No.528741

天馬†行空 二十三話目 虎牢関の戦い・前編 己が信念のままに

赤糸さん

 ※注意! 今回は虎牢関にのみ焦点を当てている為、
 一刀達「洛陽で活動する人達」はお休みとなります。
      
 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

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2013-01-06 23:21:20 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:6352   閲覧ユーザー数:4545

 

 

 藍色と黒を基調とした曹操軍と対峙するのは紺碧の旗を掲げる張遼の軍。

 

「さて、文遠殿。どう攻めますか?」

 

「騎兵の足を活かして敵陣を引っ掻き回す! と、言いたいトコやけど……」

 

 こちらに向かう少数の隊と、緩やかに左右へと展開して行く複数の部隊を見遣りながら、霞は難しい顔になる。

 

「――そう容易くは行かないようですな」

 

「盾持ちがぎょうさん前に来とるな……迂闊に突っ込むと分断されてまう」

 

「ふむ、付け加えるならばこちらへ来る隊の先頭の将らしき者、文遠殿を釣る気のようですが?」

 

 矢鱈と大きな剣を手にしたおでこの広い女性が、霞と自分を見据えているのを確信して星は鼻を鳴らした。

 

「ふん、ウチを足止めしといて包囲するつもりかいな……はっ! おもろいやないか。ほなら望み通りに――」

 

「――あれは私が相手をしましょう。文遠殿は部隊の指揮を」

 

「――しりゅう~」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、でこの女性を睨み付けて気を吐く霞だが星に先を越されてつんのめる。

 

「当たり前ではないですか。文遠殿以外の誰がこの部隊を指揮出来ると言うのです?」

 

「――うっ」

 

「私では十全な指揮は出来ませんからな、ここは適材適所と言う事で」

 

「ん……せやな、解った」

 

 意外と素直に頷いた霞に、星は不意を衝かれた様な顔で、

 

「――文遠殿、ひょっとして私を試されましたかな?」

 

 思わず、そう口にした。

 

「ん……んふふー。いやあ、子龍みたいなんがおると楽でええわぁー」

 

「やれやれ、食えない御仁だ」

 

「それは子龍もやろ、あないに楽しそうに関羽と一騎打ちしおってからに」

 

「――! 気付いておられたか」

 

「まあな~。けど、誰にも言うてへんよ? ウチ、子龍を信じとるし」

 

「――ふ、ははっ!」

 

 竹を割ったような霞の気質に、星は思わず笑いを漏らす。

 

「そこまで見込まれて奮わぬは武人の名折れ。文遠殿、我が槍の冴え、とくとご覧あれ」

 

「応! 周りの奴等に邪魔はさせへんからなー!」

 

 敵将へと一直線に進む星に一声掛けて、霞は羽織を風に靡かせながら馬首を返した。

 

 

 

 

 

 燃え盛る炎を思わせる赤い色に対するは漆黒と白銀。

 

「敵は袁術軍、その矢面に立つのは孫策ですか……」

 

「誰であろうと関係はない。……ただ、我が武を持って打ち砕くのみだ」

 

 眼前の赤色の旗を見据える徐晃に、華雄はぶっきらぼうに応じる。

 徐晃はその声色から滲み出る奇妙な程の冷静さを感じ、おや? と首を傾げた。

 

 この戦に臨むに当たり徐晃は賈駆と張遼から、華雄は武を偏重する猪であるから留意するようにと念を押されている。

 加えて、以前に上官だった皇甫嵩から聞いた話によれば、華雄は孫策の母親で故人の孫堅と因縁があったのだとか。

 

 ……汜水関では荀攸の策に従い出陣した折、垂直よりは幾分かはマシな程度の急な崖を騎兵で行軍させられたのには皇甫嵩の元でしごかれた時と同じぐらいの恐怖を味わった。

 実際の所、徐晃自身、態度にこそ表さなかったが、華雄の進軍について行くだけでもやっとの思いだったのだ。

 その華雄はと言うと、見事な馬術を見せ、何と言う事もなく崖を駆け下りて奇襲を敢行。

 途中、袁紹軍の将らしき者に挑発されていたが、意に介する事無く作戦をこなした華雄を見て、徐晃は安堵の吐息を漏らすと同時にその手並みの鮮やかさに感心した。

 作戦での被害も、徐晃の部隊が数名の負傷者を出したのに対し、華雄の部隊はなんと全員無傷。

 しかも華雄に至っては汗一つかいてすらいなかった。

 これら華雄の戦果は、厳しい軍律を旨とする皇甫嵩の元で一軍を任せられるまでになった徐晃の目にも「猛将にして良将」の呼び名に偽り無し、と映った。

 

