No.530166

IS/3th Kind Of Cybertronian 第十二話「Scissor Hands-3」

ジガーさん

にじファンから移転。本作品は、ISとトランスフォーマーシリーズのクロスオーバーSSです。オリジナル主人公および独自設定を含みますのでご注意ください。

2013-01-10 17:57:41 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2398   閲覧ユーザー数:2242

緑色をした風が、目の前を行き過ぎた。

ラウラがそう認識した瞬間、風の進路方向にいたクラリッサの体が、木の葉のように弾き飛ばされた。

 

「クラリッサ!」

 

ラウラの叫びと共に、漆黒の金属片が宙に飛び散る。クラリッサが纏うIS、『シュヴァルツェア・ツヴァイク』の装甲だ。

ドイツの守護を司るパワードスーツは、一瞬にしてすべての戦闘能力を奪われた。

 

クラリッサは全身を打ち据える衝撃に、受け身を取る余裕もなく地面に叩きつけられた。

道路の真ん中に、大の字になって倒れたクラリッサの体から、残っていた『シュヴァルツェア・ツヴァイク』のパーツが消える。

過度のダメージにより、コアが起動状態を維持できなくなったのだ。

 

クラリッサは動かなかった。意識を失っているだけで、死んではいない。

しかし、右腕と左足は不自然な方向に折れ曲がり、口端からは血が垂れていた。内臓に損傷があるのかも知れない。

ラウラは軍人ではあるが、実際に戦場に立ったことはなかった。部下の命の危機も、訓練や演習の日々の中では無縁に近かった。

 

であるから、自分以外の人間の首に死神の鎌が引っかけられる恐怖への対処法を、ラウラは知らなかった。身の内から氷に浸食されてゆくような感覚を、少女は知らなかった。

倒れたクラリッサを前にして、ラウラは呆然と立ち尽くしていた。

 

「下手に装甲を身に付けているものだから、加減が難しいな。手足を一本ずつ圧し折っていくつもりだったのに」

 

悪意に満ちた声に、ラウラは我に返った。

背中の羽根を広げ、空中で静止しているクリープサイスが、彼女を見下ろしていた。

 

「まあ、仕方ない。残った一匹は、もう少し慎重に料理するとしよう」

 

「………貴様!」

 

このプレダコンにとって、人間は生きた玩具に過ぎないことは明白だった。

ラウラの端正な顔が怒りに歪む。

激情に駆られ、ラウラは空にいる敵に向けて、肩のレールカノンを撃った。

 

超音速の砲弾は、大気の壁を轟音を置き去りにして突き破り……青空の彼方へと消えていった。

途中、遮る物は何一つとしてなかった。標的であったクリープサイスは、その姿を消していた。

 

「なっ」

 

ラウラは呻いた。

彼女の左目からは、既に眼帯は取り去られ、『越界の瞳』が如何なくその機能を発揮している。それとISのハイパーセンサーが組み合わされば、敵の動きを見逃すことはありえない。

しかし現実として、ラウラはクリープサイスがどんな動きで移動して、今どこにいるのか、まったく掴めていなかった。

 

「探し物か? 手伝ってやろうか」

 

背後からの声は、振り返るまでもない。

陽炎が如く出現したクリープサイスを、ラウラはようやく発見した。

体を独楽のように回し、プラズマブレードをカマキリのプレダコンに向けて横薙ぎに放つ。

クリープサイスは、文字通り目と鼻の先にいる。しかし、プラズマブレードは、空中に真紅の斬線を刻み、大気を焦がして……空を切った。

 

腕を振り出す勢いが強過ぎて、ラウラはバランスを崩しそうになった。

攻撃が当たらなかったのは、もちろん、クリープサイスが回避行動を取ったからだ。

刃が届く範囲を一瞬にして見切り、ほんの数センチ、後退して。

 

「おおおおっ!」

 

ラウラは咆哮し、灼熱の刃が輝く両腕を振り回した。

クリープサイスはゆらゆらと、海流になびく海草のように身を揺らした。それは緩慢とさえ言える動きだ。

ラウラが巻き起こす真紅の嵐は、しかし、クリープサイスを捉えることができなかった。

やはり、紙一重でかわされている。

 

(ならば、攻撃の手を増やすまでだ)

 

プラズマブレードによる斬撃を繰り出しつつ、ラウラはワイヤーブレードを射出した。

エナジーワイヤーに接続された爪状ブレード六基が、ラウラの腕の動きを阻害しないよう大きな孤を描きながら、クリープサイスに殺到する。上下左右ともに、敵に逃げ道はない。

