「どこに行った!?」
叫ぶ声は予想外に近距離だった。
「ここにはいないぞ!」
「くそっ! あの傷じゃそう遠くへは行ける訳がねぇっ!」
「あっちだ! あっちを探せ!」
荒々しい足音が遠くに行くのを確かめてから、
「とんでもない事になっちまったな……」
夜の闇、深い森の中、一刀は憔悴しきった表情でため息をついた。
周囲の様子を伺うと、ささやくような声で傍らにうずくまる少女に声をかける。
「凪、大丈夫か?」
「勿論───です……」
顔を上げた凪の表情は、その言葉がまったくの嘘である事をはっきり示していた。
真っ青だ。
腹部に当てた手の、その指の間から赤い液体が滴っている。
「この程度の傷で、曹魏の武将がどうこうするわけありま───ぐぅっ!」
微笑んだその表情が、一転して苦痛に歪む。
「凪!」
痛みと著しい出血に崩れ落ちる部下に、一刀は自分の愚かさを噛み潰していた。
簡単な任務のはずだった。
北西部国境付近の村を襲った盗賊退治。
いや、それは盗賊とすら呼べない、ただのチンピラの類───のはずだった。
主であり、婚約者である華琳の命により、一刀、凪、沙和、真桜の北郷隊の四名は盗賊退治へと出向いた。
規模からすれば大したものではない。
実地訓練にとニ十名程の新兵を引き連れてきた北郷隊だったが、村へと向かう途中、謎の集団からの襲撃を受けてしまった。
凪、沙和、真桜の三人から厳しい訓練を受けていた新兵達だったが、実戦経験が無い上に奇襲攻撃である。統率は乱れたまま敵の追い討ちを受けて散り散りになってしまった。
沙和、真桜ともはぐれてしまい、そして傍らにいる凪は……
「すまん、凪……俺をかばってこんな怪我を……」
目を落とすと、そこには折れた矢が落ちている。その先端は真っ赤な血で染まっていた。
「本当に、すまん……」
搾り出すような声で謝る一刀に、凪は苦痛に顔をゆがめながらも微笑む。
「謝っていただく事では……隊長をお守りする事が、わたしの任務です……」
「凪……」
「それよりも今は、ここを脱出する事を考えましょう……早く応援を呼ばなければ……」
「……ああ、そうだな。帰ってからたっぷり謝らせてもらうよ。立てるか?」
肩を貸して凪を立ち上がらせる。激痛が走っただろうに、歯を食いしばって声一つ漏らそうとしない凪に、一刀は胸が締め付けられる思いだった。
───何とかしなきゃ……このままじゃ……
脳裏をかすめた最悪の未来を振り払い、一刀は凪を抱えて道無き道を歩き出した。
「真桜ちゃん真桜ちゃん、どうしようなの~。隊長も凪ちゃんもどこにもいないの~」
「んなのわーっとる! せやから、こうして駆けずり回ってるんやないか!」
涙目の沙和に真桜の鋭い声が飛ぶ。しかし沙和の泣き言は止まらない。
「でもでも~、タマ無しの兵隊さん達ともはぐれちゃうし、クソったれな敵はいっぱいいるし、ほーりーしっとな大ピンチだよ~!」
「だから、わーっとる! と言うか、ウチにまであめりか海兵隊式で話かけんな!!」
「む~」
とりあえず沙和は置いておく事にして、真桜は木々に隠れて周囲の様子を伺った。
先程まであった敵の姿が今は無い。
他のところを探しにいったのか───
「あるいは、獲物を見つけて追いかけてるのか……」
「獲物って、隊長と凪ちゃん……?」
「それは分からん。分からんけど、大将首ほっぽって兵隊追っかけ回すような奴はおらんやろな」
「大変! 早く二人を見つけないと!」
「それもわーっとる。せやから、ちょっと黙り」
「あと応援も呼ばないと! 敵の数は分からないけど、わたし達だけじゃ無理だよ」
