三国による天下三分の計が成り、大陸に平和が訪れた。
しかしそれは桃香、華琳、雪蓮―三人の硬い絆があったからである。
これより先、子孫がこの関係を続けてくれる保証は無い。
そのため、国ぐるみで親睦を深めるために、他国の将や民の一部が、他国へ赴くという制度を取り入れた。
もちろん、この計画は成功。互いを知り、よりよい関係を築けている。
―これは…俺、北郷一刀が、呉を訪れたときの物語である。
この制度が取り入れられてから早一年。
自国の内政も安定してはいるが、それでも仕事は絶えない。
季節の変わり目は、物資の搬入や徴兵、街で起きたいざこざなど、大きなものから小さなものまで、仕事が山積みである。
すでに2日間完徹を続けていたその日の軍議。
「ご主人様は休むべきです!」
ここにいる誰よりも早く朱里が言った。
「えっ、でも仕事が…」
「仕事なら私たちみんなで請け負いますからっ!」
「…ご主人様、顔が白いですぅ……」
雛里にまで心配されてるし……。そんなにひどいのかな、俺の顔…。
「ご主人様には無理やりにでも休んでいただくために、呉に赴いてもらいます」
「……へっ?」
仕事を休むことと呉に赴くこととの関連性がまったく見えない。
俺の疑問に答えるように朱里が続ける。
「いくらご主人様に休めと言っても、きっと……そのっ……はわわぁ…」
「…?大丈夫か朱里、顔真っ赤だぞ?」
「は、はわわぁ!な、何でもないのですよぉ!」
(ご主人様の休みをみんなが狙ってるの…)
後ろの方で同じく顔を真っ赤にしている雛里。
熱でもあるのだろうか。
「と、ともかく!ご主人様には呉へ行って、休んできてください。丁度そういう時期ですから」
「あ、もうそんなころなのか…」
二ヶ月の間ずっと蜀で政をしていたせいで、時間の感覚が乏しくなってしまったようだ。
「そこでご主人様には、蜀のことは忘れて、パァーッと遊んで来てもらおうって事になったの」
「でも、桃華たちだけに任せるわけには…」
「我等を信用してください、ご主人様」
「そうですぞ、主。政の一つや二つ、この愛紗が変わりにやってくれます」
「お主は仕事をしろ、星!」
「何を言うか…私はいつも警邏をしているではないか」
「昼間から酒を飲んでいるだけだろうが!」
「はっはっは、何のことですかな?」
「白を切りおってぇッ!」
「わぁ、愛紗やめろぉお!」
気持ちは痛いぐらいわかるが、こんなところで青龍偃月刀を振り回すな!
「し、しかしっ!」
「いいから。星はちゃんと警邏もしてくれてるし……もうちょっと真面目にして欲しいけど」
「ははは、主はよく分かっていらっしゃる。お礼に、今宵のお相手を……」
星が俺の胸に寄りかかり、上目遣いでこちらを見てくる。
「せ、星…っ!」
「……コホンッ」
わざとらしく朱里が咳を一つ払い、
「このように、ご主人様が蜀に居ると、『仕事じゃない仕事』もこなしてしまいますから、呉へ行ってもらうのです」
ようやく話が戻った。戻り方に異議を唱えたいが、反論できない…。
「……それじゃあ、一週間はみんなに任せるよ」
「はい。任せてください」
「ご主人様が居なくても、ちゃんとやるよ!」
「うむ。安心して行って来て下され」
………心配だ。
「…待てよ。俺のほかに誰か付いて来ないのか?」
「それが…ご主人様が抜けるとなると、誰も手が空かなくて…」
「ご主人様は一人で書類整理も警邏もしていますから、その穴が大きくて…」
「おかげで私まで書類整理ですぞ。主が不甲斐無いばかりに…」
「せ~い~、お主、いい加減にぃ―」
「だぁああ!やめろ愛紗!!」
仕事以上に疲れる原因がここにある気がする…。
「…コホンッ。そういう訳ですから、ご主人様はお一人で行って来てもらいます。もちろん護衛はお付けしますけれど」
「大分平和になったとはいえ、まだ野盗がいるからなぁ…」
「呉のみなさんには、今回の旨はお伝えしておりますので、ゆっくりしてきてください」
「いいなぁ~私も雪蓮さんたちに会いたいなぁ~…」
「桃華様…そういうことは仕事を終えてからおっしゃってください。」
「あ、あははぁ……だって難しくてよくわからないんだもん~」
「はぁ……」
王としての自覚が明らかに足りない桃華に、華琳の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。
待てよ…呉に行くんだし、ついでに雪蓮の爪の垢を……。
「…ご主人様。今ものすご~~~~く失礼なこと考えてなかった?」
「い、いいやっ!」
「どもりましたね」
「あぁ、どもったな」
「うっ…そ、それじゃあ俺は行く準備をしてくるよ。何かあったら呼んでくれ」
