将志が永琳の友人となってしばらく経ったある日のこと、永琳はいつものように研究所で実験データを見ながら理論を組み立てていた。
この日将志は出かけており、いつ帰ってくるか分からないとのことだった。
「……それにしても、将志はどこで何をしてるのかしら……」
永琳はやたらと気合の入った表情を浮かべて出かけていった親友の顔を思い浮かべた。どうやら余程大事な用事らしく、いつもと違った緊張感があった。
永琳は組み立てていた理論を一度棚に置き、大きく伸びをした。
「さて、喉も渇いたことだし、一度休憩にしようかしら」
永琳はそう呟くと、台所に言ってお茶を淹れ、休憩室にやってきた。
その白い壁紙の休憩室のなかには観葉植物などが植えられていて、リラックスできる空間になっていた。
その部屋にある白いソファーに座ると、永琳はお茶をすすった。
「……ふぅ、やっぱり将志が淹れたお茶には敵わないわね……」
日ごろ世話をしてくれている親友に感謝しながら、永琳はテレビの電源を入れた。
すると、いつも将志が見ている番組が放送されていた。
なおこの番組はふだん所謂ゴールデンタイムに放送されている、視聴率の高い番組であった。
「さあ、生放送でお送りしている今日の料理の超人スペシャル、数多くの料理人達のによって繰り広げられてきた激戦を勝ちあがってきた男が、満を持して超人に挑みます! それでは、出でよ挑戦者!」
司会の一言でスモークが噴き上がり、ゲートが煙で覆われる。
永琳はお茶を飲みながら新聞のテレビ番組表を見て、見たい番組を探している。
「本日の挑戦者、並み居る強豪を相手に奇抜なセンスの料理を繰り出し、圧倒的なポイントで薙ぎ倒してきた最強の素人、槍ヶ岳 将志の入場です!」
ぶはぁっ。
永琳は突然聞こえてきた名前に緑茶を噴き出した。
「……え?」
永琳は緑茶にぬれた顔をぬぐうことも忘れ、呆然とした表情でテレビに眼を移した。
するとそこには、いつも見慣れた仏頂面があった。
「な、何をやっているのよ、あなた!?」
思わずそう叫ぶ永琳を余所に、司会は将志と話を始める。
「槍ヶ岳さんはどこかで修業を積んでいらしたんですか?」
「……いや、すべて独学だ」
「それにしてはプロ顔負けの技をたくさん使っていましたが、どこで覚えたものですか?」
「……この番組を見て覚え、出来るようになるまで、納得できるまで何度も練習をした」
「あ、いつもご視聴ありがとうございます。それと、これまでユニークな料理が多く出ていましたが、あれはどうやって考えられたものなんですか?」
「……単に味が合いそうだから作ったものだ。恐らく、学がないからこそ出来たものだと思う」
「それでは最後に、今回の戦いに対する意気込みをどうぞ」
「……応援してくれいる人のためにも、全力を尽くす」
永琳は淡々としゃべる将志が実はガチガチに緊張しているのが分かった。
何故なら、眼を閉じっぱなしにして周りを全く見ていないからだ。これは将志の緊張した時に良くやる癖だった。
「ありがとうございます。さあ、この恐ろしいまでの料理センスを持つ男を迎え撃つのは……」
対戦相手を紹介している間に、永琳は台所から夕食を持ってくることにした。
今日の夕食は、黄金の煮こごりを使った冷たい前菜に、じっくりと煮込まれたソラマメのポタージュ、冷めてなお芳醇な香りを放つパンに、肉が口の中でとろけるようなビーフシチュー、そして飴細工の飾りが付いたフルーツケーキ。
……誰がどう見ても、一般家庭で通常出るような料理では無かった。
なお、この一見豪華なコース料理がここでは希望によって和・洋・中と形を変えて毎日出ている。
しかも、材料は全て近所のスーパーで売られているありふれたものである。
流石将志、まったくもって自重をしやしねえ。
「それでは、調理、開始!」
司会の一言で料理が始まる。
両者ともに会場の真ん中に置いてある食材から欲しいものを取り、調理を始める。
料理の超人は流石のもので、次から次に手際よく料理を作っていく。
一方の将志も、手際良く料理を作っているのだが……
「……はっ」
何かパフォーマンスが始まっている。
フライパンから昇るフランべの火柱、宙を舞う料理、素早い飾り切り。
その光景が面白いので、カメラは将志の手元に釘づけになる。
……実はこれ、愛梨が仕込んだ芸だったりする。
愛梨が面白半分でやって見せたところ、将志が本気になり、猛特訓を重ねた結果が今の料理法である。
なお、その技術は将志の体にしっかりと染みついており、眼をつぶってても出来るようになっていた。
「…………」
