No.527458

真・恋姫†無双 想伝 ~魏†残想~ 其ノ一 序章ノ二

あけましておめでとうございます!
今年もどうかよろしくお願いします!

もう既に2013年に入り三日が経ちましたね。
まったくもって時の流れが速いことを痛感しています。

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2013-01-04 01:14:02 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:11577   閲覧ユーザー数:8227

 

 

 

 

「……誰だ?」

 

突然暗がりから現れた少年に声を掛ける。

 

自然と固い声になってしまうのは仕方が無い。

 

あの世界で身に付けた直感が、危険だと囁いていた。

 

フランチェスカの制服を着た少年は少し意外そうに、ほう、と声を上げる。

 

「腑抜けているとはいえ感覚は衰えていないか。……ふん、相変わらず気に食わん」

 

「誰だって聞いてるんだけど?ていうかお前、ここの生徒じゃないだろ」

 

「どうでもいいことをペラペラと五月蠅いやつだ。俺が何者か、だと?

そんなことはどうでもいいだろう。俺だって貴様と世間話をしに来たわけじゃないんだからな」

 

そう言って少年は手に持った何かを投げた。

 

ガシャッ、と音を立てて地面に落ちたそれは――

 

「……刀?なんだよこれ?」

 

「取れ」

 

「はあ?……あのさ、どういうことか説明――」

 

そこまで言って一瞬、呼吸を忘れる。

 

目の前の少年から、殺気を感じた。

 

少なくとも現代では無縁だったものを。

 

「……五月蠅いと行った筈だが?まあ構わんか。取らなければ――貴様が死ぬだけだ」

 

「なっ!?」

 

瞬間、少年が目の前に現れた。

 

「ぐう……っ!!」

 

咄嗟に、無意識の内に防御を試みるものの間に合わず、モロに回し蹴りを喰らって吹き飛ばされた。

 

「ちっ…くしょ……!」

 

痛む身体を無理やり動かし急いで立ち上がる。

 

どうやら俺に選択の余地は無いらしかった。

 

「そうだ、それでいい」

 

日本刀を拾い、正眼に構える。

が、少年の目が不愉快そうに細められた。

 

鞘から抜かずに構えられた刀を見て。

 

「……何のつもりだ?」

 

「何の、つもりだって……?ふざけてんじゃねえよ!これ真剣じゃねえか!」

 

「当然。……まさか貴様“人を傷つけるのは嫌だ”とでも抜かす気か?」

 

「当たり前だろ!状況も分からないし、お前が何者かも分からないし、分からないことだらけなんだよこっちは!」

 

「……ちっ、面倒なやつだ。なら戦う理由を与えてやるよ」

 

少年が二ヤリ、と笑む。

明確な悪意が潜む笑顔だった。

 

「俺の名は左慈。貴様が一年ほど前に迷い込んでいた『外史』の関係者さ」

 

「は……!?」

 

左慈。

確か字は元放。

 

正史では仙人。

演技でも同じような立ち位置だった筈。

 

だがどちらでも共通するのは――魏の皇帝、曹操に関係していること。

 

「どうだ、少しはやる気になったか?」

 

「ちょ、ちょっと待て!お前が言ってる『外史』ってのはあのパラレルワールドのことなのか!?」

 

「俺に勝てたら教えてやるよっ!」

 

そう言って少年――左慈は地を蹴った。

 

「くそっ!」

 

手加減している場合じゃない。迷ってる場合でもない。

 

直線的に迫って来る左慈に向け、納刀されたままの刀を振りかぶった。

 

少なくとも一般人には出せない速さ。だがそれを左慈は難なく避ける。

 

「ふん、蝿が止まって見えるぞ!」

 

「うる……せえっ!」

 

放たれた拳を、辛うじて肘で防御する。

 

思っていたより数段上の威力に骨が軋むのを感じながら、拮抗した一瞬を逃さず、お返しにと蹴りを放った。

 

「この程度か、警備隊長さんよぉ!」

 

しかしそれすら左慈にとっては予想通りだったらしく、難なく回避される。

 

「……っ!!」

 

挑発するような台詞の嵐。

 

次々と繰り出される連撃を防ぐのに手一杯で

 

なぜ左慈が自分のことをここまで知っているのかという考えが浮かんだ瞬間に掻き消される。

そして――

 

「気が散ってんだよ馬鹿が!」

 

ガッ!!