「消化不良ですがいいです。今日の軍議はこれで終わります」
朱里の号令の後、誰かに声をかけられる前に急いで自室へと戻った。
――そして翌日
数人の護衛―なぜか翠が率いている―を引き連れて呉へと向かう。
「なぁ、翠」
「ん、なんだいご主人様」
「朱里は呉に旨を伝えているって言ってたけど…どういう旨を伝えたんだ?」
「さぁ……政治に関して、あたしは口出しするつもりないし」
「そうか…翠、兵の調練の方はどうなんだ?」
「協役通り、兵の数を制限して、優秀な者を選定してるよ……って、だから仕事の話はしなくていいんだって」
「あ、そうか」
「まったく。ご主人様は本当に根詰めすぎだぜ?」
「自分じゃあ、あんまり無理してるつもりじゃないんだけどなぁ…」
ただ…眠い。ものすごく眠い。夜寝かせてくれな……ゴホッ。
胸に突き刺さるいやぁ~な視線を翠から感じるからやめておこう。
「さ、着きましたよ」
「おぉ…久しぶりだなぁ」
もうどの国も自国のように慣れ親しんでいるため、久しぶりに見た江東の大地に思わず心が弾んでしまう。
―城門の前には、思春と蓮華が立っていた。
「それじゃあご主人様、あたしたちはこれで」
「あぁ、護衛ありがとう」
翠の背中を見送り、改めて蓮華に視線を向ける。
「久しぶり、一刀。意外と元気そうね」
「あぁ。蓮華も元気そうだな……って、意外とって何だ……」
「いや…その、朱里からは『はわわぁっ!ご主人様の精力が大変なことにぃ!』って聞いてたから」
朱里。帰ったら説教な。
「……………おい、北郷」
「な、何だ、思春?」
「……っち」
「ちょっと待て!今あきらかに舌打ちしたよな!俺なんかしたか!?」
「気のせいだろう。そんなことより、蓮華様。そろそろ行った方がいいのでは」
「そんなことって…」
「えぇい、黙れこの下衆が。話が進まんだろうッ」
本当に俺何したの……
蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「…はぁ。それじゃあ一刀、城まで案内するわ。街を見ながら行きましょう」
「あぁ」
後ろから突き刺さる思春の視線が怖すぎる…。
こんな状態でちゃんと街なんて見られるかなぁ…。
城門を抜け、町並みが見えて来た所で思春がいつの間にか居なくなっていることに気づいたが、突然居なくなるのは居るもの事なので気にしない。
「うわぁ…変わってないなぁ」
前に来たときと何も変わっていない。平和の代名詞がそこにあった。
「何も変わってないとはひどいな。これでも日々成長していっているのだぞ」
「そうだよなぁ…あ、新しい店が出来てる」
俺が指を指した方向にあったのは、前着たときには無かった何やら古風な店だ。
「なぁ蓮華、あれは何の店なんだ?」
「あぁ…そこは星が無理やり作らせた店なんだ…」
急に意気消沈した蓮華に驚いたものの、星が作ったって事は…。
通り過ぎるときに店内を覗いてみる。
そこには大量のメンマが……。
「見なかったことにしよう」
「えっ、ちょっと一刀?」
後ろで少し蓮華が混乱しているが、早足にその場を立ち去る。
メンマはもう…見たくない。
「蓮華様を置いていくとはいい度胸だな…」
「思春、街中で剣を抜くのはどうかと思うぞ…」
ついでに言えばお前今どこから出てきたんだよ。
「あら、思春。先に城に戻るんじゃなかったの?」
「いえ。少々寄り道をしていただけです。では、失礼します」
反転し、すぐに人混みの中へと消えてしまう。
「もう…思春も一緒に行けばいいのに」
「な、なんか用事でもあるんじゃないのか?」
主に俺の監視とか…。
「そうかしら……あら、あれは…亞莎だわ」
確かに、そこを行くは亞莎なのだが…どうやら本を買いに来たらしい。両手いっぱいの本を抱え、歩き難そうだ。
「おーい、亞莎。大丈夫か?」
「へっ、え?…う、うぅあっわああ!」
「あ、こけた…」
俺が声をかけたせいでバランスを崩したらしい。
「大丈夫、亞莎?」
「は、はい…れ、蓮華!どうしてこのような所に」
「一刀を出迎えに行くと言ったでしょう」
「あ、そうでした…」
「…よいしょっと。ほら、これで全部か?」
「あぁ、一刀様!ああぁ、ありがとうございましゅ!」
―噛んだな。
「どうしたんだ、こんなにたくさん…」
「い、いえ。小蓮様のお勉強ようにと…」
「…まさか、シャオが無理やり買いに行かせたの…っ?」
「いぃっ、いいえ!わ、私がもっと理解していただこうと思いましゅ…って!」
―嘘が下手だなぁ…。
「……いいわ。なら、そのわかりやすい本と一緒にシャオを徹底的に扱いて…」
「いや蓮華、勉強させるんだぞ!?」
何か変な本性が出ちゃってる!
