#3
「ただいまー」
邑に戻った俺を迎えたのは、そろって目を丸くした邑人たちだった。呂蒙の姿もある。
「あのあのあの、一刀さん!この荷物はいったい……」
「ちょいと商売してきてな。姉さんの薬を買うついでに、作物の種や苗と、米、それに賊対策の武器とかも手に入れて来たぞ」
「「「「「…………」」」」」
おっと、皆が絶句してるな。ま、いいさ。
「とりあえず、これは邑の共有財産にするから勝手に持っていかないように。さて、呂蒙」
「はっ、ひゃぁい!?」
「言っただろ?薬を買ってきた、って。ほら、家に戻るぞ」
「か、一刀さぁん……」
涙を流しながら抱き着いてくる。可愛らしい事この上なかった。
それからまた数日が経過。姉さんの体調もよくなり、これならば安心だろうと言えるようになった頃の事だった。
「一刀さん、話があります」
「はいはい、お粥は薄味ですね、りょーかいー」
「違います」
姉さんの食事を作りながらかけられる声に、茶目っ気たっぷりに返せば、真面目な声音。
「亞莎、貴方にも関係する事です」
「わ、私!?」
俺の横で料理を手伝っていた呂蒙は、まさか自分にもその矛先が向けられるとは思っていなかったのだろう。あやうく野菜を落としそうになりながら振り返る。
「……」
「な、なに…お姉ちゃん?」
一度手を止めて、布団に座る姉さんの前に、2人で腰を下ろす。
「まずは……」
「はやっ!?」
「ちょ、姉さん!?」
次の瞬間、開口一番に姉さんは両手を床につき、そのまま頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
「「……え?」」
「私は知っています。私の薬を得る為に、貴方があの服を売ってしまった事を」
「はやっ!そうなんですか、一刀さん!?」
こっそり持ち出したつもりだったんだけどな。
「貴方から受けた恩は、必ず返させて頂きます」
「恩なんて、そんな事…こうしてお世話になってる訳ですし……」
「いえ、それでもです」
困惑する俺に対し、姉さんはさらなる攻勢に出た。
「恩のある貴方にこんな事を頼むのは間違いかもしれません。ですが、どうか聞いて頂きたいのです」
「……何を、ですか?」
ようやく頭を上げた姉さんは、俺の眼を真っ直ぐ見つめ、告げた。
「どうかこの娘を、この邑から連れ出してあげてくれませんか?」
「はぁ!?」
「えぇぇぇっ!?」
どうやら……冗談ではないらしい。
「貴方も知っての通り、この娘は頑張り屋で努力家です。それに才もある。ですが、勇気がない」
「そ、それは……」
「この娘はきっと、世の為に役立てる人間です」
「そんな事ないよ、お姉ちゃん!」
「聞きなさい、亞莎」
「…………ぅん」
遠慮がちに張った呂蒙の声は、姉さんによって遮られる。
「この娘に必要なのは、きっかけです」
「きっかけ、ですか…」
「えぇ、何かきっかけがあれば、この娘はもっと広い世界に飛び出る事が出来ます。それを、貴方にお願いしたいのです」
彼女の言は、理解出来る。確かに呂蒙は努力家で才もあり、適した師がいれば、どれほど伸びるかもわからない。俺が書で知る呂蒙であれば、それは間違いない。……性別が逆である事を除けば、だが。
しかし、納得できない事もある。
「ひとつ、いいですか?」
「えぇ」
「何故、俺なんです?」
呂蒙はといえば、俺と姉さんの会話をじっと聞いていた。いつもの遠慮がちな様子はなく、真面目な表情で、一言も聞き逃さないようにしているかのようだ。
「俺だって馬鹿じゃない。彼女の才能は理解している、つもりです。文武共に光るものがある」
「流石ですね、一刀さん」
「しかし、俺に出来るのは、それに気づく事だけです。俺は根っからの商売人。呂蒙を文官や武将にしてやれる訳じゃありません」
自覚はある。勉強は得意だし、爺ちゃんから北郷流で鍛えられ続けてきた為、運動にも自信はある。だが、それを大それた事に使う気はない。どうしても損得に走ってしまうからだ。商売道具以外の用途はない。その所為で爺ちゃんに叱られた事もあるが、それは、今はいい。
「それでいいのです」
「……えっ?」
「そこまで世話をされてしまっては、この娘も自立なんて出来ません。貴方にして欲しいのは、亞莎が私のもとから巣立つ手伝い、そして、いつか貴方のもとからも自立する手伝いなのです」
「お姉ちゃん……」
「図々しいお願いだとはわかっています。それに、これは貴方の為でもあるのですよ」
ようやく姉さんは表情を崩し、笑みを見せてくれる。
「俺?」
「えぇ。貴方自身も仰っていたではありませんか」
「え?」
「『自分は根っからの商売人』って。貴方がしたい事は、この邑では出来ないのでしょう?」
「……」
参ったな。何でもお見通しのようだ。
「ね?」
悔しいが、俺の負けだな。
「気を付けてな、蒙ちゃん!」
「一刀ちゃん、大事にしてやりなよ!」
数日後、邑人に見送られながら、俺たちは邑を出る。そこには当然、完全に健康体となった姉さんも来ていた。
「亞莎、こっちにおいで」
「え?……うん」
最後の挨拶かと思えば、妹を呼び寄せる姉。その小さな耳に、何か言葉を呟いている。
「はややややややっ!?」
「頑張るのよ、亞莎」
「?」
そんな訳で、俺達は馬に乗って、邑を出た。
「今さらだけど、本当によかったのか、呂蒙?」
「実は、お姉ちゃんに言われていたんです」
「え?」
馬に揺られながら、俺は呂蒙に問いかける。すると、予想外の返事がきた。
「お姉ちゃんが病気になった時、もし自分に何かあったら、一刀さんと一緒に街に行きなさいって。それで、一刀さんからたくさん学んで、なりたい自分になりなさい、って」
「そうだったのか。それで、呂蒙も反対しなかったんだな」
「あの、それ……」
「ん?」
成程と納得していると、呂蒙が何事かを言いたそうにしている。どうしたというのだろう。
「その…呼び方……」
「呼び方?」
呼び方が気に入らないというのだろうか。
「なんだ、今さらだな。りょーちんとかモーちゃんとかの方がよかったか?そうすると俺はハチベエか?それともハカセ?」
「はやっ!?そそそそういう事ではなくて、その……」
「ん?」
「亞莎、で呼んで、欲しい…です……」
それって……。
「いいえ、違います……亞莎がいいです」
「……そっか」
ここに来て、俺はようやく亞莎に真名を許された。彼女の性格を考えれば、言い出す機会をなかなか手に出来なかった……とまで言うのは自意識が過剰に過ぎるだろうか。
「あの…一刀、さん……?」
「……亞莎」
「っ!」
だが、これが喜ばしい事である事に違いはない。俺は、万感の想いを込めてその名を呼ぶ。
「これから……」
「……えっ?」
「……これからは、一緒に頑張っていこうな、亞莎」
果たして彼女は、これまでで一番の笑みで答えてくれた。
「はいっ、一刀さんっ!」
あとがき
そんなこんなで#3でした。
次回からはもっとギャグに走るよ!
ただし、これまでみたいな直接的なネタは控えめにいくので、
生温かい目で見てやってください。
ではまた次回。
バイバイ。
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という訳で、#3。
姉さんの出番はこれでおしまいです。
うっ(´;ω;`)ブワッ
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