No.53186

新生 (魏ENDアフター)

nephilimさん

真・恋姫†無双、魏ENDアフター。一刀メイン。
大将軍が攻城兵を大量生産しているがごときシチュエーションのSSですが、読んでいただければ幸いです。

※指摘ありがとうございます。該当部分修正しました。

2009-01-20 18:03:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:18493   閲覧ユーザー数:12208

 
 

「一年も掛かったけど……ようやく来れたよ」

 

 季節は春。小さめの建物の前に、近くで摘んだ花を添え、俺は手を合わせた。あたり一面には畑が広がっていて、とても静かなところに、それはある。

 

 ――魏王廟。曹操の霊が祀られている場所だ。

 

 

 彼女の覇業を見届け、彼女の前から姿を消した俺は、気付けば見慣れた寮のベッドの中で寝転がっていた。

 短くない日々を過ごしたにもかかわらず、俺が目を覚ました時、日付は俺があの世界へ迷い込んだ次の日。それとなく友人の様子をうかがってはみたが、おかしなところは何一つ見つからない。

 学校に向かい、授業を受け、部活に励み、寮に帰り。そして夜、布団に潜り込み、見慣れた、見慣れているはずの天井を見上げたことで――

 

 ――空虚な気持とともに、ようやく、自分が元居た世界へ戻ってきたことを実感したのだ。

 

 

「華琳の……違うか。曹操の墓は見つかってないらしいからこっちに来たけど、まあ、そこは許してほしいかな」

 

 そして今、俺は魏王廟の前にいる。もちろんここは日本ではなく、中国。バイトに精を出し、倹約して金を貯め、ここへ来るためにパスポートを取って、飛行機に乗り、汽車に乗りバスに乗り、ここまでやって来たと言うわけだ。

 

「そこに華琳はいないんだろうけどね……それは俺も分かってる。あの世界の歴史は、俺たちの世界と完全に違ってしまったから」

 

 辺りに人の気配はない。だから、思う存分自分の心情を吐露できる。

 

「……あんなこと言って立ち去った俺が言うのも恥ずかしい話なんだけどさ、やっぱり、寂しいんだ。そっちの世界の夢を、今になってもしょっちゅう見る。こっちに戻って、戦いのない普通な生活を過ごして。穏やかな、ぬるま湯につかったような生活も楽しいけど、やっぱり物足りないんだ。そっちでの日々が、たまらなく懐かしくて、恋い焦がれてる」

 

 こんなことを言ってたら、華琳になじられるだろうな、絶対。苦笑しながら、独り言を続ける。

 

「でも、こっちの世界にはかけがえのない両親や、友達がいる。もしも自分の意思でそちらの世界に戻れるとしたら、俺は迷うと思う。家族や友達か、俺の愛した女性か。一年間、そのことばかり考えてた」

 

 一度来れたのだから、もう一度あちらに戻れるかもしれない。そう思ったことは何度もあった。けど、そんなものは幻想でしかなくて、今の今まで、平穏な生活が続いたまま。戻ってこれたかと思えばそれはただの夢、そんなことが何度もあった。

 空は茜色に染まりつつある。頬を撫でる風は若干冷たい。ここから見える風景が、あっちの世界で見慣れただだっ広い荒野のように見えて――

 

 ――そんなもの、ただの幻覚だ。俺はふぅとため息をついて、廟に近付き、その扉に触れる。当たり前だが、扉は冷たい。

 

「今でも、この有様だよ。気持ちだけでも整理をつけたくってさ。ここに何があるわけでもないのに、俺はここに来た。はは、未練がましい男だよな、俺って」

 

 扉に触れたまま、俺は俯き、目を閉じる。涙は出ない。それは、この一年間で流してしまった。

 そのまま、しばらくそうしていると、光り輝くあの日の記憶が、懐かしい笑い声とともに、浮かんでは消えていく。

 

 

「……でもさ。でも、華琳に会いたいって言う気持ちは、ずっと変わらない。偽りない、本心、で……」

 

 扉に触れていた手で握りこぶしを作り、爪が手のひらに食い込むまで力を込める。あの色褪せることのない輝いていた日々が、怒涛の如く、胸中に去来していた。

 

「っ……会いたいよ、今すぐ、会いたいんだ、華琳っ……!」

 