「さっき一人残っとった新兵に馬貸して行かせた。こっからちょっと行ったところで、ちょうど秋蘭様と風が軍事演習しとるからな。一刻もあれば応援が来るはずや」
「そっか。それならそっちは安心だね」
ほっと胸を撫で下ろす沙和だったが、すぐに表情を曇らせる。
「凪ちゃんは強いから大丈夫だと思うけど、隊長は心配だよね。早く見つけなきゃ」
「…………」
沙和の言葉に、真桜は何も返さなかった。
一瞬。
二人と離れ離れになる一瞬だが、真桜の目には一刀をかばう凪と、その腹部から弾けた赤い色が目に焼きついていた。
───はよ見つけんと……これはシャレにならんで……
夜の闇はどこまでも濃い。
降り注ぐ月灯りだけが頼りでは、歩く早さはどうしても遅くなる。
ましてや、重傷の人間を抱えていては。
「凪、大丈夫か?」
答えはわかっているのに、問い掛けずにはいられない。
「ええ……大丈夫です……」
わかっている答え。そして、それが嘘だという事もわかっている。
凪の傷はかなり深い。一刀は自分の服を破いて傷口をきつく縛ったが、その布も既に赤く染まっている。
「隊長……」
「喋るなって! 傷が更に開いちゃうだろ!」
「大丈夫です……」
一息ついてから、凪は言葉を続けた。
「あいつらは、一体……」
あいつらとは無論、襲ってきた敵の事だ。
「分からない……」
そう答えてから、一刀は自分の考えを述べた。
「でも、恐らくは五胡の連中だと思う」
「なるほど……」
異民族である五胡は、これまでもしばしば国境を侵していた。
つい一ヶ月前にも、小規模な戦闘があったばかりだ。
「この前ぶちのめした奴等の残党か、それとも懲りずにまた攻めてきたのかは分からないけど……早く戻ってみんなに連絡を───って、凪!?」
急にバランスを崩す一刀。先程からおぼついていなかった凪の足がピタリと止まったのだ。
「……っ」
声無き声を上げ、凪の顔が苦悶に歪む。
「凪! おい、凪!」
「隊───ちょ……」
「喋るな!」
何か言いかける凪を制し、一刀は彼女を木の根本に座らせた。
腹部からは未だ血が滴り流れ、顔色は青から白へと変わっている。一刻の猶予も無かった。
「くそっ、俺のせいで……!」
悔やんだ所で意味は無い。だが、悔やまずにはいられなかった。
うなだれる一刀であったが、
「……?」
不意に頬に触れる感触に顔を上げた。
「隊長……」
口元に微笑を湛え、凪は静かに言った。
「行って下さい、隊長……」
「行ってって……」
「わたしはここに残ります……」
「!」
「わたしは、足手まといですから……」
「で、できるわけないだろ! こんな所に怪我人を───凪を置いていくなんて、出来る訳ない───」
「隊長!」
「!?」
瀕死の人間とは思えない程の力に満ちた声に、一刀は言葉を飲み込んだ。
「隊長……隊長にはやるべき事があります。我が国の境を侵し、我が民を傷つけた者達を打ち倒す使命が!」
「凪……」
「隊長の使命はわたしの使命……それが、わたしの為に果たせなかったとあれば、武人としてこれほどの屈辱はありません……」
「…………」
国を守る。民を守る。その為に、ただひたすらに前に進む。それが凪の誇りだ。
「隊長は……部下に、わたしに屈辱を与えるのですか?」
空に月。
凪は瞳に月を映した。
「隊長……」
「ん……」
「隊長が天に帰られ、そして再びわたし達の前に戻ってきて下さった時に───わたしは改めて誓ったのです。この身も、心も、我が魂の全てを隊長に捧げようと……」
一刀が天に帰り、そして再びこの世界へと戻ってくるまでの間、北郷隊をまとめたのは凪、沙和、真桜の三人だった。そして、凪は「隊長代理」として一刀が行っていた政務を引き継いだのだ。
