No.53430

董卓軍ルート妄想SS No.4

ryoさん

董卓軍ルート妄想SSの続き物です。
初見の方はこちらの方を先に読んでくださると嬉しいです。

http://www.tinami.com/view/51631

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2009-01-21 23:02:16 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:13460   閲覧ユーザー数:10052

 

≪1≫

 

 この世界に来て4日目。人間はそう何度も驚いてばかりいられる生き物ではないようで、ここでの生活は俺の日常となりつつあった。目覚まし時計はないので、朝日と人々が働き始めるざわめきで目を覚ます。井戸水で顔を洗い、口を濯ぐ。公的な立場は軟禁であるので、用があって出歩く時以外は自室で時を過ごす事が多い。しかし、全く出歩かないなどという日はなく、廊下ですれ違ったりするうち、ちらほらと顔見知りも増えてきた。変わった格好をしてるため目立つのか、相手の方がこちらを覚えてくれるのでありがたい。特に、身の回りの世話をしてくれる侍女とは世間話をする程度には仲良くなっていた。そんな俺が朝食後の余暇を侍女との雑談で過ごしていると、詠がやってきた。こうして、俺の天の御使いとしての一日が再び始まる。

 

 先日俺が提出した三国志の知識とこの世界の情勢の差異について、質疑応答の形式で話は進んだ。話し合いの成果は十分に得られたとは言えないが、少なくとも俺の持っている知識は念頭に置く程度であれば、役に立つだろうという結論に至る。

 

「とにかく当面の問題は、仮にこの洛陽の実権を手に入れたとしても、諸侯挙兵の可能性が高いということね」

 

「細かな状況が違えども、董卓が洛陽を占拠しているといった情報が流れているのは事実だし。真実がどうであれ、諸侯は董卓という逆賊を何らかの形で利用しようと考えるだろうね」

 

 机の上には大陸の地図や、各勢力の情報などがまとめられた書類が広げられている。紙はこの時代ではかなり貴重品なのだろう。地図は丁寧に扱われているのだろうが、日焼けや年月の経過による劣化がところどころに見られる。

 

「速やかに内部の敵を排除して、外敵に備えられる体制を整えないと、まともな抵抗もできないままボク達はあの世行きね…」

 

 実際、どのような罪を着せられるかはわからないが、死罪は免れないだろう。将兵クラスならわからないが、君主である董卓や側近である詠、そして天の御使いとして祭り上げられる予定の俺も、断罪の対象に含まれるだろう。自分達に何の非もないのにその仕打ちは理不尽だと思えるが、それが戦乱の世の中なのだ。理不尽に命を奪われる。俺がいた世界でも日常的に起こり、忘れ去られていた事。詠達を死なせるつもりも、俺自身人生十数年で幕を下ろすつもりもない。ならば徹底的に抵抗してやるまでだ。

 

「ボク達は、残された時間で計画が成功するようにできる限りのことをしましょう」

 

 詠のその言葉で今朝の会議はお開きとなった。

 

 

 

≪2≫

 

 本日の予定は、恋に付き添って街の警邏である。今日はちょうど都合良く恋が当番であるので、街の事をもっとよく知る良い機会になるだろうと詠が進言したのだった。相変わらず陰謀の片棒を担いでいるという実感が全く持てない日々だが、元々俺なしでも実行する予定であった計画であるし、新参があれこれ口を挟む必要はないのだろう。俺としても、そういった方面に自分が長けているとは思っていないのでありがたい限りだ。それに仕事とはいえ、かわいい女の子と街を一緒に歩くとなれば、男子たるもの胸が弾むに決まっている。

 恋との待ち合わせ場所である宮殿の出口に向かう際中、中庭の横を通り過ぎる。

 

(そういえば、詠に月という女の子の事を話していなかったな)

 

 昨日の出来事を思い出す。二人だけの秘密だと自分から言った手前、他人に進んで話す事は躊躇われる。緊迫した現在の状況を考えると、詠に相談することが最も合理的であることはわかるが、あの少女が他人に言いふらすとも考えにくい。彼女の雰囲気や人柄は、相手に自然と信頼感を与えるものであった。こんな一方的な信頼を押し付けるのはなんだかおかしな気がするが、そう感じたのは事実なので仕方がない。

 

「そういえば、結局彼女は何者だったんだろう…」

 

 真名は教えてもらったが、名は聞きそびれた。そのせいもあってか、彼女が何者であるか他人に気軽に尋ねる事ができない。大切な真名を言いふらして回るなんてとんでもなかった。

 そうこうしているうちに出口に到着する。恋はというと、しゃがみ込んで一匹の犬と戯れている様子だった。セキトといったか、初めて会った日に俺の上で寝ていた犬だ。

 

(セキト…。セキトってもしかして赤兎馬の赤兎か?)

