No.531020

嘘つき村の奇妙な日常(20)

FALSEさん

不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/

(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村で、こいしは恐るべきスペルカード「胎児の夢」を発動し、村全体見境なしの悪夢を見せた。好機を得たぬえは正体不明のタネをばらまき、嘘つき達に悪夢の続きを見せる。一方地下では、幽香が黒幕と思しき惚れ薬の結晶に埋まった少女と対面していた。)

【まだおわりではないぞよ もうちょっとだけつづくんじゃ】

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2013-01-12 23:32:21 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:754   閲覧ユーザー数:752

 上空から新たな攻撃が降ってくることはなかった。ミスティアは僅かに顔を顰める。

 

「……何だか、妙ねえ」

 

 巨人を見上げる他の三人が、曖昧な頷きを返した。この村での戦闘は、徹頭徹尾おかしなことだらけだ。

 死なない村人を相手に殺戮を繰り広げていると、突然村人や家が集まって天を衝く人型へと変じた。逃走を図ろうとしてもなぜか巨人から離れられない。瓦礫の弾幕に晒され右往左往していたら、とびきり奇妙な攻撃がきた。卵になったり魚になったりする不気味な幻覚から醒めてみると、今の状態だ。

 

「ね、ねぇ」

 

 右手から、リグルの声が聞こえてきた。

 

「なんか、苦しそうに見えるんだけど」

 

 再び上空を見てみる。動きを止めた巨人の両手が、わなわなと震えているように見える。そして、同じ方向から風に乗って聞こえてくる苦悶の声。

 

 ぐううう……

 ひいいい……

 助けてくれえ……

 

「私達の攻撃が後からじわじわと効いてきてるのね。ぼでーぶろーって奴だわ、私は詳しいのよ」

「それは絶対に」「違う」

 

 小傘の独り言にリグルと一緒に突っ込みを入れていると、風切り音が聞こえた。上を見る。

 家がまるまる一軒、落下してきた。

 

「きゃあああああ!?」

 

 すんでのところで躱すと、そのまま家は丘陵状の土山だけが残る地面に落下、木っ端微塵となる。

 

「ダイナミックな弾幕だこと」

「多分、違うんじゃないかなあ」

 

 言ったルーミアの脇を、樹木が一本通過する。

 

「ひひひひ!」

 

 さらに、人間まで落ちてきた。奇声を上げながら通り過ぎた顔は、引きつった笑顔を浮かべていた。

 

「死ね! 死んでしまえ! 頼むから死んでくれ!」

「これは夢だ、悪い夢なんだ!」

「まだ追ってくる! 追ってくるぞお!」

 

 熱に浮かされたような声と共に彼らは地上に落ち、さらに上から落下物が折り重なって見えなくなった。

 

「ねえ、これって」

 

 次第に増えていく落下物を見回す。心なしか巨人の身長も低くなったように見えた。

 

「逃げた方が」「よさそうねえ」「でも、どこへ?」

 

 再び背後を通過した瓦礫の塊から、急いで離れる。

 

「そんなこと、知らないわよ! できる限り遠く!」

 

 凶悪な雨が降りしきる巨人の周囲から、妖怪達が絶望的な撤退戦を開始した。

 

 

 §

 

 

 ――ヤメテ ユルシテ

 

「だーめ」

 

 幽香は無邪気に笑いながら、自身の拳を結晶体に叩きつける。それらは容易く粉砕され、次第に埋め込まれた少女の体へと近づいていった。破壊された先から結晶が次々に再生を始めるが、幽香の豪腕はそれで補えないほどの威力がある。

 

 ――ドウシテ ワタシ ナニモシテナイノニ

 

「あら、地上であなたの創造物が好き放題しているのをご存知ないのかしら? 無知は罪よ」

 

 ――ワタシハ カエリタイダケ コノタイクツナ ラクエンカラ ニゲダシタイダケ

 

 さらに一撃を加える。少女の顔から結晶が剥離し、素肌が露わになった。

 それだけにととまらず胸倉を掴み上げ、無理やり引っ張り出す。ぱり、と乾いたガラス音を上げて、少女の体が腰の辺りで二つに折れる。ドレスの下もやはり周囲とおなじ水晶体だ。半ば、同化していた。

 

『なあ幽香、ちょっと待て。一人で話を進めんな』

 

 人形が魔理沙の声で幽香を諌めようとする。

 

『そいつが村の黒幕で、一番悪い奴だってのか? 私らにはお前の声しか聞こえないから、本当にそうなのか判断ができないぜ』

「んー、そうねえ」

 

 人形に視線を運んだところで、新しく、ついでに姦しい声がその場に近づいてきた。

 

「だから、悪かったって言ってるじゃないか。と、言うか。私その時のこと覚えてないんだって」

「でもあなたの所為で、私死にかけたわー痛いわー」

「ぬえがこいしを虐めたのは、間違いないのねー? どっかーんしとくー? どっかーんしとくー?」

「我慢しろ、頼むから。ていうか今私がどっかーんされたら、誰もお前らを運べなくなる」

 

