アグナが一行に加わってから、また長い年月が過ぎた。
将志達は相変わらず世界中を飛び回っていた。
そうやって世界を旅している内に、世界はどんどんと変遷して行った。
「……む……もう材料がなくなったか……」
将志は愛梨のボールの中の空間を見ながらそう呟いた。
ボールの中の食料庫は空になっており、食べられそうなものはほとんどない。
「きゃはは……星が降ってきてから一気に食事が出来なくなったね……」
それを聞いて、道化師の少女は乾いた笑みを浮かべて辺りを見回した。
辺りは一面の荒野になっており、生き物の気配がほとんど無い。
隕石が落ちてきて環境が激変し、それまで生育していた動植物がそれに付いて行けずに死に絶えてしまったのだ。
それ故に、将志達の食料も一気になくなってしまったのだった。
「くううう……腹減ったああああああ!!」
「叫んでも火柱を上げても無い物は無いんですわ……」
大声で叫んで足元から巨大な火柱を上げるアグナに、疲れた表情で答える六花。
この時代では、常に腹を空かせる事になった一行であった。
「……せいっ」
将志の放つ銀の槍が、全身に毛の生えた鼻の長い動物の額を貫いた。
その直後、地面に巨体が雪の上に倒れた。
それを見て、愛梨が嬉しそうに笑った。
「キャハハ☆ 晩御飯ゲットだね♪」
「おっしゃあああ!! 今日の飯は焼肉だああああ!!」
目の前に現れた大きな食料に、アグナが足元から巨大な火柱を上げる。
周囲を赤く染め上げ、足元の雪を溶かして巨大な水溜りを作った。
その勢いに、六花が思わず後ずさった。
「きゃあ!? ちょっとアグナ! 突然火柱を上げないでくだいまし!」
「おお、わりぃわりぃ」
こんな様に、雪原でマンモスを狩ったりした事もあった。
「……ぐふっ……」
突如として将志が地面に倒れこみ、小刻みに痙攣を始めた。
その手には赤いキノコが握られており、それにはかじられた様なあとが残っていた。
どうやら道端に生えたキノコを食べて倒れたようだ。つくづく学習しない男である。
「お兄様……道端に生えているキノコを興味本位で衝動的に食べるのはどうかと思いますわよ……」
「キャハハ☆ いつもの事だから仕方がないさ♪」
そんな将志に六花は額に手を当ててため息をつき、愛梨は楽観的に笑う。
そして、アグナは将志の頭の側に立った。
「どうした兄ちゃん! 毒にあたったくらいなんだって言うんだよ! その気になれば毒なんて平気だって! もっと熱くなれよおおおおおおおお!!」
「……こっちも平常運転ですわね……」
天高く炎を吹き上げて檄を飛ばすアグナに、六花は再びため息をつくのだった。
そうやって過ごしている間に、一行はとあることに気が付いた。
「……久々に見たな……」
「うん……僕もだよ♪」
「最後に見たのはいつでしたっけ……」
「何だ何だ? ありゃ何かの家か?」
一行の前には、簡単な作りの家が並ぶ集落があった。
その集落の真ん中には、宵闇を照らし出す炎が揺らめいていた。
そこには、直立二足歩行をする生物が集団で生活していた。
そう、人間が再び姿を現したのだ。
「…………」
将志はその集落を見た後、空を眺めた。
その黒曜石の瞳には、青白く輝く月が映っていた。
「……いつか必ず……」
その月を眺めながら、将志は静かにそう呟いた。
普段から将志は皆が寝静まって一人になると、月を眺めては主との再会の誓いを新たにする習慣があった。
その行為は永琳と離れ離れになって以来、槍の鍛錬と共に一日たりとも欠かしたことが無い。
将志の心の中から永琳が消えることは今の今まで、数億年の時を経ても一度も無かったのだ。
そんな将志の表情は無表情だったが、どこか淋しげにも見えた。
「ん? どうしたんだ、兄ちゃん?」
そんな将志を見て、赤く長い髪の炎の妖精が首をかしげた。
初めて見る将志の様子が純粋に気になっているのだ。
「……月に、お兄様の大切な人が居るんですの」
それに対して、六花は少し悲痛な面持ちになった。
