「唐突なんだけど、俺って存在感ない?」
「本当に唐突だね」
おやつに大量のスイカが出されて、みんな小食だったのか、かなりの量が残り。
私がゆっくりと残りの大量のスイカを縁側で食べているところに、大地が隣に
座って溜息をつきながら言うから、私はこう言った。
「これだけ女の子がいれば男の子は空気になりがちかもね」
「いや、それだとむしろ少ない男子の方が目立つのではないか!?」
「肉食だったらね~。大地は消極的過ぎるし」
「うぅ・・・」
「シャイボーイ♪」
「おい、やめろ」
そんな昔と同じようなやりとりに和む二人。私は口に溜まった種を庭に飛ばしていると
大地はモジモジしながらもう一度私に声をかけてくる。その反応を見てるから
シャイボーイってからかいたくなるんだけどなぁ。
大地とはつい最近呼び捨てになったのだ。お互い「ちゃん」とか「君」じゃ
くすぐったいからね。
「なぁ、雪乃。実は俺彼女欲しくて」
「あぁ、うん。顔見てるとわかるわ」
笑いながら言う私に大地は予想より深刻に考えてるのか、ジッと下を向いていた。
「そういうのは彩菜の方が向いてるんじゃない?」
「前に紹介してもらった」
「あらら」
それでその話が出るということは上手くいかなかったってことだ。
とはいえ、私もあまり思い当たる人が浮かばないのだけど。
「よし、じゃあ。美沙先輩を!」
「ちょっ、その人ってあの完璧超人みたいな女性じゃないの!?」
「えぇ、そうだけど?」
「無理無理!絶対無理!!」
誘う前から必死に抵抗をしている大地。そういう心構えだから相手ができないことに
気づかないのだろうか。
「最初からそんな態度だと、どれだけチャンスあっても無理だと思うけどなぁ」
「うぐっ・・・!」
「まぁ、私もそういう態度だったけど。彼女できたし」
「いいなぁ・・・」
指を咥えて羨ましがる子供のような言い方が、私の笑いのツボに嵌って
笑いを出さないように堪える。それが終わると溜息のような声が口から出る。
「はぁ、今すぐじゃなくて長い目で見れば大地にもいい子が見つかるよ」
「今すぐ欲しいんだよ!」
「ワガママだな~」
苦笑しながら言う私。もちろんスイカは手放さずに話をずっとしていた。
その時、ふと叶ちゃんのことば頭を過ぎり、いきなり大地の方へと視線を戻す。
「叶ちゃんはダメだからね!」
「そ、そんなのしないよ!」
「私の彼女をそんなの呼ばわり・・・」
「そ、そういう意味じゃなくて!」
「まぁ、わかってるけど」
「おい・・・」
本当にからかいがいのある男子だこと。どっちにしろ、付き合ってみないと
わからないでしょうってことになり。さっそく先輩と大地がお試しデートをするように
促してみたら、既に緊張している大地が自信なく頷いていた。
「もう、緊張してるの? 早いって」
私は彼の反応を見て堪えることをせずに大爆笑すると、大地が小声で反論する
もんだから、余計にツボに嵌ってしまったのだった。
後で先輩の部屋に行って、デートの話をすると。私とするのかと勘違いをして
喜んでいたのだが、寂しい男子がいるからそっちと。って告げると
あからさまに嫌そうな顔をしていた。
「そっちか・・・」
「まぁ、悩める男子の気持ちを少し慰める感じでいいので」
「慰めるって性的に?」
「や、普通でお願いします」
性的に慰められたら、大地は一生立ち直れないような気がした。
さて、早い方が良いと思い。許可をもらった私は早速大地の部屋に行って
報告をして日程を決めようとした段階で、私は翌日を提案すると大地は
予想外とばかりに驚き、気絶せんばかりだった。
「ちょっと、急すぎるって!」
「そんなこと言ってたらキリがないでしょう」
やれやれ、と呟くと。それもそうだねって大地が誰に言うようでもなく、
まるで自分に言い聞かせるように言っていた。
「とりあえず、相手が相手だから。当たって砕けて練習みたいな気持ちで
気楽にやりなよ」
「いきなりダメ前提なんだね」
苦笑いをする大地に私は当たり前のようにこう告げた。
「上手くいったら、大変なのが目に見えるからそれでいいのよ」
「はい・・・」
本当に言い返さないやつである。だけど、優しくて良い男の子なんだよなぁ。
心の中で私はそう思っていた。勿体無いってね。
翌日・・・。
見送りにいくときは、作り笑いで楽しそうに見える先輩と、楽しい気持ちで
いないといけないのにどこかどんよりしている大地がデートと称して
