将志達は宴会の後、しばらく大和の神と過ごしてからまた自由気ままに旅をすることにした。
ただし、以前のように世界中を旅して回るのではなく、後に日本と呼ばれる一帯だけを旅することになった。
と言うのも、ちょっとした理由があって外に出られなくなったからである。
「本当に貴方達には申し訳ないことをしたわね……まさか、貴方達が手の届かないところに行こうとしたら実力行使をするなんて思いもしなかったから……」
「きゃはは……おいしすぎる料理も考え物だね、将志くん……」
頭を抱えてため息をつく神奈子に、愛梨は苦笑いを浮かべる。
そう、将志達が日本から出ようとすると太陽が隠れたり雷が落ちたりするようになったのだ。
今では毎日のように神がとっかえひっかえ食材をもってやって来ては将志に勝負を挑んだり、愛梨の芸を見たり、六花に相手してもらったり、アグナを愛でたりして、最後には食事をしていた。
なお、現在神奈子は将志達の様子を見に、食材をもってやって来ていたのだった。その話を聞いて、将志は小さくため息をついた。
「……だが、それほどまでに認められていると言うこと、悪い気はしない。それに、この辺りの変化を見届けるのも悪くはないだろう」
「そう言ってもらえるのは助かるけど、貴方達はそれで良いのかしら?」
「良いも悪いもありませんわよ。こちらとしては、食料をそちらがもってきてくれるおかげでお兄様が道端のキノコや野草で実験をしなくてすむので良いのですけど」
「兄ちゃん、よく毒に当たって倒れるもんな~。この前は魚食って泡吹いて倒れたな」
神奈子の質問に六花は呆れ顔で将志を見ながら答え、アグナは最近の将志の惨状を思い出しながらそう語った。
それを聞いて、神奈子は大きくため息をついた。
「……よくそれで今まで生きてこれたわね……」
「……食の探求に犠牲は付き物だ」
「限度ってものがあるわよ……」
親指をグッと立てて力説する将志に、神奈子は絶句した。
そんな神奈子に、愛梨が違う話題を振る。
「でも、かなちゃんずいぶん久しぶりだよね♪ 他のみんなは結構来るけど、今まで何かあったのかな?」
愛梨の呼び方に、神奈子はがくっと一気に脱力した。
「だからかなちゃんって……まあ良いわ。貴方達、今大和の神の間でどういう扱いになっているのか全然知らないのね。貴方達に会うのは予約制よ。その予約を取るのに戦争が起きるくらいなんだから、貴方達に会うのはすごく苦労するのよ」
「あら、神様達に人気って言うのも悪くないですわね。それで、何でそんなことになっているんでしょう?」
「それが意見を聞いてみると、飯がうまい、面白い芸が見れる、かわいい娘が居る、闘いも楽しめる……要するに、貴方達は退屈を紛らわせるには需要を満たしすぎているのよ。おかげで会いに来るのが大変だったわ」
楽しそうに笑う六花に対して、神奈子は若干疲れたような仕草で答えた。
どうやら余程激しい争奪戦を繰り広げてここに来たようであった。
「……それで、今日はいったい何を所望だ?」
「そうね、さし当たっては食事かしら。それから、後で少し手合わせをして欲しいわね」
将志が話を切り出すと、神奈子はそう答えを返した。
将志はその答えを聞くと、ゆっくりと神奈子の眼に視線を合わせた。
「……手合わせか……誰とだ?」
「一番強いのは誰?」
「そんなら兄ちゃんかピエロの姉ちゃんだな」
神奈子の質問にアグナが即座に答えた。
すると、愛梨は顔の前でそれはないと言った風に手を振った。
「違うよ♪ 将志くんのほうがずっと強いよ♪ だって、将志くん全然本気出してないもんね♪」
「そうなんですの? 今でさえ全然勝てませんのに?」
愛梨の言葉に六花は黒曜石のような黒い瞳をパチパチと瞬かせた。
それに対して、愛梨は我が事のように楽しそうに話を続ける。
「だって将志くん、『女子供に向ける刃は無い』って言ってなかなか本気出してくれないよ♪ 僕は本気の将志くんとたまに勝負するけど、未だに勝てないよ♪」
普段将志達は何かあったときに自分の身を守れるように、お互いに模擬戦を行いながら訓練を積んでいる。
