No.533195

混沌王は異界の力を求める 11

布津さん

第11話 現状

2013-01-18 06:27:21 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:8498   閲覧ユーザー数:8222

「その悪魔はほんまにジェイル・スカリエッティと、言ったんやな?」

 

聖王教会の中央教堂、先ほどの会合の面子のうち、周囲警戒兼内部警備のために本来の姿で外に周ったセトと交代して、シャッハが加わっていた。

 

「はい、あの悪魔……ラクシャーサでしたか、彼は確かにそう言いました、ジェイル・スカリエッティと」

 

シャッハの言葉に、はやてやカリムは口に手をあて考え込む、だが人修羅は気にせずに尋ねた。

 

「ところで、ジェイル・スカリエッティって誰?」

 

人修羅のその問いに、はやては一瞬、は? という表情を作るもすぐに、納得したように表情を変えた。

 

「そういえば、人修羅さんにはまだ説明しとらんかったな」

 

はやてが大机の中心に、一メートル四方のモニタを展開する。

 

「この男がジェイル・スカリエッティや、主に生命改造や精密機械なんかに通じるエキスパート。違法研究者でなければ間違いなく歴史に残る天才なんや、今回私たちがあたっとるレリック関連の事件で最も犯人として濃厚な線の男としてあがっとたんや」

 

「俺が微塵にしたあのガジェットとかいう機械もコイツが?」

 

「そや、回収されたガジェットの一部、凄く小さくやけどスカリエッティの名前が彫られとったんや」

 

そのはやての言葉を聞き、天才は自分の作品に名前をつけたがる、って言うしなぁと人修羅は呟き、更に言葉を作った。

 

「ならもうコイツで確定だろ、レリック関連も悪魔関連も」

 

そのときはやての後ろから、待ての声が上がった。見ると腕組みをしたクロノが人修羅へ口を開くところだった。

 

「まだその悪魔の言葉が真実だとは限らない、半端な情報を流し、我々を混乱させる為に嘘をついた可能性だってある」

 

「いや無いね」

 

クロノの言葉を人修羅は一蹴する、クロノが作った怪訝の表情に人修羅は薄ら笑いで答えた。

 

「悪魔はな、お前等人間と違って利害の一致のうえで契約を結べば、たとえ殺し合いの最中でも、即座にその血塗れの手で握手をすることができる

お前等と違って悪魔は割り切りがいいんだよ」

 

人修羅は、カカッと喉で笑うと身を乗り出した。

 

「俺はラクシャーサの命を救ってやる代わりに、真実の提供を求め、あいつはそれに応じた、この時点でラクシャーサは絶対に嘘をつかない、悪魔の契約は簡易でも絶対だ、奴の言った情報に一切の嘘偽りは無い」

 

人修羅の言葉にクロノが何か言いたそうな顔をしたが、人修羅の付け加えた

 

「お前に悪魔の何が解る?」

 

という言葉に、おとなしく引き下がった。

 

「一連の事件はスカリエッティって奴が黒幕確定だ」

 

人修羅が伸びと共に言った言葉に、全員が無言で同意した。

 

「じゃあ、後回しになったが本題に戻らせてもらおう」

 

腕を組んだままにクロノは言い、続けるようにカリムがまた新たに作り出された詩文を詠んだ。

 

『かの者は王。

   王は異より現れ全てを喰らい傷付くことすらない不滅の王。

       王は魔を従え破壊を宿す紅眼の王。

          王は行く、自らの絶叫を止める為、自らを知る為に』

 

場に沈黙が下りるが、先ほどのように金属の削れる音はしなかった。数秒の沈黙の後、口を開いたのははやてだった。

 

「……正直言わせてもらうと、今までのカリムの詩文と比べて、抽象的すぎやないか?」

 

はやての言葉にカリムが頷いた。

 

「ええ、今までの詩文は、大まかではありますが何が起こるか読み取ることが出来ました」

 

