り返し気を引く。ヘカトンケイルは時折拳を振るい、スバルを叩き落そうとはするものの、日々メルキセデクの拳を受け続けているスバルにとってその鈍重な拳は空中であろうと簡単に回避できた、ティアナがクロスミラージュのチャージを開始、足元の魔方陣の光が増していく。

 

(ティアナ! 四発ロードなんて無茶です! それじゃティアナもクロスミラージュも!)

 

「打てます!」

 

クロスミラージュのチャージが完了、引き金を引くだけとなった、左右のクロスミラージュをティアナはヘカトンケイルの背に向ける。

 

そのとき、ヘカトンケイルの背を狙うティアナの目に決して写らない筈のものが見えた。ヘカトンカイルはスバルを追っておりティアナに背を向けている。それは態々確認するまでもない、ならば何故ティアナの目にヘカトンケイルの「眼」と「口」が見えているのか。ヘカトンケイルの顔は、いつの間にか醜悪と呼べるものに変質しており、頭部に大小の目玉が、両頬の部分が裂け二つの新たな口が現れていた。

 

(ティアストップ! こいつ、ティアに気付いてる!!)

 

スバルから悲鳴にも似た警告が飛ぶ、しかしクロスミラージュのチャージは既に最大まで完了しており、もうティアナ自身にもクロスミラージュにも止める事は出来なかった。

 

「ガアッ!」

 

ヘカトンケイルが咆えた。彼は何を思ったか双の豪腕で地面を幾度も殴りつけ始めた。

 

「……?」

 

巨人の奇行にティアナは眉に皺を寄せるが、巨人は止めようとしない。

 

「ガアアアアァァ!!」

 

次第に周囲には、巨人が殴りつけた大地から発せられる砂煙に包まれていった。

 

「ッ! 砂塵の煙幕!」

 

戦闘中に煙幕を張る目的といえば、古今東西、奇襲か逃走しかない。奇襲の線はありえない、ならばとティアナは霞むヘカトンケイルの背を見た。身を縮め、飛び上がろうとする直前。逃走する気だ。

 

「クロスファイヤ―――――」

 

逃がさない。ティアナは打った。

 

「シュートッ!!」

 

ティアナの周囲の魔力弾がヘカトンケイルに飛ぶ、ティアナはそこで止めず、気合の声と共にクロスミラージュの引き金を引き続ける。ヘカトンケイルの背にだけではない、彼が飛び上がるであろう、跳躍コースにも何発も打ち込む。

 

魔力弾の着弾直前にヘカトンケイルがティアナに向き直った。否、向き直ってはいない、見ている、二十の眼全てが。着弾直前になっても、ヘカトンケイルは飛び上がろうとしない、初めからそんな気などないのだ。たかだか人間数人から逃走しようなどとは露ほども考えていない。身を縮めたのは逃走する気だと騙すため、そして理由はもう一つあった。巨大な体躯が変化を見せる、ヘカトンケイルの背が一瞬で膨らみ、八本の突起物が姿を現す、それは今まで腕が二本だったヘカトンケイルの腕が十本に増したということだった。

 

ヘカトンケイルがティアナの魔力弾を受ける、今までよりも弾の数は多い、だがそれ以上に腕の数が多い。

 

「ハッ……」

 

弾丸を叩き落しながらヘカトンケイルは思わず笑ってしまった。軽く二十を越える眼の内の一つが上を見た、ティアナが先を予測し、ヘカトンケイルの跳躍コースに打った弾丸全てが、離脱しようとしているスバルに向かっているのを。

 

「はッ!?」

 

魔力弾の風を切る音にスバルは気付く、しかしスバルのウィングロードは既に先を展開済みであり、スバルは回避行動が取れない、ティアナの魔力弾は初めから狙われていたかのように、スバルに飛ぶ。

 

「『スクカジャ』!!」

 

そのとき、叫ぶように唱えられた声と共に一陣の白風が、驚愕に目を開くスバルを横から()(さら)い、安全な位置まで移動すると停止し、スバルを肩から降ろした。

 

「メ、メルキセデクさん」

 

白風、メルキセデクは驚くスバルの声に答えない、その代わりメルキセデクはティアナに怒号を飛ばした。

 