なぜ「隊長」とならないのか。
そう問われれば、凪は迷いの無い真っ直ぐな視線で答えた。
『隊長は必ずわたし達の前に戻ってこられる。だから、我が隊に新しい「隊長」はいらない』と。
「隊長はわたしを武人として───女として育ててくださいました。我が全ては、隊長のものです」
「凪……」
それ以上言わないでくれ。
そう言いそうになる一刀を、凪は微笑みで制す。
「あなたのものである我が魂───ここでお返し致します……」
「凪!」
「行って下さい。そして沙和と真桜と合流し、我らが敵を討って下さい。それこそが───それこそが我が本懐!」
「…………」
「隊長!───たい……ちょう……?」
叫びかけた凪であったが、頬に落ちる暖かい雨に、その先を続ける事が出来なかった。
一刀は───泣いていた。
「隊長……」
凪は傷の痛みも忘れて、ただ声を失っていた。
一刀の涙を見るのは、これが初めてだった。
華琳にイジメられ、春蘭に追い掛け回され、桂花に策にかけられ、それで泣いている一刀なら当たり前と思えるくらいに見ている。
でも、こんな風に震えながら泣いている一刀を見るのは初めてだったのだ。
「置いて───いけるわけないだろ……」
「隊長……」
「凪が傷ついてるのに、苦しんでるのに……それを放っておけるわけないだろ!」
「しかし、隊長───」
言いかける凪を力づくで抱え上げる。
「た、隊長!? 何を!?」
「このまま森を抜ける」
「なっ!?」
「何が何でも森を抜ける。敵がいれば突っ切る。凪を置いてなんかいけるか!」
無数の敵がいる森を、足手まといを抱えたまま抜けるなど正気の沙汰ではない。二人して敵の手にかかるのは火を見るより明らかだ。
「ば、馬鹿な事はやめて下さい! それでは二人とも犬死です!」
「それでもだ!」
「隊長は天の御遣いにして、華琳様の婚約者! その身に何かあれば、わたしは死しても悔い続けなければなりません!」
「黙れ!!!」
闇夜を震わせる叫び声に、凪は息を飲んだ。
一刀は涙を流しながら、ただ前だけを見て叫んだ。
「死なせない! 絶対に死なせない! 凪を死なせてたまるか!」
「隊長……」
「いつも言ってるだろ! 北郷隊は一心同体だって! お前が死んだら、俺だって生きてないぞ! 生きてなんてやるかよ!」
「…………」
「それともお前は俺に死んで欲しいのか?」
「そんな───そんな事はありません!」
「だったら生きろ! お前が俺のものだってなら、最後まで生きろよ! 最後まで、最後までだ!!」
「隊長……」
凪は状況も忘れて、一刀の横顔を見ていた。
曹魏に仕えてから、ずっと見てきた横顔。
一時の別れ、魂の全てが抜け落ちた状況でも、信じる事で新たな力を与えてくれた男の横顔だ。
───行けるところまで……行こう……
凪はそう思った。
自分の体は自分が分かっている。
民を守る度に体に刻まれた傷痕。
その中で最も大きな傷痕が、今日刻み込まれた。
この命があとどれくらいあるかは分からない。
それでも───わたしは───
不意に。
一刀の足が止まった。
「くそ……」
漏れ出る声に、凪は顔を上げる。
「…………」
そこに見たものは、絶望的な光景だった。
「てこずらせてくれたな」
二人の道を塞ぐように。
現れた男は、この国のものではない甲冑に身を包んでいた。その背後から続々と同じ甲冑姿が現れる。百人はいるだろうか。既に背後も取り囲まれている。
「五胡の連中が、一体何のようだ」
「分かっていてよく言う。我等は先の戦いで貴様等に無様に敗北した。この上は、大将首の一つも持ち帰らんと国には戻れないのでな」
「……最初から仕組まれていたってわけか」