しかし

 

「この詩は結果、結論が無いんです、()いてあげるとするなら、全てを喰らい、のところでしょうか…」

 

「だがそれでも何が起きるか分からない。不謹慎だが、世界を喰らうと描かれたほうよかったな、そのほうが解りやすい」

 

「魔を従え、それだけは悪魔のことだと分かるが、この王、は悪魔なのか人間なのか、はたまた別の何かなのか…どうだろうな」

 

全員の言葉が止まった。誰もが口を閉じ、考え込み、そしてそのまま十数分が経過したときにカリムが口を開いた。

 

「……今回はここまでにしておきましょう。この詩はたった五人が数分で解るものではありません。この詩文は私のほうから時空管理局へ届けておきますから、はやてと人修羅さんは、六課のほうで詩文について隊員の方々にもお願いします」

 

カリムの言葉にはやては強く頷き言った。

 

「…わかった」

 

「では、次の案件に移らせてもらおう」

 

「あ?」

 

この案件で終了だと勘違いしていた人修羅は、発せられたクロノの言葉に、疑問の声を発した。

 

「何を間抜けな声を上げている、今日僕がここに来たのは君に質問するためだけじゃないんだ……そう嫌そうな顔をしないでくれ、君やはやてにも関係のあることなんだ」

 

次の議題があると聞いたとたん、あからさまに嫌そうな顔をした人修羅にクロノは同じように嫌そうな顔をした。

 

「あら、六課のことでしたら私たちはお邪魔ですよね。席を外しましょうか?」

 

「いや、騎士カリム、貴女方にも聞いておいてほしい内容だ」

 

立ち上がりかけたカリムが再び席についたのをクロノは、はやてと人修羅に向き直った。

 

「僕からの議題は簡単だ。はやて、人修羅君」

 

両名の名を呼び、自身に注目させ、軽く息を吸い込みクロノは言った。

 

「君たちの雇用契約の期間を明確に示してほしい」

 

「………」

 

「………」

 

その一言は、間違いなく場の空気を一転させた。

 

クロノの案件に、はやてと人修羅は無言で応じた。両名の反応を見て、クロノは腕を組み直し、口を開いた。

 

「時空管理局内で、機動六課は今までの評判とは別に、ある噂話が広がっていてね」

 

「噂だ?」

 

「そう、噂だ。機動六課のメンバー悪魔に魅了されているだとか、操られているだとか、はたから聞けば眉唾物にしか聞こえない話だ」

 

「んなっ!」

 

「………」

 

「更にタチの悪いことに、時空管理局の上層部の数名は、そんな根も葉もない噂話をまじめに捉えていてね」

 

「……そんなあほな」

 

「事実だはやて、先日の部隊長会議の際に、何人かが君を好奇や侮蔑の視線で見ているのに気付かなかったか?」

 

「――――」

 

心当たりがあるのか、はやてが俯く。

 

「上層部は僕に、噂話の真偽を確かめ、真実であるなら六課解散を、偽りであるなら静観を行うよう告げられた。本来なら僕がこの場でこの件を君達にするのはご法度なんだよ、それを理解の上で聞いてほしい」

 

クロノは僅かに身を反らし、はやてから眼を離す。

 

「こんな噂が流れた理由は簡単だ」

 

そしてクロノは人修羅に目を向ける。

 

「君が六課に雇われているからだ」

 

「……で、そんな邪魔な俺に、さっさと消えてほしい為に、契約期間を設けろと?」

 

「そこまでは言っていない、君達が新人フォワード達の教導をしてくれていることは、はやての報告から知っている、ただ明確な期限が決まれば、こんなどうしようもない噂を信じている連中も少しは大人しくなる」

 

「………」

 

黙り込んだ人修羅に代わるように、俯いていたはやてが顔を伏せたまま言った。

 

「そんなん、元から決まっとる、人修羅さんと契約したときから決まっとったことや」

 

