・・・・は後悔していた。ある一家の家庭を壊してしまったことに。
・・・・は幸せだった。まるで太陽のような輝きの笑顔ををもった少女と出会えたことが。
「・・・・・・・・・・」
ある教会で、男は一人佇んでいた。
巨漢の身体は切り傷だらけ。服はところどころ焼け焦げており、頭と口からは紅い血の線が伸びている。
男はしばらく黙礼し、何かを強く思っていたようだが、やがてとぼとぼとおぼつかない足取りで教会を出て行った。
そんな男の背中を、教会の奥から二人の少女が静かに見送っていた。
王都カンバルクは、異様な雰囲気に包まれていた。
「・・・・・・なんか、空気がピリピリします」
不安げに呟いたのはエリーゼだった。彼女の不安を映し出すように、ティポも不安そうな表情でさっきから黙っている。
確かに、カンバルクは寒さが厳しい極寒の地で、肌を切るような寒さではあるが、エリーゼは違う種類の違和感を感じていた。
「これは・・・・・・」
ガイアスが、顎に手をあてて呟いた。
どうやら、この、何とも言えない緊張感に心当たりがあるようだった。
「俺がア・ジュール王として即位する前の雰囲気に似ている・・・・・」
「ということは、ここは、過去の分史世界・・・・・・」
ルドガー達はいつもどおりにヴェルから要請を受け、分史世界に侵入していた。
進入地点はカンバルク。これまで何度も分史世界に侵入し、分史世界を破壊してきた彼らだが、やはり、数を重ねても世界を壊す仕事は慣れない。
「とりあえず、いつものように情報収集をしなきゃね・・・・・・・・・!?」
突然小さな人影が、ジュードにぶつかったがすぐに駆けて行ってしまった。一瞬の出来事であり、カンバルクの中央通りは人でごった返していたため、小さな影は既に人ごみの中へと消えていた。
「今の・・・・・・・」
「どうかしたんですか? ジュード」
「・・・・・・いや、何でもないよ」
心配するエリーゼを見て、ジュードは何か考えていたようだが、すぐに首を横に振った。
「エリーゼちゃん!」
突然声をかけられたのはその時だった。
振り返ると中年の女性がエリーゼに近寄って手を取る。
「もう!あれだけ離れちゃダメだって言ったのに!」
「え・・・・? あの・・・・・」
「さ、早く帰るわよ・・・・・・・って、あれ?」
困惑するエリーゼに、女性はエリーゼの顔をまじまじと見つめると慌てて手を離した。
「ごめんなさい! あなたがあんまりにもうちの子にそっくりだったからつい! でも・・・・本当にそっくりね」
「・・・・・・・・・」
まじまじと見つめられ、エリーゼは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
「あの・・・・・この子にそっくりなエリーゼって子がいるんですか?」
ジュードが尋ねると女性は大きく頷いた。
「ええ。その子より小さいんだけど、顔がそっくり。でも・・・・・・困ったわ。一体どこに行っちゃったのかしら・・・・・」
「僕たちも探すの手伝いましょうか?」
「本当!? 助かるわ〜うち子供がたくさんいるからそろそろ夕飯の支度しなくちゃいけなかったのよ。悪いんだけど、お願いしてもいいかしら?」
「ええ」
「私の家は、中央通りの宿屋の横よ。面倒だと思うけど、見つけたら連れて来てね」
女性はジュードに何度も頭を下げると人ごみの中に消えていった。
「・・・・・・・・・あれ?」
そしてジュードは仲間から向けられた呆れの混じった視線に気付く。
「ジュードのお人好しは筋金入りだな」
口を開いたのはアルヴィンだった。
「仕方ないよ。ジュードだもん」
「なるほど。こうやってジュードは厄介ごとに巻き込まれていくのだな」
