―――真っ白な世界で声が届いた。
その声に手繰り寄せられるようにして、三蔵の意識は浮上する。
重い瞼を開くと、紫暗の瞳に部屋の扉が写り込んだ。
「お坊様! こちらにも賊が来ました! 急いでお逃げ下さい!」
ドンドンと乱暴に叩かれる扉、声の主は相当慌てているのかその声音は震えていた。
身体を起こし自身の瞼を手で支えるように持ち上げる。
……賊が来た?
扉を開けると村人の女がそこにいた。
恐れに顔を引き攣らせて、女は叫ぶように捲し立てる。
「早く! もうこの村に賊が侵入しています! このままでは……ッ」
「落ちつけ、状況が分からん。アイツらは何をやっていた」
「あ、アイツら?」
「楽進や李典達だ。村の男達を引き連れて討伐に向かっただろうが。まさか全滅したのか?」
そこまで言ってようやく納得がいったのか、女は口を開く。
先遣隊として迎撃に向かった彼女らは村人と共に迎え撃つことに成功したらしい。
群れを成して攻めてきた賊は統率も取れておらず、三人の力により初めのうちは押していた。
―――だがそこで問題が発生する。
新手がやってきたのだ。
部隊を二つに分けていたのか、村の横にある森の中から50人近い賊が無防備な村を攻め立てる。
村には女子供しか居らず、なんの抵抗も出来ず賊に制圧されつつあった。
「ですので、今村の中は賊で溢れているのです!
ここに来るのも時間の問題……早く「おーおー、良い女がいるじゃねーの」…ひっ!?」
「ケケケ、そんなビビらなくてもいーじゃん。俺と気持ちいいことしよーぜ」
「馬ー鹿。なに抜け駆けしてんだ。女はまずお頭に届けないとベッドに行く前に殺されちまうぜ、お前」
「ちがいねぇ」
ゾロゾロと、湧き出るようにして男たちが沸いてきた。
「もうこんなところまでっ!」
(……4人か)
全員手には武器を持ち黄色い布を頭や二の腕に括りつけている。
こいつらが噂の黄巾賊なのだろう、盗賊生活が長いのか、顔に凶相が浮かんでいた。
男の一人が一歩足を踏み出し剣を上げる。
「そこのねーちゃんを渡して貰おうか、坊主」
「……それは俺に言っているのかクソ野郎」
腕を組み壁に背を預け、賊を睨み据える。
先頭に立った男は一瞬動揺したのち激昂した。
「―――て、テメェ舐めてんのかゴラァ!」
「舐める? 誰が貴様等のような屑を舐めるんだ反吐がでる。俺に殺される前に自分で首吊って死ねよカス共」
「そ、……そんなにお望みなら殺してやらあ!」
「きゃああああああ!」
頭に血が上った賊の一人は剣を振りかぶり特攻してくる。
(キレて単調な大振りか……くだらん)
壁を使い三蔵は跳ねるようにして飛んだ。
差し迫る剣を躱し、カウンター気味に拳を顔に吸い込ませる。
―――腕に重い衝撃。
男の体が頭を支点にしてグルリと回る。
鼻血を吹きだしながら白目を剥き、派手な音を立てて倒れた。
(―――まずは一人)
拳に血を滴らせながら、三蔵は残った男たちを一瞥する。
「なっ、なんだテメェ!」
「気をつけろ! コイツかなり出来るぞ……うかつに飛びこむんじゃねぇ」
「お、おう」
賊は学習したのか男たちの様に突っ込んでは来なかった。
全員腰を落とし、武器を正面に構える。
確かに無手の相手と戦うならそれでいい。
―――だが、
(良い的だぜ)
飛び道具を持つ三蔵には完全に悪手である。
三蔵は瞬時に拳銃を抜き、弾丸を三発放った。
―――ガウンガウンガウンッ
轟音が大気を震わせ、男たちの頭や胸を鉛玉が貫いた。
肉が切り裂かれ夥しい量の血が通路の壁に飛散する。
ビチャビチャという音を立てて、男たちは膝から力を失ったように崩れ落ちた。
「馬鹿が」
底を失くしたコップのごとく死体からは血が流れ落ち、連続して弾丸を放った拳銃は熱を発し、煙を吐いている。
辺りには血と火薬の臭いが充満する。
三蔵はその匂いに顔を顰めると、煙草を取り出し一息つこうとするのだが……
(……ん?)
おかしい。
ライターが見当たらない。
煙草を咥えながら法衣に手を突っ込み身体をポケットをまさぐる。
……ない。
驚いて固まっている女を押しのけて部屋の中を覗き込む。
……ない。
(―――どこに置いた?)