それは

 

「機動六課解散までや…!」

 

やや咆えるように言ったその言葉に、人修羅は沈黙を、シャッハは不安を、カリムは微笑を、そしてクロノは僅かな苛立ちを返した。

 

「はやて……、僕の言った言葉の意味が理解できなかったのか?」

 

「分かっとる」

 

「分かっていないっ!!」

 

今度はクロノが咆えた。

 

「はやて、君は組織内の信用がどれほど重要か理解していない、今の状況が後二ヶ月も続けば、レリック事件解決の前に機動六課は解散させられる!」

 

(まく)し立てるクロノの言葉に、対するはやては無言だ。

 

「その理由が分からない君じゃないだろう!」

 

「………せやったら」

 

はやてが結んでいた口を開いた。

 

「せやったら、二ヵ月以内に、一連の事件を解決して、スカリエッティを逮捕するだけ、簡単な話や」

 

「――――」

 

「それに、レリック事件には悪魔が関わっとって、スカリエッティ自身が悪魔を呼びだしていることも、今さっき分かった、雇用期間なんか作らへんでも、わたしがこの情報を示せば、それだけで噂なんか薄れる」

 

はやては吐き出すように言葉を並べるが、顔は長めの前髪に隠したままだ。

 

「敵は陸戦ランクAAAのシャッハと、正面から仕合える悪魔を簡単に出してくる、そんならここで人修羅さんに居なくなられるのは、六課どころか管理局にとっても、情報的にも、戦力的にも大きな損失や」

 

それにな

 

「上層部が本気になったら、今すぐにでも難癖つけて解散させてくる、六課解散で脅そうなんて、無意味や」

 

はやてが俯き気味だった顔を上げ、正面からクロノを見貫く。

 

「人修羅さんは臨時とはいえ、機動六課の一員です」

 

「そうか…」

 

一頻(ひとしき)り吐き出し終えたのか、はやてとクロノは同時に、脱力したように、肩を落とした。

 

「なあ、おいお前ら」

 

そこに、傍観していた人修羅が声を入れた。

 

「もう一人の当事者ほっといて、何を盛り上がっている?」

 

人修羅は肺の中の空気を全て入れ替えるような深い息をついた。

 

「人には人のルールがある、だが悪魔には悪魔のルールがあるんだよ。どうも時空管理本局はその辺りが分かってないな」

 

発せられる声に感情は一切無かった、人修羅が交渉の際使う、相手を言葉で飲み込む際に出す声だ。

 

「なあ、お前、さっきから聞いてれば時空管理局とやらは、俺を何だと思ってる?」

 

人修羅が肘をついた、だがそれだけの動作にもクロノは眼を離せなかった。

 

(なんだ…これは…!?)

 

人修羅の雰囲気が違う。先ほどまでの感じの良い青年の雰囲気ではない。数年前戦った、闇の書の闇よりも更に暗い雰囲気を彼は纏っている。

クロノは人修羅から目を話すことが出来ないでいた。緊張や恐怖で身体が動かないのとはまた違う。視界に入れざる負えない、入れなければ殺される。そこまでの威圧をクロノは感じていた。

 

「俺が六課と契約したことで、俺を所有したつもりでいるのか? 新しい便利な道具を手に入れた気でいるのか?」

 

「―――――」

 

視界の隅ではやてやシャッハの姿が入るが、彼女等は自然体で、自分のように何かしらの威圧を受けている風ではない。

 

「俺は六課と契約をした、だが、その契約先である六課が無くなれば、俺は何をすると思う?」

 

彼の口元が笑った、しかし眼は一切笑っていない。

 

「契約先が時空管理局そのものに移るとでも思ってたか? ノーだ。俺は時空管理局を全軍で暴圧してでもレリックを手に入れにかかるぞ。この周辺アマラ宇宙の世界がまだあるのは、俺と契約している六課があるからだと思え」

