No.528295 嘘つき村の奇妙な日常(17)FALSEさん 2013-01-05 23:13:20 投稿 / 全1ページ 総閲覧数:668 閲覧ユーザー数:659 |
忘れ傘亭の二階の窓が、音を立てて割れる。
ぬえは戟で残ったガラスの破片を払い落とすと、四人の妖怪を手招きした。
「急げ! ここでは分が悪い」
「えー、勘弁してよ。日光とか肌が荒れるわー」
「お嬢様みたいなこと言ってる場合か!」
渋るルーミアを外に蹴り出すと、続いてリグルとミスティアの背中を窓の外へ押し出した。最後に、残った小傘へと声を掛ける。
「外に出たら一発ぶちかませ。大粒の涙雨を」
「雨降らすの? 家に隠れられたら意味なくない?」
「雨自体には大きな意味がある!」
ぬえは小傘を外に送り出すと反転し、ドアの前に使い魔を放って追跡者を待ち構えた。
ほどなくして道化姿の険しい顔をした男が戸口に現れる。ぬえは演奏家に向け悪辣な笑みを浮かべた。
「少しは笑いながら入ってきなよ。道化師だろう?」
「道化たらんと欲したのは、臆病なクラウンだけだ」
黒い筒に取っ手と引き金をつけた物体を取り出し、筒の先をぬえに向ける。彼女は笑顔で両手を上げた。
「何だい、そんな美しさの欠片もない武器なんかを使ってさ。ここは幻想郷だよ?」
「君は、どうやって惚れ薬の影響を脱した?」
筒状物体、すなわち拳銃の引き金を引く。
「へえ、惚れ薬って言うのか。村人を操ってるのは」
「こちらの質問に答えろ」
「生憎こっち記憶が飛んでいてね。どうやって毒を抜いたかなんて覚えてないんだよ」
ブォン。UFO型使い魔が不穏な音を発しながら急加速し、ぬえと演奏家の間を挟むように集結する。
「ちっ!」
乾いた破裂音が数発響いた。撃ち放たれた銃弾を使い魔達が受け止める。ぬえは身を後方に踊らせ、窓から外へと飛び出した。
屋根の上に、武装した村人達が大挙して現れる。同時に上空がかき曇った。
――傘符「大粒の涙雨」
頭上から名前通りの大粒の雨が、村人達に向けて降り注ぐ。視界を塞がれた彼らの中にはこれだけで、バランスを崩して落ちる者もいた。
「煙玉を投げつけろ、上空に逃げる前に!」
窓から顔を出す演奏家の指示で、村人達の一部が握りこぶしほどの大きさを持つ紙の玉を取り出した。
その頭上では小傘が傘を振り回しながら、様子を見守る。彼女は肩を並べたぬえに声をかけた。
「何か仕掛けてくるわ?」
「構わん、続けな。ただし直撃だけはするなよ」
村人達は帯状の物体を取り出し、玉を包んでいる。
それは遠心力を用い投擲の威力を増す、原始的な投石帯だった。頭上を睨んで帯を振り回す彼らを、ぬえは半ば嘲り交じりで見下ろした。
「そんなんで私らを撃墜しようなんて、百年早い」
構わず、投石が始まる。猛スピードで迫る玉は、体の位置を僅かにずらすだけで避けられた。
地上に落下した弾丸が屋根や路地に当たり、破裂して青白い粉末を飛散させる。その様子を演奏家が歯噛みしながら見守っていた。
「この雨では、惚れ薬が拡散しない……!」
「甘い甘い。私らを倒したかったら源頼政クラスの弓の名手でも連れて来い」
上空からぬえの嘲笑が響く。
「で、攻撃してきたってことは、攻撃される覚悟はできてるんだろうね? あんた達がその気ならば、こっちも本気で相手をするぞ」
戟を縦一文字に構えて、念じる。
瞬間、雲の色が毒々しい黒に変じて、辺り一帯が夜の再来を錯覚するほど真っ暗になった。
――妖雲「平安のダーククラウド」
雨に混じって降り始めたものがある。
針のように細い光線である。
一条二条のレベルではない。雨霰と降り注ぐのだ。
それらは瞬時に村人達のところまで到達すると、彼らの体を容赦なく貫いた。
「ひぃつ!」「うわああああ、腕が! 腕が!」
たちまちのうちに一帯が阿鼻叫喚の地獄と化す。
それを見下ろして、ぬえが盛大に笑い続けた。
「あっはっはっは、愉快! 愉快! こんな大虐殺、聖にゃ禁止されてるから久しぶりだぁ!」
「いや、やばいよね、これ? 私はちょ?っとだけ人間をびっくりさせられれば、満足なんだけどなあ」
眼下に広がった酸鼻な光景を目の当たりにして、小傘が身を竦め震え上がる。
「精進が足りんよ、若造の九十九神め。心配ない、ここではどんなに暴れても問題がない気がするよ。ほれ、あれを見てみな」
折り重なって倒れる村人達が、再び動き出した。その姿を一度見て、小傘は自身の目を擦り始めた。腕がない足がないに飽き足らず、中には腹に風穴が空いていたり首がなかったりする者もいるのだ。
「……さすがの私もあれにはびっくりだわ」