小さな村で起こった小さな事件。
それは魏の兵を呼び寄せるための罠だったのだ。確実に魏の兵を、しかも少数を呼び寄せるための。
男が片腕を上げる。それを合図に響く、百人の抜刀音。
「悪く思ってくれて構わんぞ」
笑顔の一つも無く言う男に、一刀は息を飲む。
───これまでか……
脳裏に仲間の姿が浮かぶ。
春蘭、秋蘭、桂花、季衣、流琉、凛、風。
沙和、真桜。
そして───
「…………させるか」
すっと凪が一歩踏み出す。
「凪!」
「隊長には……指一本も触れさせない」
瀕死の身の、どこにそれだけの力があるのか。
凪は静かに構えを取る。
「我が主である北郷一刀様は、この楽文謙が守ってみせる!!」
「っ!?」
その凄まじい闘気に、男達は思わず一歩後ずさってしまう。
残った命を燃やしているとしか思えない、壮絶とすら言える凪の覚悟だった。
「くっ、そんな傷ついた体で、我等全員と戦えるとでも思ったか!」
男が叫ぶが、凪は笑顔すら浮かべてその言葉を一蹴した。
「戦える、戦えないじゃない───戦うんだ! 我が魂魄の全てを賭けて、貴様等を打ち倒す!!」
「くそっ! か、かかれ!!」
男が叫ぶ。
凪は迎撃の構えを取る。
その背後で、一刀も剣を抜いた。
「絶対に、生きて帰るぞ! 凪!!」
「はいっ!!」
「行けぇぇぇぇぇっ!!」
男の言葉に、五胡の兵が一斉に迫ってくる。
───その瞬間だった。
「おおおおりゃああああああっ!!」
叫び声は空からだった。
何かが凄まじい勢いで空から落ちてきた。
凄まじい爆音。
立ち込める土煙。
それが収まった時、そこに現れたのは───
「沙和! 真桜!」
そこにいたのは、二天を構える沙和と、螺旋槍を振りかぶる真桜だった。
「このクソったれのウジ虫共! ママのケツにドタマ突っ込んでるだけが能のボケナスが、隊長と凪ちゃんに何してるの!!」
「おのれら、覚悟しとけやー? ウチら北郷隊、キレたらどうなるか分からんからなっ!!」
「沙和……真桜……良かった……」
「凪!」
ほっとしたのか、膝から崩れ落ちる凪を一刀は慌てて抱き止める。
「凪ちゃん!」
「時間が無い。沙和、ぶっちぎりで行くで!?」
「了解なの!」
「くっ。たかが二人増えただけだ! 土産が増えたってものよ! 一斉に───」
「わたしは数に入れてくれないのか?」
「なに───」
その瞬間、男の眉間に矢が突き刺さった。
「なん───だと───」
男は自分の身に何が起こったのか分からないまま崩れ落ちた。
その矢を放ったのは───
月光を背に現れたのは───
「秋蘭……」
「待たせたな、北郷」
魏の武の双璧にして、天下に名を轟かせる弓の女神。
夏候妙才はにっこりと微笑む。
そして次の瞬間、その表情を凍らせると、絶対零度の声で命令を下す。
「我等が民を傷つけ、更には我等の仲間に血を流させた代償を払わせてやれ。一人として逃すな! 殺し尽くせ!!」
「うおおおおおおおおおおっ!!」
鬨の声を上げて現れる曹魏の兵に、五胡の兵は我先にと逃げ出した。しかし、精強でなる曹魏の兵から逃れられるものではない。後に残ったのは一方的な殺戮だった。
「北郷、無事か!」
駆け寄る秋蘭に、一刀は悲鳴のような声を上げた。
「凪が! 凪が!」
「凪ちゃん! 目を開けてなの!」
「コラ凪! 何寝とんねん! さっさと目を開けんかい!」
涙ながらに叫ぶ沙和と真桜だったが、凪は既に意識を失っている。
「……マズイな」
凪の様子を見た秋蘭は、すぐに事態の深刻さを悟った。
「すぐに医者に診せねば……」
「では、まず風が診てみましょう」
そう言ってテキパキと処置を始めたのは兵を指揮していた風だった。
「風……」
