窮鼠猫を噛む。ということわざがある。追い詰められた獲物が突如牙を剥くというものだ。だがそれがどうした?一矢報いると言えば聞こえはいいが、非力な鼠が猫を噛んだだけである。猫と鼠の力量差というものを考えれば一目瞭然で、ただそれだけで猫が絶命するはずがない。運が良ければ逃げてくれるが、それは単なる一時しのぎでしかなく、依然鼠が獲物であることには変わりはないのだ。
「せめて……」
「あぁ?」
「せめて楽に殺してくれないか。痛いのは嫌だ。一瞬がいい」
男は顔を上げる。命を奪われる前の弱者の顔ではない。いたって普通に会話をするような、そんな感じだった。諦めたのかと思った。まったくもって悔しそうではない。いっそのこと清々しさも覚える。だからアニキは苛立つのではなく、単に仕事が楽になってよかった程度に思った。女でない限り目的は獲物を嬲るのではないのだ。後ろの二人も異はないようだ。
「へへっ、物分かりがいいじゃねえか。いいぜ、言うとおりにしてやるよ」
「どうも」
男は意を決する。
「ふんっ!」
男はアニキの剣を持つ手を抑え、顔面に拳を力の限り振りぬいた。その不意打ちの威力に男は剣を離し、後ろに吹っ飛ぶ。突然のことに残り二人も呆気にとられている。今だ、と男は思った。だが男は逃げようは思わなかった、思えなかった。目の前のことをどうにかしなければ逃げても追われるだけ、ましてやここがどこなのか、土地勘など欠片もないのだ。男は鼠の立場を一面理解していたと言っていい。逃げれば敵は残るが、殺してしまえばいなくなるのだ。鼠の牙でも当たるとこに当たれば殺せるのだ。
だが、
いくら果敢に歯向かおうと、どれだけ勇を振るおうとしても、そんな奇跡などそう簡単に起きるはずもなく、男はあっさり組み伏されてしまった。こちらは一人、相手は三人。当然だ。アニキは痛みで顔を顰めて怒っていたが、組み伏せられた男を見て余裕の表情が戻ってきた。
「やってくれるじゃねえか。ああ?」
「へっ、ざまあみやがれ」
アニキはその目を見てまた驚いた。もう抵抗する気はないのか暴れたりはしないが、決して屈してなるものかという意思が見えた。
「生意気な目をしてやがる」
「さっさと殺せ、あんたらの勝ちだ」
「けっ、可愛げのねえ奴だぜ。アニキ」
「……」
アニキは剣を振る。その最後の時、男はアニキを見つめながら、最後の意地で無理やり笑った顔を作った。
「手こずらせやがって。デク!服とんの手伝え!」
「おうなんだな」
チビとデクが作業に取り掛かっている時、アニキは考えていた。二人からは男の顔が見えなかっただろうが、男は最後笑ったのだ。無理やりだったとはいえ、最後の最後まで意地を通したのだ。アニキはその男が動かなくなったのを見て安堵し、そこで自分が男に恐怖していたことに気づいた。怖かったのだ。格好の餌と思っていたものが自分に飛びついてくるのに。
そして、その男が最後まで意地を通して見せたのに、アニキは胸につっかえるようなものを感じていた。
事を終えて根城に帰ってからも、アニキは男のことを考えていた。逃げるではなく、立ち向かってきた。なぜあんなマネをしたのか?それを答える男は自分の手で始末した。
「アニキ?どうしたんですかい?」
「ん?ああいや、あの男のことだ」
今更隠す仲でもないと思い、アニキは素直に吐露した。
「あいつですか。なめたマネしてくれましたね。まだ痛むんですかい?殴られたとこ腫れてますぜ」
「お、俺たちに歯向かうなんて馬鹿なヤツだったんだな」
「ちげえよ」
「あ、服のことっすね?大丈夫っすよ、少しくらい血ついてたって。これくらい騙せます。それよりこの服かなり上等なもんですぜ。どこぞのぼんぼんだったのでしょうよ。へへっ、ざまあみやがれってんだ」
「貴族か……」