 

人修羅は口元を更に歪めた。

 

「戻ったらお偉方にこう言え、一言一句(たが)わずに」

 

言い放つ直前に、人修羅は身を跳ねるように立ち上げた。人修羅の背はクロノよりもやや高い、見下ろされるような形となったクロノは一歩後ずさる、その際にカリムの椅子の肘掛にぶつかるが、そんなことは気にもならなかった。

 

「身の程を(わきま)えろ人間ども、ぶち壊すぞ、と」

 

人修羅の黄色の瞳がクロノを射抜く。その無機質な眼光にクロノは反射的に頷いた。

 

「良、好」

 

言って人修羅は再びソファに腰を降ろし、苦笑した。その表情を見た瞬間、クロノは全身から嫌な汗が噴出すとともに、緊張から開放されるのを感じ、思わず尻を床につけそうになるが、寸でのところでそれを堪える。

 

(何だったんだ……?)

 

既に人修羅は先ほどのような、異様な雰囲気を(まと)っておらず、威圧も感じられない。

 

(だが、今のは……)

 

無理やりに主張を押し通された。それもクロノに一切の意見を聞かずに、自分の要求のみをクロノに飲ませたのだ。

 

(それも、武力による強制ではなく、あくまで僕の自意識で、だ)

 

片側の意見のみを一方的に了承させ、交渉を終えるなど、もはや交渉と呼べるものではない。『脅し』だ。

 

(この男ははやてが不利になったとたん、自分の意見を押し通して、有利不利を一気に引っくり返した…)

 

脅威だ、この男の交渉は話し合いではない、ただ自分の意を相手に伝え、それを飲ませるだけだ。クロノは一度深く息を吐き出し気分を一新する。

 

(はやて、すまない。個人的にひとつ尋ねたい)

 

念話ではやてに語りかけると、はやては僅かに頷き応じた。念話で返してくれないのは、先ほどの交渉の所為だろうか。

 

(この男、人修羅は君と交渉したときにも、今の…その、威圧を使って来たのか?)

 

クロノの問いに、やはりはやては僅かに頷いて返すだけだった。

まいったな…クロノは内心で苦笑いを作り、はやてと、肘を突いて笑みを浮かべる人修羅に言った。

 

「初めに言ったとおり、僕が君達にこの件を教えたのは、上層部に知られてはいけない。だから先ほど人修羅君の、その…言を伝えることは出来ない。頷いてしまったけどね」

 

「へぇ、お前は交渉の場で一度決定したことを容易(たやす)く変えるのか。お前の履歴に傷が付くぞ?」

 

「君の言を一言一句そのままに伝えれば、時空管理局の幹部達は間違いなく君達をミットチルダの敵と認識するだろう。そうなったら全面戦争だ、それはなんとしても避けたい」

 

「そうだな、こいつ程度が十人居ようが二百人居ようが俺達には何の障害にもならない、大体だが、二時間でお前らを殲滅できる」

 

総合SSランクのはやてを親指で差しながら人修羅は言った。二百人居ても問題ないと。

 

「だろうな。そんな君達との戦争を回避できるなら、僕の名が幾ら傷つこうが構わないさ」

 

それに

 

「ここでの交渉は非公式だ。僕らが言わなければ、ここでの会話は他には伝わらない、何を言っても問題は無いさ」

 

そのクロノの言葉に背後から、えっ? と声が上がった。全員が声のした方に注目すると、そこには僅かな驚きの表情を作ったシャッハがいた

 

「あの…一応、公式議題と思って、皆様の会話ログを記録してリアルタイムで六課のほうに送っていたんですが…」

 

外に流れていたようだ

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

無表情のまま停止したクロノが、全身から妙な汗を流し始めた。その様子を見たはやてが、やれやれとばかりに、頭に手を当てた。

 

「あー、六課のほうは、わたしから外に流さんよう、言っておくから大丈夫やで?」

 

