-プロローグ-
事の発端は、巷で流行している噂であった。
『天より漆黒の遣いの一群降り立ち、全てを闇で包み込む』
最初は皆、ただの噂だろうと相手にしなかったが、次第に事態が変わっていった。
街の至る所で怪しい輩が目撃されている、との報告が上がってきたのだ。
しかも、神出鬼没ですぐ消えてしまうとの証言も付加されている。
その為、現場にわざわざ出向いても、何の成果も得られない事がほとんど、いや全てだ。
今、足取り重く歩いている一行も、収穫無しで帰って行く集団であった。
集団は、蜀の武将である『美髪公』、関羽雲長、魏の武将で『三羽烏』と称される、楽進文謙、李典曼成、于禁文則、そしてこの四名の主人、上司であり、想い人である『天の御遣い』である青年、北郷一刀の五名であった。
「みんなゴメンな……付き合わせちゃって。愛紗は昨日も遠くまで行ったんだろ?」
青年は申し訳無さそうに声をかける。
「イエ、ご主人様が謝って頂く必要はございません!! ご主人様に非は全く無いのですし、今回の一連の件は不可思議な事が多過ぎますので………」
愛紗と呼ばれた少女は、真面目な表情で首を横に振る。
この『愛紗』というのは、彼女の真名と呼ばれるものであり、この真名を呼んで良い人間とは、互いに心を許し合った仲である者だけである。
北郷一刀は、その真名を多くの武将(それも全員美女・美少女)から預けられている。
それは、この場にいる他三名の武将にも当てはまる。
「そうだけど……でも今のところ目立った被害も見受けられないんだよなー。だったよな、凪?」
「はい。おかしな輩を見たという報告は多くなっているのですが……ただそれだけで、その者達に襲われたというような内容は、一切聞いていません」
凪と呼ばれた少女、楽進は、青年の問いかけに対して少し険しい顔で返答する。
「うーん……姿を見せるだけで何もしない、ただの幻覚にしたってあちこちで同じ現象が起こるハズもないし……」
「沙和もイッパイいろんな所行ったけど、見た人みんな怪我は無かったのー……」
「分かっとることっちゅーたら、その奴らの見た目が絡繰っぽかったゆーくらいや……」
二人の少女、于禁と李典は両者共に溜め息混じりで付け加えた。
「結局、まだ何も進展は無しか………」
少女二人よりも大きな溜め息を吐いた。
「ちゅーか、分からんことが多すぎるっちゅーねん!!」
「確かに……目の前に現れ、数刻経てば霧のように消えてしまう。もし実在するとすれば、目的は一体何なのか……?」
「あちこち行っても、沙和達みんなそれを見ていないから、いろいろあやふやなのー」
三人はもどかしそうな表情と素振りを、それぞれ見せる。
「民の不安を知りながら、我等は何も出来ないとは………」
黒髪の美少女は眉をひそめ、下唇を噛んだ。
「愛紗、そんなに自分を責めないで。大事なのは誰かのために何か行動を起こすことだ。君はそれが出来ているんだからさ」
「ですがっ!!」
「愛紗が一生懸命だって事は、民の皆にちゃんと伝わっているさ。ね?」
不安と苛立ちを消し去るように、青年は笑いかけた。
「……………あ、ありがとうございます」
頬を朱く染めて、少女は軽く俯いた。
「隊長~、ウチらを忘れてるんちゃうんか~?」
「沙和たちだってちゃんとお仕事やってるのー!!」
「…………………」
「そんなワケないだろーが。三人だって頑張ってるからイライラしてたんだろ?今日も皆良くやってくれたな」
部下であり、大切な人である三人のそれぞれの頭を、少し強く撫でてやる。
「…………隊長にはかなわんわ~」
「…………えへへへ~」
「………………」
三人とも満更でもない表情を見せた。
「さて、と。じゃあ皆、時間も時間だし、飯でも食べに行こうか。何食べたい? 俺奢るからさ」
「そんな!! そこまでして頂くわけには……」
「いいから気にしないで。次への英気を養うのも大切だ。皆最近この一件であちこち行ってるんだから、これぐらいしなきゃ罰が当たるよ」
「しかし、隊長………」
「いいから素直に受け取りなさい! これは命令だ! 全員しっかり食べて、しっかり休むこと!!」
「…………御意、有り難く頂戴致します!!」
「でしたら、最近新しく出来た料理屋に行きましょう!!」
「あっ!!この前凪ちゃんが行きたいって言ってた所ー?」
「なんや凪~、結構調べとるやないか~?」
「イ、イヤ………別に」
「ハハッ、凪のオススメならきっと美味いだろうな。じゃあ、そこにしようか」
「ハイッ!!」
「………ん?」
五人が料理屋に向けて雑談しながら歩く途中に、黒髪の少女が何かに気付いた。
「……愛紗、どうした?」
「………ッ!! あそこに誰か倒れていますっ!!」
そう叫ぶやいなや、視線の先に飛び出していった。
「お、おい、愛紗!!」
残る四人も、少女の後を追った。
「オイ! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」
追い付いた一行の下には、声を掛けている少女の姿があった。
確かに少女の言う通り、人が倒れていた。見た目からして女性だろうか、その長い黒髪が垂れて、顔を隠していた。
「賊にでも襲われたのでしょうか? それともあの不可思議な輩に……!?」
「分からない……見たところ大きな傷は見当たらないが…………」
不安そうに相手を見る少女だが、それと同時にある疑問が出てきた。
倒れている人物の服装が、あまり見かけないものであることだった。
「これどこの服なんだろー?」
「何や隊長の服に、どことなく似てる気がすんねんけど、隊長何か知っとる?」
「……………………………」
話を振られた青年は、目の前に倒れている人物をじっと見つめていた。
「………たいちょー?」
「………どないしたん、ボーッとして?」
「ちょ、ちょっとゴメン!!」
何かに引き寄せられるように、青年は女性へと駆け寄って、髪に隠されていた顔を覗き込んだ。
「…………………ッ!!?」
相手の顔を確認した途端に、青年の表情が驚愕へと変わった。
「…………隊長?」
「ご主人様、この者をご存知なのですか?」
「………そんな、まさか…………この子は………」
言葉を最後まで聞いた一同は、同じく驚愕の表情に変わった。
-続く-
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初めまして。二人で創作活動しております、喜多見翔馬と申します。pixiv、小説家になろう、ハーメルンでも連載中の作品をこちらにも投稿させていただきます。何卒よろしくお願い致します。◆追伸:台本形式、変更致しました。