姫海棠はたては、まばらな林の上空を飛んでいた。今日も今日とて、新聞のネタ探しである。
バイオネットが公開されてから今日まで、はたての取材頻度は以前の倍以上となっていた。今までの紙媒体の新聞以外に、それとは記事の異なるバイオネット版を製作するようになった都合上、記事にするネタは常に枯渇状態なのである。
そして、取材の量を増やしても、記事に出来るネタは限られており、この四ヶ月、彼女は働きづめであった。
「『板が切り出される怪』は、食いつく同業者が多すぎて取材する気になんないしなぁ……」
最低限の休養はとっているとはいえ、ここ最近は休日を返上して幻想郷を飛び回っており、さしものはたてもやや疲労の色が滲んでいた。テンションもあまり高くはない。
しかし、それでもはたては、今追いかけているネタを掴みたいという欲求を諦めていない。
現在はたてが調査しているのは、とある噂話の検証である。はたてが現在飛んでいるこの一帯は松林で、人里の住人などが松の素材を求めて度々わけいる場所だった。ここで、人里の住人が奇妙なものを見たという。また、この場所に限らず、最近不可思議な何かを目撃するという噂話が、後を絶たない。
だが、その噂の内容というのが、どうにも判然としない。言うなれば、それは「本来ならば見えないようなものが見える」類の話だ。その見えるものについて、情報は非常に散逸的だ。所詮は噂話である故に仕方ないが、はたてはある程度の情報収集を終えてからも、奇妙な感覚を拭えなかった。
曰く、彼岸の季節でもないのに仏壇に拝んだ故人の姿が見えた。曰く、うなされるほどの悪夢に出てきた化け物が見えた。曰く、食べたいと思っていた食べ物が目の前に突然現れたように見えた――などなど。
それら一つ一つは、明らかに見間違いや勘違い、あるいは精々妖精か木っ端妖怪のいたずらや、まやかしで片付けられそうなものだ。
だが、はたては、様々な場所を取材して、噂や証言を集めていく内に、ある事に気付いた。
前述のような、何かを見た、と証言する者は、多くの場合バイオネットを自ら好んで利用していた。証言者と取材する際の世話話で、ほぼ確実といっていいほど、バイオネットという言葉が出てくる。
気になる事象はもう一つある。バイオネット上には、寄り合い所めいて誰もが利用できる共有設定の掲示板が用意され、好評を集めている。そこにも、噂話と同じような、見えないはずのものが見える話が頻出するようになった。
現時点では、あくまであちらこちらで噂話が頻出するようになった、というだけの話だ……そう言い切ってしまうこともできるだろう。因果関係を立証できる材料はない。そもそも、何か異変が起こっているかどうかすら、わかってはいないのだ。
しかし、はたては記者としての直感で、何かを感じ取っていた。まるで、バイオネットを取り巻く未知の何かが、人々を惑わしている。そんな推測を考えざるを得なかった。
噂話とバイオネットの妙な符号に、気付いている者がどれだけいるかは定かではないが、少なくともはたてが知る限り、この噂話を他の天狗新聞が記事にした様子はない。
これは、烏天狗の間にバイオネットの利用が定着していないせいだろう。何故なら、天狗コミュニティは、バイオネットという未知のシステムを歯牙にかけず、八雲紫からの端末提供を拒否したからである。結果、妖怪の山には守矢神社と河童コミュニティの二箇所にのみ端末が提供され、天狗はそれを静観する形となった。
――バイオネットスタート一ヶ月が経ったところで、天狗の新聞全体が信じられないほどの売り上げ減を経験したことについて、はたては優越感と危機感がない交ぜになった、複雑な感情を覚えた。
はたてはスタート当初からバイオネットに注目、花果子念報バイオネット版を始めたことが功を奏し、売り上げはともかくとして、多くの注目を集めることに成功した。現時点でも、休日返上が惜しくない程度には、良質の反響を得ている。
一方で、天狗の新聞業界は、混沌とした状況が続いていた。新聞の売り上げ自体は回復しつつあるが、それを作る烏天狗達は、はたてほど時代の潮流に適応しきっているとは言い難い。混乱に急かされているように、一部ではあたら新聞の発行数が増加しているという。