「ティアナ! 何してるんですか!?」

 

ティアナは呆然と恐怖が混ざった顔でスバルとメルキセデクを見上げていた。

 

「スバルが弾を受けるポイントに居たというのに何故撃ったんですか!? フレンドリーファイア? 貴女は火線先も把握して無かったんですか!! 実力も足りてないのに無茶をして、何故こんな単純なことも考えられなかった!?」

 

「メルキセデクさん違うんです今のは……」

 

「何も違わない!! 私が間に合わなかったらどうなると思ってたんですか!!」

 

スバルの声もメルキセデクは受けない、そのときヘカトンケイルが動きを見せた、しかしそれは攻撃の動きではなく、帰還の動きだった。巨人は地面にあけた黒い大穴に身を沈めていた。

 

「ッチ!」

 

それに気付いたメルキセデクが空を蹴りヘカトンケイルに迫る、だがヘカトンケイルは既に半分以上を黒穴に沈めており、間に合わない。

 

去り際にヘカトンケイルが全ての眼でティアナを捉え、その三つの口全てで言った、ただ一言それだけを。

 

 

 

「 バ――――カ 」

 

 

 

メルキセデクの拳はヘカトンケイルに届かず代わりに大地を穿った、ヘカトンケイルに逃亡を許したのだ。

 

 

「そうか、ヘカトンケイルにも逃げられたか」

 

「他五体にも全員逃げられましたしねぇ、一体くらいは捕縛したかったですが」

 

ホテル・アグスタ周囲の悪魔を一通り片付け、人修羅の仲魔達は状況の確認を行うため正面玄関へ一度集合をしていた。

 

「しかし解せぬな、この世界の人間の話では、今までに発見された悪魔は全て下級、せいぜいが中級といったところなのだろう? なぜ今日に限って大物が何体も現れたのだ?」

 

「アルシエルにネルガル、スカディ、カトプレパスにフレスベルグだっけ? 魔王、死神、地母神、妖獣、凶鳥、LAW-CHAOSの区別も無いみたいだし」

 

「しかし、目的が分かりませんね、あのガジェットとかいうガラクタは誤認で納得できますが、悪魔が誤認、しかも上クラスが、とはあまり考えられませんね」

 

スルトとセト、メルキセデクが自身の考えを述べた。

 

「そういえば、唯一内部の警護にまわっただいそうじょうは如何した?」

 

「ああ、どうやら先ほどから魔人の空間に篭っているらしい、中々の敵が釣れたのだろう」

 

トールの疑問にオーディンが答えた。

 

「魔人の空間に? だいそうじょうとも成れば敵の十や二十なら、瞬きする間に呪殺するだろうに」

 

「何か在ったのかもしれませんね、いや何か在るんでしょう。彼だけここに来る前に我が主に何か言われてましたし」

 

言ってメルキセデクは身体を軽くゆすった。

 

「だいそうじょうが魔人の空間に入ったのなら私たちにするべきことはないでしょう? 主も内部に出現したとか言う魔人の空間内にいるらしいですし、今は他に敵が現れないか見張ることにしましょう……信用を取り戻さねばなりません…」

 

メルキセデクの最後の言葉に、他の四体の仲魔は何も言わず、ただ元の持ち場へ戻っていった。

 

 

ルーテシアの召喚虫であるガリューは荒野にいた、それも唯の荒野ではなく大地は赤く、ひび割れその鋭い断面をさらけ出している。空は音の無い紅雷が常に走り、灰色の分厚い雲が全面に広がっている。明らかに異常な荒野だった、ガリューは先ほどから何度もルーテシアと通信を取ろうとしているのだが一切応答が無い、まるで召喚契約そのものが切れてしまったかのようだった。そのとき突然、

 

「我等の守護する珠を奪わんとする賊とは汝のことか」

 

ガリューの背後から老人の声がかかった、ガリューは素早く背後を確認する、そこには黄菊色の僧衣を着た骸が宙に座っていた。

 

「人修羅殿の令は絶対の法、しかるに汝はそれに逆らおうとしている」

 

いきなり目の前の骸の姿が消え再び背後から声がした、再びガリューは素早く視線を移す、やはりそこには僧衣姿の骸がいた。

 