六花はただの包丁だったときの記憶から、将志が永琳と共に過ごしていたときのことをおぼろげながらに分かっている。
そして、自分達がそれを失ったことによって出来た将志の心の隙間を埋めることが出来ていないことも。
「そうなのか? 兄ちゃんに俺達の他にダチが居るってのは初耳だぞ?」
「友達じゃありませんわよ。お兄様にとってはもっと大事な誰かですわ」
六花はそう言いながら月を見つめる。
その視線は睨む様でもあり、まるで将志を残していった相手に恨み言を言うようなものであった。
「むうううう……俺にはわからんぞ……」
頭から黒い煙を出しながらアグナは唸る。
アグナにとって、話をしたりする相手は将志達しか居ないのである。
故に、友達よりも大切な相手と言うものがどういうものかが良く分からないのだ。
そんなアグナの前に、六花はしゃがみ込んで頭を撫でた。
「大丈夫ですわよ、私にも分かりませんもの。分かるのは、お兄様とその相手だけですわ」
「むぅ……」
六花の言葉に、アグナは納得がいかないといったように頬を膨らませた。
その一方で、空を見上げる将志のところに愛梨が近寄った。
「将志くん♪」
「……?」
愛梨が声をかけると、将志はその方を向いた。
「それっ♪」
「……っ!?」
それに対して、愛梨はにっこりと笑って差し出したステッキの先から強烈な光を発した。
突然の閃光に、将志はとっさに腕で眼を覆った。
「キャハハ☆ びっくりしたかな、将志くん♪」
「……何のつもりだ?」
「君、主様のこと考えてたでしょ? だったら、もっと笑わなきゃ♪」
どことなく暗い雰囲気の将志に、愛梨は笑いかける。
将志は愛梨の言葉の意味が分からずに首をかしげた。
「……何故だ?」
「だって、将志くんのお話だと主様はまだ生きてるんだよね? それなら、会おうと思っていればいつかは会えるよ♪」
「……そういうものか?」
「そういうものだよ♪ だって、不可能じゃないんだからさ♪ 現に、君の主様は月に行けたでしょ♪」
優しい口調で愛梨は将志にそう声を投げかける。
それを聞いて、将志はふっとため息をついた。
「……そうか」
「それに、将志くんひどいよ? 僕も六花ちゃんもアグナちゃんも居るのに、そんな淋しそうな顔するなんてさ♪」
少し拗ねたような表情を浮かべる愛梨に、将志は微苦笑した。
それは苦笑いであったが、どこかすっきりした表情だった。
「……それはすまんな」
「謝るんならみんなに謝んなきゃね♪ お~い、みんな~!」
「……む?」
愛梨は大声で六花とアグナを呼び寄せた。
その声を聞いて、赤い服を着た二人組みがやってくる。
「どうかしましたの?」
「呼んだか、ピエロの姉ちゃん?」
「将志くん、僕たちが居るのに淋しかったみたいだよ♪」
「……いや、実際に淋しかったわけでは……」
「あら……それは頂けませんわね……」
将志は愛梨の言葉に訂正を入れようとするも、その前に六花が反応した。
六花は将志の背後に回ると、少し強めに抱きついた。
「ひどいですわ、お兄様。淋しいのでしたら言ってくれれば宜しかったのに……」
六花は吐息がかかる様な距離に赤く艶やかな唇を持っていき、そう囁きかけた。
「……別に淋しかったわけではない……ただ淋しそうな顔をしていると言われただけなのだが……」
「それも同じことですわよ? そういう訳で、今日は私がお兄様に添い寝してあげますわ♪」
「……好きにしろ」
それに対し、将志はいろいろ当たっているにもかかわらず顔色一つ変えずにそう答える。
そんな将志の反応を見て、六花はため息をついた。
「はぁ……その返し方は少し冷たすぎますわ、お兄様。かわいい妹の申し出なんですのよ?」
「……それはすまん」
「む~……」
そっけない態度を指摘されて将志は謝るが、六花はそれでも面白くなさそうな顔をしていた。
「……あむっ」
「……っっっっ!?」
六花は将志の耳をおもむろに甘噛みした。
突拍子の無い行為に、さすがに将志も背中をぞくりと震わせた。
その反応を見て、六花は満足そうに笑った。
「ああ、やっと反応してくれましたわね、お兄様」