「後で私からも言っておくわ。穏とあなただとどうしても言うこと聞かないのよねぇ…まったく」
「私が不甲斐無いばかりに…」
「別に貴方のせいじゃないわよ。シャオが―」
「あぁっ!一刀だぁ!」
俺たちの目の前には呉のお姫様―小蓮が居て…。
「ごふっ!」
俺の胸に…いや、腹に飛び込んできた。
き、効いたっ…ぜ。
「もう一刀遅いよぉ。待ちくたびれちゃったからお城抜けてきちゃったじゃんっ」
「…お、俺のせいじゃないだろう。ちゃんと予定通り着いたんだから」
「予定より早く着くぐらいじゃないと駄目なの!ほら、早く行こう!」
「お、おい小蓮!」
ま、待て!う、後ろに鬼が……ッ!
「しゃ~~~お~~~っ」
「おっ、おおお姉ちゃん……い、居たんだ……」
「あなたねぇ…亞莎に本を買いに行かせておいて、自分はお城を抜けてきたですってぇ~?」
「い、いや~。あ…あはははぁ……」
蓮華は表情こそ微笑んでいるが、目が笑っていない。
おぉ、オーラが見えそうだ…。
「あなたにはたあぁっっぷりと聞きたいことと言いたい事があるの」
「しゃ、シャオは無いから…これでっ」
「あ、コラッ!待ちなさーーい!!」
電光石火のごとく逃げ出す小蓮を鬼のような形相で追いかける蓮華。
孫呉を担う二人にしては、ひどく頼りなく見えてしまうなぁ…。
「俺たちも行こうか亞莎。本半分持つよ」
「は、はいっ。あぁっ、ありがとう…ございます」
俺たち二人は活気溢れる街中を、悠々と歩いて城を目指した。
―城に着き、荷物を侍女に預け、玉座の間に着くと雪蓮『以外』の全武将が出迎えてくれた。
「あれ、雪蓮は?」
「雪蓮なら今野盗を討ちに行っている」
「本当はわしが行きたかったのじゃが、策殿も限界だったらしくてな」
「ストレス発散かよ…」
誰にも聞こえないように小声で呟く。
ん?野盗?……まさか。
「それでは、改めて歓迎しよう―北郷」
「あ、あぁ。よろしく頼むよ」
「とりあえず、部屋はいつもの部屋を使ってくれて構わない。それから―」
冥琳が説明をしてくれているのだが、俺の頭はずっと雪蓮の事を考えていた。
「―っという日程だ。わかったか?」
「…あ、あぁっ!」
まずい…ちっとも聞いてなかった。
後で穏当たりに確認しておこう。
「では、後は自由にしてくれていい。我々も少し仕事があるのでな」
「わかった。とりあえず部屋で休ませてもらうよ」
「あ、一刀!」
「んっ、何だ蓮華?」
「い、いやぁ…そのぉ…っ」
「…どうしたんだ?」
…正直に言うと、今は蓮華に構ってる暇が無いぐらい眠い…
なぜなら、
「…一刀、聞いてるのっ?」
「あ、あぁっ!聞いてるとも」
マズイな…ちゃんと話を聞かないと……背後から殺気がする。
あぁ、鈴の音が聞こえるよぉー…。
「だからっ、…あ、明日、用事があるから、…街に一緒について来て欲しいの」
「何だ。そんなことなら喜んで」
「それじゃあ、明日部屋に迎えに行くわね」
「あぁ、待ってるよ」
そう言って、踵を返し、今度こそ立ち去ろうとすると―
「一刀!」
「…ん?…し、しぇれ、んぅっ!」
玉座の間に飛び込んできた雪蓮は、入ってくると同時に俺に抱きつき―
―キスをしてきた。
「ん…ふぅん…っ」
ちょっ、雪蓮…ッ!?