 

 ――廟の扉が開く。

 

 

「――あれ」

 

 目を開けば、真っ暗な空間の中に、俺はいた。

 

「どこだ、ここ?」

 

 自分の手すら見ることができない、ただただ、暗い空間。だけど、不思議と不安な気持ちは湧かなかった。

 

『あの外史に、戻りたいのかしら?』

「っ!? 誰だ!?」

 

 突然、背後から声が掛けられる。野太い、けれど女口調の声だ。驚いて後ろを振り向くけれど、光がないから姿を見ることはできない。だが、そこには確かに何かがいた。

 

『私のことはどうでも……いえ、どうでもいい訳じゃないんだけどねぇ。それより、前を向いてみなさい』

「前、って……」

 

 聞き覚えのない声だが、敵意は感じられない。その言うことに従って前を向く。

 そこには、振り向く前に存在しなかった、青白い光を放つ、球状のなにかがふよふよと浮かんでいた。

 

「何だ、これ」

『ご主人……もとい、貴方が求めていたもの』

 

 ――求めていたものって、まさか。

 

『その光は、貴方が訪れ、そして去っていった世界』

「な……!」

『嘘ではないわ。望むなら、それは貴方をそこへと導いてくれる』

「……ぁ」

 

 恋い焦がれていたものが、そこにある。心臓の鼓動がやけに早く感じ、震える手でそれを掴もうとして――

 

『待ちなさい』

 

 ――真剣身を帯びたその声に、俺の手は引き戻された。

 

「っ……な、なんだよ」

 

『その光に触れれば、貴方はその世界へ行くことができる。けれど、もう戻ってくることはできないわ。中途半端な気持ちでは駄目。貴方の元居た世界すべてを捨てる、そんな覚悟が、貴方にはあるの?』

「それは……」

 

 目の前には、変わらず光が浮かんでいる。青白いけれど、とても暖かそうな光だ。じっとそれを見ていると、それが俺の答えを待ちわびているような、そんな気がした。

 

『あまり時間もないわ。決められないなら、貴方には元の世界に戻ってもらうわよ』

「……」

 

 ゆっくりと、目を閉じる。すると、真っ先に「それ」がまぶたに浮かんだ。それは俺の家族や友達ではなく――

 

 

 ――寂しがりな、小さな女の子の姿だった。

 

 

「そっか。そうだよな」

 

 当り前の結果に苦笑して、俺は目を開く。光は、まだ俺の目の前に。振り返って、俺は姿の見えない声の主に向けて、口を開いた。

 

「あるさ。いや、初めっから、これを選ぶことは決まってたんだ。ただ、あと一歩、踏み出す勇気が足りなかっただけで」

『それで、どうするのかしら』

「俺は行く。夢で終わらせたくない、そんな大切な記憶が、あそこにはあるんだから」

 

 姿は見えないけれど、俺はそいつがいるであろう方向へ、睨むような視線を送ってやる。気持ちは、一年前のあの日から変わっていない。その気持ちを疑った相手に一矢報いるためにも、俺は睨み続ける。

 そのまま、俺も、相手も何も喋らないまま時が流れた。

 

『……そう。では、行きなさい。さよなら、また会うこともあるでしょう』

 

 納得、したのだろうか。先ほどと変わって、穏やかな口調だ。

 声の主は、それだけを言うと、言葉を発しなくなった。ただ、俺のことを見守るような視線だけを感じられる。

 

「誰だか知らないけど、ありがとうな」

『お礼に口づけでもしてくれるのかしらん?』

「いや、それは勘弁してほしいかなー、と」

『あら、残念』

 

 会話にくすりと笑いながら、光に近付き、俺はゆっくりと手を伸ばす。手の震えは収まっている。迷いはない、不安も、もはや存在しなかった。

 

 

『作られた外史――。

それは新しい物語の始まり。

終端を迎えた物語でも、望まれれば再び突端が開かれて新生する。

物語は己の世界の中では無限大――。

そして閉じられた外史の行き先は、ひとえに貴方の心次第――』

 

 

 光に、とても暖かな光に触れる。触れると同時に光は弾け、俺を包み込み――。

 

 

『さあ。外史の突端を開きましょう――』

 
 

 
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