続いてレイアとガイアスも口々に感想を述べている。
「でも、私も気になります。私も探したいです」
エリーゼは思った。女性が言うエリーゼは分史世界の自分なのだろうか、だとしたら、何故カンバルクにいるのだろうと。
エリーゼの言葉もあって、分史世界の情報を集めつつ、分史世界のエリーゼを探すことになった。
中央通りを歩いていると、エリーゼは道ゆく人々から声をかけられた。
どうやら町の人も間違えるほどにそっくりらしい。
「その、エリーゼはその、ロータスさんって人の子なんですか?」
先ほどの女性とはご近所というおばあさんに、エリーゼは思い切って尋ねてみた。
「こんなことを他所の人間に話していいものかわからないけど。きっとこれも何かの縁なんだろうね・・・・・・今から、三年程前、この町に小さな女の子を抱いた巨漢の男が現れた。男は傷だらけでねぇ、血だらけの姿でロータスさんの家に入って行った」
「巨漢の男って・・・・・まさか、ジャオさん?」
「ジャオ・・・・いや、そんな名前じゃなかったねぇ。ロータスさんに聞けばわかると思うよ。私もロータスさんに聞いただけじゃが、冷原の音なし洞窟の更に奥に、ルタスという夫婦が住んでおった。ロータスさんはその夫婦が栽培している花を買いにたびたび出かけていたよ。夫婦は娘と三人で暮らしていたが、ある時から巨漢の大男が一緒に住むようになったと言っておった」
「・・・・・・・・・・」
「とてもエリーゼに良くしてくれる心の優しい男だと言っておった。巨漢の男はロータスさんに女の子を預けると、ザイラの森の方へ行ったきり戻ってこなかったよ」
「その女の子が・・・・」
「ああ。エリーゼちゃんだよ。ロータスさんも子供が多いのに、快くエリーゼちゃんを引き取ってね。自分の子供と分け隔てなく愛情を注いでいるよ。本当に出来た人間っていうのは、ああいう人のことを言うんだろうねぇ」
エリーゼはおばあさんにお礼を言って別れると、再び中央通りを歩いていた。
「やっぱり、その男の人って・・・・ジャオさんなんでしょうか」
「でも、名前が違うって・・・・・」
「そもそも、ジャオとは俺が王になった時に奴に与えた聖獣フォーヴの角の意味する名前だ。この世界はまだ俺が即位する前の世界。名前が違っても不思議ではあるまい」
レイアの言葉を遮ってガイアスが答えた。
「ザイラの森・・・・・」
エリーゼは中央通からザイラの森の方へ続く門を見つめた。そんなエリーゼを見て、レイアが尋ねた。
「エリーゼ、行ってみたいの?」
「え・・・・はい」
エリーゼがレイアを見て頷くと
「じゃあ、こうしよ。私とジュードとアルヴィンで街でエリーゼちゃんを探すからルドガーとエリーゼとガイアスで森の方行ってきてよ」
「え、ちょ・・・・そんないきなり」
「は〜い決定! きびきび動く!」
ジュードの首根っこを掴んで歩いていくレイアに苦笑しながら、「また後でな」と言ってアルヴィンもついていった。
ザイラの森の教会の前に差し掛かったとき、何か声が聞こえた気がしてエリーゼは立ち止まった。
「おっきいおじさんの声が聞こえる」
ティポの言葉に、ルドガーとガイアスも立ち止まった。
「ジャオさんの声かはわからないけど、教会の方から声が聞こえる気がするんです」
教会は昔から、ある怪談があり、街の者ならば滅多に近寄ろうとはしない。ガイアスは少し考えて言った。
「誰かいるのかもしれないな。行ってみるか?」
「・・・・・・・はい」
教会の方へ近寄るにつれて、声は大きくなった。
「・・・・わしは大きな罪を犯した。わしはどんな罰でも甘んじて受けよう。だが・・・・だが、あの子だけは・・・・あの子は幸せになるべきだ。頼む・・・・神というものが本当にいるのなら・・・・頼む、エリーゼに・・どうか、エリーゼに幸せを・・・・・」