その時将志も訓練を行うのだが、彼は他の三人を相手に圧倒しているのであった。
しかし、自らの信条を貫く将志は普段は彼女達に本気で戦うことは無い。
唯一本気で戦うことのある愛梨ですら、将志が本気の自分を忘れないようにするために仕方なくといった感じである。
愛梨の話を聞いて、将志は小さなため息と共に首を横に振った。
「……妖力の制御は愛梨のほうが上手いのだがな……」
「キャハハ☆ それでも将志くんのほうが動きも速いし力も強いから、やっぱり僕じゃ勝てないよ♪ そういう訳で、将志くん、ご指名だよ♪」
愛梨がそう言うと将志は目を閉じ、軽く息をついた。
「……いいだろう。神奈子はそれで良いか?」
「ええ、音に聞こえた槍妖怪の銀の槍にどれだけの冴えがあるのかも気になることだし、お願いするわ」
「……そうか……ならば先に手合わせをするとしよう。食事の後にすぐ動くと体に障る」
将志はそういうと背中に背負っていた槍を手に取り、巻きつけていた布を取り払った。
その中からは三メートルくらいの直槍が出てきた。全身が銀色の輝く槍のけら首の部分には銀の蔦に巻かれた黒曜石の玉があしらわれていた。
「そうね。食事は運動の後でゆっくり食べたほうが良いわね」
神奈子がそういうと、神奈子の周囲に紅葉の様に見える力が集まり、両脇に巨大なオンバシラが控える。
それを前にして、将志は肩慣らしに槍を軽く振るう。槍はいつものとおり流れるように舞い、銀の線を宙に描いた。
神奈子は始めてみる将志の槍捌きに思わず見とれた。
「……見事な舞ね。これ単体でも結構受けは良いと思うわよ?」
「……俺の槍は見世物ではない。俺の槍はただ一つ、大切なものを守る槍だ。……少々泥臭いかも知れんが、勘弁してもらおう」
そう言うと将志は眼をゆっくりと開き、神奈子に向かって槍を構えた。神奈子はそれに笑って答える。
「泥臭くったって良いじゃないの。大切なものを守るためならそれくらいでちょうど良いわよ。さて――――貴方の槍、見せてもらおうか!!」
神奈子がそういった瞬間二人は同時に空へ飛び上がり、勝負が始まった。
最初はお互いの手の内を探るために二人は神力、または妖力の弾を飛ばしあう。
将志は神奈子の色鮮やかな弾幕をすり抜けるように躱し、神奈子は将志の銀と黒の弾幕を最小限の動きで避けていく。
「……次、行くぞ」
その中に、将志がだんだんと妖力で出来た長い槍を投げ込み始める。急旋回や宙返りなどアクロバティックに素早く大きく移動して放たれるそれは、弾幕の回避と共に多方向からの攻撃を仕掛ける。
「まだまだ甘いわ」
神奈子はそれを冷静に躱し、将志に密度の高い弾幕で反撃を仕掛ける。将志はそれに対して、避けずに突っ込んで行った。
先ほどと打って変わって、将志は移動速度を落としてゆっくりと弾幕を回避する。
「隙あり!」
「……ちっ」
その抜けてくる将志に向かって、神奈子はオンバシラを投げつけた。
将志は妖力で銀色に光る足場を作ってそれを蹴り、直角に軌道を変えると同時に急加速して避けた。
その状態から将志は神奈子の頭上を取り、上から妖力の槍を数本まとめて投げつけた。
「おおっと!?」
将志の突然の高速移動に一瞬驚くが、神奈子は冷静に避けていく。
将志の槍の弾幕は通った後に銀の軌跡が残り、その軌跡が弾幕に変わってランダムな方向に飛んでいく。
それにより行動範囲はかなり制限されることになるが、神奈子は慌てることなく銀の檻から抜け出す。
「……そこだ」
将志はその抜けて出てくるところを狙って、槍を投げた。
「まだよ!」
その槍に対し、神奈子はオンバシラをぶつけることで対抗する。
オンバシラにあたった槍はその場で消え、オンバシラはそのまま唸りを上げてその向こう側に飛んでいく。
「……ふっ!」
将志はそのオンバシラの横に回りこみ、すれ違うようにして弾幕を放つ。
将志の耳にはオンバシラが風を切る音が聞こえ、ギリギリの回避であったことが伺えた。
神奈子がそれを迎え撃とうとすると、急に将志が銀の壁にまぎれるように眼の前から消え失せた。
弾幕を避けながら辺りを見回すと、将志は真下から新たに弾幕を放っていた。