 ――そして今、因縁のある相手を前にしても然程猛っている様子は感じられない。

 

(ふう……どうやら賈駆殿や張遼殿の懸念は外れたようですね)

 

 いざとなれば自分が華雄殿を諌止するしかないと心に決めていた徐晃は、密かに安堵の吐息を漏らす。

 

 ――だが、徐晃は一つ見落としていた。

 

 ――『孫』の旗を見る華雄。彼女の指が白くなる程、愛用の戦斧を握り締めていた事を。

 

 

 

 

 

「――あ?」

 

 黄金色の鎧に身を包む袁紹の軍。

 その軍の前線……具体的には一番前から数えて五列目の中央にいたその兵士は目の前で起こった出来事に呆けた様な声を上げた。

 先頭の一列目から四列目まで、横の列にして六列分。

 つまり、二十四人の兵士が唐突に目の前から消えた……否、消えたと言う表現は正確ではない。

 

 そう、正しくは、血霞と成り果てて――。

 

「――あ、ひ……ひっ!」

 

 男の脳が目の前の出来事を正しく理解し、引き攣った声が漏れる。

 

「――――あ」

 

 更なる絶叫が彼の喉から迸り出ようとする刹那、周りを染める血よりも深い紅の瞳が兵士を捉え、視界を鉄が埋め尽くし――――兵士の意識は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 三歩踏み込んで、一太刀。

 返す刀で下段から切り上げてもう一太刀。

 

 ――僅か一呼吸の間で繰り出されたその二撃で、五十人近くの兵が文字通り『消し飛んだ』。

 普通の人間であれば両手で扱うのさえやっとの方天画戟を片手一本で振り切った紅の髪の少女は、切り伏せた群れから立ち上る血霞を全身に受け、悠々と戟を肩に担ぐ。

 

「…………次」

 

 微塵も気負いを感じさせない平坦な声で、呂奉先は『袁』の牙門旗を目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

「…………おいおい」

 

 前線で突如吹き上がった深紅の間欠泉。

 文醜は、それがたった一人の人間がやった事であるのを知り、掠れた呻き声を漏らした。

 それでも、彼女は目の前の出来事が何かの間違いである事を願い、目を幾度も瞬かせ――――巨大な黒暗色の戟とそれを棒切れのように振るう紅の少女を目にする。

 

 ……黄巾賊が跋扈していた頃、冀州の各地を転戦していた文醜は親友と共にその話を聞いたことがあった。

 ――曰く、たった一人で三万にも及ぶ黄巾の軍を壊滅した。

 その武人の名こそ――。

 

「あれが、呂布……ってか」

 

 震える声で文醜は呟く。

 

「――あれと戦う? ははっ…………冗談、キツイ、って」

 

 ――そうしている内にもまた一つ、血の噴水が吹き上がる。

 

「あ…………こりゃあ、端っから賭けにならないかもな。ははは……」

 

 行くな、あれと戦うな、と、猪々子の理性は彼女にこれまでの人生の中で最大級の警鐘を鳴らす。

 ……しかし、あの暴威の渦を放って置けば、前線の兵を全て飲み込んでしまいかねない。

 自分では逆立ちしても呂布を止める事は出来そうもない、が、袁家の二枚看板とも呼ばれる自分が行かずして誰が行くのか。

 虚ろな、力の無い笑みを口元に浮かべ、猪々子は重く感じる足を引き摺るようにして禍の元へと向かった。

 

 

 

 

 

 ――連合左翼、曹操軍にて。

 

「思った以上、か」

 

「趙雲ですか? 確かに張遼との組み合わせは手強くはありますが……。今しばらく時間を――」

 

「――違うわ桂花」

 

 戦場のある一点を見つめたまま、曹孟徳は軍師の言を遮る。

 自分の両腕とも恃む夏侯姉妹は、姉が趙雲と対峙し、妹が楽進ら遊撃部隊と共に張遼の軍と対峙している。

 趙雲はあの関羽と互角と言う事もあってか、春蘭を相手にして一歩も退かない戦いぶり。

 張遼の方も、部隊全体を戦車の輪の様に周回させて秋蘭の包囲を阻止しており、その勢いは遊撃隊となっている凪達も容易には近づけない程激しいものだ。

 確かに苦しい戦いではあるが、桂花が述べたように時間さえ掛ければ望む戦果は得られよう、と華琳は考えている。

 