「お兄さん、そんな顔をしないで下さい。お兄さんの悲しみは、周りに感染してしまうのですから」
「風ちゃん、凪ちゃんをお願い!」
「頼むで風! アンタだけが頼りや!」
「大丈夫か……?」
秋蘭の問い掛けに、風はこくんとうなずく。
「医術は専門外ですが、応急処置くらいは出来るでしょう。後は凪ちゃんにどれだけ余力が残されているかです」
「大丈夫だ。凪が死ぬもんか!」
一刀は叫んだ。
その声が凪に届いているか───
それは誰にも分からないが、
誰もがそう信じていた。
体に刻まれたのは傷ではない。
誇りだ。
民を守るために、戦い抜いたがゆえの誇りだ。
そう思った。
そう思わせてくれた。
だから、わたしはあの人のために戦う。
この身を捧げる。
心を、魂を捧げる。
永遠に。
永遠に。
「───」
目を開けると、朝の光が眩しかった。
「わたしは───くっ!?」
考えた瞬間、腹部に激しい痛みが走る。その痛みが、記憶を呼び覚ましてくれた。
「そうか───」
彼女は───凪は今はっきりと理解した。
「わたしは───生きているのか……」
と、彼女は寝台の端にもたれて眠っている男に気付いた。
「隊長……」
そばで看病していてくれたのだろう。そう思うと、凪の胸の中に暖かいものが込み上げてくる。
「隊長」
そっとその頬に触れると、一刀はゆっくりと目を開けた。
「…………」
「隊長、おはようございます」
「…………凪」
「はい」
「───!? な、凪!?」
「ええ。凪です」
「凪!!」
一気に感情を爆発させて抱きついた一刀だったが、「いたっ!」という凪の悲鳴に慌てて飛び退いた。
「ご、ごめん! 傷に響いたか!?」
「ええ、少し。隊長に抱き締めてもらえないのが残念ですが」
微笑む凪に、一刀はぽろぽろと涙を流しながら微笑み返した。
「よし。傷が治ったらずーっと抱き締めてやるからな。覚悟しろよ?」
「ええ。受けて立ちましょう」
微笑みあう二人。
と、一刀の背後で扉の開く音がした。
「凪ちゃん!」
「凪!」
部屋に飛び込んできた沙和と真桜が、そのままの勢いで凪に抱きつく。
「うわーん! 凪ちゃーん!」
「この寝坊娘が! 目ぇ覚ますのが遅すぎるっちゅーねん!」
「ちょっ、沙和、真桜。痛いって!」
「うわーーーーーーん! 凪ちゃーーーーーーん!」
「痛いからってなんや!? ちょっとは我慢せぃ!」
わんわんと泣きながら離れようとしない二人に、凪は痛さに顔をしかめながらも苦笑い。
それは一刀も同じ事だ。
そして、一刀は改めて凪を真っ直ぐに見た。
「お帰り、凪」
凪もまた一刀をただ真っ直ぐに見る。
「ただいま帰りました、隊長」
それからは魏の首脳陣によるお見舞い攻勢の始まりだった。
精をつけろと春蘭が紫色のおかゆを差し入れたり(勿論、手作りだ)、秋蘭がため息つきながらそのおかゆをちゃんとしたものと入れ替えてくれたり(そして紫粥は秋蘭が責任を持って食べた。姉妹愛、ここにあり)、季衣と流琉が山のような果物を差し入れたり。
霞は怪我人の見舞いに酒を持ってきて皆からツッコまれていた。
三軍師は暇つぶしにとそれぞれお勧めの本を持ってきたが、少々レベルの高い内容に凪は困り顔だ。
沙和が「元気になったら着てみてなのー!」と差し入れてくれた服はフリフリの少女趣味な服で、それを着た自分を考えただけで傷の治りが遅くなりそうだ。
真桜の差し入れは長方形の箱。「治ったら、隊長に試してもらってみぃ。ま、凪が隊長に試すのもええけどな。ずっぽりと」と言っていた箱は開ける気すらおきない。……まぁ、とりあえず夜にでもこっそり開けてみるんだが。
とにかく、皆が心配してくれた事に、凪は深く感謝するのであった。