 

「うぐっ……がっ…は!!」

 

 

――ほんの一瞬の隙を見逃さず放たれた正拳が、鳩尾に叩きこまれた。

 

その激痛と吐き気に、堪らず膝を着く。

 

情けないことは承知の上だが、顔を上げることすら出来ない。

 

左慈がつまらなそうに鼻を鳴らすのが聞こえた。

 

「……ふん。やはりこの程度か、貴様の覚悟は」

 

気のせいか、その声だけが少し残念そうに聞こえた。

 

「聞け、北郷一刀。貴様は刀を抜かなかった。それは何故だ?」

 

「……だからっ…状況がわかんねぇって」

 

「それは理由にならん。少なくとも貴様は今、自分の命を狙われていたんだぞ?

あの世界にいた時の貴様なら、迷いはするだろうが敵を傷つける『覚悟』ぐらいは持っていた筈だ」

 

左慈の考えが読めない。

 

なぜ俺にそんなことを?

 

「……」

 

「ちっ、これ以上腑抜けに付き合ってられるか!……オイ!」

 

グッ、と頭を掴まれ、強制的に顔を起こされる。

 

目の前には左慈の顔があった。イラついているような表情。

 

「北郷一刀……貴様、もう一度曹操に会いたいか?」

 

瞬間、呼吸を忘れた。

 

「今……なんて……?」

 

「一回で聞き取れ。曹操に会いたいかと言ったんだ」

 

聞き間違いじゃ無い。

 

左慈に殺され掛けたことやその他諸々が吹っ飛んだ。

 

「会えるのか!?」

 

「……説明してやる、まずは座れ。さっきの質問にも答えてやる。曹操の件についてもな」

 

投げ捨てる様な乱暴な手つきで、頭を掴んでいた手が離れる。

 

気付けば、喰らった正拳突きの痛みも回復していた。……まだ少しジンジンするけど。

 

左慈はスタスタと歩いて行き、路肩の木に背を預けた。

 

それを眼で追いながら、俺は道の真ん中に胡坐を掻く。

 

こっちの準備が出来たのを見て取ったのか、それとも自分のペースか。

 

ともかく左慈はおもむろに口を開いた。

 

「……『外史』とはパラレルワールドとは似て非なる、人の想念が作り出す“想いの世界”だ」

 

「想いの……世界」

 

想いの世界――外史。

 

自分が多くの人間と想いを育んだあの世界。

 

「ああ、後で騒がれても面倒だから初めに断っておくが――貴様はあの外史に戻ることはできん」

 

一瞬の内に動揺と戸惑い。

その一言でその二つが襲い掛かって来た。

 

「あの外史……華琳が大陸を統一した外史ってことか!?それじゃあどうやってもう一度華琳に――」

 

「そいつの真名を許されていない人間の前で真名を連呼してんじゃねえよ、馬鹿が」

 

「――あ。わ、悪い」

 

剣呑な眼差しと剣呑な声。

 

現代に戻って来てから約一年。

 

その文化に触れることがまったく無くなっていたが故の失敗だった。

 

左慈への謝罪、というより華琳への謝罪かもしれないが、頭を下げた。

 

「実際、一度外史から出た天の御遣いは俺達のような外史管理者の手を借りなければ元の外史には戻れん。例外は幾つかあるが、俺が手を貸してもこの外史からは無理だ。というのも貴様のいるこの外史は少し特殊な場所にあってな、まだ俺達以外の外史管理者は発見することすらできていないだろう。……まあ、俺達のようなに逸れ者には好都合だったが」