 

 だとすれば、歴史上の名馬がえらくかわいくなってしまったものだ。そんな風に内心苦笑していると、恋がこちらに気がつき顔を上げる。

 

「恋、おはよう」

 

 俺が片手を上げて挨拶をすると、恋は小さく頷きそれに答える。ふと目線を彼女の右手にやると、大きな戟が握られていた。

 

(これがあの有名な方天画戟か…)

 

 如何にも重そうなそれを、恋は軽々と片手にぶらさげている。つぶらな瞳でこちらを見上げる少女の、勇猛果敢な戦いぶりを想像しようと試みたが結果は空しく、何度目かもわからない自身の想像力の敗北に終わった。

 

 

 

≪3≫

 

 警邏と言っても事件がなければ少し気合いの入った散策である。俺達はゆっくりと洛陽の街を歩いて回る。恋はどうやら無口な性格のようで、二人の中にはあまり会話はない。でも、それは決して嫌悪されるべき沈黙ではなかった。街の喧騒に耳を澄ませながら、時折恋の方に振り返り表情を窺う。恋本人は、警邏という仕事に対して特に熱意といったものを持っているわけではないようだった。淡々と前を見据え、俺の視線を感じた時は少し恥ずかしそうにこちらに視線を返し、時には食欲を刺激する匂いを漂わせる食べ物屋に注意を引かれたり。その小動物を思わせるような純朴な愛嬌が俺を飽きさせる事はなかった。

 

 巡回路を半分ほど過ぎた頃、恋はぴくりと何かに反応し突然その場に立ち止まる。何事かと俺が訝しんだ。

 

「…事件」

 

 そう言い残して恋は表通りから外れ、早足で裏道へと入って行った。俺はあわてて恋の背中を追いかける。恋自身にあまり緊迫した様子は感じられず、淡々と目的地に向かっている。ただ、少し覗いたその横顔には、微かに嫌悪を示す表情が浮かんでいた。

 

「何か聞こえたのか?」

 

 恋が何に対して反応したのかわからなかった俺は、前をゆく背中に問いかける。

 

「…気配、恋が嫌いなやつ」

 

 恋は前を向いたまま短く答える。嫌いなというヒントに対して思いを巡らしていると、突然停止した恋の背中に危うくぶつかりそうになった。どうやら目的地についたらしい。

 恋の背中越しに様子を見ると、数人の子供達が一人の少女を取り囲んでいるらしかった。

 子供達からは何やら幼稚な誹謗中傷が飛び交っているのが聞こえる。それに対し少女はしゃがみ込み、ただ黙って彼らを睨みつけていた。その態度が気に喰わなかったのか、子供の一人が少女を蹴りつける。少女は体勢を崩して地面に両手をついた。それを皮切りにしてか、子供達が一斉に暴力を振るい始めようと構える。

 

「おい! やめ…」

 

 俺が制止を呼びかけるより早く恋が動いた。その動きはまさに一瞬で、取り囲んでいる子供達の内二人の首根っこを捕まえ、高々と掲げて見せる。その突然の出来事に、今まさに暴力を振り降ろそうとしていた残りの子供達は、ただ呆然と見上げていた。

 

「…いじめちゃだめ」

 

 いつもの呟きのように静かな声で、しかし声色には確かな怒気が込められている。しばしの間沈黙が続いたが、一人がその威圧に耐え切れずに泣き出す。それが弾みとなり緊張の糸が切れたか、子供達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 恋はその様子をただ茫然と眺めている。俺は倒れている少女に近寄り、助け起こそうと手を差し伸べた。

 

「大丈夫? ケガはない?」

 

 俺の問いかけに少女は無言で首を横に振る。視線は警戒心を剥きだして俺と恋の双方を行き来し、突然の介入者の正体を探っているようだった。

 

「安心して、俺達は洛陽の宮中に勤めている人間で街の警邏をしていたんだ」

 

「そう…でしたか、お助けいただいた事感謝します」

 

 少女は幼さが残る声で、しかし丁寧な言葉遣いで礼を言った。立ち上がり、ずれていた帽子を両手で直す。仕草からも幼さが抜けておらず、かわいらしい動作に思わず微笑む。

 

「君はこの辺りの住人なの?」

 

「いえ、違います。旅をしており、先日この街にたどり着きました」

 

 旅という言葉に、俺は怪訝な思い抱く。

 

「連れの人は? まさか一人ってわけじゃないよね?」

 

