あさきゆめみし ~王の休日~
最近の私はちょっとおかしい。
一刀と他の子がちょっと仲良く話しているだけで、なんとなくイライラした気持ちになってしまう。
この孫呉の王、孫伯符が、だ。笑わせる。
現在の呉の情勢は予断を許すものではない。
袁術から領土を取り戻したのはいいものの、こちらの一挙手一投足に他国が目を光らせている。
少しでも隙をつくれば、以前の曹操のように攻め込まれるに違いない。
(あの戦で私が傷ついたのはある意味正解だったかもしれないわよね・・・)
あのまま城に戻って慌てて戦闘態勢を整えても、贔屓目に見て勝率は四割以下だったはず。
兵の士気を上げることができて、なんとか曹操を追っ払うことができた。それ位の強敵だ。
その強大な敵と相対するにはまず国内を富ませなければならない。富国強兵。
それは分かる。分かるのだが。
「あー、もう冥琳! 何よこの書類の量は! 以前の三倍くらいあるじゃない!」
どうでもいい書類から、重要な書類。
その全てに目を通し、判を押さなければならないのだ。
必然的に一刀と会う時間も減ってしまうというもの。
机に山のように重ねられ、こちらが判を押していくよりも明らかに早いスピードで積み重なる書類。
「孫策様! この書類を来週までに・・・!」
「孫策様! 治水工事の工程のことでご相談が・・・!
「孫策様!・・・」「孫策様!・・・」「孫策様!・・・」
私の堪忍袋の緒が切れるまでに、そう長くはかからなかった。
◇ ◇ ◇
「一刀・・・!」
猛然と部屋を開け放つと、一刀は驚いたような顔でこちらを見ていた。
手元には曹操の書いた「孟徳新書」。勉強中だったのだろうか。
(私の目の前で他の女の書いた本を読むなんていい度胸ね。)
「出かけるわよ! 主に冥琳に見つからないように!」
え、ちょ・・・! などと慌てふためく一刀のことは無視。
腕を引きずりながら、私は街へと向かった。
相変わらず、街は活気に溢れている。
為政者として、これはとても喜ばしいことだ。
「なぁ、雪蓮。もしかしてなんか怒ってるか?」
困ったような顔で、右を歩く一刀が尋ねてくる。
その顔もなかなか魅力的だったので、「さぁ?」 と答えたら、もっと困った顔をした。
「こうして街を歩くのも久しぶりねー」
「あ、ああ。そうだな。最近、雪蓮忙しかったもんな」
「ええ。今も忙しいわよ?」
悪戯っぽく微笑むと、一刀の頬が引きつる。
「な、なぁ、雪蓮。その・・・仕事はもういいのか?」
「いいわけないじゃない♪」
怒られる時は一緒だ。むしろ、一刀に連れ出されたとでも冥琳に言おうか。
私の表情を見て一刀は肩を落とし、大きなため息をついた。
「仕事もほどほどに頑張れよ・・・」
その言葉には曖昧な笑みを返し、私たちは市街の中心部へと向かう。
せっかく強引にとった休日。
せめて今日くらいは楽しまないと。
・・・とはいえ。
怒りに身を任し部屋を飛び出てきたので、当然行くあてなどない。
一刀にそのことを告げると、呆れ顔をしながら一軒の茶屋に導いてくれた。
「ここは、お茶が美味しいんだ」
そう教えてくれた後、店主と二言三言一刀が声を交わす。
店主も気さくに対応していたが、その表情がこちらを見て固まる。
笑顔で手を振ると、ようやく店主の緊張が解けた。
(やましいことはなくても、国主が唐突に店を訪れたら、そりゃ驚くわよね・・・)
店内はこぢんまりとしているが綺麗に整い、上品な雰囲気さえも漂わせている。
「隠れた名店ってやつね」
私が言うと、一刀がちょっと誇らしげに胸を張った。
これも普段なかなか見られない姿だ。私はちょっと嬉しくなる。
しばらくして、お茶とお茶菓子がやってくる。
深みがあって、ほろ苦いそのお茶は、確かに城で飲むものとは一味違っている。
また今度来よう。・・・一刀と。
それからは延々と他愛もない話をした。
一刀の住んでいた世界の話。
私の故郷の話。呉の街の話。
話が政治の話に飛んだ時には、雰囲気を読めと一刀をからかったりもした。
久々に過ごす、それはとても心地のよい時間だった。
昼近くなると、流石に空いていた店内も人で賑わってきた。
もう五,六杯目のになるであろうお茶を注文した所で、急に店の雰囲気が変わる。
今まで騒がしく話し声が耐えなかった店内が、急に波を打ったように静まりかえったのだ。
原因はすぐに分かった。
一刀より頭一つ分は大きいであろう巨漢が、店内で酔っぱらっているのだ。
「おうおう。俺も席に座りてぇんだよぅ~。誰かどけよぅ~」
皆が露骨に目をそらす。
その席の間を闊歩する巨漢。目はどろりと濁り、足はすでに千鳥足。
完璧にデキあがっている。
そして、その視線が一点で止まる。そこには一刀が座っている。
(やっぱり一刀、目立つ服装だからかしらね・・・)
お茶をすする一刀の肩を、歩み寄った酔っぱらいが強く数回叩く。
「よぅ、不細工な兄ちゃん。俺は座りてぇんだけどよぅ~。ちょっとどいてもらえねぇかなぁ?」
(こいつ――!)
