No.528363 小日向美穂をめぐる冒険(仮)ユウキマナノさん 2013-01-06 01:32:03 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:401 閲覧ユーザー数:395 |
——ライブイベントで失敗しちゃった……
——私のCDデビューイベントじゃなかったんだけど……
——他の事務所の子たちとか、同じ事務所の子たちに、たくさん迷惑掛けちゃった……
——うん、私、頑張るから……
——それじゃ……
双葉杏は自室に届く、小日向美穂の落ち込んだ声を聞きながら、ぼうっと中空を眺めていた。偶然出会った城ヶ崎莉嘉に連れられてやって来た芸能事務所、ERAでの日々は、プロデューサーから飴をせびりながら、ひたすらにレッスンをし続けるという、何とも味気ない物だった。両親に無理に入れられた女子校の、ガチガチに縛られた寮生活から抜け出すことが出来て嬉しい反面で、印税生活を目指そうにもレッスンをしなくてはならないという、思い浮かべていたアイドル生活とは全く違う、アイドルになるための生活に戸惑う。誰も彼もが楽にアイドルになれるとは思っていなかったが、テレビで歌って踊るアイドルたち、そして、同じ女子校に居たアイドル(おそらく候補生、名前は確か、こしなんとか。詳しくは覚えていないや)を見ていたら、そんなに辛いところではないのかな、と思わされてしまった。何よりも「印税で一生楽に生きていける」という部分に惹かれた。
杏は溜め息を吐いた。(渋谷凜のCDデビューが堪えたのかな……美穂には)と思案する。それは当然だろう。杏がこの事務所に入る少し前からこの事務所に居るらしい美穂はレッスンも欠かさず、二人の努力家——島村卯月と工藤忍に負けじと頑張っていた。卯月のCDデビューが決まってからは、よりレッスンに打ち込み、杏には何故そこまでするのかがわからないくらいだった。だが、その卯月のCDデビューイベントでバックダンサーをやるはずだった美穂は、緊張でリハーサルの時点からミスを連発し、控えていた忍にその枠を取られてしまった。そのイベントを見ていたらしい凜がERAを訪れ、美穂よりも先にデビューしてしまうのだから、当然に堪えるだろう。
隣の部屋の扉が開いて、閉じる。そして、ベッドが軋む音。壁が薄いために隣の部屋の音は丸聞こえだった。ほとんど給料などないと言っても良いアイドル候補生には相応とは言えない、3LDKのアパートだ。社長が所有しているらしく、今のところ三人で一室を使うことになっている。和室が一つ、洋室が二つの築三十年ほどの物件を所有する社長の過去が気になるが、面倒くさいので杏は考えるのを止めた。
隣の部屋からは啜り泣くような声が、少しだけ聞こえてくる。杏はもう一度溜め息を吐いた。こんな風に泣き声が聞こえてきては、ゲームもアニメも漫画も、ダラダラすることだって、本気で楽しめなくなるだろうから、美穂を慰めに行くことにした。
杏の部屋から出て、すぐ右側に美穂の部屋がある。ひなたぼっこが好きな美穂はベランダのある五畳の部屋を選んでいた。啜り泣く声は、さっきよりはっきりと聞こえてきた。
「……美穂」杏が声を掛けると、再びベッドが軋む音。きっと跳ね起きたのだろう。普段、杏は部屋から一歩も出ようとしないから、美穂は自分が悩んでいることを表に出そうとしないから。
そして、扉が開かれた。
「どうしたの、杏ちゃん」
美穂の目は赤かった。杏はそれに気づいた様子をおくびにも出さず、一言、「お腹減った」とだけ言った。本当は、お腹なんて減っていなかった。食べることだって面倒くさいから、出来れば食べなくて良いようになりたい。だけれど、今はこうしておくべきだと思った。プロデューサーから貰う飴の味を思い出したら、わけがわからないけれど、ただただそうするべきだと思った。
「飴、ちょーだい」
美穂は微笑んで、「へ、部屋、入る?」と訊いた。
「じゃあ」
杏は遠慮せずに美穂の部屋に入った。くまのぬいぐるみが飾られた、如何にも等身大の女の子、と言ったような部屋だった。等身大の女の子がどういう物なのか、杏にはよくわからないのだが。
「え、えっと、今はのど飴しか無いんだけど、良いかな……?」
そう言って、美穂は顔の前にのど飴を掲げた。それを見て、杏は「あ、それ、プロデューサーが持ってるやつだ」と返す。途端に顔を真っ赤にしてあたふたと両手を振りながら、美穂は「ち、ちち、違うの! こ、これは!」と焦りだした。
「美穂もその飴、好きなの?」
「あ、う、うん。喉に良いって、プロデューサーが言ってたから……」
「あー、確か私もそれ言われたなー。初めはあまり好きじゃなかったけど、いつも渡してくるから好きになった」と言いながら、杏は部屋の真ん中に寝転がった。