「くっ、素早い!」
神奈子は想像以上の将志の素早さに歯噛みした。
緩急をつけた動きの中で、瞬時に眼で追えないほどの速度まで加速するとは思っていなかったのだ。
しかもその軌道は直角だったり、百八十度変わっていたりとかなり無理のある滅茶苦茶なもので、予想がつかない。
それ故に相手の移動した先を狙ったはずの弾幕が、結果的に見当違いの方向に飛んでいくことになっていた。
更に、将志の放つ弾幕もまた想像以上に苛烈だった。
素早く動く銀の弾幕の中に速度の遅い黒い弾丸が入ることで、その黒い弾が絶妙な位置で障害物と化すようになっているのだ。
「ええい!」
神奈子は移動する将志の前後にオンバシラを投げつけ、動きを止める。
将志はそれに対して再び銀の足場を蹴る事で直角に移動し、それを回避する。
「まだよ!」
その将志の移動した先に、神奈子は弾幕を張る。
目の前に迫る極彩色を見て、将志は今度は真下に跳躍した。
「そこっ!」
「……っ」
神奈子は今度こそ将志を捉えるべくオンバシラを投げた。
先の二本のオンバシラと弾幕により脱出口を完全に固定された一撃だった。
「……はっ」
眼前に迫るオンバシラを将志は体を強引にひねり、手元に壁を作って力尽くでそれを押し、無理やり移動することでそれを躱した。
オンバシラが将志の銀の髪をかすめて飛んでいく。体勢を崩した将志は空中で立て直し、地面に着地した。
「……ふっ」
将志は着地すると、自分に向かって飛んでくる弾幕を手にした銀の槍で全て叩き落した。
将志の手の中の銀がひるがえる度に、神奈子の弾幕がかき消されていく。その動きは、美しく回る独楽を連想させた。
全てを叩き落した将志は、その場で残心を取る。
それを見た神奈子は、将志のところへ降りてきた。
「あら、これで終わりかしら?」
「……ああ。動きすぎて食事が出来ないと言うのもなんだからな」
将志はそう言いながら槍を静かに収め、紅い布を巻いていく。そして槍を収めると、将志は愛梨達のところへ歩いて行った。
するとそこでは、森の中の広場に愛梨達の手によって調理場とテーブルが用意されていた。
なお、それらのものは全て愛梨の大玉の中の不思議空間に収納されていたものである。
「あ、きたきた♪ おーい、将志くん♪ 準備は出来てるよ♪」
「あとはお兄様の料理を待つだけですわ」
「腹減った~ぁ! 兄ちゃん、早いとこ飯にしようぜ!!」
「……ああ」
将志は小さく頷くと早速料理に取り掛かった。
調理場からは聞いただけで空腹になるような音が聞こえてきて、うまそうな匂いが当たりに立ち込める。
今日の料理は天津飯に鶏と野菜のスープ、それに桃饅頭だった。
「……完成だ」
完成した料理を盆に載せ、将志はそれぞれに配って行く。
全員に回ったところで、一斉に食事を開始した。
愛梨と六花はお互いに話しながら箸を進め、アグナは一心不乱に食事をしている。
そんな中、将志の隣に座った神奈子が将志に話しかけた。
「それにしても、貴方本当に強いわね。最後に弾幕を叩き落した槍捌きは見事だったわ」
「……鍛錬の結果だ。そう言われると毎日続けた甲斐があると言うものだ」
「本当にそれだけかしら? 私は少し貴方に聞きたいことがあるのだけれど?」
神奈子の言葉に、将志は食事の手を止めて顔を上げる。
「……何だ?」
「貴方、いったい何者? ただの妖怪にしては強すぎる。何か隠し事とかは無いかしら?」
「……そう言われてもただの槍妖怪としか言いようが無いのだが……」
突然の質問に淡々と答える将志。それに対して納得がいかなかったのか、神奈子はさらに将志に詰め寄った。
「ただの槍妖怪が神である私と互角以上の戦いが出来るものですか。それに、普段の妖力とさっきの妖力の量が違いすぎるわ。あの妖力量ならもっと体から出てこないとおかしいはずよ。いったい貴方はどうなっているのかしら?」
「……そうは言うが、本当に何でもないのだが……ただ毎日鍛錬を重ねていただけで……」
将志は困ったような表情をわずかながらに浮かべる。
すると、ふと気がついたように神奈子は質問をした。