 

「そっか……戻れないのか」

 

希望を打ち砕かれた、とは思わなかった。

 

心のどこかで、華琳ともう会えないと考えていた節もあった。

 

会えるとしても、そう簡単にはいかないとも思っていた。

 

なにより今の俺には情報が少なすぎる。左慈の言う外史という言葉すら初めて知った。

 

ある意味ここが俺の新しいスタート地点。だからこそ――希望は捨てない。

 

「ふぅ……よし」

 

「む……少し拍子抜けだな。もう少し取り乱すかと思ったが……なんだ、諦めたか?」

 

「ふざけんな」

 

少し声に怒気が篭ってしまったのを感じ、一拍置いて心を落ち着かせた。

 

「戻れないってことは受け入れる。でもお前は曹操に会いたいか、って俺に聞いた。だから会えないってわけじゃないんだろ?縋る場所がここにしかないなら意地でもしがみつく、いきなり襲って来たやつのことも信じる。それだけだよ」

 

「ふん、いい面構えじゃないか。まあ内心どう思っているかは知らんが、こっちにとっては好都合だ。泣きごとを言われても敵わんからな」

 

左慈はそう言って二ヤリと笑う。

 

その笑いに少しだけ肯定的な感情が混じっていたと思うのは俺の気のせいだろうか?

 

その答えを悟る前に、左慈の表情は真面目な物に戻っていた。

 

「それにしても……ひとつ聞いておきたいんだが貴様、この世界にどうやって迷い込んだ?」

 

しかしそれも一瞬のこと。

 

真面目な表情から一転、左慈の表情が少し困惑しているようなものに変わった。

 

「……は?それってどういうことだよ。迷い込んだって……ここは間違いなく俺の元いた世界だぞ」

 

困惑はこちらの方。……迷い込んだ?

 

左慈が何を言っているのか分からない。さらに左慈の表情が訝しげなものに変わった。

 

「貴様……気付いていないのか?ここは貴様が元いた世界じゃねえよ」

 

「いやいやうっそだー」

 

真面目な顔で言われた冗談に、苦笑しながら顔の前で手を振る。

 

それは流石に無いだろ~なあ?冗談きついぜー左慈さんよー……からの沈黙。

 

その無反応が少し怖くなり、冗談半分本気半分で問い掛けた。

 

「……まじ?」

 

「マジだ」

 

律儀に即答を返した左慈。少なくともこっちの反応を見て嘲ってる様子は無い。

 

その表情はどこまでも平坦だった。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!?」

 

だからこそ、話の真実味が増している。

 

結果、あまりにありえなさに絶叫してしまった。今が夜だということを忘れて。

 

「まったく五月蠅い奴だ。こっちの方が驚いてんだよ。仮にも貴様は天の御遣い、当然自分のいる世界のことぐらいは理解していると思ったんだがな」

 

「いや、だってなあ……ん?でもそれっておかしくないか?友達とか爺ちゃんとか普通に俺のこと知ってたぞ。ここが違う世界なら俺っていう存在が二人いることになるんじゃないか?」

 

「そもそも、どうやらこの外史に貴様――北郷一刀という人間は存在しないらしい。

だとすると貴様が言うそれも、天の御遣いの資格が引き起こした弊害だろうな。

この外史自体が歪んだんだろう。簡単に言えば……そうだな、環境適応能力ってやつがあるだろう。

それの世界規模版だとでも思えばいい。存在適応能力、とでも言うべきか」

 

ここでの世界規模というのは貴様を中心とした世界のことだがな、と左慈は続けた。

 

……正直、話が飛躍し過ぎていて着いて行けない。

 

「ともかく貴様は今、別の世界に迷い込んだままというわけだ。ここまでは理解したな?……よし、なら話を本題に移そうか」

 

無言で頷いた俺に満足気な顔で答えた左慈は、間髪いれずに話を進めていく。

 