サブちゃんの運転する車に乗って、この土地の都会的な場所に向かったのだった。
それなりに施設は揃ってるけど、都会というには少ないけど。
まぁ、雰囲気的にって感じよね。
そう思いながら私は姿を見せなくなっても、まだその先を見つめていた。
いつまでそうしていたか、知らないが。不意に腕を組まれびっくりしてると
隣にはちっこくて元気で愛らしい顔が私を見上げていた。
「叶ちゃん」
「えへへ、先輩。私達もどこか出かけませんか?」
「いいわね、でも近場がいいかな」
今日も暑くなりそうだし、体力の面でもちょっと心配で叶ちゃんに言うと。
それは当然とばかりに頷いてくれた。
「本当は色んな所につれていってあげたいんだけどね」
「私は先輩がいればどこだって楽しいですよ」
「可愛いこと言うわね。もしかして、好感度上げ?」
「えへへ、ばれました?」
そこを隠してでも可愛い子ぶるとギャルゲーっぽくなるけど、その辺も素直な
叶ちゃんはとても「らしい」ので、私としてもとても好意的にとれたのだった。
暫くして、私はそろそろ帰ってくる頃かと入り口付近で待っていると
車が到着して中からつまらなそうにしている先輩と泣きそうになってる
大地を見てしまう。
あまりに想像を的中しすぎていて笑うに笑えなかった。
「ほとんど何も喋らないし誘われた場所は面白くなかったわね~」
「まぁ、そもそも先輩は男の子苦手ですもんね」
後で部屋に行って先輩に話を聞くと、思った以上に酷い結果となっていた。
大地は昔から緊張すると、だんまりになってしまうから付き合う方は
つまらなかったのかもしれない。
それでも、緊張しているからってフォローはいれておいた。
フォローしたところで何か意味があるわけでもないが、このままだと
流石に可哀想だと思ったから。
そして、どれだけ酷かったのか想像すらつかなかったが、一応喝をいれるために
大地の部屋へと入っていく。男の子の部屋だからといっても大地は全然怖い
イメージはなく、あっさりと出入りできてしまう。
「こらっ、しっかりしなさいよ。練習とはいえさぁ・・・」
「彩菜と同じこと言わないでくれる?」
捨てられた子犬のような眼差しで私を見てくる大地。
なんていうか、残念なイケメンって感じがするなぁって思った。
「本当に彼女作りたい気持ちとかあるの?」
これほどまでに手ごたえを感じないとむしろやる気ないんじゃないかと
疑いたくなる。だが、大地は手と顔を横に振って必死にそれを否定する。
「あるに決まってるじゃんか」
「ふぅ・・・。後、生徒会の子が二人ほどいるから。ダメでもいいから頑張って
きなさいな」
やや呆れた溜息を漏らして、大地に背を向けて私は退室をした。
扉を抜けると隣で壁に背を預けていた彩菜がいた。
「なんか面白いことでもしてる?」
「んー、面白いっていうか・・・。弟の面倒を見てる姉の気分」
「っだよね!」
気持ちが通じた彩菜は「けっさく!」と言って大笑いをすると、
私も釣られて小さく笑った。真面目にやってても疲れるなら、少し気楽にやってみるか。
気づけば私もどこか緊張していたのだろう。その後、部屋に戻ると疲れが出ていた。
翌日、その次の日も。大地は先輩と同じことをしでかして、楓と裏胡にも
似たような感想をいただいてしまった。
もはやメモに取るほどでもない。まさかここまで大地が不器用な人間だとは
思わなかった。私は失望とか呆れという感情はとっくになくなっていて、
特に何も感じてはいなかった。
しかし、ふと過ぎる。別の可能性。
「大地・・・」
「ごめん」
部屋に入って早々に頭を下げられて謝られてしまう。ケンカした際ならともかく
このタイミングで謝るのってどうなんだろう、という疑問を抱きながら
私は近くにテーブルと椅子があったので大地を向かい側に座らせた。
「私は実は無駄なことをしてたのかもしれない・・・」
「すまない」
「謝ってばかりじゃ伝わらないよ。他にも上手くいかなかった原因があるんでしょう?」
私はちょっと言葉を強く言って、大地の言葉を誘いだすのを狙った。
少しビクッとしてから、大地は小声で何かを言っていたのを聞き取れずに
もっと大きな声で!と張り上げる。
「実は・・・もう好きな人はいるんだ。だけど、それはもう叶わなくて・・・」
「誰・・・?」
おおよそ見当はついてはいるが、本人の口から聞くのが大事だから、私は敢えて