話が逸れたが、ともかく、はたては現在自分が追っている噂が、新鮮なネタになる可能性を強く信じていた。
そして、自分の推測が正しければ――はたて自身も、噂のような幻を見る確率は高い。バイオネットを良く利用し、さらにはバイオネット上で自分から情報を発信している。噂の現象の対象者となる条件は満たしているといってよい。
「もし今この瞬間で現れたら、ラピッドショットでばっちり写真に納めて特ダネゲット、ってね……」
「出来れば、その前に私も撮って頂きたいものですわ」
「ぎょわー!?」
林をざわめかせるような悲鳴。弾かれるように、はたては声のした方を急旋回で振り返った。
そして、そこに存在していたツーショットに、さらに度肝を抜かれた。
「や、八雲紫に――パチュリー・ノーレッジ!」
驚愕する他ない。紅魔館の動かない大図書館と、境界に潜む妖怪の賢者。その二名が、屋外で、肩を並べているというこのシチュエーションは、これ自体が記事にできるのではないかといえるくらい、珍しいことだ。
「天狗って、どいつもこいつも声ばかり大きいわね」
「カラスの鳴き声が耳障りなのは、今に始まったことではありませんわね」
「さりげなく酷い事言われてる気が! で、何の用よ」
まだ動揺を隠せないが、はたては紫とパチュリーに訊ねながら、はたてははたと気づく。
「ま、まさか……私は、バイオネットの隠された秘密に肉薄している?」
あまりにもできすぎたタイミングだ。バイオネットにまつわるかもしれない噂を追っていたら、バイオネットの首謀者二名がそろって姿を現したのだ。これは何らかの重要な事実にぶつかったと考える方がはたてには自然だった。
そのはたての思考を読んだかのように、紫は薄ら笑いを浮かべた。
「そうですわ、と言ったら?」
はたての背筋が凍る。しかし、ここで怖じ気づいてはネタを手に入れることはできない。こちらには言論の自由があるのだ……とはたては強気な態度を崩さなかった。
「や、やるってんの!? 魂胆は分かってるんだからね! 私にバイオネットのことを記事にされたら、あんた達のなんかわかんないけどいかがわしい企みが、ご破算になるからでしょう!」
「あー、説明するのめんどくさいから、話が通じるまで本読んでていい?」
パチュリーは、猛るはたてをジト目で見つめながらも、懐から取り出した本を今にも開こうとする。
「サポートくらいはしてちょうだいな」
紫はそれをやんわり手で制して、再度口を開いた。
「魂胆……そうねぇ、全部が全部、私たちの意図したとおりに運んでくれていれば、まこと面倒がなかったのですけれど」
「――どういうことよ。もしかして、私ってほんとに、マジでクリティカルな領域に踏み込んでる?」
どうやら、紫とパチュリーは、少なくとも直ちにはたてに危害を加えたりする様子はない。それで少し冷静になってきたはたては、紫の含みのある物言いに問う。
「貴方が踏み込もうとしている領域と、私たちが調べなくてはならない領域、それはきっと、同じものだと思いますわ」
「調べなくてはならない……? バイオネットになんか問題でもあったの?」
次々と気がかりな情報が出てくる。はたては、自身のカメラ兼メモ帳のケータイちゃん(愛称)を取り出し、事情聴取の体勢を取った。
「システム構築者として認めたくはないのですが、まさに今、この瞬間、問題が起こりつつあります。バイオネットが、幻想郷の自然の地脈を利用して、情報をやりとりしているというのは、知っていて?」
はたては頷いた。基本的な仕組みは、サービス開始直前のプレスリリースで解説されていた。はたてもその場に居合わせて取材しているので、とりあえず額縁通りには理解している。
「この一帯は、その情報通信のための地脈が通っています。丁度今、確認のために来たところで、貴方と出会ったというわけね」
「……嘘は言ってないけど順序が逆よ。調べるべき場所のうちの一つに、この天狗がいたから、先に話を付けるつもりで来たんじゃない」