起きぬけであまり働かない頭を叱咤するように髪をかき乱す。
ヘビースモーカーである三蔵は目覚ましに吸う煙草を最も好んでいた。
もはや生活習慣でもあるその喫煙をしないとなると……苛立ちが募る。
「おい女、火はないか」
「ひっ…火ですか? い、今は火打石や付け木が手元にないので……っ」
申し訳ありません、と女は肩を震わせ大きく頭を下げた。
賊を殺しているところを近くで目の当たりにしたからだろう、法師の癖に人を無残に殺す三蔵が恐ろしくなった様だ。
眉間に皺をよせ、三蔵は咥えた煙草を軽く噛む。
(あのクソ女。勝手にもっていきやがって)
顎を動かし口元で煙草を揺らす。
そうして考えていると、木が焼けるような匂いが鼻孔をくすぐった。
(―――なんの臭いだ?)
「この家だ! この建物から音が聞こえたぞ! 燃やしつくすんだ!」
「ガッテン承知だぜアニキ!」
廊下を飛び出し、窓から外を見下ろす。
真下で松明を当て家に火をつけて回っている数人の賊の姿が見えた。
それを確認すると、三蔵は小さく鼻を鳴らす。
「うぜぇ……あーうぜー」
「お、お坊様?」
「来い」
女の手首を掴み、―――窓枠に足を掛ける。
「なっ!? い、いったいなにを……」
「ここから飛び降りるんだよ」
「えぇっ!?」
女は抵抗するが、そんなものに構っている時間はない。
思い切り引き寄せ腰に手を回す。
「や、止めて下さい! 離してっ!!」
「うるせぇ! 死にたくなかったら言うこと聞けや!」
「いやああああああああぁああぁああああぁぁっ!!」
言葉だけ見ればどちらが賊かわからない。
しかし忘れてはいけない、彼は山賊ではなく三蔵である。
「じゃかあしい!」
押しのける手を無視してしっかりと腰に抱き、窓から身を乗り出し―――堕ちた。
「きゃああああああああっ!?」
「ん?」
賊が顔を上げた。
……少し気付くのが遅かったな。
「うっぎゃあ!?」
ドシン、と相手の腹に膝から落ちる。
二人分の体重を乗せた足が男の内臓を押しつぶした。
賊は血を吐いて倒れる。
その様子を確認し、三蔵は女を介抱する。
女は二階からのダイブで気をやったのか、力なく倒れ込んだ。
……意思の弱い女だ。
「なっ、なんだおめえら!?」
「……いちいちうっせ―んだよカス共、殺すぞ」
曲げていた膝を伸ばし立ちあがる。
……数はざっと20ってところか。
血錆を張り付けた武器を持った男たちが、前方に展開している。
辺りからは、村人たちの悲鳴も聞こえた。
さきほど女が伝えたように、この村は完全に賊の侵入を許しているようだった。
「あーめんどくせぇ」
「おい! とっととソイツらを殺せぇ!」
その声を皮きりにして、近くに居た賊が複数で切りかかってきた。
三蔵は銃を向け、
「……死ねよ」
引き金を引いた。
薬莢が宙を飛び、弾丸が男たちに突き刺さる。
「ぐあっ!?」
「ぎぃぁあッ!?」
声を上げ、彼らの身体は吹き飛んだ。
白目を剥き力を失ったように倒れる。
それを見た残りの賊たちは狼狽した。
「!? な、なにやったアイツ!?」
「わからねぇ! 急に項満たちの身体が吹っ飛んだぞ!」
「妖術使いか!? ……それともあの手にあるアレでやったのか!?」
狼狽する賊を尻目に、三蔵は銃のシリンダーを開き弾丸を詰め込んだ。
今まで節約して使っていたためそれなりに余裕はあるが……無駄玉を使っていいほど数がある訳ではない。
ガシャン、とシリンダーを再び嵌め込む。
リロードが完了した。
(ゴキブリみたいに湧いて来やがって。異世界に来ても襲われるなんざ、俺の悪運も相当だな)
「貴様ァ、それでも坊主か! お前も俺たちと同じ、賊じゃあねぇのか!?」
「そうだ! 坊主が人を殺す訳がねぇ! コイツは偽者……なりすましだぁ!」
「……」
特に何も言う気にもならないので、小指で耳を掻く。
どうせなんと答えても襲いかかってくるのだ、喋るだけ時間と労力の無駄である。
目を反らし物言わぬ三蔵に腹が立ったのか、男の一人が口を開いた。
「ばっ、馬鹿にしてんのかぁ!!」
「あぁそうだよ、分かってるじゃねぇか」
「この数を相手に勝てると思ってんのか! その良く分からない武器を捨てろ!」
武器を捨てろ?
なにを言ってるんだコイツら。
捨てる訳がない。
「―――ガタガタ御託はいらねぇんだよ」
口々に声を上げる賊を睨み、三蔵は拳銃を斜に構えた。
「死にてぇ奴から―――かかってこい」
リボルバーが紺碧の空に吠える。
戦いの幕は、まだ上がったばかりであった。
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三蔵さんマジ三蔵。
ペースは遅いですが丁寧に書いて行こうと思います。