気づかない振りをして聞きだした。
「俺は・・・雪乃が好きなんだ!」
普段の素振りとか見ていて、何となく気づいていたけど。やはりか。
だけど、私の直感からしてそれだけではないはずだ。
「他には?」
私の威圧的な視線にたじたじな大地だが、一度歯を食いしばる仕草をしてから
私と向かい合って見つめてきた。
「彩菜だよ」
「やっぱりね」
必死に出した言葉に私はすぐにその言葉を返すと、気が抜けたような表情をして
私の顔を見ている大地。私が大地が言ってることを知っていて、尚且つそうやって
返してきたことに驚いているのだろう。何で知っているのかってね。
「あんたの気持ちは何となく気づいてたよ。いや、はっきりと気づいたのは
今さっきだけどね」
「ど、どうして・・・」
「だって、大地。私達と中学まで一緒にいて明らかに他の生徒と私達を見る目が
少し違っていた」
「うっ・・・」
「いつからかは知らないけれど、今思えば、大地が言った気持ちが私達に
向けられていたんでしょう」
大地は黙り、沈黙が続く。時計は見ないでずっと大地の目を見ている。
どれくらい経っただろう。数分か?それとも数時間か。
こういう張り詰めた空気の中にいる間は随分と長く感じるものだ。
そして考え続けた私は椅子から立ち上がってテーブルの上に手を置くと。
怒られるかと思ったのか、ビクッと怯えるように大地が動く。
「わかった。こうしよう」
気づかないで他の子たちに迷惑をかけてしまったケジメとして私は一度だけ
応えよう。
「私とデートをしよう、大地」
「え・・・?」
「あんたの気持ち。今さっき知ったとはいえ、気のない他の子たちに無駄に時間を
使わせた上に大地の気持ちを無碍に断るわけにはいかない」
「雪乃・・・」
情けないような顔をした大地は私の名前を呟いた後、動きが見られない。
だから、私はそんな大地の心の中に更に踏み込もうと先の言葉を放つ。
「それとも何、私が本当の恋人にでもならなければ嫌?」
「そ、そんなことないよ!」
「でしょう? 私だってそれは真っ平だもの」
「うぅ・・・正直すぎる・・・」
本当はこんなことしても仕方ないのかもしれない。だけど、これをきっかけに
大地の気持ちが切り替えられれば。私のこの行動は無駄にはならないだろう。
「じゃあ、明日一日。大地に付き合おうじゃない。そんな緊張してないでさ、
楽しくやろうよ。昔みたいに」
「うん・・・」
「そんな抜けた返事・・・。だらしないでしょ、野球部のエースさん?」
「お、おう・・・!」
別に言い方の問題じゃなかったのだけど、勢いのある返事をもらったから良しとした。
どこかもどかしい表情をしていたけど、私とのデートというのが喜んでいるのか。
嬉しそうな仕草をしていたのを見て、悪い気はしなかった。
「じゃあね。また明日」
「ありがとう!」
こういうのにお礼を言うのはどうかと思ったけど、元気を取り戻せてよかった。
やはり、彼は明るい顔をしていた方がかっこよく見えた。
部屋に戻って叶ちゃんにそのことを説明する。別にしなくてもいいだろうけど、
隠し事はしたくなかったから素直に話しをした。最初こそは複雑な表情をするが、
遊びにいくようなものだと言うと、少し表情は和らいでくれてホッと胸を撫で下ろした。
何日か経過して、ようやく大地にとって願っていたであろう日が訪れた。
そして、移動する車の中で改めて大事なことだけを言い直した。
「あくまで格好だけだから、キスとかはなしね」
「わかった・・・」
言葉の中の感情にちょっと残念そうな声が混じっているが、私はそれを無視した。
譲れる部分と譲れない部分はちゃんと私にはあるのだから。
「さぁ、どこにつれていってくれるのかしら」
そう言って、若干挑発気味に隣にいる大地の腕を自分の腕と絡めると、いきなり
私がそうしてきたことに驚いたのか、やや仰け反るようにしていた。
「大袈裟」
「だ、だって・・・」
「これくらいはするでしょう?」
「そ、そうだけど。慣れてない女の子の柔らかさが・・・」
「言い方が気持ち悪い」
厳しいことを言っているようだが、その際に私は思わず笑っていた。
情けないけど、どこか和んでしまうところが彼の中にあると思えた。
「ほら」
「うん」
私が腕をくいくい出すと大地は喉を鳴らせて頷くのを見ていると、
こういうところは本当に男子なんだなぁって実感する。