 まずは先頭を切ってぬえが。その後に、こいしとフランドールが続いてやって来る。ただし、後続の二人はぬえの使い魔に運ばれる格好だった。

 

「ん。あんた、風見幽香じゃないか?」

「かく言うあなたは、寺の居候ね?」

 

 手に掴んだ少女の上半身を、無造作に床へと投げ捨てる。長い髪はまだ結晶化しておらず、軌跡には金色の流れが残った。

 

「あんたが地下に向かったって、こいしから聞いた。てことは、そこに転がってるのが黒幕かい?」

「そういうこと」

 

 汚物を扱うように足で少女の体を裏返す。姿勢が仰向けに変わり、硬く閉じられた目が上になった。

 フランドールがUFOの上で、顔を上げる。

 

「……んー」

 

 彼女は少女の顔を見つめながら、長く唸った。

 

「どうしたの?」

「いや、ね。どこかで見たような気がするんだけど、どうにも思い出せなくて」

 

 そんなこいしとフランドールのやり取りを微かに聞きながら、足で少女を小突く。

 

「さあ、役者は揃ったわ。せっかく狭苦しい所から解き放ってあげたのだから、テレパシーなんかじゃなく自分の口で喋りなさいな。あなたが十年前に、幻想郷で何をやらかしたのかを」

『十年前……?』

 

 少女の口が微かに動く。

 

「…………けて」

「うん?」

「たす……けて……」

 

 しゃがれた声だった。そんな少女の腹の上へと、無慈悲なヒールを落とし込んだ。

 水晶に囲まれた空間が、小刻みに揺れ始める。

 

「諦めなさい、助けなんて来ない。それに……結界の崩落が始まってるわね。あなた達何かした?」

 

 ぬえが手を挙げる。

 

「ここにくる前村人どもに『死にたくなるような』仕掛けをちょいちょいと。尋問は手早く切り上げた方がいいんじゃないかなあ」

「ねえ、助けてよ、早く!」

 

 老婆のような声で、少女が叫び声を上げた。

 

「だから無駄だってば……」

「あの時みたいに私を助けて! 邪魔な奴をみんな殺して! 私は、私はここから逃げ出したいのに!」

「あの時……」

 

 フランドールが少女の言葉を繰り返したと同時、一団のすぐ近くに重いものが落ちる音がした。全員が振り返り、その人影を目にする。

 

「ぐ……今度は……何だ……?」

 

 クラウンが蹲って、頭を振っている。しかしその両腕両脚は二の腕とふくらはぎの辺りで途切れて、そこから先は少女と同じく結晶化していた。それが増殖し、彼の手足を構成しようとする。

 

「助けて!」

 

 再び少女の声。それに呼応して、クラウンの体がびくりと震えた。顔を上げ、引きつった顔を向ける。

 

「……なぜだ……」

 

 不完全な四肢で立ち上がろうとして、バランスを崩した。それでもなお犬のように這い寄ろうとする。

 

「馬鹿な……なぜあなたが、こんなところに!」

「あー。えっと」

 

 目の前を通過しようとするクラウンの姿を見て、フランドールが顔を上げた。

 

「うん。抜け落ちた記憶を少しだけ取り戻したわ。なるほどあの女が『八人目』なのね?」

「八人目……?」

 

 ぬえが首を傾げてる。這い寄るクラウンを幽香は冷ややかな視線で見下ろした。

 

「そう。私の館を横取りした正直村の八人目の人間、それが彼女よ。そして連続殺人の主犯でもある」

「違う! 彼女はやっていない!」

 

 叫ぶクラウンの顔面に、幽香の靴裏が直撃する。

 

「では目撃者がいると言ったら? ピエロに扮したブロンドの女が正直者の首を切り落としているのを、偶然見つけてしまった人物が目の前にいるわ」

「むぐぐ、ぐ、そんな、口から出任せ、を」

「出任せではないわ。私は当時の犯行現場の様子を詳細に説明できる。その時の被害者は確かあなた達の中では『物好き』の愛称で呼ばれていたかしら。そこの彼女は物好きに綺麗な宝石の枝を見せて……」

「僕はその時の現場なんて見ていない。そんなもの幾らだって捏造できるじゃないか!」

「本当よ、臆病。彼女の言っていることは本当」

 

 少女の声が割り込んだ。クラウンが瞠目した状態で固まる。彼女は首だけ持ち上げ、薄く目を開いてクラウンの姿を抑揚のない表情で見下ろしていた。

 

「邪魔だったんだもの。いくら不自由しないだけのお金があったって、正直村の暮らしは本当に退屈で。それにみんな満足してしまって。だからこの人目につかない楽園に迷い込んだ時、真っ先に全員を始末することを思いついたわ」

「やめろ……やめてくれ……君はそんなんじゃ」

「私達、昔は正直だったわよね? 自分の欲望に。隠遁生活を始めた途端それが悟りを開いたみたいになっちゃって。あなたもそう思うでしょう?」

 