「さてもさても蟲の子よ、ここから抜けることが出来るのは一人のみ、ゆえに我は汝に安らぎを与えよう……南無」

 

ガリューはこの骸、だいそうじょうの言うことが殆ど理解できていなかった、しかしガリューはこの骸が自身の敵であり、自身を葬る気なのだということは気配で分かった、それならば話は早い。ガリューは自身の右手を覆う甲殻を骨格ごと武器の様に変質させ物凄い速度でだいそうじょうの顔面へ突き込んだ。

 

「フッ…」

 

しかし、だいそうじょうは目で追うことすら難しいガリューの攻撃を、容易く首だけの動きで回避、そのままガリューの首に素早く右手を伸ばす。

 

「―――――」

 

だがガリューは一切の焦りを見せない、何の問題もなく反応できる速度だったからだ。伸びてくるだいそうじょうの右手を左膝で突き上げ、そのまま引き戻した右甲殻で左膝と磨り合わせ、だいそうじょうの骨だけの右腕を挟み込み、磨り砕いた。

 

「―――――――!」

 

ガリューはそのまま上げられた左脚をだいそうじょうに突き込むが、既にだいそうじょうは、右腕を肩から()()()()外し、数メートル後方に退避していた。右腕を無くしたというのに骨だけの顔からは一切焦りが感じられない。

 

「あなや、即座に時々の対応が可能、感覚も鋭い、戦人として悪くない」

 

だいそうじょうが話しながら左手を無くなった右肩に当て唱えた。

 

『ディアラハン』

 

瞬間だいそうじょうの右腕が音を立てながら再生し、瞬きをする間に元に戻ってしまった。

 

「―――――」

 

その様子にガリューは別段驚いた様もなく左脚で強く地を蹴り再び右装甲をだいそうじょうに突き込んだ.

 

そのとき、だいそうじょうが再び何か唱えた。

 

『タルカジャ』

 

だが、ガリューは気にしない。周囲に何も起きない所を見ると恐らく身体強化の類だろうが、並みの強化では先ほどと同じ結果になると、自分の身体能力に絶対の自信を持っているからだ、しかし

 

だいそうじょうは今度は(かわ)そうとはせず、再生したばかりの右手で突き込まれて来たガリューの右装甲をいとも簡単に掴み取ってしまった。

 

「―――――!」

 

予想と違う結果に戸惑い、ガリューは一気に右手を引こうとするが、骨だけとは思えない万力のような力でつかまれ引き抜くことが出来ない、その一瞬でだいそうじょうは空いている左手をガリューの額に付け、唱えた。

 

『ニューロクランチ』

 

ガリューはいきなり大槌で殴られたかのような衝撃を前方から受け、体が後方に反る、しかしだいそうじょうが未だに右手を話しておらず、吹っ飛ぶことは無かった。

 

「渇ッ!」

 

だいそうじょうが今までガリューの右装甲を掴んだままだった右手を離し、今度は反ったままのガリューの体に両手を当て、再び唱えた。

 

『テンタラフー』

 

今度はガリューの体が後方へ飛んだ、ガリューは数度大地に弾かれ、数メートルたってやっと止まる、ガリューは直ぐに立ち上がろうと脚に力を入れようとするが。

 

「―――!?」

 

脚に力を入れることが出来るどころか、全く関係の無い右手にばかり力が入る、かと思えばいきなり脚に力を入れることが出来るようになる。ガリューは自由の効かぬ体を、何度も立ち上げようとしては転ぶということを何度も繰り返した。

 

「面白いじゃろう、視界は揺れ歪み、五感も満足に動かず、幾ら立ち上がろうとも肉体ががそれを許さない、感覚の鋭いことが(わざわい)したの」

 

何時の間に近寄ったのか、だいそうじょうが空に座ったままガリューを見下ろしていた、ガリューが無機的ながらも敵意の篭った視線を歯を鳴らして笑うだいそうじょうに叩きつける。

 

「なに、汝が弱かった訳ではない、オニやヌエ辺りとなら中々良い勝負をしただろう、されど「魔人」に挑むには力不足」

 