永琳は将志の料理の光景を見て食事の手を止め、手元にある料理をじっと眺めた。
今食べている料理が、どんな様子で作られたのか気になったのだ。
当然の反応である。
「さあ、勝負も佳境に入ってまいりました! 両名共に仕上げの段階に入っております!」
司会の言葉に、制限時間が迫っていることが言外に告げられた。
料理の超人の料理は、見た目は正統派のフランス料理だが、中身は別物。
細部まで事細かに仕事がしてあり、見た目も色鮮やかである。
食べればその芳醇な味わいが口の中に広がるのは約束されたようなものである。
一方の将志の料理は、一目で従来の料理の型にはまっていないことが分かる料理だった。
パッと見たときには洋風に見えるが、アクセントを加えているのは和の食材である。
色とりどりの食材で構成されたそれからは、どんな味がするのか想像もつかない。
「それでは、試食タイムと参りましょう。まずは挑戦者、槍ヶ岳将志の料理からです!」
司会の一言で、将志の料理が審査員の前に運ばれてくる。
そして、審査員たちは一斉にそれを口にした。
「ンまぁーーーーーい!」
「うーーーーーまーーーーーいーーーーーぞーーーーーーーー!!」
二人目の審査員が評を口にした瞬間、画像が乱れた。
画面はブラックアウトし、信号が途絶えたのが分かる。
「……何事?」
テレビの前の永琳は何が起きたのか訳が分からず、放送再開を待った。
しばらくすると、別のカメラが起動し会場を映し出した。
会場には、何故かビームか何かが薙ぎ払ったような跡があった。
「えー、大変申し訳ありませんが、時間の都合上すぐに判定に移りたいと思います。それでは、点数の表示を、お願いいします!」
会場のライトが落とされ、ドラムの音が鳴り響く。
テレビに映し出された将志は眼を閉じ、緊張した面持ちであった。
それに合わせて、永琳も背筋を伸ばして、緊張した面持ちで結果発表を待つ。
「挑戦者、9点、9店、10点、トータル、28点! 超人、9点、9点、9点、トータル27点!! よって、挑戦者、槍ヶ岳将志の勝利です! おめでとうございます!!」
司会の言葉と共に将志にスポットライトが当たる。
その結果を受けて、将志は誇らしげな微笑を浮かべて礼をした。
「……お祝い、どうしようかしら?」
永琳はテレビを見ながら、自分の親友と呼べる人物に対する祝いの品について考えだした。
そしてその翌日。
永琳が部屋で過去の文献を確認していると、通信が入った。相手は買い物に出ていた将志だった。
「もしもし、どうかしたのかしら?」
「……主、助けてくれ……」
「え?」
将志は若干憔悴した声で永琳に答える。永琳は訳が分からず、少し慌てた様子で聞き返した。
「ちょっと、どうしたの!?」
「……何故かは知らんが、人に追われている」
その言葉を聞いて、永琳は気を引き締めた。小さく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「将志、追手の人数は?」
「……今は三人だ」
「人並みの速度で撒ける?」
「……いや、相手はかなり足が速い上に、チームワークが良い。人間の速度では振り切れん」
「それじゃあ……?」
永琳はここまで聞いて、少し考えた。
もし妖怪だとバレているなら、将志は連絡するまでもなく返り討ちにしているはずである。しかし、将志はそれをしていない。
ということは、実は脅威など全く無いのではないか?
「……将志。追手の装備は何かしら?」
「……カメラだ」
その言葉を聞いて、永琳は一気に脱力した。
「……取材くらい受けてあげれば?」
「……カメラは……苦手なんだ……」
将志は半分泣きそうな声で永琳にそう話す。どうやら本気でカメラが苦手のようである。
永琳はそれを聞いて小さくため息をついた。
「……将志、一番早い方法を教えるわ」
「……何だ?」
永琳の言葉に、将志は少し明るい声で方法を訊いてくる。
それに対し、永琳はニッコリ笑って答える。
「……諦めなさい」
「……ぐ……」
永琳の非情なる一言を聞いて、将志は絶望の声を上げる。それを聞くと、永琳は通信を切断した。
無音になった部屋で、永琳は再び文献を読み始めることにした。
* * * * *
あとがき
とうとうやりすぎて、プロの料理人に勝つ腕前になっちゃった槍妖怪。
でも、カメラは大の苦手のようです。
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友人の槍妖怪が外出している中、天才は一人テレビを見る。そしてその内容はというと。