話は変わるが、この三人組、元は根っからの悪人ではなかった。三者三様異なる地で愚物な長が治める街などで生活していた。ただの私腹を肥やすために税は重く、法などに意味はなく、民は人でなく物だった。そんな苦渋に浸かるなかで鬱憤は爆発し、アニキは同志を集めて蜂起しようとした。だがそれも失敗に終わる。内通者がいたのだ。そいつは集会所に兵を先導して、指をさして叫んだ。「主導者はこいつだ」と。その裏切り者は古参の一人だった。早くから見限り、己の保身に走ったのだ。同志のほとんどは死に、捕まった者は処刑。アニキは命からがら逃げだせていたが、気力はもう尽きていた。もう何もかもが嫌だ。己の利しか考えない裏切り者も県令も、不幸を嘆くだけで奴隷のように従っていた住人も、声をかけるまで動かなかった同志達でさえも。
もう自身には何も残っていなかった。だからアニキは賊に成り果てることに抵抗はなかった。そして気づいたのだ。剣で、力で欲望のままに生きることが何よりも簡単な生き方だという事に。それは今までの生活からか解放感まで感じた。そしてそれに満足し、その考えを改めることはなかった。
だが今、気づいてしまった。いや違う、本当は解っていたのだ。例えあの男が貴族だったとしても、あの男がやったことはかつての自分がやろうとしたことだと。
(ああ、そうか)
胸のつっかえが取れた。羨ましかったのだ。自分の意地を通せたことが。折れてしまった自分には、その最後の姿は眩しかったのだ。
「俺らって何してんだろうな……」
それに比べ、自分の姿はなんだ?賊だ。他人に興味はなく、自分さえ良ければいい。かつて自分が憎んだ相手と同じではないか。
「今更か……」
「どうしたんだなアニキ?」
自分が卑しいとは当に理解している。それがなんとも嫌だった。
「ちょっと出てくる」
「アニキ?」
子分二人に心配されるが無視してアニキは出て行った。
「ここって昼間の場所じゃねえですか」
もう日は沈み、来たのは男を殺した場所。チビとデクはなぜか着いてきた。
「ああ、ここだな。死体はどこいった?」
「死体い?なんでそんなもんを……。まあかまいやせんが。うーん、見当たりませんね。食われちまったんじゃ?」
「バカ、んなら骨が残んだろ」
「んじゃあ誰か物好きな奴が持ってったんじゃないっすか?」
「誰だよそれ」
「いや知らねっすよ……」
弔ってやりたかった。アニキはそう思っていた。いつの間にかあの男に敬意を抱いていた。少しでもあの名も知らぬ男に近づけるような気がして。
「アニキィ、あれ」
そう言ってデクが指をさした先を見ると、暗くてわかりにくかったが土が盛り上がっている場所があった。昼間はこんなものなかった。つまりこれは、誰かが男を埋めてくれたのだろう。墓石代わりに石が数段積まれている。誰が埋めてくれたかはわからないがアニキは感謝した。
「よくやったデク」
「えっへへ」
「んで、どうすんですかい?掘り返しやすか?」
「んなことできっか」
「いってえ!?殴らなくてもいいじゃねえですか!」
「んじゃあアニキ、どうすんだな?」
「別にどうもしねえよ」
「無視かよ!」
ただあの男を見たかっただけなのだ。どうしようというつもりはなかった。
「なあお前ら」
「なんすかアニキ、弄んで都合のいいように扱われる子分に……」
「ああ悪かった悪かった。機嫌直せって」
「ううっ、覚えておきますよ……。んで、なんすか?」
「ああ、俺らはよ……賊だよな」
「ええ、賊っすね」
「だな」
「……でもよ、元は違ったよな」
「どうしたんすかアニキ、今日ちょっと変ですぜ?」
「わかってるよそんぐらい。なあ、俺たちが賊になったのってよ、腐った連中のせいだって言ってたよな」
チビはいつかこう言っていた。「お偉いさんがああなんだ、俺たちもそれで悪いはずがねえ」それでチビは折り合いをつけていた。
「もちろんっす!自分はなにもしないで威張ってるだけの糞豚どもより、手を使ってるだけ俺らん方がまだマシですぜ」
「その通りなんだな!俺らの方が手がきれいなんだな!」
「一緒だよ、俺らもあいつらも」
その言葉は何故か重苦しく感じた。
「アニキ?」
「お前、この男のこと貴族だって言ってたろ」
「え、ええ」