後方に下がるならば、ラウラはその瞬間にレールガンを叩き込むつもりだった。

 

じゃき、と小さな音が上がる。

クリープサイスの右腕が鎌に変形した、次の瞬間。

ワイヤーブレードがすべて、切り裂かれて地面に転がった。接続を断たれたエナジーワイヤーが消失する。

ラウラは驚くよりも先に、両腕を顔の前で交差させた。

 

それは反射的な行動だった。生物の生存本能が成した、無意識の防御行為。

そして、今度はプラズマブレードが破壊された。ガントレットの、刃を形成しているパーツが砕かれたのだ。

 

「今のは、なかなかよかったぞ。とはいえ、終わりは近いがな」

 

クリープサイスは、わざわざ右腕の鎌を引っ込める様を見せつけながら、ラウラに笑いかけた。

ラウラは奥歯をぎりりと噛み締め、咆えた。

 

「私はまだ、戦える! 負けはしない!」

 

勇壮にそう言いながらも、ラウラは自分の言葉に含まれた恐ろしい事実を認めざるを得なかった。

疲れてはいるものの、体に痛みはない。

破壊されているのは武装のみで、鎌は少女の肌に、僅かにも触れてはいなかった。

 

動いていなければまだしも、身体を動かし、攻撃してくる敵の武装のみを破壊する。相手がどれだけ格下であっても、ラウラには、同じことができる自信はなかった。

つまりクリープサイスは、生物としての肉体の強靭さのみならず、その戦闘技術でさえ、ラウラを遥かに超える戦士なのだ。

 

倒れたクラリッサが、広い視界の中に入る。

彼女の顔は真っ青で、確実に死に近付いていた。

状況は最悪だ。良くなる見込みはまったくない。

ラウラ自身、近接武器はすべて封じられ、残るレールカノンもクリープサイスには当たらない。

 

残る道は、助けを呼ぶことだ。といって、『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊員を呼んだとしても、蟻のように潰されるだけだろう。

クリープサイスに対抗できるのは………日本の石油コンビナートで行われた戦闘の記録映像は、ラウラも観ていた。

しかし。

 

(……それだけは、嫌だ!)

 

ラウラは優秀な兵士だ。隊長としての能力も申し分ない。

だが、それ以上に、ラウラは十代の若者だった。

サンダーソードへの対抗心が、彼女から冷静さと判断力を奪っていた。

自分の手でファンダメンツを倒すと啖呵を切った以上、サンダーソードの手を借りることは、ラウラにとっては敗北に等しい。

 

………そう敗北だ。

 

敗北は恐ろしい。自分から、すべての価値を奪い取る。

かつてラウラは敗北によって地に伏し、泥濘を味わい続けた。生きたまま、地獄へ落ちたのである。

その経験が、ラウラに敗北への絶対的な恐怖を植え付けていた。

負ければ、すべてを失う。

部隊最強のIS操縦者の称号も。ラウラ・ボーデヴィッヒという人間の、存在理由も。

 

「うわあああああああっ!」

 

叫びながら、ラウラは両腕を振り回した。

パンチでも手刀でもない、さながら癇癪を起した幼い子供のような動きだ。

無駄に力が入り、スピードもない。

例え敵に当たったとしても、装甲に傷をつけることすらできないに違いない。

もはや、攻撃とすら呼べない。

 

だが、クリープサイスは律儀に回避していた。

当然、挑発の意味があるのだろう。下等生命体の、最後の抵抗すら無意味だと知らしめたいのだ。

そして、心身ともに疲れ果て、何もかもを諦めたところで、ようやく命を奪う。

クリープサイスの考えは、そんなところだろうか。

ラウラは考えていた。

地球人よりも遥かに強靭なエイリアンの、その傲慢さを利用する方法を。

 

「いくら猿がちょっと進化した程度の生き物とはいえ、もっとマシなことはできないのか? 仮にも軍人だろうが」

 

今の内に、何とでも言うがいい。

ラウラは拳を繰り出しながら、胸の内で呟いた。

押した分、クリープサイスが引き……しかし、彼が思っているほど、後ろには下がれなかった。

クリープサイスの背中は、道路の真ん中で停まっていたトラックのコンテナに密着していた。

ラウラとクラリッサが乗ってきたトラックだ。

無茶苦茶に腕を振り回していると見せかけて、自分の体とトラックで挟めるように、クリープサイスを誘導していたのだ。

一瞬でも、後ろに逃げられなくなるように。

 

