第二十四話
北郷一家の星空の約束の後、全員の雰囲気がしんみりとして、誰が言うでもなく宴会が何となくお開きとになった。
宴会場が元の大広間の佇まいを取り戻し、全員が自分の寝所や持ち場に戻るとなった時、また違う争いが静かに起こった。
“誰が北郷一家を、部屋へと案内するか?”
三国の君主は、それぞれの言い分を持ち寄り、その役目を獲得しようとした。
一人が子供の世話をしてくれたせめてもの御礼をと言えば、一人が城内の仕組みを理解しているのは自分だと言い、一人が料理の事に関して詳しい話をしたいと言う。
結果、夜も遅く平和的かつ平等に、と言うことで、妹の佳乃を桃香と愛紗が、父親の燎一と母親の泉美を孫呉の三姉妹が、祖父の耕作を華琳が案内する事となった。
ちなみに、護衛の男二人は一刀が案内することになり、二人はその扱いの違いに苦笑したとか。
-佳乃の部屋-
「ここが佳乃ちゃんの部屋だよ」
「何か用件があれば、この鈴を鳴らすと良い。侍女が来てくれるからな」
「ありがとうございます……」
「もう、愛紗ちゃん。佳乃ちゃんと喋るときは、もう少し優しくしなきゃ……」
「で、ですが……」
「あの、私は気にしていませんよ。真面目な人だっていうのは、ちゃんと伝わりますし、愛紗お姉ちゃんみたいなしっかりした女性には憧れますし……」
「そ、そうか……///////」
「あー、佳乃ちゃんひどいよ~! それって私がダメなお姉ちゃんってこと?」
「イ、イエ、あの、そういう事じゃなくてですね……!」
「ウフフッ、冗談だよ。佳乃ちゃんはそんな事言わないもんね?」
「桃香さま、あまりからかってはいけません!」
「もう、怒らないでよ~愛紗ちゃん。じゃあ、佳乃ちゃん。おやすみなさい……」
「邪魔したな、ゆっくり身体を休めると良い」
「はい……おやすみなさい……」
-耕作の部屋-
「ほぉ……なんと豪勢な……」
「慣れない部屋で不便かと思いますが、こちらの部屋をお使い下さい。寝台近くの鈴で侍女を呼ぶことも出来ますので、何かの御用の際には……」
「かたじけない……曹孟徳殿……」
「それでは、失礼致します……」
「ああ、曹孟徳殿。一つ宜しいですかな?」
「何でしょう?」
「ワシに敬意を払う必要はありませんぞ。こんな老いぼれなど、貴女様にかかれば一捻りでしょう?」
「……私も一人の女に過ぎない、という事です」
「は?」
「心奪われた男の家族には、嫌われたくありませんので……」
「……ハハハハッ、我々がそのような軽い人間だとお思いで?」
「いえ、思ってはおりませんが……」
「ならば、他の皆にするように、もっと友好的な言葉遣いで構いませんぞ?」
「では私も一つ」
「何ですかな?」
「あなたは、いつ真名を呼んでくださるのかしら?」
「おやおや、これはこれは……」
「あなたが真名を呼んでくださるまで、私もこの態度を崩しません……」
「……では、貴女とワシの我慢比べになりますかな?」
「譲る気はありませんから……」
「臨むところです……」
「……では、失礼致します」
-燎一・泉美の部屋-
「こちらです。少々狭いかと思われますが……」
「あらあら、凄く素敵な部屋~!」
「何か困った事があったら、鈴を鳴らしてくれれば、誰か侍女が来てくれるからね」
「ありがとうございます。恩に着ます」
「もう、お義父さまったら! 私達の仲じゃないの~、そんなに堅くならなくても良いのに~!」
「ハア、努力します……」
「姉様が緩過ぎるんです! せっかく一刀のご両親が来てくれたのに、ずーっとだらしない姿を見せて……!」
「なによ~、蓮華が真面目すぎるのよ~? お義父さまとお義母さまの前で良いカッコしようとして……」
「そ、そそそういう事ではなくて! 普段からきちんと……」
「……二人を止めなくてよろしいんですか?」
「いつもの事だから。それに、二人が喧嘩していれば、シャオの方が分別あるように見えるでしょ?」
「シャオ!! 聞こえてるわよ!!」
「あー、もうウルサイなぁ……」
「あの、一つ訊いても良いかしら?」
「あ、はい! 何でしょう?」
「今更ですが……皆さんは、どうして私達を信じてくれたんですか?」
「え?」
「佳乃ちゃんの事もそうですけど、どうして私達をカズ君の家族だと信じてくれたのか……もしかしたら、誰かの命を奪おうとして近付いたのかもしれないですし……」
「……私達が、信じたかったから……でしょうか……」
「信じたかったから……?」
「お母様が一刀を抱きしめていた時の、一刀の雰囲気を見たら……偽者であるなんて、言える訳無くって……そんな事したら、一刀が凄く辛いですから……」
「蓮華ちゃん……」
「それに、何となーく私達のお母様に似ていますのよ……」
「三人のお母様……孫堅さん、でしょうか?」
「うん、シャオもよく分かんないけど、なんか似ているの……」
「だから、あたし達がお母様を疑っちゃいけない。そんな感じがしましたの」
「……ごめんなさい、変なことを訊いて。それに、皆さんのお母様の事も……」
「お気になさらないで下さい。私達は、大丈夫ですから……」
「皆さんのお母さんとして認められるように、私頑張りますから……」
「それもだーいじょーぶ! みーんな大歓迎だよ!!」
「そうそう! 多分他の皆も、同じような理由で信じて下さってますわよ!」
「……ありがとうございます」
「父親の私からも、信じてくれてありがとうございます!」
「いえ……それでは、ゆっくりお休み下さい……」
「あ、あともう一つ。カズ君の部屋って、どこにありますか……?」
-コンコンッ-
自室の寝台で休んでいた一刀の耳に、扉をノックする音が聞こえてきた。
「ん? はーい、誰?」
-カズ君、寝ていた?-
聞こえてきたのは、母親の声だった。
「母さん? ちょっと待って……」
寝台から身を起こし、扉の方に歩み寄る。
念のために扉から少し身を離して、ゆっくりと開いた。
「ごめんね? もう寝ようとしてた?」
少し開いた隙間から見えたのは、間違いなく自分の母親だった。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと待って……」
扉を更に開いて、片手に小さな手提げ袋を持った母親を招き入れた。
「ごめんね。一応警戒しといてくれって、ヤナギさん達に言われてたから……」
「じゃあ、これも二人が貼ったものかしら?」
そういう母親の手には、一枚の紙があった。
「何それ?」
「カズ君の部屋の扉に貼ってあったの」
そう言って見せられた紙には墨文字で荒々しく
“夜這い、朝駆け、北郷一刀様を想うのなら辛抱せよ!!”