美穂は杏の一挙一動に、緊張しながら言葉を返してきているようだった。まだまだ出会って二月くらいだから、緊張するのだろう。そして、自然体の杏を見て、傍に座り込んだ。ベッドに背を凭れさせながら体育座りをするものだから、杏からはスカートの中身が丸見えだった。「……ほう、白」飴を取り出そうと美穂は「のどすっきり飴」と書かれたパッケージの中に手を入れていたが、「——ッ!」声にならない声を上げて、すぐさま脚を組み替えて、女座りになった。杏は美穂が取り落とした飴を拾って口に放り込んだ。「クセになるんだよね、この味」口の中に独特の味が広がる。
「あ、杏ちゃん……」
顔を再び真っ赤にしている美穂の太ももに頭を乗せる。軟らかに頭を押し返してくる太ももが、とても心地好かった。「ひ、膝枕、って……、わ、わたし、初めて……」恥ずかしそうに美穂は呟いた。杏はそれを見て、少しだけ疑問を持った。「ん、美穂は誰にもやったことが無いの?」こくりと美穂は頷く。「てっきりそういうの慣れっこだと思ってた。可愛いから」杏は思っていたことを口に出した。聞いた美穂は美穂で、「か、かわっ!?」とか「え、ええっ!?」とか、耳まで真っ赤になりながら焦りだした。
「美穂、揺れないで、眠りづらい」
「あ、うん……」
「美穂、落ち込んでたの、少しは楽になった?」
首を縦に振る美穂。
「そっか、なら良かった」
それきり、部屋は静かになった。杏はそのまま眠りこけそうになる。(このまま一生を過ごせたらなあ……)とか、そういうことを思っていたら、頬が濡れたような気がした。目を薄く開くと、美穂は声を押し殺して泣いていた。
「……美穂」杏は声を掛ける。「誰も彼もがアイドルになれたら、アイドルなんて必要ないよ」美穂は目元から手を離した。「だから、卯月だって、忍だって、アイドルに憧れて、それで夢を掴んだんじゃないかなって、私は思う。まあ、私はあんな怠いことはごめんだけどね」美穂が少しだけ微笑んだ気がした。「卯月は普通の子だけど、頑張ってアイドルになった。忍だって同じ。凜はここに来たときから自分の売りがわかってて、歌のレッスンを誰よりもたくさん受けてる。珠美は剣道とレッスンを両立してる。莉嘉は姉に憧れてアイドルを目指そうとしてる。……美穂がどうなりたいかは美穂にしか決められないし、美穂が諦めているところに美穂の売りがあるのかもしれない。今までのレッスンを思い出してみれば、何かわかるんじゃないかなー。……あ、飴なくなった。もう一個ちょーだい」そう言い終わると、杏は飴の袋を取るために立ち上がった。「ご、ごめん、杏ちゃん……わたし、わたし……!」杏の言葉を聞いて、美穂はわんわんと泣き出し、「うお」杏を背中から力一杯に抱き締めた。
「……杏ちゃん、わたし、昔から緊張症でね……」「うん」「社長からスカウトされたとき、す、少しでもそれが治せたら良いなって思った」「うん」「でも、緊張してまた失敗しちゃった……」「うん」「みんな、つ、次があるって言ってくれた……社長も怒らなかったから、だ、誰もわたしには期待してないんじゃないかって……わ、わたしにはアイドルなんてできないんじゃないかって、お、思った……」「うん」「で、でも! 杏ちゃんに言われて、わたし、もう少しだけ頑張って、頑張ってみようって」「美穂、それで良いよ。悔しかった?」「う、うん」「じゃあ、そのまま頑張れば良いよ」
美穂はその言葉を聞くと、突然に笑い出した。
「杏ちゃんが『頑張れば良い』なんて、なんかおかしいね」
「美穂がトップアイドルになって、私を養ってくれないかなー、って気紛れに思ったから。杏はダラダラするためには何でもやるよ。それに、飴、くれたから。だけど、これは失敗だった。想像していたよりも、疲れたからもう寝たい……」
美穂は頬を赤らめながら、小さな声で杏に提案する。
「……わ、わたしの膝で良ければ、あ、空いてるよ」
「……美穂って演技派?」
杏は美穂の膝に頭を預けると、すぐに寝息を立て始めた。頬に飴を含んだままだった。
美穂は寝息を立てる杏を見つめながら、ありがとう、と呟いた。(また今度があるかどうかはわからないけれど、口いっぱいに頬張れる飴玉も買ってきておこう)と思いながら、同い年とは思えないほどか細い身体をした杏の頭を撫でる。少しだけ傷んだ髪は、指に引っかかりながらも、するりと抜けていった。
(いま、わたしが出来ること……レッスンを思い出して……)
美穂は思索を巡らせる。今はまだアイドルの候補生、まずはデビューをしてからだ。杏の「美穂って演技派?」という言葉を思い返しながら、女優としての道も考える。歌もダンスも決して巧いとは言えない。だけれど、演技なら、もしかしたら、いけるのかもしれない。だが、それもこれも、デビューをしなければ、どうしようもこうしようもない。
(自分でも頑張ってみよう)
美穂は大きくあくびをした。あの失敗以来よく眠れていなかったが、今日思い切り泣いたお蔭か、眠くなってきたようだった。そして、そのまま、眠りに就いた。
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今さらはにかみ小日向ちゃんをお迎えしたら、とても書きたくなったので書きました。イケメンな杏と意気銷沈している小日向ちゃんが繰り広げるお話です。何も生まれません。