本を脇に抱えたパチュリーが、紫の脇をつつくような感じで付け加える。
「まぁ、それはいいわ。改めて言うけど、バイオネットには、今現在、想定外の怪現象が起こっている。それは、きっとあんたが追いかけている噂話とリンクしているんでしょうね」
パチュリーの言葉に、はたては思わず唾をごくりと呑んだ。思いも寄らず、取材していたネタの核心に迫ろうとしているのだ。
「首謀者であるあんたたちは、どこまでわかってんの?」
「首謀者ではなく発案者と言いなさい。あえて首謀者というなら、それはこっちの胡散臭い奴の方だけよ」
「まぁ酷い。思いついたのは貴方の側ではなくて?」
「話が進まないんですけどー」
「天狗はせっかちでいやだわ」
「ほんとにねぇ」
「話を進めろっつーの!」
ケータイちゃんを握りしめながら、はたては思わず叫んだ。この二人、仲が良いのか悪いのか定かではないが、とりあえず呼吸は合うらしい。
「はいはい、わかってることね……とはいえ、目に見える現象については、貴方が噂話で聞いているものと情報量は同じよ。ただ、私たちは、様々な証言を整理していく中で、ある推測を導き出したわ」
「変なのを見たのが、バイオネット利用者である?」
「なかなか話が早くて助かるわ。第一の推測として、件の現象は、バイオネットの利用と何かの関係を見いだせる。では、第二の推測はわかるかしら?」
「第二……それは……」
はたては言葉に詰まる。はたてが噂話と取材から導き出せたのは、紫の言う第一の推測までである。
「ヒントをあげましょう。利用者たちは、果たしてどういうものが見えてたのかしら?」
「見えたもの……亡くなった人、夢に出てきた化け物、食べたいと思っていたもの……」
「じれったいわね、教えてあげてもいいんじゃない?」
沈思黙考状態に陥るはたてを見て、パチュリーは再度紫の脇をつつくように言った。しかし紫は。
「今思いつかなくても、凡例がそろっていれば、じきに導き出せますわ」
と、話を一度打ち切るように、そう言い放った。
「それよりも、姫海棠はたて。私たちはまだ仕事が残っている。よって、手短に済ませたいことがあるのです」
「え、へ? そ、そんなのさっさとやればいいじゃない」
「頭の回転が鈍いわね。わざわざ私たちが貴方の前に姿を現した意味がわからない?」
「――は!」
そう言われて、出会い頭の時の懸念が再燃した。
「く、口封じでもしようっていうの!? そして問題を隠蔽するつもりでしょう! やっぱりあんたたちなんか企んでるわね!?」
「ほら、私はやめようって言ったのに」
「若い子は気が短くていやぁねぇ」
パチュリーと紫は、共にあきれ顔を見せるが、それぞれに意味するところは違った。パチュリーは、鴉天狗一匹如き放っておけ、と言わんばかりの目つきだが、一方の紫は、教え子の察しの悪さに悩む教師のようであった。
「まず要点を言いましょう。姫海棠はたて、私たちは、問題解決のために、バイオネットの一時休止を予定しています。また、今後の状況次第で、この一件を公表することも考えています」
「へ? バイオネットをやめるの?」
「あくまでも一時休止です。それ自体は、前々から予定はしていたのですが、問題発生につき幾分か前倒しせざるを得ないでしょう。で、ここからが本題です」
紫は、懐から取り出した扇子をバッ、と開いて、一度自らの顔面を覆った。扇子はすぐに閉じられ、はたての鼻先に突きつけられる。
扇子の先を突きつける紫の表情には、いつもの薄ら笑いはかけらもなかった。
「貴方の花果子念報に、バイオネットのプレスリリースを一任します。今後、バイオネットに関する重要な情報は、貴方の新聞を通して、最速で幻想郷に公開されるということです」
「!!」
はたては我が耳を疑う。これは、とんでもないビジネスチャンスというものではないか……はたての心拍数は、花火のように跳ね上がった。
そして同時に、はたてのかろうじて冷静な部分が、この誘いをいわゆる裏取引の類ではないかと警戒する。
「裏取引、などとお思いで?」