 しかし、その時間をただ座して待つ訳には行かなくなった。

 その理由は、今現在華琳が見つめる視線の先――戦場中央、虎牢関の真正面――にある。

 

「季衣、流琉」

 

「はいっ!」

 

「はい、華琳様!」

 

「中央、呂布と対峙する顔良と文醜に加勢なさい。但し無理はせず、敵の足止めを旨とする事。いいわね?」

 

「「はいっ!」」

 

 戦場を見据えたまま放たれた華琳の命を受け、季衣と流琉はすぐに走り出した。

 今対峙している張遼は華琳がいる場所までは進攻して来ていないし、その気配も無い。

 これならば自身の直衛である季衣と流琉を動かしても問題は無いと華琳は判断する。

 

 ――それよりも今、中央で暴れている呂布をそのままにして置けば、遠からずこの連合の主であり、(認めたくは無いが)知己の袁紹は討ち取られるだろう。

 いくら袁紹が諸侯を纏める器でないとは言え、名目上の総大将が討たれるような事態になれば少なからぬ混乱が生じる。それだけは避けなければならない。

 

(風聞に伝え聞くより、呂布は強い。それは認めよう――――だが)

 

 個人の武であれば、虎や熊を仕留めるのと同じやり方で対処すればよい。

 例え三万を屠ったのが事実であろうと、素人の寄せ集めだった黄巾とこの連合軍では(一部を除いては)兵、将共にその質に大きな隔たりがある。

 

(私と同じ考えに至る者は必ず居るでしょうね。そして、多数の敵に休む暇無く打ち掛かられれば如何に呂布とて疲れ、いずれは果てる)

 

 その読み通りに今、右翼の袁術……ではなく孫策の軍からも中央へと走る数名の人影を華琳の目は捉えていた。

 

 

 

 

 

 ――連合右翼前線にて。

 

「ん~……そろそろ頃合かしら?」

 

 打ち掛かる敵兵を立て続けに斬り伏せていた雪蓮は、ふと戦場の中央に目を遣りぽつりと呟く。

 

「……策殿、如何された?」

 

「祭、ちょっと行ってくるからここはお願いね」

 

 すぐ側で戦っていた祭の問いに不自然なまでに明るい声で答えると、雪蓮は戦場中央へと走り出した。

 

「――策殿!? …………っ! 呂布かっ!」

 

 突然走り出した主君に祭はあっけにとられるが、向かう先に目を遣り、すぐに事態を把握する。

 

「思春! 明命っ!」

 

「はっ!」

 

「ここに!」

 

「儂は策殿を追う! お前達はここに残り、冥琳の指揮で動け!」

 

「はっ!」

 

「解りましたっ!」

 

 短く指示を出し、祭もまた中央へと走り出す。

 

(やれやれ、後で冥琳の雷が落ちると解っていても行きなさるか……血は争えぬ、な)

 

 束の間、脳裏を過ぎった在りし日の先代の姿に苦笑しつつ、祭は兵の波にちらちらと見え隠れする桃色の髪を見失わないように走り続ける。

 

 

 

 

 

「――おのれ! 親子揃ってこの私を馬鹿にするか!!」

 

(なっ――!?)

 

 袁術の先手である孫策の部隊との戦端が開かれて数刻、静かな闘志を漲らせる華雄が真っ向からぶつかり、徐晃は隊を左右に分けて側面から交戦していた。

 汜水関での袁紹軍とは違い士気も練度も格段に上の孫策軍ではあるが、徐晃は相手の戦い方に疑問を感じ始めた矢先、華雄が行き成り激発する。

 思考を一時中断して華雄の視線の先を辿り、徐晃は思わず目を剥いた。

 

(――あれは孫策!? 何故一軍の将が戦場を離脱する!?)

 

 信じられない事に『孫』の旗を掲げる将が単騎で、この場から離脱を図っている。

 

(…………向かう先は……中央? ――奉先殿か!)

