璃々たちが荊州に出兵する直前に一刀たちは、無駄と分かっていたが、敢えて漢に降伏を促す使者を
送っていた。
そして、使者は帰って来たが、帰ってきた使者の姿は出発前と余りにも違い過ぎて、一刀たちは驚い
た。
というのは、帰ってきた使者は、返事の代わりとして頭を丸刈りされていたのであった。
当初、漢は使者を殺害する話も出たが、流石に使者には殺すのもどうかとなり、結局丸刈りにして、
使者を追い返し、対蜀への対決姿勢を改めて示した。
これを見て一刀は、桃香の変わり様を改めて認識し、愛紗も桃香のやり方にショックを受けていた。
「まさか、このような返答するとは……」
一刀は使者に労いの言葉を掛けて下がらせたが流石に驚きを隠せず、そして桃香たちの取った行為に
対して、愛紗は居心地の悪い表情を浮かべていた。
「しかし、一国の使者に対する今回の仕業、流石に許す訳にはいかないわよ」
詠の言葉に一刀は頷き、そして決断した。
「ああ……偽帝、劉備を討ち、漢を滅ぼす」と
敢えて一刀が「偽帝」という言葉を使うのには訳があった。今回、漢を討伐する際の大義名分とし
て、今の漢は正統に継がれた国ではないと宣伝するために。
「一刀様…」
「愛紗、これは俺の役目だ。桃香たちをこのようなことをさせてしまったのには俺にも責任がある。
だから君だけが責任を感じることはない。そして桃香とは決着をつける」
流石に「偽帝」という言葉に困惑したのか、言葉を続けようとする愛紗に、一刀の表情を見て、静か
に押し黙り、
「ご主人様、私はご主人様がどの様な道を歩もうとも、共に付いて行きますわ」
紫苑が静かに告げると一刀に向かい静かに礼を取ると周りを見れば、翠、星、蒲公英、朱里、真里の
姿も紫苑と同様、一刀を立てる様に礼を取っていた。
そして月や詠は
「すごい…」
「へぇ…」
この光景を見て、それぞれ驚嘆や感心する声を上げていた。
一刀が400年以上続いてきた漢を滅ぼすというタブーに等しい言葉を出したことに、皆は薄々感じ
ていたが、やはりそう簡単に言い出せるものでは無かった。しかし一刀が決意表明したことに紫苑
は、自分の決意を告げると共にこの場を使い、一刀を立てる様にした。そして翠たちも紫苑に習い、
自然と同じ様な行為をしたのであった。
(「雛里ちゃん…。やっぱり私達のどちらかが倒れるしかないのかな……」)
「朱里ちゃんしっかりしなさい。貴女が諦めてどうするの?助けると言った御主人様を信じなさい」
礼を取ったものの、やはり雛里の事が心配で落ち込もうとしている朱里を見て、紫苑が口では叱咤し
ながらも表情は微笑みながら、朱里を勇気付けると
「紫苑さんそうでした…。私は雛里ちゃんを助けたいです!」
「ではやるべき事はひとつでしょ?落ち込んでいる暇などは無いわよ」
「はい!」
再び表情に力を取り戻した朱里の瞳を見て、紫苑は優しく微笑んでいた。
「桃香の事は必ず助けるから、信じて欲しい」
「一刀様、そんな言い方ズルいです。そう言われたら信じるしかないじゃないですか」
「ああ…ごめん。そういうつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「フフフ、分かっています。私もこの時が来るのを待っていましたから。桃香様を元に戻す為の戦い
を」
愛紗は一刀を信じていた。必ず桃香を助け、そして少々頼りないけど、皆から愛され慕われていた頃
の桃香に戻ることを。
そして一刀たちは、一週間後に10万の兵を引き連れ長安を出発したのであった。
「偽帝だと!桃香様を偽帝呼ばわりするのか、貴様は!」
一方、漢では蜀の使者を叩き出して士気を上げていたが、しかし蜀の軍勢が出陣すると同時に漢と蜀
の境界の町や村においては、すでに蜀が流した桃香の偽帝説や簒奪説の噂が広まっていた。
そしてその報告を持ち帰った間者の報告を聞いた焔耶がすでに激高させていた。
「それは仕方ないと思うよ。普通で考えたら、私なんかが皇帝になるのがおかしいし、向こうが言っ