さて、とだいそうじょうが未だに立ち上がれぬガリューに、何も無い眼をはっきり視線を向ける。

 

「安心なされ蟲人の者よ、殺しはせぬ、何時であればこの場で殺すのだがな、さりとて人修羅殿は汝に死なれては困る様、瀕死でつれて来いとのことなのでな」

 

空洞のはずのだいそうじょうの両目が凶悪な光を放つ。

 

「大人しくしていてもらおうか」

 

『ペトラアイ』

 

ガリューの意識はハッキリしないままそこで途切れた。

 

 

機動六課の通信室は混乱に満ちていた。ホテル・アグスタ内の警備にまわっていた、なのは、フェイト、はやての隊長三人がシャマルとの短い通信の後、いきなりホテル・アグスタから姿を消したからだ。

 

「まだ、見つかんねーのか!」

 

前線メンバーの内唯一居残りとなっていたヴィータが通信室に声を響かせた。

 

「駄目です! 三人とも魔力反応どころか、その残滓すらも確認できません!」

 

(こっちもダメ! 通信にも応じないし、いつの間にか人修羅さんも居なくなってるの!)

 

ルチアとシャマルが苛つくヴィータに声を送る。隊長達が居なくなったことは、戦闘中の隊員達を動揺させないために知らせていない、現場で知っているのはシャマルだけだった。

 

「くそっ! 兎に角早く見つけろ! 隊長三人が行方不明とか洒落になんねーぞ!」

 

 

『死んでくれる?』

 

危険はまるで鉄砲水のようにフェイトの全身に叩きつけられた。頭上の空間が歪み、トランプの兵とでも呼ぶできものが、長槍や三叉槍、雑多な武器を構え降り注いできた。

 

「バルディッシュッ!」

 

ほぼ脊髄反射でフェイトはトランプ兵に対してシールドを張る、だが

 

「そんなんじゃ止まんないよ」

 

トランプ兵の槍はシールドに阻まれ、速度こそおとすものの、落下自体は止まろうとしない。

 

「こ、のお……!」

 

フェイトはムキになってシールドに力を込める、しかし、トランプの兵達はそれをあざ笑うかのように、じわじわと防壁を沈んでいった。

 

「フェイトちゃん!」

 

瞬間、右方から桃色の光砲がフェイトの眼前を通過し、トランプの兵達を残らず消し飛ばした。

 

「なのはっ!」

 

「脚は止まっちゃだめだよ」

 

はっ、とフェイトはなのはに向けていた視線を前に戻す。するとそこには小さな手のひら、青黒く光るアリスの左手が眼前にあった。

 

「死んで?」

 

『ムドオン』

 

「ッ!」

 

青黒い火がアリスの手から放たれた、フェイトは咄嗟に身を反らし、仰け反る。僅かに前髪が喰われたものの、呪殺の塊は遥か後方へと飛んでいった。

 

「すごいすごい! 避けられるんだ!」

 

仰け反った姿勢のままフェイトは、地に手を着き、連続で後転跳びをし、急ぎアリスから距離をとり、宙に逃れる。しかしアリスは手を叩いて喜ぶばかりで、追撃を加えようとはしない。ちらりと、先ほど喰われた前髪に眼をやると、真っ白く色を失っていた。

 

「二人とも下がり!」

 

遥か後方から、はやての鋭い声が響く。理由は聞くまでもない、なのはとフェイトは未だに笑っているアリスから全力で距離を取った。

 

「遠き地にて、闇に沈め……デアボリック・エミッションッ!」

 

瞬間、アリスを中心とした直径、約二十メートルの大地に闇が生じた。詠唱呪文破棄にて、発動時間と範囲の削られた殲滅魔法をアリス避けようともしない、それどころか両手を広げて受ける余裕を見せた。

 

闇は周辺大地を抉り、アリスの小さな体躯を飲み込んだ。

 

「これで……どうや?」

 

大きく息をつき、はやては言った。既にアリスとの戦闘は二十分近く経過している。いくら一騎当千のオーバーSランクの隊長達といえど、能力限定をかけられた身の上、

休む間のない戦闘、今居る場所が何処なのかすら分からないストレス、外部との連絡が一切取れない不安。様々な要因が重なり、三人の顔にも流石に疲弊の色が現れていた。

 