突然の雪蓮のキスに困惑したが、その感触におぼれそうに……。
「…ほ、北郷おおおおおおおぉッ!!」
「…ッ!し、思春!?、まっ!」
「問答無用っ!死んでその罪を償うがいい!」
「うわああぁあっ!」
思春の剣が俺が元居た場所に振り下ろされる。
おいおい…床が砕けて……
「殺す気かあぁあ!」
「死ねと言っているだろう!」
「無茶苦茶だあぁ!」
問答しながらも切りかかってくる思春。
この攻撃を避けられるのも、愛紗に鍛えられた―主に一方的―おかげだと思いたい。
「ちょっとぉ、思春。一刀を取らないでよぉ」
「そ、そんなつもりはっ!」
「とかなんとか言っちゃって、顔真っ赤よ?」
「―――ッ!」
「こらこら、雪蓮。あまりからかっては駄目よ」
「はぁ~い……あ、冥琳。ただいま♪」
「……順番が逆よねぇ…雪蓮?」
「ご、ごめんって」
「まったく。……いい加減出て来い、北郷」
思春からの追撃を逃れるため玉座の裏に隠れていた俺に冥琳が声をかける。
恐る恐る覗き見、思春が剣を持っていないことを確かめて、言う。
「わっ、悪いのは俺なのか?」
あ、声が裏返った…。
「せめて時と場所は考えて欲しいわね」
「そ、そうです!破廉恥です姉さま!」
「何よぉー。蓮華だって、昨日からずっと上機嫌だったじゃない」
「ねっねね、姉さまっ!!」
「そうですよぉ~。昨日は全然仕事が手につかないって感じでしてねぇ~」
「も、もうっ、穏まで!」
「蓮華様。仕事に差し支えるようでしたら、私が排除しますが」
チャキッ…
「「駄目ぇええええっ!!」」
俺と蓮華の悲痛な叫びが重なり響く。
い、いい加減にしてくれ…命がいくつあっても足りないよ…。
「いつまでイチャついているつもりなんだ…」
「俺は別に―」
「えぇっ、私とは遊びだったの!?」
「違う!!ってか誰から聞いたそんな知識!」
「星よ」
…あいつ本当にこの世界の人間か?なぜか『萌え』なんて言葉知ってるし…。
「いちいち話を脱線させるなっ」
イライラが募りだした冥琳が怒気を混ぜながら言った。
「それで雪蓮。野盗の方はどうだったの?」
「そうそれよっ!聞いてよ冥琳!実は、私たちが駆けつけたときにはすでに退治されてたのよ」
「何?では、誰かが代わりに討ったということか?」
「そうそう。なんでも、数人の騎馬隊に全滅させられたんですって」
「……騎馬隊?」
「あら、一刀心当たりでもあるの?」
「心当たりというか……それ、俺たち」
「……はぁ?」
何故そこで俺が出てくるのかわからないのだろう。
野盗を退治することでストレスを発散しようとしていた雪蓮は大層不服そうだ。
「いやぁ…ここに来る途中夜襲に合ってな。翠と一緒に応戦したんだ」
「もぅ…私が暴れたかったのにぃ」
「はははっ。なら今度また機会があるよ。そいつらには逃げられたからな」
「逃がしてどうするのよ。やるなら徹底的に―」
「早く呉に…みんなに会いたかったんだ…」
「……一刀」
チャキッ
「待て思春。まだ何もしてないっ!」
「まだ…だとっ?」
「い、いや、今のは言葉のあやで……っま、待て!」
「思春」
「はっ、何でしょう」
「傷はつけちゃ駄目よ」
「はッ!?ちょ、ま…ッ!」
「安心しろ…一瞬だ」
それ、死亡フラグ……。
―呉を訪れて早々、俺の視界は真っ暗になった。
気がつくと、そこは天国だった。
いや、別に死んだわけでも、俺が居た世界に戻った訳でもない。
だが、これを天国と言わず何と言う?
雪蓮と蓮華と小蓮と一緒に、入浴していた。
「夢?」
「あら、起きたの一刀?」
「しぇ、雪蓮…これは夢だよな?」
「はぁ?何言ってるの。どう考えても現実よ」
「じゃ、じゃあ…なんで俺風呂に入ってるんだ?」
「一刀がいつまで経っても起きないからよ。今はもう夜よ」
「…はっ?」
よ、夜?