 

 流れるように踊る桃色の髪を追って、弓を携えた一人の将――先程まで自分の動きを牽制していた女性だ――が走る先を見て、徐晃は一目で中央の状況と孫策の意図を把握した。

 

(総大将を討たせぬが故の行動か? 孫策は随分と己の武に自信を持っているようだが……)

 

 真っ向からの尋常な戦、しかも未だ帰趨が定まらぬ戦いの最中に他の戦場へと走る、その行為は。

 

(華雄殿が激昂するのも当然か。……斯く言う私も穏やかではいられぬが)

 

 ――お前達など相手にする価値も無い、と孫策は判断したのか?

 

(冷静になれ徐公明。兵力の上では向こうを上回る我々を挑発する、孫策の意図は何だ……?)

 

 まさか孫策自身が呂布と戦いたいだけ、などという事はあるまい。

 

(孫策を追った弓の将、あれはおそらく黄蓋。……孫策と黄蓋の二将が抜け、向こうは明らかに戦力が低下した状態……五分に持ち込むには袁術に応援を請う、か?)

 

 戦が始まってから、袁術は動いていない。尤も、攻城戦用の兵器を準備しているようだが……。

 

「――む!?」

 

 未だ判断がつかぬ徐晃を他所に、主が去った孫家の軍は後退する構えを見せる。

 

(――そういう事か!!)

 

 この瞬間、徐晃は『孫策』の行動を誤解したまま、『孫家』の策を看破した。

 

「――貴様ら!! どこまで我が武を愚弄すれば気が済むのだ!!」

 

 それと同時、後退を始めた敵軍を見て、怒りに震えていた華雄は遂に我慢の限界を超える。

 

「許さんぞ貴様ら! 全軍、突げ――」

 

 憤怒の形相で華雄が激を発しようとした、その時。

 

「――鉄騎全軍、鋒矢の陣!!! 皇甫将軍の訓練を思い出せ! 後退する孫策軍を切り裂き、袁術の陣を二つに割るぞ!!!」

 

「な――」

 

『御意ッ!!!!!!!!!!』

 

 華雄の怒声を掻き消す徐晃の大音声が響き、騎兵隊が呼応するように地を揺るがす声を上げる。 

 今まで自分の後ろに付いて来ただけだった(と華雄は思っていた)徐晃の突然の行動に、華雄は呆気にとられ、怒気が霧散した。

 

「お、おい徐晃――」

 

「――グズグズするな華雄将軍! 今を逃せば最早好機は来ないものと心得よ!!」

 

「――は、はいっ!!」

 

 今にも駆け出しそうな徐晃に声を掛けた華雄は、返ってきた別人のような強い口調に思わず新兵の頃へ返ったかのような返事をしてしまう。

 

「往くぞ!! ――全軍、突撃ぃっ!!!!!」

 

『雄おおおおおオォォォォォォォォォッ!!!!!』

 

(な、何だか解らんが……よし!)

「華雄隊、徐晃隊に続くぞ!! 遅れるな!!」

 

『応っ!!!!!』

 

(我らを袁術にぶつける腹か……ならばそれに乗ってやろう!)

「だが、孫策よ! 貴様等にも相応の代償は払って貰う!!」

 

 陣風の如く鉄騎を駆り、赤と銀の二つの旗を見据える徐晃の目は、射抜くような眼光を放っていた。

 

 

 

 

 

 ――連合左翼前線にて。

 

「……囲めぬか、厄介だな」

 

 弩兵と歩兵の混成部隊を指揮する秋蘭は、膠着した戦況に眉根を寄せる。

 

(遊撃隊の凪達を動かそうにも、敵の動きがああも速くてはな……流石は『神速』の二つ名で呼ばれる将だけの事は有るか)

 

 騎馬を周回させつつも、少数の部隊を切り離して包囲しようとするこちらの小隊を的確に衝いて来る張遼の手並みに、秋蘭は思わず感嘆の吐息を漏らした。

 盾を持たせた兵で張遼の隊と趙雲とを切り離そうとはするものの、離れれば騎射を始める張遼の部隊の前になかなか上手く事が運べない。

 

(――むう)

 

 視線の先、趙雲と死闘を演じる姉の姿に妹は険しい表情になる。

 

(――姉者が圧されているな。趙子龍とは、それ程の武人か……)

「――いかんな。今はこちらに専心せねば」

 

 頭を振って普段の表情に戻ると、秋蘭は射竦める様に張遼隊の動きを観察し始めた。

 

 

 

 

 

「――くっ! 待て張遼! 私と立ち会え!」

 

「はっ! ――ウチに挑むんは十年早いわ!」

 