「あはっ」

 

そして一番の疲労の原因は相手が魔人アリスであること。この戦いの相手が他の魔人、マザーハーロットや四騎士達ならまだよかっただろう。骸の顔をさらし、異型の獣や凶悪な武器を手に襲ってくる他の魔人の方が、彼女等はまだ戦えただろう。

しかし相手は魔人アリス。何の武器もなく、羽根も、複眼も、尾も、体毛や牙や爪や角も無い、何処からどう見ても年端もいかぬ人間の少女なのだ。シグナムやシャッハなら違ったかもしれないが、なのはもフェイトも、勿論はやても少女相手に本気で相対できるほどの、精神的な強さは無い。

 

「すごいねー、まだ遊んでくれるんだ」

 

デアボリック・エミッションの作った砂煙を切ってアリスは現れた。その身体には一切の傷が無く、青のワンピースにも一切の(ほつ)れも無い。

 

「んー、でもそろそろあきてきちゃった……はやく帰んないとおじさんたちも心配しちゃうし……どうしよっかな」

 

迷いを全身で表現するアリス。ふらゆらと揺れるその姿に、不意にぱっと明るい物が入った。

 

「そうだっ! こうしよう!」

 

言った瞬間、アリスの姿が消えた。

 

「えっ?」

 

フェイトは慌てて周囲に眼を走らせる。だが眼を走らせるよりも先にフェイトに異変が起きた。

 

「きゃっ!」

 

真上から降ってきた何かに、無理やり身を落とされた。反射的に出た短い悲鳴、そしてその直後に背に大地が直撃する衝撃。

 

「っぐ……!」

 

「えへへ、捕まえたっ」

 

「フェイトちゃん!」

 

衝撃でクラクラとする意識の中でフェイトは自身の上に圧し掛かっているアリスが見えた。

 

「しばらく動かないでね」

 

アリスが年相応の太陽のような笑みを浮かべ言うと、不意に妙な動きをした。その小さな唇をフェイトの唇に押し当てたのだ。

 

『悪魔のキス』

 

接吻されたと思った次の瞬間フェイトは、文字通り身動き一つ取れなくなった、爪先から頭の先まで、呼吸や瞬きすらもゆるされぬ、そんな状態のフェイトにアリスが更なる動きを見せた。

 

眼球も動かせぬ中、フェイトはアリスの頭越しになのはとはやてが翔けて来るのが見えた、だが間に合わない。

 

アリスがフェイトの首筋に喰らいついた。

 

『エナジードレイン』

 

自分の何かが大量に抜け出していく感覚に、視界が歪み暗くなり始めた。フェイトが朦朧とする意識のなかで最後に見た物は、アリスの背後の空間から刃が突き出してくるその瞬間だった。

 

 

時は少々(さかのぼ)りホテル・アグスタ内部。『ゼロス・ビート』の所為で、滅多に着ることのない六課の制服を塵へと返した人修羅は、上半身むき出しで周囲からの興味、奇異の視線を受けながらも、それらを空気の如く無視し、ホテル・アグスタ内を闊歩していた。

 

「魔人はどーこかなー、っと」

 

人修羅が魔人の気配を察知してから数分が経過していた。その間人修羅はホテル内部に現れた魔人が空間を作り出したポイントを探していた。魔人の空間は内側からは基本的に脱出できないが、外部からなら場所さえ判れば、案外簡単に入り込めるからだ。内部に飲まれたであろう隊長たちも、たとえ相手がマザーハーロットクラスでも数分程度なら持つだろうと考えていた、その程度には彼女等を信用している。だが

 

「あかん、見つかんねぇ」

 

十分を経過したあたりで、ようやく人修羅は焦り始めた、遅すぎである。そして方々を駆け回り、ようやく魔人の空間を見つけたときの彼の第一声が

 

「やっべ、開かねぇ」

 

その空間に何故か入り込めなかった。この時点で更に十分のロスタイム。普段なら開かないと判れば『螺旋の蛇』や『鬼神楽』等の大技で無理やりぶち壊して入るところだが、生憎中には二十分近く魔人と戦っているなのは、フェイト、はやてが居る。戦闘の最中に自身の真横が爆発するなど、人修羅とて考えたくもない。