と書かれていた。
「多分、そうだろうね……」
「そういえば……ここに来る途中、何人か女の子とすれ違ったけど、みんなガッカリしたような顔してたわね」
「きっと、これ見たんだろうな……てか、これ日本語なのに良く分かったな……」
「じゃあ、これ剥がしておきましょうか?」
「いや、皆が帰っていったんなら、効果はあるんだと思う。多分、漢字とこの字の迫力で伝わったんじゃないかな?」
「フフフ……愛されてるのねー」
「でも今回は、皆を守らなきゃ……俺が……何か出来る訳じゃないけど……けど、何か出来るんだったら……力になりたいんだ……!」
「カズ君…………」
紙を持つ息子の手が微かに震えているのを、母親は心配そうに見つめている。
「……あ、そう言えば母さん、俺に何か用だったんじゃ?」
「……あ、そうそう! これ……」
一刀は注意書きの紙を仕事机の上に置き、泉美は手提げ袋に手を入れた。
泉美が手提げ袋から出したのは、木製の写真立てだった。
「これ…………」
飾られている写真は、幼い一刀と妹、そして両親と祖父が写っていた。
「もう十年くらい前のだけど、皆が写っているので、綺麗なのがそれぐらいだったから……」
泉美は、写真を見つめる一刀に優しく微笑んだ。
「確か、鹿児島の爺ちゃんの家だったね……近くの川辺でバーベキューした時のだったっけ?」
「そうそう……カズ君がはしゃいでずぶ濡れになって、浅い川なのにそれを見た佳乃ちゃんが“お兄ちゃんが溺れた!”って泣いちゃって……」
「懐かしいな…………」
写真を見ながら、一刀も柔らかな微笑みになる。
「…………母さん」
「何?」
写真から顔を上げた一刀の顔は、どこか凛々しく感じた。
「俺、決めたよ……こういう思い出を、皆と作っていくんだ。その為にも……誰一人欠けちゃいけないんだ……だから……俺…………」
「…………そう、分かったわ」
泉美は微笑みを崩さずに、一刀の顔を見つめ返した。
「ごめんなさいね、夜遅くに…………」
「いや、いいよ。写真……ありがとう……」
「………………おやすみなさい」
「うん……母さんも、おやすみ……」
就寝の挨拶を交わして、泉美がゆっくりと一刀に背を向けて、扉の方へと歩み寄る。
「…………母さんっ!!」
扉を開こうとした時に聞こえてきた一刀の声に、泉美の動きが止まる。
「俺…………その………………大丈夫……だから……」
「…………………………そう」
振り向きもせずに、そう呟くように話すと、泉美は部屋を出ていった。
「……………………」
扉が閉まるのを確認すると、一刀は深い溜め息を吐く。
「…………おかしいな、今日の俺」
最後にどうしてあんな事言ったのか、自分でも分からなかった。
視線を落とすと、先程受け取った写真立てが目に入る。
自分と家族が揃っている写真。
これが今自分の手にある事も、何より自分の家族が今この世界にいる事もまだ信じられない。
「………………ハァ」
また溜め息を吐いて、とりあえず仕事机の上に写真立てを置く。
「寝る…………か…………」
体を投げ出すように寝台に横になると、一刀は思いを巡らす。
今日一日の出来事は、全て自分の夢ではないか。
夢だったら、どんなに楽だろうか。
今悩んでいるモヤモヤが、全て夢のせいだったと言い訳が出来る。
突拍子のないSFじみた話も。元いた世界でしか味わえない料理や便利な道具も。
しかし、もし夢なら、自分が家族に会えた事も嘘になってしまう。
夢だとすれば、あまりにも残酷だ。
いっそのこと、このままずっと起き続けていれば……
そう考えている内に、まどろみがやって来た。
これは果たして夢からの目覚めか、それとも本当に夢へと誘う合図か。
考える暇を与えずに、まどろみはどんどん強くなる。
「…………なるように……なるさ」
まるで呪文のように、戦乱の時期に自分に言い聞かせてきた言葉。
実際に呟いたのか、頭に浮かべたのか。
その言葉を最後に、一刀はまどろみへ身を委ねた。
-続く-
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これで第一日目の話が終了です。長かった…………