 銀のおさげを揺らして必死に追い縋って来る傷痕が目立つ少女を尻目に、霞は自身の隊と戦況に目を配り続ける。

 

「――おおっと待ちぃ! ここは行き止ま――」

 

「――ほい、ごくろーさん、っと!」

 

「――ぉわあっ!?」

 

 行く先に立ち塞がった、自分と同じ様な訛りの少女を一瞥すると、霞は馬を一気に加速させて偃月刀を振るった。

 

「――って、危ないやないかボケェ!?」

 

 偃月刀の一閃を辛うじて槍? に似たナニカで防いだ少女は反動で地面に倒れ込むが、すぐに半身を起こして走り去る霞に怒声を浴びせる――が。

 

「真桜ちゃん速く逃げてー! 後ろー、後ろなのー!!」

 

「なんや沙和後ろ――って、ぉわああああああああああっ!!?」

 

 眼鏡の少女の必死な声に立ち上がりつつも、後ろを振り向き、その場からばっ、と飛び退いた。

 

 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドド

 

 ほぼ同時に、真桜の鼻先を掠めて行く騎兵の群れ。

 

「よっしゃ! 張遼隊! もういっぺん引っ掻き回すで!!」

 

『応っ!!!!』

 

 巧みに隊を率いる霞は、未だ包囲を試みる敵部隊へと馬首を返した。

 

 

 

 

 

「はっ! ぇやあああっ!!」

 

 ぎっ! ぎぃんっ!!

 

「ぬっ!? ……くっ!」

 

「どうした夏侯惇、先程から防戦一方ではないか! 最初の勢いはどこへ行った!!」

 

 瞬きする間に二度の刺突を繰り出しつつ、星は軽やかな身のこなしで距離を取ると、大剣を構え直す夏侯惇を挑発する。

 

「ぐっ! 黙れえっ!!!!」

 

 ぶおんっ!!

 

「おっと。……ふっ、そのように怒りに任せた剣筋が私に通じると思うな! ――そらっ!」

 

 ひゅ――ぎぃぃんっ!!

 

「ちいっ!」

 

 上段から振り下ろされる大剣の一撃を難なくかわし、返礼とばかりに両刃の槍で横薙ぎの斬撃を放つ星。

 

(――こやつ、出来る! ふふ、――よもやこれ程の好敵と見えようとは!)

 

 片刃の大剣で斬撃を受け止めると、頭の冷えた春蘭は相対する敵の技量に驚愕しつつも、内から沸きあがってくる歓喜に身を震わせた。

 大剣を背負うように構え直し、春蘭は両の眼を細めて口元に笑みを浮かべる。

 

(――ほう、先程まで纏っていた怒気と慢心が消えたな。ここからがこ奴の本領か)

 

 星もまた、右手右足を後ろに引き、穂先を天に向けて槍を構え直す。

 

「――ふっ、ふはははははははははははははっ!」

 

「――ふむ、ようやくかな? 夏侯元譲」

 

 口角を吊り上げ、大笑し始めた春蘭に惑う事無く、星は静かに問う。

 

「ああ! 済まなかったな、趙子龍! ――ここから仕切り直しといくぞ!!」

 

「ふっ、望むところだ!!」

 

 ――激突する剣と槍。

 

 真の一騎打ちが、今、ようやく始まった。

 

 

 

 

 

 ――戦場中央、最前線。

 

「――邪魔」

 

 ――っごぎぃぃぃぃぃぃぃんっ!!!

 

「――ぎっ!!?」

 

 無造作に繰り出された袈裟斬りの一閃を愛刀で受け……きれず、文醜の身体は宙を舞う。

 そのまま吹き飛ばされて地に叩き付けられる直前、彼女は剣を地面に突き立て、辛うじて難を逃れた。

 

(――い、痛ってー!? ……って、うわ!? 手の感覚が――)

 

 体勢を立て直そうとする猪々子だが、両手は彼女の言う事を利かず、ただびりびりとした感覚だけを返してくる。

 

「――終わり」

 

 なんとか剣を引き抜こうと四苦八苦する最中、平坦な声が聞こえ、猪々子は声の方に振り向く――振り向いて、しまった。

 

「――あ」

 

 ――目が合う。

 いや、向こうは自分など見てすらいないのかも知れない。

 猪々子がそう思ってしまう程に、眼前の武人――呂布――はごく自然な動作で戟を振り下ろそうとしている。

 

(――あ、っちゃあ……やっぱ、無理だったか。…………ゴメン姫。……斗詩)

 

 最早その一撃をかわす事は出来ない、と猪々子は確信すると静かに目を閉じて――、

 

 

 

「――文ちゃんっ!!!」

「――いっちー!!!」

 

 がっ! ぎぃんっ! 