 

「しゃーない、地道にいっか」

 

言って人修羅は双の手に魔力刃を出現させた。ぶち壊して入ることには変わりない、破砕、粉砕ではなく削剥ではあるが。

 

「ジャッ!」

 

『千烈突き』

 

両手の刃が連続して空間に突きこまれ、そのたびにガラスの砕けるような音と、赤の飛沫が宙を舞う。

 

「シャアアアアアアア!」

 

咆え声と共に人修羅は突きの速度を上げた。契約関係とはいえ、一応彼女等は自分の身内になる。人修羅は自分の身内のトラブルは最優先で片付ける男だ。

再度確認のために言っておくが、まだオークションの開始には時間があり、周囲にはまだ人の眼がある。そんな中で半裸で全身入墨の男が奇声と奇音と共に何も無いところで飛沫を撒き散らしていたらどうなるか。

 

「君ッ! 何をしている!」

 

こうなることは分かりきったことだ。

 

「邪魔すんなぁぁぁ!」

 

しかし、悲しいかな。そもそも人修羅は、交渉時以外には頼み事以外の話は聞くような人でも悪魔でもない。ただの警備員では人修羅を止めることなど出来るはずも無く、人修羅の行動は彼がその作業を終えるまで止まらなかった。

 

「おっ」

 

右の刃が空間に突き刺さったその手応えに人修羅は刃を振るう手を止めた。そこの頃には周囲には誰も居なくなっていた。

 

「………」

 

右の刃が作った刺傷に人修羅は左の刃も突き込み

 

「オープンセサミ、ってな」

 

一息で左右に引き裂いた。

 

「さて、戦に間に合ってるかね」

 

口の端に期待の笑みを浮かべ、人修羅は空間の割れ目に入った。

 

 

「人修羅さんっ!」

 

赤の世界に入った人修羅を始めに迎えたのは、涙声の混じった人修羅を呼ぶ声だった。だが人修羅は出迎えの声に反応するよりも速く、目の前に丁度いた、フェイトに覆いかぶさっている小さな人影に右の刃を振るった。

 

「あっ!」

 

人影は瞬間的な跳躍で人修羅の刃をいとも簡単に回避、ふわりと宙に舞う。

 

「フェイトちゃん!!」

 

なのはが気を失ったフェイトに呼びかけるが、目蓋を閉じたフェイトは身動き一つしない。

 

「人修羅さん! フェイトちゃんが!!」

 

同様したなのはが人修羅に助けの声を送る。人修羅はなのは達にちらと視線を送ると言った。

 

「『エナジードレイン』かな……。魔力も体力も全部が空っ欠になってんだ、安心しろ死にゃしない。治すからちょっと待ってろ」

 

そう言って人修羅は丁度ふわりと地上に降りたアリスに向き直り、なのはたちの壁になるように両者の直線上に立つ。

 

「アリスか……、身内じゃないとは思ってたが、まさかアリスとはね……あいつらもどっか近くに居んのかな」

 

「お兄ちゃんだあれ?」

 

「俺か? 俺はお前のご同輩だよ」

 

「へぇ、よく分かんないけど、お兄ちゃんもアリスと遊んでくれるの?」

 

「はは、遊びだ何だ言ってると、ぶっ殺すぞ?」

 

「ふふっ、ねぇ、死んでくれる?」

 

先手を取ったのは人修羅だ。彼は一回の踏み込みで一瞬でアリスの元にたどり着くと、金髪に覆われたアリスの頭を鷲掴みにし、地面に叩き付けた。

 

『虚空爪激』

 

「破邪の―――」

 

光弾か光刃か、どちらかに繋げようとしたのだろう、だが人修羅は自身の視界が小さな手に覆われるのを見た、そしてその手に薄紫の光が集まりだすのを見た瞬間、人修羅は反射的に前転の緊急回避を取った、直後に頭を叩きつけられたにも(かかわ)らず、アリスが今まさに人修羅の居た位置に万能を放った。

 

『メギドラ』

 