その声は紛れもなくジャオの声だった。
エリーゼはおそるおそる教会の扉を開いた。相当古びており、扉の木の軋む音が教会内に響き渡る。
「ジャオ・・・・さん?」
扉を開いて中を覗き込むと、そこには大男ではなく、小さな女の子がぽつんと一人で立っていた。
じいっと教会の奥を見つめていたが、教会に入ってきた見知らぬ人たちに気付いて、女の子は振り返った。
エリーゼをそのまま小さくしたような女の子だった。
「・・・・・・・・・・」
エリーゼはしばらく何と声をかけていいかわからず黙っていたが
「こんにちは」
女の子は物怖じせず、笑顔ではっきりと挨拶してきた。
「こんちは〜」
黙っているエリーゼに代わりティポが挨拶を返した。すると女の子は少しびっくりしたようだったが
「わ〜ぬいぐるみが喋った!」
嬉しそうにティポをつついたりなでたりしている。
「あ、あの・・・・あなたがエリーゼちゃん?」
おそるおそる尋ねると
「そうだよ。おねえちゃんたちは?」
「私たち、ロータスさんに頼まれたんです。迷子になったエリーゼちゃんを探してほしいって」
「忘れてた! 早く行かなきゃ!」
女の子は慌てて入り口の方に駆け出した。
「え・・・? え?」
「追うぞ!」
エリーゼたちも慌てて女の子を追って教会を慌ただしく出て行った。
そんな彼らの様子を、教会の奥で見ていた二人の巫女が姿を現した。
「・・・・・一体どういう風の吹き回し?」
「う〜ん・・・気まぐれ?」
「気まぐれって・・・・・ほんと、適当なんだから」
「・・・・・じゃあ、何となく」
「・・・・・・・・意味、変わってないのわかってる?」
「うるさいなぁ。半分は何となくだけど、半分は違うよ。だってあれは冥界を彷徨う彼の言葉が心からの本当の言葉だったからだもん。そうじゃなきゃ聞こえてないって」
「でも、その声も私たちの力が無かったらあの子たちに伝わらなかったでしょ?」
「だからそれが気まぐれなんだって」
二人の巫女は楽しそうにくすくす笑うと、その場からふっと掻き消えた。
はじめから誰もいなかったように。静寂が、辺りを満たした。
女の子は町とは反対の方向——ザイラの森に向かって走っていく。さすが雪国の育ちだけあって慣れた様子で走っていくが慣れていないエリーゼとルドガーは何度も足を取られていた。
そんなこんなで、ようやく三人は女の子に追いついた。
女の子はどこからか摘んできた花を、大きな石の前に置いた。そして手を合わせて目を瞑る。
「これって・・・・・・」
そこでようやく女の子はエリーゼたちに気がついた。
「良かったらおねえちゃんたちもお祈りしてあげて。おじさんきっと喜ぶから」
「これ・・・・ジャオさんのお墓、なんですか?」
「わたしを助けてくれたおじさんのお墓なんだよ。おじさん、わたしを助けようとして、ここで死んじゃったんだ。その時に親切なおじさんが一緒にお墓作ってくれたんだよ」
よくよく見ると、岩には文字が彫られていた。オルテガ、と書かれている。
「ジャオの本名だな」
ガイアスが言った。
「わたし、まだちっちゃかったからよく覚えてないんだけど、おじさんが優しかったのは覚えてるよ。だから、お父さんも、お母さんも、おじさんも大好き」
屈託のない顔で女の子は笑った。
「・・・・・・・・・・・」
エリーゼは複雑な表情で女の子を見ていたが、女の子の隣で屈むと、手を合わせて目を閉じた。そして目を開けると女の子の笑顔があった。
「ありがとう。おねえちゃん優しいんだね。ねぇ、おねえちゃんの名前は?」
「私の名前は・・・・・」
エリーゼが言い終わらないうちに、後ろから魔物の鳴き声が突然響いた。