 

 二つの鋼が打ち合う音が、彼女を救った。

 

「――やああああああっ!!」

 

 親友と、聞き覚えのある小さな友人の声に文醜が顔を上げると、続けざまに見覚えのある緑髪の少女が巨大な円盤を呂布目掛けて投擲する。

 

 がいんっ!!

 

「…………増えた」

 

 鉄槌と鉄球、円盤と、いずれも尋常ではない重さの武器による衝撃をあっさりと受けきって、紅の髪の少女はぽつりと呟いた。

 

「文ちゃん大丈夫!?」

「いっちー、立てる!?」

 

「う、うん。あ、ありがと斗詩、きょっちー」

 

「ううん、私の方こそ遅れてゴメンね、文ちゃん」

「いいよいっちー。あ、でも後でご飯奢ってねー」

 

 呆気に取られ、覚束無い返事をする猪々子に二人は笑顔を見せる。

 

「もう! 季衣! 顔良さんも、話は後でして下さい!」

 

 弾かれ、地面を削りながら手元に戻って来た円盤を担ぎ直す流琉は呂布から視線を外さない。

 

「…………まだ増える?」

 

 ぼーっと流琉を見ていた呂布は、つい、と視線を外すと戟をあらぬ方に向け、 

 

 ――どっ!!

 

 何処から飛来した矢を戟の真芯で受け止めた。 

 

「――なんともはや……素直にかわした方が楽じゃったろうに」

 

「へぇ、これは期待以上ね~。――面白いじゃない」

 

 流琉達が振り向いた先には笑顔で手を振る桃色の髪の女性と、その横で溜息を吐く淡い紫色の髪の女性。

 

「袁紹配下の顔良と文醜よね? ――孫家棟梁、孫伯符」

 

「同じく、黄公覆」

 

「――これよりそちらに加勢するわ」

 

 雪蓮は不敵に笑い、宣言した。

 

「さて、じゃあ誰から呂布と戦う?」

 

「…………面倒。全員纏めて掛かって来い」

 

 笑みを浮かべたまま猪々子達に問い掛ける雪蓮の言葉を、恋は遮る。

 

「…………へぇ。随分と大きく出たものね、呂布」

 

「? ……別におかしくない。だって――」

 

 口元に笑みを浮かべたまま、笑っていない目で睨む雪蓮に恋は不思議そうに首を傾げ、

 

「――何人来ても、同じ」

 

 先程、兵士の群れを相手にした時と同じ、まるで気負いのない平坦な声でそう告げた。

 

 

 

 

 

 ――虎牢関、城壁。

 

「荀攸様、雲梯(うんてい)が!」

 

「――十分に引き付けた後に攻撃を開始する! 合図は私が出す。……弓隊、火矢の用意を!」

 

 戦場中央で鬼神の如き働きを見せる呂布を迂回して、袁紹が繰り出す護衛付きの攻城兵器が二両、虎牢関に迫る。

 雲梯と呼ばれる木で出来た箱型の車両には六メートルを超える可動式の梯子が二つ取り付けられており、その先端には城壁にしっかりと固定する為の鉤爪状の金具が鈍い光を放っていた。

 雲梯は車両の内部には数名の兵が乗り込み、人力で車を移動させる形式のもので、主に城を攻撃する側が城壁を乗り越える為に使う兵器である。

 荀攸は関に迫る雲梯が立てる耳障りな車輪の音を意識から締め出し、関と車両の彼我の距離を測ることに集中していた。

 

「……まだ……もう少し…………よし、弓隊構え! 撃て!!」

 

 雲梯が関にあと百メートルといった地点に差し掛かったその時、荀攸は鋭く檄を飛ばす。

 

 ひゅ――――かかかかかかかかかっ!!!!