「……お前は何がしたいのだ?」
「別に何でもないですわ。愛情表現を兼ねて少しからかってみただけですわよ」
六花はそういうと、呆れ顔の将志から離れていった。
そんな六花に、愛梨が話しかけた。
「六花ちゃん、あれはやり過ぎなんじゃないかな♪」
「愛梨、お兄様は手ごわいですわよ。私が思ったとおりの反応をしてくれませんわ」
「というより、あんなからかい方どこで覚えたのかな?」
「店に居たときに見た、仲の良いカップルを参考にしましたわ」
「きゃはは……普通、兄妹でそんなことしないと思うけどなぁ……」
六花の発言に、愛梨は乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
「なあ、兄ちゃん。兄ちゃん、淋しいのか?」
そんな二人を尻目に、アグナが将志に話しかけていた。
将志はそれに対して首を横に振った。
「……いや、淋しいわけではない」
「何だ、そんなら何も問題ねえな。そんなことより腹減っちまったぜ! という訳で、兄ちゃん飯!!」
元気いっぱいのアグナの一言に、将志は思わず笑みを浮かべた。
「……了承した。アグナ、火は任せるぞ。六花、包丁を貸してくれ。愛梨、テーブルのセットは頼んだ」
「合点だ、兄ちゃん!!」
「了解ですわ、お兄様」
「おっけ♪ 任されたよ♪」
そういうと、将志は料理を始めた。その日の調理風景はいつもより気合が入ったものになった。
料理が出来るにしたがって、周囲には料理の良い匂いが漂い始めた。
「……出来たぞ」
「それじゃ、食べよっか♪」
「頂きますわ」
「うおおお、腹減ったぁー!!」
「ふむ、噂に違わず旨そうだな」
テーブルの上に並んだ色とりどりの料理を見て、全員用意された席に着いた。
席に着くと、それぞれ思い思いに料理を食べ始める。
「確かに評判どおり、いや、想像以上に旨い……この料理はなんて言うのだ?」
「……料理の名前など特に決めてはいないが……名前が必要なのか?」
「必要であろう。名前があればその料理の説明が楽になるであろう?」
「……ふむ、確かにそうかも知れん」
「そうかも知れん、ではなくそうなのだ。しかし、聞いていた以上にこの味は良い……我が食した中でも五本指に入る旨さだ」
「……そうか」
他愛も無い話をしながら、それぞれ食事を続ける。
穏やかに時間が流れ、全員がリラックスした状態で料理の味を楽しんでいる。
そんな中、ふと将志が食事の手を止めた。
「……ところで……お前は誰だ?」
「……何故その質問が会話の最初に来ないかが我には不思議でならない……」
将志のあまりに今さらな質問に、質問された人物はがっくりと脱力した。
「我が名は八坂 神奈子。大和の神の一柱なり」
注連縄を背負った神は気を取り直して尊大な態度でそう名乗った。
将志はそれを聞いて首をかしげた。
「……その神が、いったい何の用だ? 食事だけというのならば別にかまわんが」
「驚きもしないとは、ずいぶんと肝が据わっておるな」
「……神ならばこれまでにも何度か会ったからな。現にいくつかの神はまれにこの場に顔を出す。それ故、またどこぞの神が食事に来たのかと思ったのだが……」
「……道理で頼んでも無いのに我の分の食事が並んだわけだ……しかし、幾らなんでも初対面の相手と誰も何の疑問も持たずに食事をするというのは……」
神奈子はそう言って同席している者を見回した。
「キャハハ☆ それが将志くんだから♪」
「正直、もう慣れましたわ」
「飯がうまけりゃそれで良し!!」
神奈子の質問に、愛梨は満面の笑みで答え、六花は苦笑いと共に返し、アグナは威勢よく言い切った。
それを聞いて、将志は神奈子へと向き直った。
「……だそうだが」
「……もう良い、貴方達としゃべってると威厳を保つのが馬鹿らしくなってきたわ」
将志達の言葉を聞いて、神奈子は頭を抱えた。
そんな神奈子の様子に、将志は再び首をかしげた。
「……悩んでいるようだが、どうかしたのか?」
「誰のせいで頭抱えてると思ってるのよ!?」