「何故疑問系で締めたのか非常に気になるが、頼む、そうしてくれ」

 

「あの、会話ログはどうしましょうか?」

 

「ああ、すまない。六課にはそのまま送っておいてくれ」

 

言ってクロノは頭を数度振り、偶然にはやての機嫌を直してくれたシャッハに僅かに感謝しつつ、表情を引き締めた。

 

「さっきはやての言ったスカリエッティを二ヵ月で逮捕するというのは、相手がよほどの間抜けでないかぎり不可能だろう」

 

クロノの言葉に、一同は緩めていた表情を引き締めた。

 

「俺達の助力があってもか?」

 

「あってもだ。せいぜい最短で五ヶ月といったところか、スカリエッティが尻尾を出したことは、今までも幾度かあったが、尾をつかむまでには至っていない」

 

クロノは最後の言葉と共に息を大きく吐いた。

 

「寧ろ、先ほどの悪魔を逃がしたことで、向こうにも君という強力な後ろ盾がいると知られたんだ、これからは更に用心深く動くだろう」

 

クロノの言葉に人修羅は肘をつき、頷きもせずに聞いている。

 

「やはりさきの悪魔をにがしたのは失敗だと思う」

 

 

「だそうですが?」

 

機動六課の食堂の一角に、多くの人影が折り重なるようにして集まっていた。シャッハからの会話ログが機動六課の本サーバー、つまりシャーリーの下にしか来ない為、シャーリーの展開したモニタを、人間九人、悪魔五人全員が覗き込む形になっているのだ。

 

「彼は貴女方の意見が聞きたいそうです」

 

メルキセデクが問うたその言葉に、真っ先に答を返したのはなのはだった。

 

「そうだね、わたしも人修羅さんがあの悪魔を逃がしちゃったのはちょっと不味かったと思うな…」

 

「それはやはり、敵大将に警戒されるからですか?」

 

「うん、それも有るけど一番はあのラクシャーサっていう悪魔そのものを逃がしちゃったことかな」

 

なのははシャーリーのモニタから離れ、軽く腕を組んだ。

 

「と、いいますと?」

 

「あの悪魔はカリムたちを暗殺しに来たって言ったんだよ。なら人修羅さんの事を知られるよりも、寧ろ暗殺に失敗したって事を伝えられて、もっと強い刺客を送られるほうが厄介かな」

 

「それは、ラクシャーサを逃さなくとも同じことだろう?」

 

トールがなのはに異を唱えた。

 

「ううん、もしあの悪魔を逃がさなければ、少なくともカリムの周りを固めたり、暗殺されたって偽の情報を流せたりで、ちょっとは策が打てたと思うの」

 

「だが、主とてそこまで考えているはずだ。主は気分屋だが、デメリットしか無いことをする筈がない。主には何か考えがあるのだろう」

 

「んなこと言って、結局あいつ(なん)も考えてねーだけだろーが」

 

「あぁ!?」

 

ヴィータの言った人修羅への非難にトールやスルトどころか、だいそうじょうまでもがヴィータを睨んだ

 

「あーちくしょー置いてかれたー」

 

そのとき、食堂のドアをスライドさせ、小柄な悪魔がふよふよと食堂内へ入ってきた。

 

「おや、姐さん。おはよう御座います」

 

真っ先に気付いたメルキセデクがピクシーに片手を上げた。

 

「うっさい」

 

不機嫌顔のピクシーが軽い動きで右手を振る。

 

『グラダイン』

 

メルキセデクが片手を上げた姿勢のまま、不可視の力で地面に叩きつけられた。ピクシーの暴挙に一同が、驚愕と困惑の表情を同時に作った。彼女等は知りえないことだが、ピクシーは寝起きが非常に悪い、そしてそんな状況に人修羅に置いて行かれたことが加わり現在の機嫌は最低の低だった。

 