「ねえねえ、何あれ? 何よあれ? 食べてもいい人類……とはちょっと違うかしらね」
隣に降り立ったルーミアが興奮してまくし立てた。
「まあ、あんな人間がいるわけないわな。だからと言って、妖怪とも思えない」
不意に戟を構える。穂先で鋭い金属音が響いた。
下界の屋根の一つで、演奏家が銃を向けている。
「あんな俗な武器使う妖怪は、そうそういないね。人間でも妖怪でもない存在、そう、嘘つきだ」
ルーミアが前に出る。
「ひと暴れしてきても、いいかしら」
「食ったら腹壊すよ、あんなの」
「人間かどうかなんて、どうでもいいわ」
続いてリグルとミスティアも降りてくる。
「よく分かんないけれど、あいつら見ていると何かむかつくのよね。ずっと前から騙されてたみたいな感じがして仕方がないわ」
ミスティアの手の爪が鋭く伸びて、ぎらりと赤く不吉な光を放った。ぬえは殺気に満ちたその様子をまじまじと観察する。
彼女も小傘達も、惚れ薬が効いていた間の記憶を完全に失っている。しかしぬえが夢で見たように、ミスティアが嘘つきに殺意を覚えるように、記憶は確実に無意識下に焼き付けられていた。
「仕方がない、暴れたきゃ好きにしな。だけれど、ダーククラウドはそう長くもたないよ?」
「何、暴れてかないの?」
ぬえが先んじて、一団から離れる。
「黒幕をぶっ殺すと言ったろう? あいつらを幾ら殺しても恐らくは不毛だよ。頃合いを見計らって、集落から離れとけ。いいね?」
妖怪達が散開する。館の方へと向かうぬえに対し演奏家が銃を連射したが、捉えきれない。
弾丸が降り注ぐ屋根の上で、彼は舌打ちした。
「まずいな、このままでは……あいつは、惚れ薬を打ち消す手段を持っているぞ」
§
ほぼ同時刻、嘘つきの館の内部にて。
「フラン、いないわね」
こいしは呟きながら、湿り気の多い通路を進む。ぴしゃん、と微かに水の滴る音が聞こえてきた。
通路の両脇には、等間隔にドアが並ぶ。それらは目の高さに鉄格子がついた小窓、足元に小さな開閉口が一様に取り付けられていた。
『反逆者も犯罪者もひっくるめて惚れ薬で虜にしてしまうなら、本来地下牢なんて必要ない施設なのに。もしかしたらと思って来てみたけれど』
人形が窓越しに部屋の中を覗いた。もぬけの殻だ。
『外れと考えた方がいいのかしら。あんまりここで長居をしていると、感づかれる恐れがあるわね』
裏手の入り口から入った先は、すぐに地下へ続く階段へと接続し、この地下牢へと至った。こいしはいち早くこの場がフランドールから「遠ざかる」と踏んでいたが、パチュリーが調査を提案した。
『だけど、何を閉じ込める必要があったのだろう。嘘つきの意思で、館の構造は自在に変えられる筈よ。それなのに牢屋を残しておくのはどうして?』
「妖怪じゃない? しかもとびきり強い奴」
こいしの声に、パチュリーの声が一瞬間を置いた。
『そう思う根拠は?』
「根拠も何も、この奥からそんな匂いがするわ」
『そういうことは、もう少し早く言いなさい』
こいしが友達に会いに行くように軽い足取りで、通路を奥へと進んでいく。
「だってフランの気配とは違うもの。会ってみる?」
『そうね……幽閉となると、嘘つきにも扱いかねる事情でもあるのかもしれない』
『ウェイト。ウェイト。ちょっと待ってくれ』
魔理沙が割り込んで来た。
『その面会、ちょーっとばかし待ってみないか? なんだかと、っ、て、も、嫌な予感がし始めたぜ』
『不気味ね。魔理沙とタイミングが合わさるなんて』
アリスの声が追随する。
『あんた達二人が同時に? そりゃまた異なこと。つまりその妖怪というのは、あんた達共通の……』
「この部屋みたいだけど」
『え』
詰まるような魔理沙とアリスの息遣いが聞こえる。こいしが足を止めたのは通路の行き止まりに当たる場所で、特別房じみた扉が据えられていた。
人形が先んじてその扉に飛びついた。木戸をよじ登っていき、恐る恐る鉄格子から中を覗き込もうと
「こんにちは。どちら様かしら?」
『うおぁっ!』
女性の声がした。人形が猛スピードで扉を離れ、こいしの背に隠れる。
『よ、予感的中。この声は間違いない』
『何てことかしら。魔理沙と同じ予感だなんて』
再び、扉の内側から声。
「その声は、魔理沙とアリスかしら? ずいぶんな態度ねえ。別に取って食おうってわけでもないのに」
『そんな所でじっとしてるのが不気味なんだよ!』
「お知り合い……?」
こいしが背中の人形に尋ねる。
『まだ彼女が「どちら側」かわからない。注意して』
パチュリーの声はこいしに届いたかどうか。彼女は軽く伸びをして、鉄格子を覗き込んだ。