 

 数百にも及ぶ火の雨が雲梯へ一斉に降り注ぐ。

 その半分近くが車両に張られた牛革に阻まれるが、あとの半分は梯子や、革で覆われていない部分に突き刺さり、激しく炎上し始めた。

 

「――しゃあっ! どんなもんだ!」「はっ! ざまあみやがれ!」「幾らでも掛かって来やがれってんだ!」

 

(幾らでもは困りますが……ふふ、兵の士気が戻りつつありますね。この調子で――)

 

「軍師様! 敵右翼から衝車(しょうしゃ)が…………あ、ああああっ!!?」

 

「どうし…………なっ!?」

 

 馬面(ばめん)(城壁に取り付いた敵を側面から攻撃する為に設けられた突出部)で敵の動きを観察させていた兵士からの動揺した声に、兵士の視線の先を辿った荀攸は絶句する。

 

 

 

 

 

 ――連合右翼、やや離れた丘に布陣している小規模の部隊。

 

「あららー、袁紹さんのところの雲梯、壊されちゃってますねー」

 

「うははは! いい気味なのじゃ! 麗羽の悔しがる顔が目に見えるようじゃの。のう、七乃?」

 

「はいー、ホントですねー。まあ、袁紹さんはお馬鹿さんですから、攻城戦なんて高等な戦は出来ないんですよー」

 

「まったくなのじゃ! やるのなら、七乃のようにもっと数を出さんとの!」

 

 炎を上げる袁紹軍の雲梯と、これまたどこに隠していたものか虎牢関目指して進む十両を超える雲梯と衝車(しょうしゃ)を眺め、袁術と張勲が笑う。

 この二人、特に袁術だが、牙門旗が立つ本陣ではなく、何故こんな少数の部隊に紛れるように身を置いているのかと言うと……。

 

「あ、本隊に仕掛けた徐晃さんと華雄さんの隊が、孫策さんのトコも攻め始めましたねー」

 

「おお、本当じゃのう。……しかし七乃、妾の軍がだいぶ派手にやられて居る様に見えるが……大丈夫かの?」

 

「あらかじめ守備に徹するように指示して有りますから大丈夫ですよ。孫策さんにはもっと頑張って貰いましょう」

 

 どのようにして察知したものか、華雄らの突撃から難を避ける為に密かに退避していたのだ。

 

「うむうむ。……七乃、も一つ聞きたいのじゃが?」

 

「はいはーい、何でしょうお嬢様?」

 

「あの、徐晃とか言ったかの……あの者が突っ込んでくるのがどうして分かったのじゃ?」

 

「ああ、それはですねー」

 

 小首を傾げる可愛らしい主の姿に、七乃はにっこりと笑い、

 

「――徐晃さんが、先生の教え子だからですよ」

 

 片目をつぶって見せた。

 

 

 

 

 

 ――虎牢関、城外。

 

「何なのですかあの数は!? ……くっ、兎に角、一つずつ潰すしかないのですぞ!」

 

 敬愛する将軍の邪魔にならないように少し下がり、城門付近に寄せてくる敵に対処していた陳宮は、小高い丘から姿を現した兵器群に目を剥く。

 

「弓隊、火矢用意! …………今ですぞっ!!」

 

 横に広げていた隊を兵器の進路上に集め、距離を測り、指示を出す。

 

 ――ど、どどどどっ!!

 

「すぐに次の準備をするのですぞ! 歩兵隊は引き続き袁紹の攻め手を迎撃するのです!」

 

『はっ!!!!』

 

 上手く革の無い部分に矢が当たって炎に包まれる雲梯には目もくれず、音々音は間髪入れずに檄を飛ばした。

 

「全部を迎撃するのは無理ですな……。――弓隊! ある程度は通しても公達殿がやってくれるのです! 無理にその場に留まって轢かれるのではないですぞ!」

 

『了解っ!!』

 

 がらがらと音を立てながら迫る巨大な攻城兵器の群れを前にして、威圧されながらも音々音は戦況を確認すべく目を走らせる。

 

(……呂布殿は問題無い。華雄殿は徐晃殿が上手く先導しておられる。……問題は、霞殿の部隊ですな)

 

 開戦当初から騎兵を縦横無尽に動かしている霞の部隊には疲労が見え始める頃だろう。

 可能な限り早めに援護しなければならない、と小さな軍師は考える。

 

(とは言え、ここを空にする訳にもいかないのですぞ……。関に待機する兵を投入すれば……いやいや、この状況で開門すれば敵に雪崩れ込まれる……うむむ)

「……結局は目の前の事から一つずつ対処していくしかないのです。霞殿、もうしばし耐えて下さ――」

 

 小声で呟く音々音の背後で、

 

 ――ぎ、ぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃぃい

 

「――な、何ですとーーーー!!?」

 