「あー……」

 

唸りながら此方に向かってくる小さな暴君に、モニタ展開の為動けないシャーリーと床にめり込んだメルキセデク以外の一同は揃って道を開けた。

 

「はぁ……」

 

気怠げなため息と共に、上がったままのメルキセデクの右手に座ったピクシーは、目の前に上げられている会話ログを高速で読み始めた。

 

「………」

 

ログを読んでいく内に、何が気に入ったのかピクシーの顔から不機嫌さが消えていき、最後には笑みすら浮かべだした。

 

「ピクシーさん……?」

 

フェイトが恐る恐るといった様子でピクシーの名を呼んだ。

 

「んー、やっぱこりゃそうっぽいなぁ……」

 

しかしピクシーはフェイトのほうなど見向きもせず、肘を突いてなにやら呟き始めた。

 

「あの……」

 

「何で人修羅がラクシャーサを逃がしたのかだっけ?」

 

画面を見たままピクシーは言った。

 

「何で知ってるかって? 聞いてたからだよさっきから」

 

その言葉に一同は何の反応も出来なかった。

 

「ラクシャーサを逃がさなかったほうが良かった? 策を打てる? 偽の情報? 弱すぎ、考え方が」

 

そこで初めてピクシーが振り返った。

 

「不思議に思わないの? このスカリエッティってやつは今まで何度か捕まりそうになってきたんでしょ? それなのに今更態度を変える普通? 沢山の機械(ガジェット)と悪魔を大っぴらに使って、レリックを集めるとことかで考えてもさ、人修羅がいてもね、まずこいつがこれから慎重に動くってのは考えづらいんだよね」

 

「でもそれなら、また誰かが間違いなく聖王教会へ暗殺しに来るってことじゃないですか!?」

 

ピクシーの態度にエリオが喰いかかった。そのすぐ隣には全く動かないメルキセデクが居るというのに、喰って掛かるというのは中々勇気のある行為だろう。

 

「あー…? 大丈夫大丈夫、もう来ないから」

 

「え……?」

 

「この世界で悪魔が初めて見つかったのっていつだっけ、二年? 八年だっけ? まいいや、それだけ前でしょ、なのに今更暗殺って遅すぎない?」

 

「でも……準備期間とか」

 

「ないない、悪魔が本気で軍を組もうと思ったら、拠点も群も一日二日程度あれば充分なんだから。ね、スルト、トール」

 

ピクシーがかつてとある世界で、二ヒロ機構、マントラ軍の二大組織の幹部だった二人に言った。

二人の巨人は一度視線を交差させると同時に頷いた。

 

「そゆこと、わざわざ数年たってから来たって事は、暗殺が目的じゃないってこと」

 

「暗殺に来たのに暗殺が目的じゃない……?」

 

「そ、戦闘ログが流れてこないから未確定だけどたぶんそうだと思うよ。つーか、あんた達このくらい分かんなさいよ」

 

椅子にしているメルキセデクを平手で叩きながら言うが、鋼の大天使は何の反応もよこさない。それどころか身動きひとつしない。

 

「……? ちょっとセデク、どしたの?」

 

「あの! 暗殺じゃないなら一体何をしに来たというんですか……?」

 

何か話が嫌な方向に向かいかけたが、エリオがとっさの判断で話をそらす。ピクシーもそれ以上メルキセデクに興味を示す様子は無く、エリオの言葉に答えた。

 

「さぁ? あたしは分かんないけど人修羅なら分かってるんじゃないかな」

 

そう言ってピクシーは顎でモニタを(しゃく)る。会話ログには人修羅がピクシーの言葉と全く同じ、言葉を述べていることが示されている。

 

 

「そんなの決まってる、目的なんか一つだろ」

 

頬杖にしていた腕を開閉させながら人修羅は当たり前のことを言うかの様に言った。

 

「ただの俺達への自己主張だろ」

 

 

・・・。

 

・・・。

 

・・・。

 

・・・・・・・・・?