ていることが正しいと思うよ」
別のところから声がしたので、焔耶は血相を変え声のした方に振り返るとそこには桃香が立っていた
。
流石に振り返ったら桃香が立っていたので、焔耶も驚いていたが、しかし気を取り直して桃香を叱咤した。
「桃香様、そのような事を言わないで下さい!誰が何と言おうとも今は貴女が立派な皇帝なのですか
ら」
「焔耶さんの言う通りです。桃香様は、劉協様から正式な手続きを経て、位を禅譲されたのですか
ら、そのような弱気な事を言わず、正々堂々と胸を張って下さい」
「二人ともごめんね。そうだね。そんな弱気じゃ、私に付いて来てくれる人に申し訳ないよね」
焔耶や雛里からそう言われると桃香は、気を取り直していた。
そして雛里は、洛陽にいる主だった将を集め、出陣前の最後の軍議を開いた。
「蜀が私たちの討伐の軍を起こしたが、我々は澠池で防ぐ。この方針だな」
「はい。そして呉の援軍が来るという返事が来ていますが、基本は白蓮さんの言う通りです。しかし
私たちの最終目的は北郷一刀さんを捕える。この一点です」
「何度も聞くが防ぐだけじゃ駄目なのか?」
凪の意見に雛里は
「凪さんの考えは間違ってはいません。ただ防ぐだけでは、漢という国が緩やかに死に向かって行く
だけです。今の国力の差では時間が経過すればする程、蜀との間に力の差を生じることが目に見えて
います」
「それに前にも言いましたが、そこで王である北郷一刀さんを殺してしまうと、復讐に燃える蜀は全
軍を持って漢に攻め込んでくるでしょう。そうなると残念ですが、今の私たちでは勝利する事が出来
ません」
「ですが捕えるとその後北郷さんの身柄を取引に使えば、後から来る援軍の侵攻を止める事ができ、
そして北郷さんを無事に返す事を条件に、これから先、漢の国に攻め込まないと約束すると共に領土
の分割など引き出すことができます」
「難しい条件だな。それは」
白蓮の苦笑に雛里は
「確かに難しい条件です。しかしここで負けてしまえばもう私たちには後がありません。大げさに言
えば今の私たちは、一度でも誤りを犯せば先行きに全く希望を見出せない戦いが続くことなり、唯々
命数を引き延ばす為だけにあがき続ける事になるのです」
「簡単に捕まえると言うが、何かいい方法でもあるのか?」
「今の段階でその方法を答えることは出来ませんが、必ず私の名誉に賭けて」
「鈴々は難しいことは分からないのだ。雛里の言うことに従うだけなのだ」
「そうだね。鈴々ちゃんの言うとおりだよ。ここまで来たら私は雛里ちゃんを信じる。そして皆も雛
里ちゃんを信じて上げて欲しい」
「桃香様がそう言われると私に異存はありません」
やや不平顔の焔耶であったが、鈴々や桃香に言われると素直に従い、最終的には白蓮や凪も全面的に
従うことを了承した。
「話はこれで終わりです。皆さん、明日は出陣ですので、準備にしておいて下さい」
雛里がそう告げると解散したが、すると桃香が
「雛里ちゃん、勝てるかな?私達…」
「桃香様、戦いというのは人と人が戦うのです。戦いに絶対と言う言葉はありません。しかし戦い
は、最後の瞬間まで勝とうという意志が無ければ勝てません」
「……そうだね。最後まで諦めないか……」
雛里が桃香に言った言葉は、自分に向けた言葉でもあった
戦いは人事を尽くした上で勝つべく努力を惜しまぬものにしか勝利はもたらされない。天佑では無
く、自分の能力を信じて。
そして翌朝、桃香たちは約6万の兵を引き連れ、今回の決戦の地である澠池に向け出陣したのであっ
た。
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人の心境を描くというのは難しいものだと痛感しています。
そしてそれがきちんと読者の方に伝わっているのか不安にもなります。
何とか仕上げましたが…文句だけは言わないで下さいね。
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