 クラウンは顔を踏まれたまま、首を振ろうとする。

 

「違う……違うんだ……僕はただ」

「違わないわ。だって、私見たもの。あなたが首を吊ろうとしているところ。あなたも、嫌気がさしていたのでしょう? この退屈な楽園に」

「見たのか、見てたのかあれを。別にそういう意味じゃなくて……僕は君が」

「だから、縄を切って暗示をかけたわ。私の皆殺しを手伝ってって」

 

 ぱきん。と、再生しかけていたクラウンの四肢に再び亀裂が走った。

 

「あなたは実際よく働いてくれたわ。なのにあなた全滅したら、また一人で首を括っちゃうんだもの。仕方がないから一人で楽園から出ようとしたのに、なぜか出口が狭くなって、動けなくって」

「どうしてか知りたかろう、お姉さん」

 

 ぬえが歩み寄り、胸像と化した少女を見下ろす。

 

「あんた『村』になったんだよ。正確には、殺した人間を取り込んで自分専用の使い魔に変える能力を持つ、名無し妖怪にね。低級の地霊があんたの力を欲したのか、元々あんたにそういう素質があったかよく分からないけど、あんたは村に取り込まれた」

「でも、私、何もしてない」

「直接間接に七人殺しといて、よく言うよ」

 

 少女はどこまでも無表情で、ぬえを見る。

 

「殺戮は日常よ。大した変化じゃないわ」

「あー、はいはい。そういうとこが実に妖怪向きだ」

『……少しでも同情して損したぜ』

 

 魔理沙の微かな囁きが聞こえた。幽香が微笑する。

 

「畜生っ!」

 

 クラウンが青筋を立てて、床に腕を叩きつけた。その度に結晶化した部分が砕け、短くなっていく。

 

「僕はそんなことが聞きたくて、道化を演じ続けたわけじゃないんだ! なのに、どうして!」

「やってみなくちゃわからない。あなた確か、私にそう言ったじゃない。後悔なんて反則だわ」

 

 クラウンの目の前に脚が落ちた。フランドールが凄惨な姿で彼を見下ろしている。傷は再生したが、クラウンに穿たれ切り刻まれた服は元のままだ。

 

「フラン」

 

 こいしが、フランドールに声をかけた。ポケットから何かを取り出し、彼女に向けて投げてよこす。一羽の蝙蝠がフランドールへ一直線に飛んでいき、差し出した手の中へ溶けるように消えた。

 クラウンを見下ろす笑顔に、凄味が増す。

 

「さて、分身が私の記憶の一部を埋めてくれたわ。言いなりだったのをいいことに、ずいぶん酷いことをしてくれたじゃない? しかも、単なる人違いで」

「ひっ」

 

 上腕と大腿を使い、クラウンが後ずさる。

 

「そう構えないで。お礼にいいことを教えてあげる。嘘つきが八人揃えば、真の楽園に至れる。それが、あなた達の描いた理想像だったわけだけど」

「わ、悪かった。似てるってだけで、君を実験台にしたことは謝る。だからそれだけはどうか」

 

 裏返った声を出しながら、クラウンが後退する。

 

「いいえ、言うわ。あなたの言う八人目の嘘つきはここにいたじゃない。と、いうことはよ」

 

 左右を見回して、奇妙に体をよじり始めた。耳を塞ごうにも、彼の両手はすでに失われている。

 

 

「コングラチュレイション。あなたが目指した真の楽園は、すでに完成していた」

 

 

「ああああああああああああああああああああ!」

 

 絶叫と共に何の弾みか彼は直立し、天井に向けて絶叫した。肩が、腰が、次々に結晶化していく。

 ドン、という音と共に、一際大きな揺れがきた。周囲の結晶に細かなヒビが走り、崩落を始める。

 

「そろそろここは限界ね。脱出しましょう」

 

 幽香の傘が花開いた。崩れ落ちた結晶の破片が、傘に当たって弾き飛ばされる。

 

「あなた、お友達を守ってあげなさい」

「何をする気だ?」

 

 ぬえに答える代わりに、石突へ光が集まり始めた。

 

「正真正銘、最後の力を使って天井に活路を作るわ。残りものは避けて頂戴。幻想住人なら楽勝でしょ」

「それはいいけど、こいつらどうする?」

 

 床に残った人型の結晶二つを指差す。

 

「生き埋めになる可能性を増やしたかったら持っていってもいいわ。どのみちそんな余裕もないけどね」

 

 

 §

 

 

 ブゥ――――――――――ン

 

 背後で聞こえた音と熱によって、彫像男は僅かに意識を取り戻した。浮遊感を感じながら、彼は手に残ったティーカップの取っ手を眺める。

 

「す、全ては、泡沫の夢に過ぎなかった、か」

 

 それを最後に彼は砕け散り、青白い粉末と化した。


 
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