 

 

「はぁっ?」

 

四重に合わさった声が人修羅に返された。

 

「え、何、自己主張?」

 

「なっ……なんや自己主張て?」

 

「あ? 知らないのか? 自己主張、己の意見を強く言い張る、または行動によって示す行為の事だ」

 

「君は何を言ってるんだ」

 

「ああ(わか)(にく)かったか。つまり、私はここよ、ここにいるのよって……」

 

「言葉の意味を聞いてるんじゃないっ!!」

 

人修羅の態度にクロノは一瞬だけ激昂するが、すぐに冷静さを取り戻した。

 

「っはぁ……! 自己主張のためにあの悪魔を送り込んできたと!? そう君は言うのか!?」

 

「そう言うのさ俺は」

 

 

「やっぱ馬鹿じゃねーのかコイツ」

 

ヴィータの言葉に今度はトールもスルトも、無論だいそうじょうも反論することが出来なかった。

 

「……っふ」

 

身動ぎ一つしないメルキセデクが小さく咳き込むくらいだ。

 

「あ……あはは」

 

さらに追加でなのはが苦笑いをする程度だ。

 

「………♪」

 

唯一表情を崩さなかったのはピクシーだけだった。彼女だけが楽しそうに口元を緩めながら、送られてくる会話ログに眼を通している。

 

 

「す、すまない。何故? 何故その結論にたどり着いた!?」

 

クロノの心内は動揺に満ちていた。彼は幼少の頃から機動六課に勤め、現在は艦長の役職についている彼は、それなりに多くの大物人物や偉人と交渉や取引をしてきた経験があった。

今回上層部から命じられた、六課と協力していると噂の悪魔を探れという今回の任も、正直、気は進まなかったものの、それなりに親しい仲であるなのはやフェイト、はやての所属している部隊に関わる内容であった事と、十数年に及ぶ交渉、取引の経験、それによる結果も後押しし、今彼はここに居るのだ。

 

しかし、目の前の悪魔は彼の持っていた交渉、取引のあらゆる概念に従っていなかった。

 

「あ? 少し考えれば分かることだろうが」

 

当たり前のことを言うように彼は話す。しかし彼の言う内容は当たり前ではない。

 

「この二年間、八年だっけか? まぁいい。少なくとも七百日強あった日にちの内の今日、しかも俺がこの教会に居るであろう約三時間、その間に丁度刺客が送り込まれてくる確立は幾つだと思う?」

 

この聖王教会で行われた全ての会話の主導権は、人修羅が握っていた。それは会話術にしろ、威圧するにしろ一朝一夕で身につくものではない。クロノは今やっと、目の前で笑みすら浮かべて話す悪魔が、幾千幾万、途轍もない数の交渉を行ってきた交渉師であることに気が付いた。

 

「確立の話じゃない、狙わなきゃこの時間に悪魔を送り込めない」

 

「ならどういうことだと……」

 

気が付けばクロノは彼の言葉を促していた。クロノの様子に人修羅は一度歯を見せて笑い、まぁつまり、と一呼吸置き、言った。

 

「貴様等の連絡網は丸分かりだぞワハハハハってことだ」

 

・・・。

 

・・・。

 

・・・。

 

・・・・・・・・・!?

 

「え……」

 

人修羅のふざけた調子で言った言葉は、消してそんな不真面目に受け止めていい言葉ではなかった。

クロノもはやても、静観していたカリムも、会話ログ作成をしていたシャッハも、そしてそのログを受け取る六課の面々も、数秒間は凍りついた。

 

「せ…せやけど!」

 

停止した面々の内、はやてが搾り出すように人修羅に言った。

 

「スカリエッティは第一級のお尋ね者や、それをばらす事で、向こうに何のメリットがあるん!?」

 

「ないよ」

 

はやての言葉を人修羅は短く切り捨てた。

 