空中で発生した薄紫の爆発はその場の空気を消滅させつつ拡大し、真空を生む。だが人修羅は爆風で飛ばされはしたものの爆発に巻き込まれること無く回避を成功させていた、前方受身を取り一瞬で立ち上がった人修羅は、アリスへ向き直った、だが既にアリスは人修羅に詠唱を始めており、人修羅が起き上がったのはそれが完了する瞬間だった。

 

「ねぇ『死んでくれる?』」

 

人修羅の頭上から無数のトランプ兵が槍を構え落下してくる、人修羅はそれを視認した、だが回避行動を取ろうとはしなかった。

 

『呪殺無効』

 

トランプ兵達は人修羅に触れると瞬間的に塵となって風に消える。自身の代名詞、必殺技とも言える技が無効化された様子を見てアリスが一瞬だけ怯んだ、それを逃す人修羅ではない。人修羅は勢いよく震脚を踏み『気合い』を入れ、ワンステップで怯むアリスの正面に一瞬で移動し、右手に仮想の鉤爪を作り上げると、アリスの脇腹に叩き込んだ。

 

「ジャッ!」

 

『アイアンクロウ』

 

追撃の入れやすさを思い、前方に飛ばすことも考えた、だがその先にはなのは達がいることを思い出すとその考えは一瞬で破棄された、アリスが人修羅に掻き飛ばされ宙を舞う、彼女は数度地面に衝突して勢いを失い、仰向けに倒れた、そこに人修羅が容赦無く追い討ちをかける。地を踏み込み高い跳躍を行った人修羅はアリスの上空に移動した。そしてそのまま倒れたままのアリス目掛け踵落しをぶち込んだ。

 

『ヤマオロシ』

 

しかし、人修羅が攻撃のモーションに移った瞬間、カッ、と見開かれたアリスの両眼が凶悪な光を宿し、空を向く。そしてその延長線上のど真ん中にいた人修羅へ一瞬で魔法を唱え放つ。

 

「アハッ」

 

『ロストワード』

 

半ばレーザー状で放たれた万能魔力は人修羅に向かう。既に攻撃のモーションに入っていた人修羅は防ぐことも、避けることもできず、顔面で攻撃を受け飛ぶ、だが無様に気を失うようなことは無く、見事に両足で着地する、そのときには既にアリスも起き上がっており、両者は再び向かい合う形となる

 

「すごいね! お兄ちゃん、まだ生きてるの?」

 

「流石魔人、まだ余裕そうじゃないか」

 

両者は同じように口元だけで笑う、だが不意にアリスの小さな体躯がふらりと傾いた。

 

「表面上は、と付くけどな」

 

「あ、あれ?」

 

傾いたアリスはそのまま地面にうつ伏せに倒れた、動かない身体に逆らって、意識は何とか立ち上がろうともがいている。

 

「左脇腹」

 

人修羅が自身のその部位を指し示しながら言った。

 

「手ごたえからしてたぶん、破裂してる」

 

人修羅の言葉にアリスはきょとんとした表情を作り言った。

 

「え? アリス何処も痛くないよ?」

 

「だろうね、直後に『ロストワード』撃ってくるとは思わなかった」

 

言って人修羅はアリスの胴部分に眼をやった。見れば左脇腹からマガツヒが漏れ出し、宙に赤い霧を作っている。

 

「お前が痛くなくても致命傷だ。こいつらに受けてた蓄積ダメージもあっただろうしな、直に意識の方も追いつく」

 

人修羅が言っている内に、アリスの意識は既に失われていた。

 

「はい追いついた」

 

言って人修羅はアリスから眼を離し、地面に座り込んでフェイトを抱きかかえているなのは達の下に向かった。

 

「人修羅さん!」

 

はやてが人修羅の名を呼んだ。先ほどよりも声に含まれる涙の割合が増えていた。

 

「大丈夫だって」

 

人修羅は虚空から何かを掴み出し、青白い顔をして気を失っているフェイトの口を強引にこじ開け、掴み出したそれを飲ませた。

 

「それは?」

 

「ソーマの雫。分かりやすく言えば、すごい薬。こいつを飲ませて、あとはしばらく安静にしてればすぐ起きる。あ、身体揺らしたりすんなよ、マガツヒが漏れる」

 