「い、一体、どういう交換条件を出すつもり……?」
「なんてことはないですわ。ただ、私たちが要求する通りの発表を、私たちの指定するタイミングで、貴方の新聞に載せていただければよいだけのこと。書状を丸写しして、後は要点を付け加えれば、それで終わり。簡単でしょう?」
確かに簡単だ。あらかじめ新聞のスペースを空けておき、事前に渡された原稿を載せるだけならば、労力など必要ない。
しかし、ともすれば、そのような独占的な情報の開示は、癒着を疑われ、あらぬ噂を立てられる元になる。それに、新聞そのものを、バイオネット運営の広報として乗っ取られる危惧もある。
魅力的であるが故に、はたては紫に答える次の言葉が出てこなかった。
「そんなに悩まれるとこちらも困るのですけど……そうね、こんな例え話はどうかしら」
「うん?」
「外の世界の話です。とある新聞が、とある会社の新製品についての情報を、他のどの媒体よりも早く記事にしました。ところが、実際に会社側が正式に告知した製品の情報と、新聞が報じた製品の情報には、大きな食い違いがあったのです。いわゆる、飛ばし記事というものですわね」
いきなりはたてにとっては耳の痛い話だ。天狗の新聞は、飛ばし記事が日常茶飯事といってもいいどころか、事実無根な情報も珍しくはない。
「この飛ばし記事は大きな波紋を呼び、新聞の情報を鵜呑みにしてしまった企業や人民の中には、先走った行動によって無視できない損失を被ったところもありました。当然新聞に対しては非難が集中。刊行した新聞社は謝罪と共に、原因究明をしなければならなくなりました」
「新聞記事ごときに踊らされた連中の間抜けさは棚上げ?」
胡乱な目をしながら、パチュリーは紫の話に横やりを入れた。
「そんなのは、わざわざ指摘するまでもないこと。今重要なのはなぜ飛ばし記事が生まれたのかということですわ。で、記事を書いた記者を追求したところ、新製品を出す会社の幹部と懇意であることがわかり、酒の席で新製品の情報をリークされたという話でしたわ」
「それじゃあ何で実際の話と食い違いが……って、疑問に思うまでもないか。リークっても、酒の席での話だなんて、どうせ幹部の方がつい口を滑らせただけなんじゃない? しかも、その幹部が新製品の情報をきっちり把握していたわけではなかった、というコンボでね」
「あらあら、答えだけでなく論述までピタリ正解されちゃったわ。まるで似たようなケースを知っているかのよう」
ホホホと笑う紫を、はたては苦々しく見返した。はたてが、外の世界の社会構造を模倣している天狗コミュニティの一員であることをわかって言っているのだろう。事実、はたても実体験ではないにしろ、似たような話はよく耳にする。
「さて、ついつい話が長くなってしまったけれども、私が言いたいことをまとめるとね。誤った情報を流すことがどれだけ罪深いか……ではそうならないためにはどうすればよいか。おわかりで?」
「……正式に取材して、裏をとることよ」
「それがまさに、今貴方がやっていることで、私が求めていること。お互いの利害をすりあわせた、正当なる交渉、商談、取引。これをイメージの悪い裏取引呼ばわりするのは、些か短慮だと思いません?」
「ぐぬぬ……」
呻いているものの、ぐうの音も出ないとはこのことだろうか。紫の言っていることは正しい。そして明言していないものの、おそらく、この話は、はたてに断る余地がある。言外に、納得いかないのであれば破談にしても良い、という雰囲気がある。
それを確かめるべく、はたてはさぐりを入れた。
「もし、私が断ったら、どうするつもり?」
「別に何も。速やかに貴方を解放し、別の手だてを探しますわ」
「でもあんたら、私に結構情報を漏らしたじゃない。それで私が勝手に記事にしたら、困んじゃないの?」
「その時は、貴方が先ほどの話の新聞記者のようになる可能性が浮上するだけですわ」
「……」
今度は呻くことすらできない。選択肢を開示されているのに、選択の余地などない、この閉塞感。
では、決まった選択肢の中で、自分が求めるものを手に入れるにはどうすればいいか?