 虎牢関の、門が開く音が響いた。

 

 

 

 

 

 ――連合中央、袁紹の本陣。

 

「虎牢関、開門した模様!!」

 

「見えていますわ! おーーっほっほっほ!! わ・た・く・しの軍が一番乗りのようですわね! 美羽さんも隠し玉を持っておられたようですが、一足遅かった――」

 

 ――麗羽が勝利を確信し、高笑いを上げるのと。

 

 ――門に殺到する黄金の鎧の群れが全て城外へと吹き飛ばされたのが、ほぼ同時。

 

 

 

 

 

 ――虎牢関が開門するより一刻前。

 

「なっ!? あれは……袁術か! どこにあれ程の兵器を……」

 

「ぐ、軍師殿、ど、どうすればっ!!?」

 

「うろたえるな! 城外の陳宮殿が連動して事に当たってくれる! 我等は先程と同様、敵の接近を待って攻勢に――」

 

 己の動揺を即座に治め、荀攸が混乱する兵に檄を飛ばそうとした正にその時。

 

「――じ、荀攸様っ!!!」

 

「何事か!」

 

「こ、後方、ら、洛陽の方角から――っ!!」

 

「な! ――――っ、あれは!」

 

 兵が指差す方角に目を遣り、荀攸の眼は大きく開かれた。

 

 

 

 

 

 ――どんっ!!!!!!!!!

 

 まるで、雷が間近に落ちたかのような音が虎牢関正面に響き渡る。

 

 ――どしゃあっ!!!!!!!

 

 金の鎧が軽々と宙を舞い、そのことごとくが地面に叩きつけられるその様はどこか、散りゆく銀杏の葉を思わせた。

 そのあまりの轟音に、全ての者が動きを止めて、一斉に門へと顔を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー……ちと脆すぎやせんか?」

 

 ――もうもうと上がる土煙が晴れて。

 

 鮮やかな紅の瞳と、良く日に焼けた小麦色の肌。

 灰色の短髪を掻き上げながら、豊満な肢体を胸元が大きく開いた旗袍で包む女性の姿がそこにあった。

 その暢気な仕草には不釣合いな、二の腕を肘まで覆う鉛色の手甲が鈍い光を放っている。

 

 

 

 

 

「――やり過ぎだ。しばらく振りだが変わらんな、公偉」

 

 その女性の後ろから現れたのは、子供と見紛う程に小柄な少女。

 瑠璃色の瞳と、腰まで届く漆黒の髪。髪と同色の貫頭衣と短めのスカート、足を包むタイツ。

 まるで首筋から流れる血のような、腰まで届く、首に巻かれた赤い紐のような細さの布。

 大人びた口調の少女は、氷のような視線を眼前に立ち竦む金の鎧の群れに向ける。

 

 

 

 

 

「はいはい、また言い合いになるから二人共そこまでよ。私達には大事な任務があるでしょう?」

 

 先の二人を嗜めながら、最後に進み出る女性は、細身の体付きには似合わない身の丈の二倍はある戦斧を携えていた。

 腰のあたりで結ばれた、足元まで届く栗色の髪。

 濃い緑色の瞳と、最初の女性にも劣らぬ肢体を瞳と同色の旗袍に包んでいる。

 

 

 

「ああ。子幹、今回は貴様が指揮官だ。私はその命に従おう」

 

「相変わらず義真は固いのう。……おっと、儂も同じじゃ、任せたぞ子幹」

 

「…………では、始めるわよ」

 

 沈黙の帳が下りる戦場に、皇甫嵩、朱儁、盧植の声だけが響き――。

 

 そして――――漢の名将と呼ばれる者達が、動き始める。

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 新年、明けましておめでとう御座います。

 天馬†行空 二十三話目の更新です、お待たせしました。

 作品説明でも記載した通り、今回は一刀達、洛陽組はお休みです。

 今回はやや急ぎ足ですが虎牢関の戦い前半戦をお送りしました。

 作中、恋の心情について触れていない点に関しては、後に(拠点辺りで?)書くつもりです。

(その際に、丁原とかの話も書ければと思っています)

 

 さて、次回は虎牢関の戦い・後半戦。

 ――今回以上に、血の雨が降らなければ良いのですが(ボソリ)。

 

 

 

 それでは、また次回でお会いしましょう。

 本年も、天馬†行空を宜しくお願いします。

 

 

 

 

 


 
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