俺は俺で、今に至るまでに聞いた話の整理やら一年近く過ごした世界が元いた自分の世界では無いことを聞いた時のショックと向きあうのに忙しかったが。

 

「貴様は本来であればこの外史ではない別の外史に飛ばされる筈だった。だから俺が覚悟を確かめたうえで貴様を正しい世界に送る。俺はその為にここに来た」

 

「正しい世界に送る……」

 

「実際、さっき貴様を襲う振りをしたのはその覚悟を確かめるための一環だ」

 

「いや、襲う振りって言うか真実襲われてましたけどね、俺」

 

「細かいことは気にするな、禿げるぞ」

 

「禿げねえよ!!」

 

再び絶叫。

 

爺ちゃんが若い頃の写真をこの間見てしまった俺になんてこと言いやがる!

どうかどうかそれだけは遺伝していませんように!

 

写真の中の若い爺ちゃんは俺に良く似ていて――軽く髪が薄かった。

 

「ともかく、だ。その為にここに来たとは言ったがな。選択は貴様の自由だ。あの世界に足を踏み入れ、再び戦乱の中に身を置く覚悟、人が死ぬのを受け入れられる覚悟、それらを抱いて行けるのなら俺は何も言わん」

 

 

左慈の言葉に戸惑う。

 

この外史に戻って来て――いや、違うんだっけ。

 

もとい、飛ばされて来てから、約一年。

……思い入れが無いわけじゃないんだ、この世界にも。

 

あの世界――つまり外史に再び足を踏み入れるということは左慈が言う通り、否が応にも戦乱を再び経験するかもしれないということ。

 

人の命が目の前で消え、人が人を殺す世界。この世界だって人が死なないわけじゃない。

 

でも、少なくとも身近にいる人の命がそう簡単に奪われたりはしない。

 

死が近い世界。死が遠い世界。

 

考えてみれば簡単なことだろう。

 

誰だって死にたくない。

 

痛い思いを好き好んでしたくない。

 

だからこそ、俺の答えは決まっていた

 

 

 

「俺、行くわ」

 

 

 

その世界で俺に出来ることがあるなら、その何かをしたい。

 

正直な話――あの外史。

華琳達と駆け抜けたあの外史での経験。

 

そこで色々なことを見て、知ったからこそ微温湯に浸かってはいられない。

 

……俺にとって、この世界は優しすぎた。

 

 

「……そうか」

 

左慈は俺の答えに満足気に笑った。

 

 

 

 

「一応、貴様に選択肢を与えはしたがな。本当は貴様の意思など関係無く、新たな外史に飛ばすつもりだった」

 

一瞬綻んだ表情を引き締め、再び左慈は真顔で話し始めた。

 

俺の中でも、口にした通り覚悟は決まっていた。左慈の言葉を聞いて怒らないくらいには。

 

「それ、どういうことだ?」

 

「それに答える前にひとつ質問がある。貴様がいた外史――曹操が大陸を統一した外史の話だが、その外史では天の御遣いとはどういう存在だった?」

 

「ええと……よく覚えて無いけど確か“乱世を治める存在”みたいな感じだったかな。実際乱世を終結させたのは華琳――いや、曹操率いる魏軍だったけど」

 

「“乱世を治める存在”か。確かにあながち間違ってはいない。だが、本来は乱世というより外史そのものを救うのが天の御遣いという存在だ」

 

「外史そのものって……それまたスケールのでかい話だな」

 

少し冗談めいた俺の台詞に、左慈は顔色一つ変えずに頷く。

 

「だが事実だ。極端な話をすれば、天の御遣い――もしくはそれに該当するような何か、が外史に降り立たなければその外史は崩壊する」

 

「……はい?」

 

スケールがでかいどころの話じゃなかった。

 

「崩壊と言っても幾つかパターンがある。外史そのものが消滅するパターンや、いつまでたっても外史内での戦乱が終結しないパターンもある。前者はともかくとして、後者は今までにもいくつか見たことがあるが――酷いものだったぞ」