「俺、あれからずっと気絶してたのか!?」
「気絶…っていうか」
「熟睡してたわよ」
「シャオが起こしても全然起きないんだもん」
「…よし。話はわかった。だが、何故それと俺が風呂に入っていることに繋がるんだ?」
「お風呂は貴重なんだから、入れるときに入るのよ」
「わ、私は反対したんだが、姉さまが…」
「シャオは別にいいだけどね~。一刀は一度一緒に入ってるし♪」
「…ちょっと一刀、どういうことよ」
雪蓮が不服そうにこちらの顔を凝視してくる。
「ちょ、雪蓮…顔が近いって…」
そ、それに……い、色々と……見え―
「か、一刀っ!」
「ぶっ!」
後頭部を蓮華に思いっきり引っぱたかれ、その衝撃で目の前に居た雪蓮に―
「きゃっ―あ、ん…」
「あぁ!お姉さまズルイ!シャオもぉ!」
「こ、コラ、シャオ!!」
前は雪蓮のふくよかな胸。後ろには小蓮のスベスベの肌が当たって……
も、もう……ダメ。
「か、一刀!」
「あららぁ…刺激が強すぎたみたいねぇ…」
―風呂の中でもう一度、俺の視界は真っ暗になった。
「まったく…風呂ぐらいゆっくり入らせてくれよ…」
「あはは。ごめんってば」
「お主も策殿の裸が見れて、目の保養になったじゃろう」
「そ、それは……」
「なぁにぃ~。一刀は私のどこに見とれてたのかなぁ~?」
雪蓮がからかい気味に、嬉しそうに聞いた。
「……ぜ」
「ぜ…?」
「ぜ、全部…だよ。綺麗過ぎて見とれちゃってた…」
「―――ッ」
「はっはっはっ!策殿、今回は主の負けのようじゃな!」
「もう、一刀……あんまりからかうんじゃないわよ!」
「べ、別にからかってなんか…ちょ、雪蓮!痛いって!」
雪蓮が俺の首を引っつかみチョークスリーパー気味に首を締める。
そんな俺からは見えなかったが、雪蓮はものすごく顔を真っ赤にしていたと、後から祭に聞いた。
「祭さんもちょっと飲みすぎなんじゃないですか…」
「いいじゃろう今日ぐらい。お主にはとことん付き合ってもらうぞ」
「明日も一応仕事があるんだから、ほどほどにして下さいよ」
「そういう冥琳も、いつもより酌が進んでるみたいねぇ」
「…まぁ、今日ぐらいはな…」
「そうねぇ…」
「…今日って、何かあったのか?」
俺以外のみんなは知っているように語っている。
「…あはははぁ!」
「な、何だよ雪蓮…」
「貴方が居るからよ、一刀」
俺?俺が居るから?
「な、何だよそれ…」
恥ずかしくてまともにみんなの顔を見れない。
「何を今更…種馬の癖に」
「だ、だからその呼び名はやめろって!」
「否定できるのか?」
「………」
「はっはっはっ!本当に面白い奴じゃな。ほれ、飲め北郷」
祭さんにお酌され、もうヤケクソ気味に酒を煽る。
「ほぉう、いい飲みっぷりじゃな」
「星や霞にもよく付き合わされてたからな」
あいつらは底なし過ぎる。朝まで付き合ったら間違いなく重度の二日酔いコースだ。
「蜀のみんなは元気にしてる?」
「あぁ、みんな毎日仕事に大忙しだよ。星と鈴々は全然仕事してないけどな」
「あはは。そう。相変わらずなのね」
「愛紗にはよく『平和ボケしてる』って言われるだけどね」
「いいじゃない。平和が一番よ」
「あぁ。何事も無いのが一番だ」
雪蓮と冥琳は感慨深そうに頷く。
だが…、
「ワシはもう少し事件が起きて欲しいんじゃがな」
「祭殿、そういうことはあまりおっしゃらないで下さい」
「そうは言っても、毎日毎日政務だけでは暇なんじゃ」
「それもそうよねぇー」
「雪蓮…あなたまで」
「でもそれも、平和だから…言えるのよね」
「……雪蓮」
俺はいつしか口を挿めなくなっていた。
「母様が目指した平和がここにあるんだなぁ…って最近よく考えるの。私、ちゃんと母様の目指した平和が実現できたんだよね?って。今なら、母様は私を褒めてくれるかしら?」
「『……まだまだよ』」
「えっ?」
「堅殿なら、そうおっしゃられるだろう」
「そうね。あの人がそう簡単にあなたを褒めるわけ無いじゃない」
「…もぉう!一刀!」
「えっ、な、何だ?」
「今日はとことん飲むわよ!!」
「えっ!?」
俺そろそろ寝たいのに!