 彼女はかぶりを振る。

 

「私の村は黄巾の乱の際に焼け、身内はおりません。流浪の身として今は仕官先を探して旅をしているところです」

 

 小さな少女の凛然とした態度は、余計に俺の心を苦しめた。本来ならまだ親の保護を受けていなければならないような子供が、自身の力を頼りに生き抜かなければならない。それほどまでにこの大陸は荒んでいるのだろう。

 

「仕官? 君は何か特技があるの?」

 

「軍略や政については少々、あとは一通り読み書きができます」

 

 誇るといった風でもなく、彼女は淡々と答える。

 

「軍師か文官志望ということかな?」

 

 この少女の能力がどれほどかはわからないが、幼い少女をこのまま放っておくわけにもいかない。偽善と言われるかもしれないが構わない。なんとかして彼女の手助けをしたいと思った。

 

「もしよかったら、うちにこない?」

 

「よろしいのですか?」

 

 少女の顔には驚きと困惑が浮かぶ。

 

「俺の権限でどこまでできるかはわからないけど、ここで関わってしまった以上、無視することが俺にはできない。なんとか掛け合ってみるから、その機会をくれないかな?」

 

「いえ、私からすればまたとない機会です。感謝はすれども断る理由はありますまい」

 

 そういって彼女は深々と礼をする。

 

「私の名前は陳宮と申します。以後、よろしくお願いします」

 

「俺の名前は北郷一刀、そして彼女は呂布。よろしく、陳宮」

 

 そういって、手で恋の方を指し示す。

 

「…よろしく」

 

 恋は短く挨拶をすますと再び黙り込んだ。大して興味がない、といった感じだ。

 

「あ、そういえば警邏の途中だったんだっけ…」

 

 当初の目的を思い出す。さすがに、このまま仕事をさぼって帰るわけにもいかない。

 

「少し時間をもらっていいかな? 今やる仕事を終えたら改めて宮中に案内するよ」

 

「ならば、私も警邏に同行させていただきます」

 

 そうして新たな従者を引き連れた俺達は、警邏の巡回路へと戻って行った。

 

 

 

≪4≫

 

「うん、まぁ合格としましょう」

 

 詠の言葉に俺と陳宮は思わず声を上げて歓喜する。

 

 警邏を終えて城に戻った後、陳宮を詠に面会させた。事情を聴いた詠は、実力をみるとの理由で陳宮に試験を受けさせる。初めは読み書き、その後は兵法の話であったり歴史の話であったり政治の話であったり、俺にはあまりわからない話を互いに熱く議論している様子だ。だが、推薦した身としては、彼女が期待に答えて奮闘してくれている姿が心強かった。

 

「ただ、これまでに仕えた経験がない以上は、簡単な仕事から始めて慣れてもらうことにします」

 

 そういって詠はしばし思案する。

 

「そうね、あなたには彼、北郷の補佐役を務めてもらいましょう」

 

「え、俺?」

 

 思わぬ人事に当惑する。

 

「何か不満でも?」

 

「いや、不満ではなくて驚いただけ。他にもっと良さそうな仕事があるんじゃないかと思ってさ」

 

 実際、今の俺の生活は軍務や政務とは無縁だ。彼女の能力を生かすことのできる仕事は少ないように感じられる。

 

「あなたはこの世界に慣れていない。彼女はここでの生活に慣れていない。お互いの欠点を補い合うには良い関係でしょう?」

 

 詠の意見はもっともである。しかし、それはごく短期間に限った話であろう。

 

「それにあなたにはこれから先、重大な役回りを演じてもらう事になるわ。そういった事を相談するためにも、信頼できる副官は必要でしょう」

 

 そういう事か。今は違えども、この先に待っている状況を考えると参謀がつく事はかなり心強い。陳宮は経験については皆無に等しいが、知識や潜在能力は高い。これから共に成長していく相手としても適役である。それに時間をかけて信頼を得れば心強い腹心となってくれるだろう。

 天の御遣いの事情について知らない陳宮は、当惑した表情で話を聞いている。その辺りの話は順を追って話していくことにしよう。そして、これから始まる陰謀についても。

 

「わかった。と、いうわけだから、これからよろしくな。陳宮」

 

 俺が陳宮の方を振り向くと、慌てて姿勢を正す。緊張してるのかな、と思うと自然と微笑ましい気持ちになった。

 

「任されました! 私の真名は、音々音と申します。ねねとお呼びください、北郷殿」

 

 音々音は元気良く返事をする。こうして、俺達は新たな仲間を迎え入れたのだった。

 

 

 

 
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