 

その言葉に含まれていた重みを感じ、背筋に寒気が走った。

 

戦乱が終わらなければ人は死に続ける。経済面でも民を圧迫し続けるだろう。

その間も徐々に各国の恨みや怨念は溜まって行き、そして――

 

正直、あまり想像したくは無いものだった。

内心の動揺を押し隠し、左慈の話を聞く態勢に戻る。

 

「だからこそ俺は貴様を新たな外史に送ろうとここに来た。これで俺の話は終わりだ。何か他に聞きたいことはあるか?」

 

「やっと俺の番か。じゃあ一番聞きたかったことをひとつ。……俺はもう一度、曹操に会うことができるのか?」

 

「……貴様の興味を釣るような真似をしてすまないとは思う。

少なくとも今すぐは無理だ。そして、いつ会えるかを断定することもできん。だが――」

 

ここに来て、初めて左慈の表情が申し訳なさそうなものに変わった。

一度その表情のまま、言葉を切る。

 

「――会うことが出来るか、という問いに関しては出来る、と断言しよう」

 

だが左慈は下ろしていた顔を上げ、真摯にこちらを見据えた。

 

……左慈のその感情と真剣さを読み取れたからなのかもしれない。

 

だからこそ怒りは湧かず、俺も真摯に対することができる。

 

「それは俺が新しい外史に行くことで、っていう解釈で良いんだよな?」

 

「ああ」

 

変わらず、真摯に受け答える左慈。

 

その様子になんとなく笑ってしまう。

 

いきなり襲いかかってきたり、口が悪かったりする謎の少年。

 

でも多分、その根底にあるのは純粋な感情。それを全て否定することは出来ない。

 

「ん、分かった。お前のこと信じるよ。何となく似てるしな、俺とお前」

 

「似てる……だと?」

 

「ああ。自分ではその望みを叶えてやりたいたいと思っているのに今の自分じゃそれを叶えるのは難しい。もしかしたら出来ないかもしれない。でも、自分に出来る限りのことを精一杯やりたい。何年経ってもその望みを叶えてやりたいし、俺自身もそれを叶えたい。たとえこの身を粉にしても」

 

 

 

――ならずっと、私の傍にいなさい――

 

 

 

「俺があの時思った、そして今でも思い続けてることと同じだ。なんとなくそれと同じ感情をお前の言葉から感じたんだよ。

……違うか?」

 

左慈が大きく眼を見開く。

 

その眼の中では様々な感情が暴れているようにも見える。

 

しばらくの間そうしていた左慈は、からかうような表情になって言った。

 

「……気をつけろ。人の胸中を見抜くなんていう芸当は他人に嫌われるぞ」

 

「そうだな。でも、案外気に入っているよ。他人の心の機微を少なからず察せた……だからこそ俺は彼女たちの傍に居ることが出来たんだからな」

 

「ふん、大言壮語にも程があるな。だが――」

 

左慈は俺に向かって、深々と頭を下げた。

 

 

 

「――感謝する。俺を信じてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺は左慈に連れられフランチェスカの敷地内にある資料館に連れて来られていた。

 

え?夜だから資料館なんて閉まってるだろ、だって?

 

HAHAHAHA!!!!……その辺りは察してくれ。

 

「……リアルに犯罪だぞこれ」

 

「文句を言うな。犯罪というなら貴様が外史でやったことは――」

 

「――それ言うなっつの。ここに戻って来て……いや、迷い込んでだったか。ここに迷い込んで来てから一年の間にどれだけそういう罪悪感に苛まれたことか」

 

窓にガムテープを張り付け、音を出さずに割って侵入。

 

警備の電源を左慈が何らかの方法で切って資料館の中を移動している最中である。

 

いやもう絶賛犯罪中ですよ、これ。

 

「まったく胆の小さい男だ」

 