思わず頭に血が上り、私は刀の柄に手をかける。
それを抜き放とうとした寸前、一刀が手を出し、私を止める。
「・・・お兄さん。いや、おじさんか。ここは皆が楽しく過ごすための茶屋なんだ。悪いけど、絡み酒なら他所でやってくれない?」
静かな、しかし確かな怒気を孕んだ声。
今までに聞いたことがないような怖い声だ。
「あぁん? 誰が酔っぱらってるって?」
「おじさんだよ。お・じ・さ・ん」
「お、じっ・・・!? てめぇ舐めやがって・・・!」
突如、巨漢が拳を振り上げる。
酔っぱらってるだけに動きは緩慢だが、その一打は重いであろうことが推測できる。
私は咄嗟に飛び出そうとして、慌てて思いとどまる。
(・・・一刀には一刀なりの考えがあるはず)
横殴りの一打が一刀に迫る。
一刀は寸前まで避けようとはせず。
小さく身を沈めることでその拳を交わし、流れるような所作で迫り来る巨体に肘鉄を叩き込む。
蛙の潰れるような声がして、男はゆっくりと地面に倒れた。
その直後。
茶屋中から割れるような歓声が巻き起こる。
もちろん、その歓声には私の声も混ざっていたけれど。
◇ ◇ ◇
一躍英雄と化した一刀はそれから後、延々と酒を勧められ、逃げるようにして私と茶屋を後にする。
「あー、もう、最悪だよ」
一緒に大通りをゆっくりと歩く。
一刀その口調とは裏腹に、機嫌はいいようだ。
「ねぇ、一刀」
だから、私は疑問をそのままぶつけた。
「どうして、私を止めたの?」
一刀は頭をかいた。
「雪蓮は王様なんだから、理由があったにせよ民を傷つけたら評判が落ちるかもしれないだろ? その点俺ならば何の問題もないからな」
理に適っている。
私が望む王とは「暴君」ではない。無闇に人民を傷つけるのは悪影響だろう。
けれど。
「それだけ?」
「あ、あと、もう一つの・・・理由は・・・」
そこでいきなり一刀の歯切れが悪くなる。
「ええと、何て言うか・・・雪蓮にカッコイイ所を見せたかったというか・・・」
照れくさそうに一刀が言葉を繋ぐ。
それは、予想出来たとはいえ、実際言われると飛び上がるほど嬉しい一言だった。
だから、私は一刀の腕に思いっきり抱きつく。
「一刀。格好良かったわよ?」
半分冗談。もう半分に本音を交ぜて。
一刀はそれに対してぶつぶつと小声で文句を言う。
(やっぱり手綱は私が握っていないと、ね)
遠くから私と一刀の名前を呼ぶ声がする。
街中に呉の将兵たちが出張っているのだろう。
さて。そろそろ仕事に戻ってやろう。
冥琳も怒っていることだろうし。書類も山ほど積み重なっているだろう。
説教を受けて、一刀の情けない顔を見るのも悪くないな、と思った。
・・・今日の一刀は、私には少し眩しすぎるから。
~Fin.~
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Ifの雪蓮生存√after。
つまりは番外編です。
希望があったので書いてみました。
前作(√)…執筆期間2週間
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