――踏み込むしかない。
「ねぇ、あんたたちに協力したら、真相を暴くことはできる?」
「そうですわね。私たちは謎を解き明かさなくてはなりません。プレスリリースに止まらず、協力していただけるのなら、お互い利益となるでそう」
「わかったわよ、ノってやろーじゃん。それに、妖怪の賢者相手にコネがあるってのは、後々のこと考えれば、結構ハクつきそーだしね」
「ふふ、貴方に私が利用できるかしらね」
紫は扇子を懐にしまった。
「では、今日のところはこの辺でお開きにしましょう。私たちは、ここをチェックした後も、別の地脈に赴かねばなりませんので。詳細は、追って式神を飛ばしましょう。貴方は、その間別のことをしていた方がいいでしょうね」
「おーけー。面白いネタを期待してるわ」
「良い意味で面白いネタになれば、ね」
話がそれで終わりであり、この場を調べても詮はないと判断したはたては、二人に背を向けて、この場から飛び去ろうとした。
が、気になることがあって、肩越しに紫を見る。
「ねぇ、私たち、結構重要な話をしていたはずなんだけど、こんなところで立ち話で良かったの? 今の会話が他の天狗とかにすっぱ抜かれたら、面倒なことにならない?」
はたては念のため周囲の気配を探り、自分たち以外がこの一帯には存在していないことを確かめたが、それでも気がかりだった。
「ご安心を。私たちと貴方が出会ったその瞬間から、この周辺にちょっとした結界を張りました。おそらく、何者かがこの近辺を通りすがろうとも、私たちの存在には気づくことはありません」
うげぇ、とはたては改めて背筋に悪寒を感じた。実質的に脅迫していたと白状されたようなものだった。
「――んじゃ、いい返事を待ってるわ」
悪寒を早くぬぐい去りたいと言わんばかりに、そのような言葉を残して、はたては彼方へと飛び去っていった。
「……ほんとにこれでよかったの?」
パチュリーは、紫を横目で見ながら問う。
「勿論。この局面としては花丸だと思いますわ」
「わざわざ、木っ端マスコミを介して伝達するなんて、私には無駄な手間だとしか思えないけど」
バイオネット端末には、バイオネットのシステム本体からメッセージを送ることが出来る。バイオネットにまつわる重要な情報の発表は、実質的にその機能を使えばすべて事足りる。実際に、タイミングの差はあれど、システム側からの休止通知は既に予定されたことだ。
だが、紫は何故か首を振った。
「無駄な手間、だと思っているうちは、まだまだ貴方も若いということね。これもまた、必要な手続きであり、有用な戦略。渡りをつけるというのは、そういうことですわ」
「わからないわね。あんたの視点は長期的すぎてじれったいわ。目に見えた成果がわからないようじゃ、労力を費やす意義を見いだせないでしょうに」
「故に、栄枯盛衰は起こるのです。成果だけを求める行いは、未来を前借りしているに等しい」
紫は目の前の虚空に人差し指を払って、空間の裂け目を作る。別の地脈の場所へと通じるスキマだ。紫は先ほどのはたての会話では明言していなかったが、実は既にこの一帯の調査は終えている。
「私が求めるのは秩序ある混沌。秩序のみでは先細って死滅し、混沌のみでは手のつけようがなくなって崩壊する。選択肢を増やしながら、それを制御できるように、二つは両立しなければなりません」
また煙に巻くつもりか……と思いつつ、パチュリーは最近、この妖怪の意図や思想を渋々ながら理解できるようになってきた。少なくとも、この妖怪は、本当に無駄なことは絶対にしないというのは、確かなことだ。
信用されないことで、信頼を勝ち取る。この妖怪は、自分が胡散臭い妖怪であることを最大限に生かして、打算をすりあわせる能力に図抜けているのだ。パチュリーは先ほど成果がわからないと言ったが、実際、この妖怪ほど実利を保証しようとする事業者はそういないだろう。
「面倒な話はともかく……あんたは、あの鴉天狗で実験しようと考えてるんでしょう」
「あら?」
「あの鴉天狗も薄々感づいているんじゃない? 自覚症状があると先入観が混ざってブレが生じるにしても、逆に言えば、あいつが明らかな幻視を見るようになれば、私たちの仮説は確定といっても良い」
「……ふふ」
「何がおかしいの?」
「いいえ、貴方を引き込めたのは本当に僥倖だったと、思っているだけですわ」
このようなやりとりはもう何度目だろうか。パチュリーもいい加減慣れたが、気色悪さは変わらないし、嬉しさのかけらも感じない。
「くだらないこと言ってないで、さっさと次いくわよ。あんたの式神のチェックがザルでないこと、証明したいんじゃないの」
「ええ、ええ。行きましょう。藍のチェックがザルでも困らないんだけど、仮説の検証ができるに越したことはないですわね」
「……その言葉、あの九尾が聞いたら泣くわよ」
そうして、紫とパチュリーは、虚空に消えた。
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twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。
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