「あ、居た。姉さまぁあ!」
晩酌をしていた俺たちの所に蓮華や思春、明命に穏までやってきた。
「まったく。何してるのよこんなところで」
「見ればわかるでしょう。壮美なる銀月の下で、愛しき者と杯を交わしてるのよ。どう、蓮華たちも少しぐらい」
「…よろしいのですか?」
「もちろんよ。ねぇ一刀」
「あぁ、こんな美少女を断る方が難しいよ」
「も、もぉう…。そんなこと言って…っ」
「蓮華様。私はこやつを見張っておりますので」
スッ、と思春が剣へと手を伸ばす。
「いいわよそんなことしなくても。ほら、貴方も一緒に」
「し、しかし私は臣下の身…主と席を同じにするなど…」
「いいから。私に酌をしなさい」
「……はい」
声こそ乗り気では無いが、思春は今日見た中で一番の笑顔を浮かべていた。
「ほぉらぁ、明命と穏も来なさいよ」
「へぇっ!わ、私はお酒は……」
「いいじゃない。大人への第一歩として」
「もぉ、駄目ですよ雪蓮様。明命ちゃんにはまだ早いですよぉ~」
「なら、穏は付き合うのじゃろうな?」
「はぁい♪ご一緒させていただきます~」
「明命も来い。飲み物は適当に用意する」
「は、ハイッ!」
「まったく。大人数になっちゃったわね」
「はははっ。それだけ雪蓮がみんなから好かれているってことさ」
―………………。
あ、アレ?何、この空気…。
「まったく。鈍感なんだか鋭いんだか…。私にも見抜けぬ」
「そういうな冥琳。みな、そんな奴を好きなのじゃからな」
「そうよ。一刀はやるときはやるからいいの♪」
「ね、姉さまっ」
「んぅ~どうしたの蓮華?一体何を想像したのかなぁ~」
「なななっ、なんでもありません!」
「……蓮華様。破廉恥です」
「思春!!」
「いやいやぁ~、若いですねぇ~」
「お主が言うか…」
「このお水おいしいですぅー…」
「あっ!明命それ何!?」
「何って、おいしいお水ですよぉ~」
「それお酒だよ!」
うわっ、完全に酔ってる。
「ははは。もっと飲め明命!」
「ちょっと祭さん!勧めないでよ!って言ってるそばから酌をするなぁあ!」
「だから、姉さまは王としての自覚が―」
「あぁ、はいはい。用は蓮華も一刀とイチャイチャしたいんでしょう?」
「ち、ちち…違います!私は、ただ…っ!」
「……穏、思春。止めてくれない?」
「申し訳ございませんが、私の力ではどうにも…」
「あははぁ~。いいじゃないですか。楽しくて」
「…まったく。貴方も大分回ってるじゃない」
「一刀、今日は一緒に寝ましょう?」
「ね、姉さま!駄目です!…私がっ!」
「あらら、積極的ねぇ蓮華。なら、一緒にしちゃう?」
「―――ッ!!」
その光景を想像したのか、蓮華は顔を真っ赤にして俺の方をチラチラと見てくる。
「策殿、私も混ぜていただきたいな」
「祭さんまで何を言って…」
「蓮華様が行くというのなら私も…」
「おい思春、お前は止めろよ!」
「あはは~。一刀さんもてもてですねぇ~」
「穏!お前も敵か!め、冥琳…助け―ッ!」
「頑張ってくれたまえ。種馬君」
「冥琳ーーー!!」
孤立無援、四面楚歌、酒池肉林…あぁ、まずい…非常にまずい…。
せっかく呉に疲れを癒しに来たのに……っ!
「誰か、助けてくださああああああああいぃ!!」
「このお水おいしぃです~」
俺の悲鳴は、美しい夜空へと吸い込まれるように消えていった。
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前作『北郷一刀の本気』とはまったくの別物です。主に萌え路線に走ったつもりなのですが、お、俺の妄想はこれが限界だ!
追伸:誤字の修正と加筆しました。亞莎の存在を素で忘れてましたので、追加しましたw