「そうだ。そういえば、貴方は何歳なの? 貴方の槍を見る限り、今の神の技術じゃないわ。ましてや、人間がそれほどのものを作れるなんて思えない。貴方はいったいいつの時代からやってきたのかしら?」
「……分からない。一万を越えた時点で数えることをやめた。それもやめてかなり長い時間が経っている。あのまま数えていれば、億の単位までいっているのかもしれないな」
それを聞いて、神奈子は驚いた表情を浮かべた。
「億単位!? 私達よりもずっと昔から生きているってこと!? ……なるほどね、そこまで旧い妖怪ならその強さも納得だわ。でも、どうやってそんな妖力を隠しているのかしら? 見た目人間以下の妖力の大妖怪なんて聞いたことないわよ?」
「……それも分からない。俺は普通に過ごしているだけだが……」
将志の言葉を聞いて、若干呆れた様に神奈子はため息をついた。
「分からないって、自分のことでしょうに。本当に分からないのかしら?」
「……ああ」
「……まあ良いわ。知ったところでどうしようも無いことだし」
少し疲れた様子でそういうと、神奈子は食事を再開した。
その間に将志はアグナの注文を受け、天津飯のお替りを持っていく。
ご満悦の表情のアグナを見て微笑と共に頷くと、将志は神奈子に話しかけた。
「……ところで、何故いきなり手合わせを申し込んだのだ?」
「ああ、それは今度ちょっと東に居る神に戦を仕掛けることになって、それに私が行くことになったのよ」
「……それで、その肩慣らしのつもりで俺に手合わせを申し込んだのか」
「そうよ。もっとも、ああまで強いとは思っても見なかったけれどね。本気出してないでしょう、貴方」
神奈子は将志を見やりながらそう言った。
何故なら、先程の戦いでは将志は自分の槍を一度たりとも攻撃に使ってこなかったからである。
前評判では美しい槍捌きと俊敏な動きが秀逸と言う評価だったのだが、その槍は使われていない。
そう考えると、手加減されていたとしか考えられないのであった。
すると、将志は眼を閉じ小さくため息をついて頷いた。
「……元より食事前だ。食事前に暴れすぎて気絶などと言う事は避けたかった。それに、俺は本当に必要なとき以外はあの槍は振るわん。これだけは絶対に譲れん。まして、本気を出していない相手に向ける刃などはない」
「それじゃあ私が本気を出していたら貴方も槍を振るったのかしら?」
「……それは、相手の技量しだいだ。……やってみるか?」
将志はそう言いながら神奈子を見やる。
その視線から圧力は感じられないが、底の知れない深さがあった。
その眼を見て、神奈子は首を横に振った。
「試してみたい気もするけれど、やめておくわ。大事な戦の前に余計な消耗はしたくないしね」
「……そうか」
二人はまた食事を再開する。
どうやら自分の思った以上の味が出せたのか、将志はスープを飲んで満足そうに頷いた。
その向かい側では、笑顔で談笑しながらデザートの桃饅頭を頬張る愛梨と六花の姿があった。
「ああ、そうだ。貴方達、私と一緒についてきてくれないかしら?」
「……何故だ?」
唐突に放たれた神奈子の言葉に将志は首をかしげた。
そんな将志に神奈子は話を続ける。
「どうせ戦の後は宴会になるんでしょうし、そうなれば貴方達が呼ばれるのは確実でしょう? それならば、いっそ私に同行してもらおうと思うのだけどどうかしら?」
「……俺は別に構わないが……」
将志はそう言うと他の三人の方を見た。
「僕は良いよ♪ 将志くんが行くならついていくよ♪」
「私も良いですわよ。別に何か用事があると言うわけでもないのですし、良い退屈しのぎになると思いますわよ?」
「宴会があるなら俺も行くぞ!!」
「……だそうだ」
どうやら反対意見などないらしく、全員賛成のようだった。
「なら問題ないわね。それじゃあ、よろしく頼むわよ」
「……ああ」
満足そうに頷く神奈子に、将志は頷き返す。
こうして、一行は神奈子と共に東へ行くことになった。
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神々に気に入られた銀の槍一行。そんな彼らの元に、今日も神はやってくる。