個室の奥に小さなベッドが一つある。部屋の主はそれにお行儀よく腰掛けて、気さくな笑みを浮かべ覗き窓を見上げている。どれだけの時間を牢の中で過ごしたかは分からないが、チェック柄のベストとスカートには不思議なほど乱れが見当たらない。
まるで彼女の到着を以前から待ち構えていたかのような態度で座っている牢名主に対して、こいしが最初に取った行動は地霊殿の令嬢として極めて妥当な行為であると言えた。
「どうも、はじめまして。古明地こいしです」
「ご丁寧にどうも。風見幽香です。後ろの可愛い子は挨拶をくれないのかしら?」
アリスの精密なる操作が人形の震えという形で、彼女の動揺をこいしへ正確に伝える。しばらく間が開いたが人形はおずおずと彼女の肩から顔を出した。
『どうもお久しぶり。アリスです』
『魔理沙だぜ』
『私ははじめましてかしら。どうも、パチュリー・ノーリッジです。少々遠い場所から失礼するわ』
幽香は顔から笑みを消し、こいしの肩で怖気づく人形をしばし注視した。
「なるほど、あの妖怪賢者の匂いがするわね。折角来て貰って悪いのだけれど、ここにはろくなものがなくってお茶菓子の一つも出すことすらできないわ。失礼だけどあなた、食べ物を持っていないかしら。できれば、この村の外のものがいいわ」
『村の、外の』
パチュリーが幽香の言葉を反芻する。
『こいし、あなたお弁当は無事? 分けてあげたら』
「少し悪くなってるかもしれないけど、いいかしら」
「構わないわ。ドア越しで済まないわね」
こいしは、リュックを下ろす。彼女と同様かなりボロができていたが、中身は辛うじて無事である。サンドイッチの残りを開閉口から差し出すと、ややあってゆっくりと部屋の中に収まった。
その場に腰を下ろし、こいしもサンドを食べる。キィと鳴いて懐から出てきた蝙蝠にも分けてやった。
「ここの食べ物は駄目ね。混ぜ物がしてあって」
聞こえて来た幽香の声に、パチュリーが反応した。
『あなたはこの村のこと、どの程度ご存知かしら」
「失礼な連中が仕切っているって程度ね。この館、元は私の持ち物だったのだけど」
「嘘つきに分捕られたの?」
「留守にしていた隙にね。元は凶悪な魔神を封じるためのものだったけれど、和解が成立して住む理由がなくなったから、しばらく空けてたのよね」
こいしがさらに、幽香へと尋ねる。
「じゃあ、ここに住んでるのかしら」
「残念ながら不正解。あの嘘つきを名乗ってる連中ときたら、薬入りの食べ物で懐柔しようとしてね。当然交渉は決裂。そしたら村ぐるみで襲ってきたわ」
『で、お前負けたのか、もしかして』
魔理沙が無遠慮に言った一言に対し、牢の内部がしばらく沈黙した。
「……本当頑丈な奴らでね。撃っても倒れないし、家ごと焼き払ってもすぐさま元通りになるし。きりがないから、面倒になって降伏することにしたわ」
『つまりガス欠になったわけだ』
一段階声のトーンが落ちる。
「黙んなさい白黒。帰ったらシメるわよあんた」
人形が、一メートルばかりドアから飛び退いた。
『私は事実を指摘しただけだぜ?』
淡々とアリスが魔理沙を窘める。
『今のは魔理沙が悪いわ。さっきから幽香はずっと遠回しで食べ物の融通を申し出てきているのに』
『あんたは、淑女のエチケットを理解してないね。一度咲夜にみっちり扱かれてみればいいわ』
『あ、あんまりだぜ』
こいしがリュックを背負い直す。
「それで、牢の中に入ってたのね」
「不本意ながら。連中を甘く見ていたのは認めざるを得ないかしら。攻撃するべき対象を間違ったわ」
『その様子だと概ね、村の正体にも気づいてるわね』
パチュリーの声に、ふむ、と息を吐く音。
「あなたの推測を聞きたいわ。紅い館の魔術師さん」
『この村全体が一個の妖怪だと、私は考えている。そしてその構成物は、全て土中から生じている』
「つまり」
パチュリーと幽香の声が重なった。
『真の敵は、地面の下に潜む』
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(これまでのあらすじ:EX三人娘が迷い込んだ嘘つき村で、ぬえはいちはやく魔理沙から託された毒消しによって惚れ薬の呪縛からの脱出に成功する。一方、嘘つきの館にはこいしの姿があった。彼女はぬえの「正体不明のタネ」を囮に活用することであの絶望的状況の脱出に成功していたのである……。アリス人形の力を借りて、彼女は再度館の内部へと突入する……)
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