神奈子に言われて、将志はあごに手を当てて考えると、
「……誰だ?」
と、首をかしげたままそう答えた。
なお、将志は本気で考えた末にその結論を出している。この男、ピンポイントでアホになるときがあるため困る。
「自分だって言う答えに何故たどり着けないのよ……」
神奈子はそう言うと、テーブルの上にぐったりと伸びた。
「……修行が足りませんわね。お兄様の話相手をするにはコツがありましてよ?」
六花は優雅にスープを口に運びながらそう言った。
神奈子はそれを聞いて、顔を上げた。
「そのコツって何?」
「細かいことを気にしないことさ♪」
「……………………」
愛梨のアドバイスに、神奈子は沈黙するしかなかった。
神奈子はその場で首を振り、目の前に置かれたスープを飲んだ。
そして一息ついてから、将志に向き直った。
「槍ヶ岳 将志! 貴方に頼みがある!」
今までの醜態を振り払うように神奈子は大声で叫んだ。
将志はそれを自然体で聞き入れる。
「……何だ?」
「次の宴会で料理を作ってほしい!」
神奈子の言葉に、将志は首をかしげた。
「……何故神が俺に宴会の料理を依頼する?」
「今、夜になっているわね?」
神奈子はそういって空を指差した。
空は満天の星空で、その中心に見事なまでの満月が浮かんでいる。誰が見ても、見紛う事なき夜の姿であった。
将志はそれを見てこくりと頷いた。
「……ああ」
「これ、当分の間夜明け来ないわよ」
「……何故だ?」
「うちのところの引きこもりが引きこもったせいよ。あれが出てこないと朝は来ないわ」
神奈子は困り顔でそう話す。どうやらかなり深刻な問題のようで、かなり疲れた表情を浮かべていた。
そこまで聞くと、将志は納得したように頷いた。
「……成る程、それでおびき出すために宴会をするから、その料理を作れというわけだ。しかし、何故俺なのだ?」
「なに、知り合いの神が旨い料理を食わせる妖怪が居ると言っていたのよ。だから試しに来てみたのだけれど、想像以上だったわ。これなら宴会を盛り上げることも出来るわ」
「……別に俺でなくとも料理の上手い奴はいるだろう」
「それが、今までの料理担当者が過労で倒れてね。その代役を探してるのよ。駄目かしら?」
神奈子はそう言うと将志の返答を待った。
一方の将志は、あごに手を当てた状態で愛梨達に目配せをした。
「キャハハ☆ いーじゃん、将志くん♪ やってあげようよ♪ 神様に混じって大騒ぎできるなんて滅多にないしさ♪」
「私はお兄様に任せますわ」
「俺はうまい飯が食えるなら何でも良いぞ!!」
三人の回答を聞くと、将志はふっと一息ついた。
「……良いだろう、引き受けた」
「ありがとう、助かるわ。それじゃ、これから案内するからついて来なさい」
しかし、誰もついてこようとしない。
その様子に、神奈子は首をかしげた。
「……どうかしたのかしら?」
「ちょいちょい、姉ちゃんよぉ、せめて飯ぐらい食わせてくれねえか? 残していくのはもったいねえぞ?」
不満げなオレンジ色の瞳で見られて、神奈子はあっと声を上げた。
「それもそうね。それじゃ、ゆっくり堪能させてもらうわよ?」
「……そうするが良い」
神奈子はそう言うと、食事を再開した。
料理を口に運ぶと、口の中に程よい塩味と魚の旨味が絶妙のバランスで広がっていく。
「……やはり、おいしいわね。言葉が見つからないわ」
「……そうか」
おいしい料理に神奈子は思わず笑みをこぼし、それを見て将志もつられてかすかに笑う。
「キャハハ☆ 神様と親友の笑顔いただきました♪ 良い笑顔だよ、二人とも♪」
「そ、そう?」
「……そうか」
楽しそうな愛梨の言葉に神奈子は戸惑ったように頬を染め、将志は目を閉じて視線を切った。
こうして穏やかに食事の時間を済ませた後、将志達は神奈子に連れられて宴会場に行くことになった。
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長い旅路を行くと共に、時代もまた流れていく。しかし、忠義の槍は主を忘れることはなかった。