ラウラはすかさず右手を前に突き出し、そこから不可視のエネルギー波を発した。

彼女が纏う『シュヴァルツェア・レーゲン』に搭載された最大の機能、AIC―――慣性停止能力。ありとあらゆる物体の動きを強制的に停止させることができる。

それは、相手がプレダコンでも例外ではなかったようだ。

 

「何!?」

 

クリープサイスが、明らかに狼狽した声を上げた。

ラウラは迷わなかった。既に砲弾を装填していたレールカノンを、動けないクリープサイスに撃ち込んだ。

動かない的に、至近距離で。どんな素人でも外しようが無い。

トラックが粉砕され、クリープサイスの体が後方に吹き飛び、森に突っ込む。

 

次弾装填、発射。次弾装填、発射。次弾装填、発射。

轟音が幾重にも響く。土煙が舞い上がり、辺りを覆った。

ラウラの心臓は、今にも破裂しそうなほど高鳴っていた。

敵に初めて攻撃を当てたという喜びよりも、この機を逃せば、もはや逆転のチャンスはないという不安が、彼女の頭を占めていた。

 

「死ね、死ね、死ね、死ねぇっ!」

 

ラウラは狂ったかのように呪詛を吐き、超音速の弾を撃った。樹木が貫かれ、森が切り裂かれる。

精密な射撃ではない。とにかく、クリープサイスが吹き飛んだ方向へと撃ち続けていた。

その次の瞬間、もうもうと立ち込める土煙の中から、光が迸った。

紫の閃光だ。

 

ラウラがそう認識すると同時に、砲弾を発射しようとしていたレールカノンが、縦に真っ二つに割れて、地面に落ちた。

ごとん、という音を聞いて、ラウラはやっとそのことに気付いた。

最後の武器の喪失に呆然とする間もなく、金属製の足音が土煙のカーテンの向こうから聞こえてきた。

 

「今のは、なかなかよかったぞ。お前がもう少し良い武器を持っていたら、ただでは済まなかったところだ」

 

無傷のクリープサイスが、ラウラの前に現れた。汚れてはいるが、砲弾が直撃した箇所にすら、装甲に傷らしきは見当たらない。

機械らしく規則正しい足音が、よどみなく響く。

ラウラの必死は……クリープサイスには、届かなかった。

 

「………っ!」

 

ラウラは動こうとして、しかし動けなかった。

もはや、武装は何一つ残されていない。

唯一まともに効果を発揮したAICも、それ単体では何の意味もなかった。

少しずつ近付いてくるクリープサイスに、ラウラは我知らず後ずさっていた。

このまま踵を返し、全力で逃走するか。それとも先程のように、今度は本当にやぶれかぶれで、拳を振り回してみるか。

瞬間的にラウラの頭に浮かんだ選択肢を、クリープサイスは無情にも打ち砕いた。

 

「だが、この辺りが限界だろう。次の遊びに移ろうか」

 

クリープサイスの両目から赤いビームが発射され、ラウラの胸に当たった。

瞬間、『シュヴァルツェア・レーゲン』のすべての機能がシャットダウンし、待機状態であるレッグバンドに戻った。

 

「うわっ!」

 

IS起動状態との高低差によって、ラウラは尻もちを突いた。

同時にレッグバンドが彼女の右足から離れ、宙を舞う。

ラウラはそれを掴もうとしたが、無駄な努力に終わった。

クリープサイスは、自分の方に飛んできたレッグバンドを掲げた右手で受け止めると、体のどこかにしまい込んだ。

 

「さあ、今度の遊びは……そうだ、両足を切り取ってみようか」

 

飛蝗の脚をもぐ子供の残酷さを、クリープサイスが声に滲ませる。

当然、この場合の飛蝗は、ラウラだ。

どっと、冷たい汗が吹き出した。尻もちを突いたまま、立ち上がることができない。

その原因は探るまでもない。ラウラの足が、いや全身が震えて、力が逃げているからだ。

恐怖と絶望。それがラウラの魂を絡め取り、支配していた。

僅か十分の戦いで、ラウラは心身ともに打ちのめされていた。

 

「腕だけで這いずって、どこまで遠くへ行けるか。人間の限界に挑戦してみるのはどうだ?」

 