そして最後の差し入れは───
「凪、傷の具合はどう?」
凪の自室に現れたのは、この国の頂点に立つ曹孟徳その人だった。
「こ、これは華琳様! このような場所に御自ら来ていただけるとは!」
恐縮して寝台の上で礼を取ろうとする凪を華琳が制す。
「怪我人はじっとしていなさい。今は、それがあなたの任務よ」
「はっ」
そして華琳は、凪の傍らにいる一刀を見た。
「一刀、あなたは大丈夫なの?」
「ああ、凪が守ってくれたからな」
「そう。凪、ご苦労だったわね。わたしも結婚前に未亡人にならずに済んだわ」
「恐縮です」
ぺこりと一礼する凪に、華琳は小さく頷いた。
「それで、我が夫を身を挺して助けてくれたあなたに褒美を取らせようと思うのだけど」
「わたしは己の任務を遂行しただけです。褒美をいただくような事は───」
「あなたのやった事はこの曹孟徳にとって、ひいてはこの国にとってとても大きな事よ。その功績に対し、褒美の一つも与えないのではわたしの器量が疑われるわ」
「ですが……」
凪はちらっと一刀を見る。一刀はどこまでいっても慎み深い凪に苦笑いしながら答えた。
「もらっておきなよ。華琳だってああ言ってるけど、何より凪が生きてくれてる事が嬉しいんだから」
「……そうやって人の心を見透かさないの」
微妙に赤くなってる華琳に、凪もくすりと微笑む。
「それでは、謹んでお受け致します」
「まったく、やりづらいったらないわね」
こほんと咳払い。
そして表情を改めた華琳が放った言葉は、予想の斜め上を行くものだった。
「楽文謙。あなたを北郷一刀の第二夫人として認めるわ」
「えええええええええっ!!」
華琳の後ろで絶叫する魏の武将達。風だけは何か企んでいるように目をキュピーンと光らせていたが。
しかし、最も驚いたのは当事者の二人だ。
「ふ、ふじんっ!?」
「お、おい、華琳!?」
呆気に取られる二人に、華琳はさっきの仕返しとばかりに意地悪く笑った。
「あら、何か困る事があって? これ以上の褒美は無いと思うけど」
「でででででも、わわわわたしが!」
「と、とりあえず落ち着け凪。深呼吸だ。はい、吸ってー、吐いてー」
「すー、はー、すー、はー」
一刀の言葉に素直に従う凪。二度、大きく深呼吸してから、
「わ、わたしが第二夫人って!!」
「ええ。よろしくね、凪」
にっこりと微笑む華琳。曹魏の覇王様は、いつだって凡人の予測を超えているのだ。
「た、隊長……」
困りきった顔の凪に、一刀は少し考えた。
いや、それはちょっとした見得みたいなもので、答えはもう決まっているのだが。
一刀はゆっくりと手を差し出した。
「これからもよろしく、凪」
「───はい、隊長……」
一瞬ためらい、そして一刀の手を握り返して微笑んだ凪。
その身に刻まれた傷は誇り。
その誇りは彼女の表情を更に輝かせているようだった───
ちなみに、この日より『大功を立てれば一刀と結婚できる』という事が不文律となった。
そのため、ほとんどの武将・軍師が忠勤に励んだ結果、より曹魏は繁栄していったという。
そこまで読んだ覇王様の策略に舌を巻きつつも、これからの事を考えると嬉しかったり気が重くなったりと複雑な一刀であった。
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魏ルートEND後、一刀が戻ってきたらというお話です。
萌えより燃えがあります。そのつもりです。
凪好きの方に気に入ってただけたら嬉しいですー。
<追記>
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