「え?」

 

「ないない、メリットなんか一つもない、あるとしたら満足感。だから……」

 

「だから、自己主張、とそういうことですね」

 

人修羅が意味ありげに伸ばした言葉を、カリムが引き継いだ。

 

「そ、そういうこと。あんたは分かってきたじゃないか、話を聞いたときはもっとお嬢様してる奴かと思ったけど」

 

人修羅の軽口に、カリムは何も返せなかった。

 

「もし、君の言うことが本当だとしたら……」

 

指を組んだクロノは沈んだ声で言った。声を出してはいるものの、その目は誰を見るでもなく、床の節目に向いていた。

 

「上はこのことに気が付いているのか……?」

 

「気付いていないか、気付いていてもどうしようもないか、あるいは気付いていないふりか」

 

俺としては一番を推したいね、という人修羅の言葉に、クロノはすっと立ち上がった。

 

「すまない、用ができた。僕は急ぎ本局に戻る」

 

そう言ってクロノは、勢い良くドアを開け放ち、別れの挨拶も無く急ぎ足で去って行った。

 

「まぁ、別に確定したわけじゃないんだけどな」

 

言って人修羅はソファの背もたれに全身を預け、手を頭の後ろで組み、開けられたままのドアを見た。

 

「えっ?」

 

「俺はここまでで考えられる最もな答を上げただけで、別に正解じゃない。間違ってるかもしれない。

もしかしたら本当に考えなしに暗殺しに来たのかもしれないしな。まぁ戯言だ、戯言」

 

言って人修羅は軽快に笑った。

 

 

「まぁでも、ほぼ確実に合ってると思うけどね。九割九部九厘」

 

ピクシーは言って勢い良く宙に飛び上がった。その反動でメルキセデクの右手の甲が床に思い切り裏拳をぶち込んだが、誰も気にしなかった。

 

「どっちにしろ、三日後の任務のときに何らかのアクションを起こすだろうね」

 

ゆらゆらと旋回しながらピクシーは言う、既に機嫌は良くなったようだ。

 

「よし! それじゃ本番に何が起こっても大丈夫なように、訓練の密度を三倍くらいにしようか」

 

ピクシーは満面の笑みでそう言ったが、その場にいる殆どの者は逆に、物凄く嫌そうな表情を浮かべた。

 

 

聖王教会から数キロ離れた森林の中、密林と見まごう鬱蒼とした木々の間を、一つの人影が縫うように高速で駆けていた。

 

『そうか、暗殺には失敗したか』

 

「申し訳ない」

 

姿勢を低く走る人影。ラクシャーサは自身の顔横にぴったりと張り付いてくるモニタから言葉を受けた。

 

『いや、かまわないよ。もともと暗殺は二の次だったのだから。伝えるべきことを伝えてくれたならそれで良い。むしろ君が無理をして彼に殺されてしまうほうが、私にとっては大きな痛手なのだよ』

 

「ご冗談を、あの十二体が居れば、我など不要でしょう?」

 

『いやいや、彼等は私の配下ではなく彼女達のものだからね、私の言うことなど聞いてもくれないよ。君が居ることで私がどれだけ助かっているか、だからやられてくれないでくれよ?』

 

「善処します」

 

モニタの内、スカリエッティはラクシャーサの言葉に、口元だけで笑うとそのままの形で口を開いた。

 

『ところで、間違いなさそうかな、彼があの人修羅だというのは』

 

「ええ、外見は噂でしか聞いておりませんが、人型に全身の入墨、そして小さな女の悪魔を連れている。本人も自身を人修羅と言いました、間違いないでしょう」

 

『なるほどなるほど』

 

スカリエッティは更に口を歪めた。

 

『だとしたら、これから忙しくなるよ、君もがんばってくれよ』

 

「無論」

 

言ってラクシャーサは森林の奥へ消えていった。

 

 


 
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