小さい頃から一緒でも、全員が同じ気持ちではいられないんだ。
そんなちょっとした寂しさがあった。
「大地くーん? 立ってるだけだと日が暮れちゃうよ」
車から降りてサブちゃんからお気をつけてっていう言葉をかけてもらってから
10分ほど経過。依然、彼の動きはなし。
だから少し頭が働けるように言葉で急かしてみる。
本当はいけないこともあるんだろうけど、幼馴染だし慣れているから
大丈夫だろう。
「ご、ごめん。えっと・・・」
駅前、ロータリー、車が行き交う場所で私達は一歩を踏み出した。
大地と手を繋いで私は大地の後ろを歩きながら、彼が向かう所に素直についていく。
そうしてみて初めて気づくこともあった。私は初めて男の子と手を繋いだのだ。
そして、こんなにもごつくて固い手だったのかと驚いたりもした。
「もう、子供じゃないんだな・・・」
「え、なに?」
「ううん。なんでもない」
私の言葉に振り返るも私は気のせいだと、返した。それに聞き間違いだと判断した
大地は再び私の手を引いて歩いていく。
やや緊張してドキドキするも、大地に特別な感情は湧かない。
まぁ、元からそうなるとは思ってはいたけれど。
私にとっては大地はただの男の幼馴染だった。それだけのことみたいだ。
しかし、大地からしたら私達に抱く感情はまた別のもの。
男の子の感情というのはどういう変化があるのかは私にはわからない。
人によっては人気のない場所に誘って襲ってくるとは聞くけど、
相手が相手だからそういう予感は感じさせない。
大地が自分なりに考えた場所は、何の変哲もない。女性向けの衣服売り場だった。
「女の子はこういう所で買い物とか好きかと思って」
「嫌いじゃないけど」
もっと男男した場所に連れていくのかと思っていたから、ちょっと面食らってしまう。
深く考え事をしていたせいで、向かってる途中の記憶がないけど。
今いる場所は駅に近い、ここらで一番大きいデパートの中のどこかであろう。
私はお店の中にある洋服たちを見ていると、少し心の中が騒ぐ気がしていた。
お洒落には特に明るくはないが、それなりに興味はあるから楽しめそうである。
「だけど、これじゃ大地は楽しめないでしょう?」
せいぜい荷物持ちするくらいしかやることがない上に女性たちの視線に耐えられず
どこかで待ってるハメになる。これじゃいけないだろうと、私が思うと。
「いいんだよ。せっかくだし、雪乃にプレゼントしたくて」
「・・・ありがとう」
そう言われると悪い気はしないけど。でも本人がここまで言うからには
断る方が悪い気がしてきた。
私はその言葉に甘えて、色々試着しながら楽しんで探すことにする。
最近私が着ているのはスラッとしたパンツ系のものである。
動きやすいし足元を気にしなくても済む。風が吹くとスカートがめくれるのは
面倒だったから。服もごちゃごちゃしているのより、動きやすさを重視している。
その上、短く切ったこの髪がそれらの組み合わせと相性いいのが嬉しかった。
「もうこんな時間か、お昼どうしようか?」
買い物に区切りがついた私は携帯を開いて時間を確認して聞くと、大地は買い物に
行くことを決めた時と同じように、ややぎこちない動きをしていた。
それを見て私は、もしかして・・・と心の中で呟く。
「この辺に最近有名なパスタ料理の店があるんだけど」
「何私に気をつかってるの」
「え・・・?」
私の言葉にマンガで言う、ギクッていう擬音が入りそうなわかりやすい反応。
デートということに意識しすぎているのかもしれない。
「私はそうね・・・。あそこがいいかな」
「食べ放題・・・」
「中学の頃よく行ったわよね。あの時は彩菜も食べ盛りで味より量って言ってたっけ」
思い出すだけで笑える。3人で店の中の料理を豪快に食べまくっていた平和な時期。
話してると大地の表情も柔らかくなり、私と同じように笑っていた。
本人も自分の自然な反応に気づいて、私の誘いに乗ってきた。
「いいね、食べ放題。久しぶりに行こうか」
「ええ」
大地がそう言ってくれたから、微笑んで私は頷いた。お店に入った私たちは
料金を払ってから、席につく。そして目を合わせて軽く頷く。
昔3人で食べまくる直前にこの合図をしてから、店員が目を白黒させる事態にまでに
してしまったことがあった。この合図をするということは本気で食べるということで。
私達のことを知らないこのお店の中ではちょっとした注目を浴びることになった。
