「おい、チチナシ」
――――何度言われても嫌な呼ばれ方だけど、この間二人がかりでされてからは
彼なりの感情表現というか、見た目や実年齢よりも子供っぽいんだなと思うようにしている。
「何でこっちのたこ焼き買ってきたんだよ。俺の好みくらい把握しとけっつーの」
「だって‥‥スタンプカード貯まってたから一舟サービスだったんだもの」
「カード貯まるほど誰のたこ焼き買ってんだよ‥‥?」
「さぁ‥‥」
わざとトボけてみる。
そんな事を出来るのには理由があるからで、それは私にとっても深刻なお財布事情であった。
「これ要らねーから買い直して来い」
「だったらお金出して」
「んだと‥‥‥もう無ぇのかよ」
「無い袖は振れないよ。ね、冷めないうちに食べたら?」
何でも彼らが言うには、この国の人間が食うものは世界一美味しいとかで、
特にB級グルメやジャンクフード、菓子類は絶品らしく、この駅前ビルに併設された
フードコートは、彼らのお気に入りの場所のひとつだった。
(どういう方法で作ったのかは知りたくもないけど)
ここは支払いにカーが使えるので、これ幸いと好き勝手使いまくっていたら、
限度額が来る前に父親からの勅命が下り、現金手渡しの小遣い制になったらしい。
小遣いとは言ってもその金額はビックリするような額で、
私はいつも余らせてしまうのだけれど、そこへ付け込まれた形で今に至る。
「おら」
「ん」
やっと納得したのか、私に一つたこ焼きを渡すと、好みではないたこ焼きにガッつき始めた。
その様子を見ながら、別にどっちのたこ焼きでもいいんじゃいかと思いつつ、
彼がくれたたこ焼きを食べる。
「タコ、また小さくなっちゃったなぁ‥」
「そうなのか?」
「小麦と原油価格が上がってるからかなぁ」
「世界情勢なんか知るか。つーか、何で小遣いがチチナシと同じ金額なんだよ。あの糞ったれ親父」
「それ私も聞いてみたんだけど、全員同じじゃないと喧嘩するから、だって」
「シュウの野郎なんか1円も使ってねぇんだぜ。使ってる所に寄越せっつーの」
「だったらその議題で家族会議を開いてみたら?私も参加したいな。金額が多す‥」
「却下」
「‥‥‥‥。あ」
どうやら迎えが来たようだ。
迎えの執事は、フードコートに居る制服姿の私達に合わせた格好で来ていて、
吸血鬼の一族として、いかに慎重に生きてきたかを証明をするかのようだった。
「バカじゃねーの?」
「‥?」
「いつまで人間のフリさせるつもりなんだろーな。‥いい加減キレそうだぜ」
そう言うと、ゴミを片付け終えた私の手を勢いよく掴み、足早に執事の元へ向かった。
そこから待っていたかのように来たエレベーターに乗り込み、駐車場から脇を抜け、
二車線の道路に出ると、黒塗りのリムジンが静かに私達の前に停まり、執事がドアを開ける。
私はようやく覚えたマナーで静かに急いで乗りこみ、彼もその後に続いた。
――――車が走り出してから、もう一人車に乗っている事に気がついた。
「――シュウ君?」
「‥‥あんたか。何?」
寝覚めが悪そうな目つきで私を見ながら言った。
「あ、別に‥。アヤト君と登校するときは徒歩だったから‥、ちょっと変だなって思っただけ」
「今日出ないと単位が取れねぇ授業があんのに、俺様を何分待たせんだよ、バーカ」
「‥‥もういっぺん言ってみろ、なぁ?」
「ちょっと、二人とも止めなよ‥‥」
シュウ君がゆらりと上体を起こしかけた所で学園前に着いた。
いつもはここで降ろして貰うのだけれど、今日は車寄せまで行って貰う事にした。
上手く行けば“彼女"が偶然を装って待っているハズだ。
幸運にも彼女は待っていて、さも半分困った風に取りまき達と話していたけど、
目当てはアヤト君だってのは一目見た時から分かっていた。
仏頂面でアヤト君が車から降りると、彼女は取りまき達を放ったからして駆け寄って来た。
これで目的の半分は終了――――。
「さっさと降りろよ‥‥、邪魔」
「‥ごめん」
機嫌は悪いけど、気は変わってなさそうなので、このまま教室に行ってしまおうと思っていたら、
「ああ‥そういう事」
「え?」
いつの間にか私よりも先にシュウ君が車から降りていて、手を差し出していた。
「来いよ‥」
「‥‥」
そういうつもりは無かったけど、彼の気遣いを無下にするわけにもいかず、
少し下心もあったので――――彼の手を取り、車を降りた。
車から降りると、彼は私の頭を抱きかかえ、そのまま胸に顔をうずめる格好で歩かされた。
正直ここまで露骨に見せつけるとは思っていなかったので、本気で恥ずかしくなってくる。
それと、歩きにくい。
「シュウ君‥、前、見えないよ‥‥」
「‥ん‥‥なぁに?」
ああ、こうなると駄目だと半ば諦め、彼の優しい気まぐれに付き合うことにした。
単に二人にケンカをして欲しくなくて、少しの時間二人を引き離したかっただけなのに、難しい。
「あの女、目がイっちまってるな‥‥アヤトのバカが。‥今度は尻拭いしねぇからな」
ボソリと呟くと、もう一度頭を抱きかかえられた。
抱きかかえられた頭越しにアヤト君の殺気レベルの視線を感じたけど、
もし断末魔だったとしたら、頭を撃ち抜かれて死んでいたかも知れない。
また音楽室に籠もろうとしたら本気で振り解くつもりだったけど、
単に遠回りをしただけで、自分の教室へ行ってくれそうなので安心した。
そろそろ離して欲しいタイミングで、ヘアピンが彼のニットの袖に
引っ掛かっている事に気づいた。
「‥ごめん、ヘアピン引っ掛けちゃった」
「ん?ああ、別にいいけど‥‥‥」
そう言って不器用そうに引っ掛かったヘアピンを抜くと、
私の髪を手櫛で丁寧に梳いてから、ヘアピンを差してくれた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
多分私の顔は真っ赤だったと思うけど、彼はそんな事には気にも留めずに
教室へ入って行ってしまった。
後日、何故かアヤト君からシュウ君の当てつけ行為の理由を聞いたのだけれど、
本当かどうかのは分からない。ただ『いつもああなんだぜ』ってのは嘘ではないと思う。
「おら、チチナシ」
「ん」
登校前に寄るフードコートで、いつものようにアヤト君がたこ焼きを分けてくれる。
「あれ‥‥?」
串にたこ焼きが二個刺さっていた。私はそれをクルクル回しながら、
「欠けたお団子みたいだね」
「うるせぇ。文句あんならもうやんねぇぞ」
「もう一個あるとお団子っぽくならない?」
「なんねぇよ、バーカ」
「あ」
一個食べられてしまった。
でもまぁいいかと思い、残りの一個を食べながら、紙袋を取り出す。
「何だよそれ」
「たいやき。アヤト君の分も買ってきたから食べ‥‥あ」
頭から1/3程をかじられた。
真顔で咀嚼する彼の顔を見て、また未知の味でも発見したのかと思ったら、
「鯛入ってねーじゃん。チチナシ、お前騙されてるぞ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
私は彼の勘違いが可笑しくて、しばらく突っ伏したまま笑いを堪えていた。
おわり
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ディアラバSS。アヤト、ユイ、シュウの学園生活を妄想と捏造で書いてあります。