第三話
「ほ、本当に………佳乃、なのか?」
一刀はまだ信じられないのか、少女に恐る恐る尋ねていた。
「うん………そうだよ」
上半身を起こしながら、少女は応えた。
一刀の後ろでは、万が一の為に備えて、護衛の少女たちが身構えている。
「む、無理するな! 今は身体の調子が悪いんだから………」
「だ、いじょうぶ…………それよりも………」
慌てる一刀を押し留めて、少女は彼の手を握った。
「よ、佳乃!?」
「やっと……やっと、カズ兄ちゃんに、会えた………」
少女は絞り出すような声で、一刀に向けて甘えるような笑顔を見せた。
「佳乃………………」
それを見た一刀は、身体の中から込み上げるものを感じた。
しかし、それを瞳を滲ませる程度に抑えて、少女の手を握り返した。
「……よ、佳乃、お前、いつからここに?」
「………さっきまで、家にいたけど……気が付いたらここに」
「目が覚めたら、この世界に来ていた、のか?」
「………この世界?」
「あ……えーと、後で説明するけど…………」
「ここって、三国志の世界、だよね?」
「………!?」
少女の発した言葉に、一刀は耳を疑った。
「佳乃、お前この世界を知ってるのか?!」
「うん、あのね………スーツの男の人達がね、カズ兄ちゃんが三国志の世界にいるって………それでね………カズ兄ちゃんが病気になるから、それを助けたいからって…………」
「スーツの男……俺が、病気に………? って、佳乃!?」
会話の途中で傾きだした少女の身体を、一刀は慌てて腕で受け止めた。
「か、華佗!?」
「どうやら思ったよりも、力の消耗が激しかったようだな………もう一度寝台に寝かせてくれ……」
華佗の言葉に従い、慎重に寝台に寝かせた。
「ご主人様………………」
一連の出来事をじっと見ていた黒髪の少女が、遠慮がちに口を開く。
「愛紗……………たぶん、妹の佳乃に…………間違いないと思う」
まだ確信に至らないのか、少し不安げに語る。
「あ、あの………今、病気、とか聞こえましたが?」
「…………………うん」
思い掛けない言葉を聞き、二人の表情が暗くなる。
「隊長を、助ける……とも聞こえましたが……?」
「何や物騒な雰囲気が出てきたけど、どーいうこっちゃ………?」
「うーん、ぜんぜん分からないのー………」
北郷隊の面々も、重苦しい空気になる。
「……ひとまず、深い眠りにつくツボを突いた後、自然回復を早めるツボを突いた。眠りから覚めれば、元気になっているハズだ。もし何か異常があったら、また呼んでくれ」
「すまないな、何から何まで………」
「さっきも言っただろ?それが俺の仕事だから、気にするな」
「華佗殿、世話になった。失礼する……」
代表して愛紗が礼を告げて、背中に少女を負ぶさった一刀たちが退室しようとする。
「ああ、それと一刀………」
「何だ?」
呼び止められて、首を少し相手に向けて返事をする。
「彼女の言ってた言葉、もしかすると………」
「………やっぱり華佗も、そう思うか?」
「ああ、今巷を騒がす変な連中と、何か関係があるのかもしれん………」
「………そうならないことを、祈るけどな」
「俺もだ。だが、もしその時には、俺も力を貸すぜ」
「ああ、ありがとう。だけど…………」
-そうならないことを、祈るけどな-
同じ言葉を同時に発し、互いに苦笑を浮かべた。
「………………というわけで、ここに帰ってくるのが遅くなったんだ」
「へぇ~、ご主人様の妹さんが………」
「結構可愛いじゃないの! 一刀には全然似てないのね?」
「ほっといてよ」
桃香と雪蓮を始め、全員が物珍しそうに少女を眺める。
「…………………」
その好奇の眼差しを向けられている少女は、少し一刀の後ろに隠れている。
「皆、少し落ち着きなさい。怖がっているじゃないの」
少し後ろで眺めていた華琳が、皆を軽く窘めた。
「一刀。この子、正真正銘あなたの妹なの?」
「うーん、妖の類じゃないかって一瞬考えたけど、幻とかじゃなくちゃんと触れられるし、何よりここにいないハズの、俺の妹の姿を知っている奴がいること自体、どう考えても有り得ないし…………」
「じゃあ、何か本人だと証明できるものは無いの?」
「とりあえず、色々質問してみるよ…………」
それから一刀は様々な質問をした。
誕生日、血液型、住所、電話番号、家族の名前など、本人以外では知り得ない事柄を確認した。
「………一応、全部当たってる」
「そう。なら、この子はあなたの妹だって事になるわね」
「えっ? そんなにあっさりと………いいのか?」
「他に証明する手立てが無い以上、そうするしか無いでしょ?」
「まあ。でも………」
「それに、もし後で違うと分かった場合には、それなりの処罰を受けてもらうから」
「お、おい!!?」
“処罰”という言葉に、一刀の顔色が急変する。
「当然でしょ? 自覚があるかは知らないけれど、あなたは今や三国の要人なのよ。そのあなたを貶めることは、国家反逆罪に値するわ」
「だ、だからって……」
反論しようとする一刀から視線を外し、隣の少女へと移す。
「さて。今の聞こえたでしょ? それを踏まえて答えなさい。あなたは正真正銘、北郷一刀の妹かしら?」
「………はい、そうです」
「嘘偽りがあれば、それなりの処置を取らせてもらうけど、良いかしら?」
「はい………構いません!」
少女は負けじと、真剣な眼差しで見つめ返す。
「………そう、分かったわ」
薄く微笑んだ華琳は、腕組みをして視線を一刀に戻した。
-言質を取った、って事か?-
視線での訴えを読み取ったのか、華琳は口元の笑みで返した。
「それじゃあ、次の質問。あなたが一刀に口走った“病気”とは、一体何の事なの?」
「…………実は」
「失礼します!!」
少女が問いに答えようとした瞬間、兵士の一人が勢いよく入ってきた。
「何事だ!?」
質問していた華琳は、突然現れた兵士に向けて怪訝な顔になる。
「はっ! 妙な出で立ちの一行が、お目通りを許して欲しいとの事で………」
「妙な出で立ち?」
冥琳は兵士の言葉を聞いて、眉根を寄せる。
「はいっ! 何でも、娘を探しにやってきた、とのことで……」
その言葉を聞いた全員が、何かに思い当たった。
幾分焦りの表情になった一刀が、兵士に尋ねる。
「そ、その一行って、どんな人達!?」
「は、はい。中年夫婦が一組と、そのいずれかの父親である老人が一人、そして北郷様のお召し物によく似た格好の男が二人です!」
「す、すぐに通せっ!!」
蓮華がそう言い終わる前に、一組の兄妹が部屋を飛び出していった。
-続く-
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