人修羅は持ち上げていたフェイトの首を降ろし、さあ次とアリスの方に振り向いた瞬間。

 

『アギダイン』

 

大火球が人修羅の眼前に迫ってきた。背後でなのはか、はやてか、息を呑む音が聞こえる、だが人修羅は眉一つ動かさず、放たれた大火球を左手で打ち払う。火球は遥か遠くで爆発を起こし、僅かに風を運んできた。

 

「よぉ」

 

火球を払いのけた左手をそのまま、挨拶の形に持ち上げた。

 

「ベリアル、それにネビロス」

 

そこにはいつから居たのか、赤のスーツを着た禿頭の男と、黒の背広を着込んだ浅黒い肌を持つ男が、気を失っているアリスを庇うようにたち人修羅を睨みつけていた。

 

「アリスが居るからお前たちが居るとは思ってたけど。ひさしぶりだな、どのくらいぶりだ? 一年位か?」

 

「十ヶ月と十四日だ、混沌王」

 

込められた悪意を隠そうともせず、ベリアルは吐き捨てるように行った。

 

「何、まだ俺があのときアリス人形壊したこと怒ってんの?」

 

僅かに鬱陶しそうな表情を作った人修羅は、怒気を強める二人の悪魔に言った。

 

「人形!? 人形だと!? 混沌王、貴様は我々の蘇らせたこの娘を人形と愚弄するか!?」

 

「だって人形だろ。痛覚すらまともに揃わない身体に、砕けた魂の一部。どう考えてもその場凌ぎの産物としか思えない。そのへんのマネカタとどっこいどっこいだろ」

 

人修羅の言葉に憤怒の形相を越え、憎悪の表情となったベリアルが人修羅に飛びかかろうとする。だが皮膚の表面に朱の鱗を生じ始めたベリアルを止める手があった。

 

「まてベリアル、今の我々では奴には勝てない。ここは引け!」

 

「ネビロス! お前はあの男のアリスへの侮辱を許せるのか!?」

 

「許せるわけがないだろう! だがアリスの傷が深い! 引くのだ!」

 

ネビロスの叫びにベリアルは息を詰めると、忌々しげな視線で人修羅を睨みつけた。彼の瞳には人修羅の姿が映るのみで、なのはやはやての姿は一切無い。

 

「心に刻んでおけ混沌王! 我々は必ずや貴様を打ち倒し、貴様に奪われた死気の杖を取り戻す! 日を刻む毎に、この魔王ベリアルと堕天使ネビロスの怨嗟の声を思い出せ!!」

 

言い終えると同時にベリアルとネビロス、そしてアリスの姿が宙に溶けるように消えた。

 

「あ、おい。帰るならここ閉じてけよ!」

 

人修羅が若干狼狽した声を上げたが、すでにその声を受け取る者は誰も居なかった。

 

「ったく……アフターケアくらいしっかりしとけっつの……」

 

ゲシゲシと乱雑に爪先で地面を蹴りながらぼやく人修羅に、なのはが恐る恐る尋ねた。

 

「人修羅さん……?」

 

「ん、ああ悪い。何だ?」

 

言われ、なのはは少し考えた。ここは何処なのか、あの娘と二人の男は一体何なのか、聞きたいことは色々あったが、現状で最も気にしなければならないことを尋ねた。

 

「ここからいったいどうやって出るんですか?」

 

なのはの言葉に人修羅は芝居がかった動作で天を仰ぎ見た。

 

「……出口が無い」

 

「……え」

 

「出口が無いんだ。普通ならこの世界は作った本人の意思か死亡で消えるように出来てる。だがあの野郎どもは閉じもせずに帰っていきやがったから……」

 

「出れないんですか…?」

 

なのはの絶望の入った声に人修羅は言った。

 

「いや別に出れる」

 

背後ではやてがずっこける音が聞こえた、どうやら口調だけでなくリアクションもそっち方面らしい。

 

「出れるには出れるが、結構無理やりなルートだ。結構体力使うからそれが起きてから行こうか」

 

そう言って、寝かされているフェイトを顎でしゃくった。

 

「まったく……アマラ経絡に人間を通すのは初めてだよ」

 

そう言って人修羅はその場に座り込んだ。


 
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