振り返るとギガント級の魔物がエリーゼたちを狙っていた。
ガイアスとルドガーは武器を取り、エリーゼは女の子を守るように立ち上がる。
エリーゼは魔物との間合いを計りながら、呪文の詠唱を始める。ルドガーは双剣で魔物の急所を狙って突進するが、尻尾で叩き落とされてしまう。
ガイアスは距離を取って覇道滅封を放つが、魔物は翼で飛んで難なくそれを避ける。
魔物はそのまま最も弱そうな獲物——エリーゼに向かって突進するが
「ルドガー!」
「おう!」
体勢を立て直したルドガーとガイアスは同時に魔物に飛び掛り
『邪霊一閃!!』
協力技でなんとか魔物を足止めする。
そこにエリーゼの術が完成した。
「ネガティブゲイト!!」
魔物の真下に黒い穴のようなものが開き、魔物を引きずり込む。魔物は必死にもがいて逃れようとしているが、エリーゼは更に精神を集中させる。
「こいつが時歪の因子だな・・・・・ルドガー!」
ガイアスの言葉に、ルドガーは頷き骸殻を発動させる。
そして槍を魔物に突きつけるが、ふとルドガーはエリーゼへと振り返った。
そんなルドガーの様子に気付いたエリーゼは精神を集中させたまま女の子に尋ねた。
「あなたは・・・・・今、幸せですか?」
女の子は少し驚いたようだが
「うん。とっても幸せだよ」
嘘偽りのない笑顔でそう言った。
「そうですか・・・・・・」
「おねえちゃんも、今、幸せ?」
女の子の問いかけに、エリーゼの頭の中に仲間のみんなとドロッセル、それから学校の友達の顔が浮かんだ。
「はい。私もとっても幸せです」
笑顔を返すと、女の子もにっこりと笑顔を返した。
エリーゼはルドガーに目で合図をすると、ルドガーは魔物を槍で一気に貫いた。
エリーゼの姿はファイザバード沼野にあった。ルドガーとガイアスに付き添ってもらって、中央部の開けた場所に来るとエリーゼは花束を供えた。
あの後、元の世界に戻った彼らは途中で別れたレイアたちと合流し、事情を説明した。
あれから少し日が経っていたが、エリーゼは色々と考え、ファイザバード沼野に訪れる決意を固めたのだ。
ここは、エリーゼとガイアス達を守ってジャオが死んだ場所。
なかなかここへ来るきっかけがなかったのだが、エリーゼ自身、この場所を避けていた。
エリーゼは花を供えると合掌し、目を閉じた。ルドガーとガイアスもそれに倣って黙祷する。
「いいのか、エリーゼ。あの世界ではジャオがお前を守って死んだが、この世界ではお前の両親を殺したのは・・・・・・」
「実際に殺していても殺してなくても、この世界のジャオさんも私を・・・・私達を助けてくれました。ガイアス、友達のことをそんな風に言っちゃダメです」
「友達は仲良く。信頼しあうものだよ、ね〜ルドガー」
ティポの言葉にルドガーは「ああ」と強く頷いた。
「む・・・・・・」
さすがのガイアスもこれには返す言葉がなかった。
「さ、そろそろ帰りましょう」
「もういいのか?」
ルドガーの問いにエリーゼは頷いた。
ガイアスとルドガーの後ろをエリーゼは歩いていたが、ふと、後ろを振り返った。誰かに頭を撫でられた気がしたのだ。懐かしい、大きな手の感触を感じた気がした。
「・・・・・・・・・・」
エリーゼはしばらく佇んでいたが
「ジャオさん、私は、今はとっても幸せです。あなたのおかげで、幸せな場所にいます。だから・・・・・だから、また、来ますね」
小声でそう言うと、先で待ってくれているルドガーとガイアスの元へ向かって走り出した。
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テイルズオブエクシリア2のパロディです。別サイトに載せているものをペタリ。