「こいつよ、最後まで踏ん張ってたぜ。首飛ばす時身じろぎひとつしなかった。すげえもんだよな。怖かったろうによ。腐ってるって思ってた貴族にもこんな奴がいんだぜ」
「……」
「……」
「すげえよ兄ちゃん、あんたはすげえ」
「しみったれた話は苦手ですぜ」
「俺もなんだな」
「一緒なんだよ、俺もお前らも。こいつもあいつらも。全部一緒だ」
「何言ってるかよくわからないんだな」
「んー、あー、俺も何言ってんのかわかんねえや」
ガクッ、と二人は膝から崩そうになる。
「なんすかアニキ!いきなりしみじみしたと思ったら!」
「すまんすまん。さて、そろそろ戻るか」
「終わりなんだな!?いきなりの打ち切りなんだな!?」
「ほらなにしてんだ、置いてくぞ」
一緒だ。俺もこの男も。そう考えると今までの自分が殻に閉じこもっていたように思える。まだ全てわかったという訳ではないが、この男のことを考えると、それを通じて世界が少し広く思えた。
自分たちは賊だ。今更否定はしない。だがそれが全てではないだろう?アニキはなにか感慨めいたものを感じながら走った。明日から少しだけ、少しだけでも変わってみてもいいかもしれないと。
IFのあとがき
あれ?こんな書く気なかったのに……。IFストーリー書いてたらいつの間にかこんなになっていたんだぜ。どうした俺。でも途中でものすごくめんどくさくなったから最後らへんもう考えなかった。後悔はしていない。どちらかというと書き始めたことを後悔している。でもIFストーリーって大好きだから今後も書くと思われ。え?いらない?いいんですよ俺がよければ(おい
もう一つふざけてみた。
「あれ?」
……………………
「なんじゃこりゃあ!?」
どうも二郎刀です。あのですね。
「ここどこだよ!」
平原。見渡す限り平原。遠くに山、そして森。んでもって
「おう兄ちゃん。身ぐるみ置いてきな」
黄色い三人組。
「……」
一度深呼吸。そして
「なんじゃこりゃあ!?」
大事なことなので(ry
「いやいやいやいや待てよ待つんだ俺OK落ち着くんだカームダウンカームダウン……」
俺ってねー確かねー今の今までねー運・恋姫執筆中だったはずなんだけどねーあれっしょ?これ物語の中に自分が迷い込んでしまったってやつっしょ?な、なんだってー。
「てめえ!アニキのいう事が聞こえねえのか!」
「るっせえ馬鹿野郎!黙ってろ!」
「んだとてめえ!」
黄色がうぜえ。何この超展開。とりあえずわけワカメ。
「あれ?ちょっと待てよ?」
「アニキ!こいつさっさとぶっ殺しちまいま――」
「るっせえつってんだろ!」
落ち着け俺。つまりだ。俺はこの後の展開を知ってるわけで。つまり俺はこいつらをぶっ飛ばせるわけで。ってことは俺はこの世界で神の如く存在なのではないか?
「なんと!俺は神であったか!」
「アニキ!駄目ですこいつ!イカレてます!」
「あーなんかもう面倒くせえや」
「俺もなんだな」
「とりあえずぶっ殺すか」
「俺がやりますぜ!」
「さっさとやれ。なんかこいつメンドイ」
黄色がなんか言ってるけど俺にはそんなもの通用しない。
「はっ!お前らごとき賊が神に抗うか!無駄だよそんなもの。そんなことやめてさあ!崇め奉りたまえ!」
グサッ
「……あれ?」
あれ、痛いぞ?
「なんじゃこりゃあ!?」
血が!俺に剣が刺さってるぞ!
「ちょ!ちょっと待て!俺はこの世界の神だぞ!?」
「うっせえ馬鹿野郎!てめえにつき合ってやる暇はねえんだよ!」
どういうことだ。これはどういうことだ。俺は超かっこよくこいつらをぶっ飛ばしてその後でかわいい女の子たちとキャッキャウフフを体験するはずなのに。あれもしかしてこれって俺が創った外史じゃない?
…………………………
「嘘だといってよb――」
ズバッ
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ」
DEAD END!
正直スマンかった(´・ω・`)
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運・恋姫派生のIFストーリーです