ここは焼き物からデザートまでなら幅広く種類があったから、飽きることなく
満腹になるまで楽しめた。
そして、食事も一段落したところで私は本題に切り出した。
「これで、少しは野球に専念できるかな?」
「うん・・・。気づいてた?」
「まぁ、大地なりに本気だったんだろうけど。ただ、寂しかっただけよね。
傍に誰もいなかったから」
「それもあるかな」
厳しい野球の練習に試合。色々あるんだろうから、欲求不満にもなるだろう。
下っ端なら気軽になんでもできるし、プレッシャーもない。
だけど、今の大地は真逆の立場にいる。来年は間違いなくエースになるだろう、
実力を持っているのだ。
「傍に誰もいなかったのは確かに堪えた。けど、こうやって雪乃と傍にいれるだけで
幸せだと思えた。こんなに可愛い子と・・・」
「ふふっ、ありがとう」
可愛いと言われること自体は嬉しいことで私は素直にその言葉を受け取っておく。
「本当は俺と本気で付き合って欲しいとも思えた。でも、もう今日のことで
無理なんだなって・・・」
切ない顔をして私を見つめる大地。
「だって、こうしている方が楽しく感じるんだからさ」
友達でいた方が楽しいと思ったから、恋人ではいられないと。そして、私に恋人が
既にいることも知っているから尚更そう思ったのだろう。
「まぁ、最近はこういうカップルもいるって聞くけどね」
苦笑しながら私は期待を持てることをつい口に出してしまうが、既に諦めがついている
大地も同じように苦笑していた。
「大地はさぁ、私・・・。いや、私達に対して偏見ってないよね」
普通は同性愛に対して言われる筋合いのない偏見に満ちた言葉に溢れているというのに
彼はそのことにすごく広い気持ちを持っている。数少ない相談できる相手なのだ。
「うん・・・。俺はあまりそういうの実感ないから何とも思わないんだろうけど」
「素直だね~」
「ははっ、だけどさ。好きな子が幸せそうにしているのを見てたらそんなの瑣末なこと
だって思えるんだ」
最後に真剣な表情で私のことをジッと見てくる大地。そして・・・。
「今日はありがとう。これからも親友としていて欲しい。彼女と幸せになってね」
「ありがとう」
そういう言葉の贈り物を貰うと胸にジーンって染み渡っていくようではないか。
それはとても暖かい言葉で、私は涙を出さないようにするのが大変だった。
それからしばらく、ゲーセン寄って大地と対戦したり。肉屋のコロッケを
立ち食いしたりしながら残りの時間を過ごした。
とても有意義な時間で、これからの思い出にずっと残るようなそんな日だった。
時間になって駅付近で待機してると、予定の時間を1分もずれることなく
サブちゃんが迎えにきた。このあまりにも正確なところが怖い。
どこで待っていたのだろうかっていう疑問が浮かんでくる。
「今日はどうでした?」
サブちゃんの質問に私は明るい口調で楽しいと答えると、サブちゃんも満足そうに
笑いながら車を走らせていく。恋人といるのとは違う別の楽しさを満喫できた。
大地も私と同じ気持ちでいてくれるだろう。そして・・・。
「野球部がんばりなよ、大地」
「あぁ、わかってるよ」
「あと、これからの未来。彼女ができたら私達に紹介してよね」
「任せとけ!」
最後に気合の篭った言葉に私は嬉しくなった。あんなに消極的な彼も野球が
絡むと途端にかっこよく見えるからだ。
その姿と勢いだったら、そう遠くない将来に良い彼女ができるだろうと思えた。
車が家にたどり着くと、叶ちゃんが今か今かとそわそわしながら待っているのが
見えた。
彼女は私を見つけると、イノシシのような突進をしてきて。
私の近くまで走ってくると勢いを殺して飛びついてくる。
それを受け止めた私は叶ちゃんを抱きしめると、彼女の匂いと柔らかい感触に
癒される。やはり、好きな人といる時はまた違った気持ちになる。
そうして、大地が起こしたイベントは結局私と大地だけが楽しい内容となって
巻き込まれた先輩たちには私が後でじっくり謝ったのだった。
何気なくも、とても意味のある一日がこうして幕を閉じたのであった。
続
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ここまで空気な存在だった幼馴染の悩みを聞くことになる雪乃。
その内容に振り回されながら、少しずつ幼馴染の気持ちに気付き、困惑していく。その結果・・・。