じゃきっ、と音が鳴り、クリープサイスの両腕が鎌に変形する。

ISのシールドと装甲を紙のように引き裂くなら、ISスーツに守られているだけのラウラの皮膚と肉は、もはやゼリーも同然に違いない。

クリープサイスの言葉通り、鎌によって両足を断ち切られ、激痛に苛まれて喚く自分の姿が、鮮明に脳裏に浮かぶ。

見えない手がラウラの胃を握り潰し、吐き気が喉に込み上げてくる。

啖呵を切るどころか、舌は渇き切って動かない。

 

首を取ると、プレダコンに向かって自信満々に宣告した十分前の自分を、ラウラは殴り倒してやりたかった。

どうして、あの時の自分は、この怪物に勝てるなどと思ったのだろう。思ってしまったのだろう。

もし時間を巻き戻し、戦わないことを選べるのなら、これから先に待ち受けるすべての戦いで負けてもかまわない。

 

今のラウラは、戦うために生まれた人造人間ではなく、理不尽なまでの力に怯える、一人の少女に過ぎなかった。

 

「さあ………俺を楽しませてくれ」

 

「ひっ……!」

 

クリープサイスが、ゆらりと鎌の右腕を振り上げた。

その時。

金属繊維で編まれたネットが、天空からクリープサイスに襲い掛かった。

 

「むっ」

 

クリープサイスは網を切り裂くと同時に、後ろに跳んだ。

呆気にとられるラウラの前に、漆黒の鎧騎士が降り立つ。

『八咫烏』。織斑千冬が纏うISだ。

 

「き……教官!」

 

「無事か、ラウラ」

 

千冬は振り返らずに言った。

羽根状装甲を火器に変形させ、クリープサイスに向かって撃ち込んでいる。

ミサイルやガトリングガンの弾を叩き落としながら、クリープサイスが笑う。

 

「ふん、人間が一人増えたところで、何が変わる! サンダーソードはどうした!」

 

千冬は、ラウラに背を向けていた。

フルフェイスの兜のせいで、表情もうかがえない。

しかし何故だか、ラウラにはわかった。千冬もまた、笑っている。

 

「もう、来ているぞ」

 

はっとして、クリープサイスが後ろを振り返る。

ラウラは、あっと声を上げた。

二メートル以上ある体の陰に隠れていて、わからなかったが、クリープサイスの背後に、青いパーカーを着た少年の姿があった。

少年は、右腕を後ろに大きく引きながら、呪文を唱えた。

変形コードだ。

 

「サンダーソード、マクシマイズ」

 

振り出された右腕が、青い装甲に包まれてゆく。

不意を突かれたクリープサイスは避ける間もなくアッパー気味の鉄拳を胸に喰らった。

があん、と金属同士がぶつかる音が響く。

吹っ飛ばされたクリープサイスは、千冬とラウラの頭上を飛び越えて、アスファルトに叩きつけられた。

それを追って、青い鎧武者が跳ぶ。その両手には、既に金色のエネルゴンセイバーが握られている。

 

「織斑さん。ボーデヴィッヒさんと、ハルフォーフさんをお願いします」

 

立ち上がるクリープサイスを油断なく見張りながら、サンダーソードが言う。

千冬は異を唱えるでもなく頷いた。

 

「わかった。ファンダメンツの方は頼んだぞ」

 

ラウラの視線の先で、クリープサイスが半身になって構えた。

腰は低く落とされ、今にも敵に飛びかかっていきそうだ。

これこそが、戦場における、クリープサイスの本来の姿なのだろう。

緑の体から発せられる殺気は、まるで吹雪のように冷たく、鋭かった。

 

気の弱い者ならば、それが自分に向けられたものでなくとも、その余波で心臓が止まるかもしれない。

しかし、ラウラは不思議と、恐怖を感じずにいられた。いつの間にか、震えも止まっている。

 

その理由は、すぐそばに千冬がいるから、というだけではない。

殺気の受け手であるサンダーソードが、同じように燃え盛るような闘気を放ち、相殺しているからだ。

肉体は機械であるが、そこに魂を持つトランスフォーマーならではの技。

 

「会えてうれしいぞ、サンダーソード……お前のスパークを引きずり出す瞬間は、もっとうれしいだろうな!」

 

クリープサイスが獰猛に言い放つ。

 

「お前の跳梁も、今日までだ!」

 

サンダーソードが力強く言い返す。

 

ラウラは固唾を呑んだ。

肉眼では初めて見る、超ロボット生命体同士の戦いが始まろうとしていた。


 
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