「胆が小さかったら外史であれだけの関係を持ってないと思いますけどねー」

 

「……確かにな。それこそこっちで言えば犯罪紛いだ」

 

「一夫多妻制じゃないからねぇ……」

 

「そういう問題でも無いと思うがな。この節操無しが」

 

「せっ……!?……否定できない所がなんとも」

 

「大きい声を上げるな馬鹿が。外に聞こえるだろうが」

 

「……了解」

 

左慈に窘められ、口を両手で押さえる。

 

どうやらこのルート的に三国志時代の骨董品が置いてある場所に移動しているらしかった。

 

そんな移動中、ふと思いつく。

 

「左慈」

 

「……なんだ。もう少しで着くぞ」

 

「いや、お前ってさ彼女とかいんの?」

 

「ぶふっ!?」

 

吹き出した。

 

しばらくの間その場で立ち止まり、むせ返る初心な少年。

 

「貴様っ!急に何を言いやがるっ!」

 

「しーっ。静かに。外に聞かれたらどうすんだよ」

 

「く……っぐ!……貴様、覚えていろよ」

 

「え、左慈の彼女の話?」

 

「……いつか殺してやる」

 

呪詛の言葉を右から左に聞き流し、その後ろに着いて進む。

 

だんだんと左慈のイジリ方が分かって来た。

 

やりすぎると多分、三分の四殺しくらいにされる気がするけれど。

 

まあそれでも、それなりにボコボコにされた代価としては妥当だと思う。

……あれ、案外俺って正確悪い?

 

「――着いたぞ、ここだ」

 

いつの間にか目的地に到着していた。

 

予想通りそこには三国志時代の品。古そうな壺とか、鏡とかそういうの。

 

ガシャッ!!

 

派手な音と共にショーケースをぶち破る犯罪者が約一名。

 

規模は違えど、凪や春蘭、季衣辺りが脳裏にチラついた。

 

「これだ」

 

「……いや、あのですね。これだ、と得意げに犯罪の証拠を見せられてもこっちはどう対応していいか。とにかく110番ですか?」

 

「冗談は他でやれ。どちらにしても貴様も止めなかったんだ、同罪だろうが」

 

「確かにそいつはごもっとも。で?それをどうするんだ?」

 

左慈の手にある古びた鏡を指差す。

 

「俺を介してこれを媒介に、貴様を新たな外史に送る」

 

「……原理とかそういうのは聞くだけ野暮ってやつか」

 

「ああ、説明する間が惜しい。さっさと始めるぞ」

 

そう言って左慈は鏡を。あろうことか床に叩きつけた。

 

ガシャッッッ!!!!!!

 

派手な音を立て砕け散る鏡。辺りに破片が散らばる。

 

「……ええと、なにがしたいんだお前は」

 

「黙れ。……始まるぞ」

 

「始まるって何が――うおっ!」

 

割れた鏡に目を向ける。

 

割れて辺りに散らばる破片。その一つ一つが眩い光を放ち始めた。

 

「これを持っていけ」

 

「おっと!」

 

無造作に左慈が放り投げたのはさっきの刀。

 

慌ててそれをキャッチする。……ったく、刀を乱暴に扱うなっつの。

 

「貴様のことだ。大切な人間を意図せずして作ることになるだろう。その時、自分に力が無ければ何も護れんからな。そういう後悔はしたくないだろう。抜く時は必殺を心得ろ」

 

「お前、うちの爺ちゃんと同じようなこと言うのな。大丈夫、分かってる。この外史の爺ちゃんは俺の本当の爺ちゃんじゃ無い。でも紛れもなく俺が憧れた爺ちゃんだった。……教えてくれたよ、刀を持つ時の理念」

 

 

――抜かずに勝つ。抜く時は敵を殺す時――

 

 

……まあ、爺ちゃん自身の座右の銘は『見敵必殺』だったけどな。

 

自分が衰えたことを歳のせいにしないとこは立派だったけど、あの心構えは危なくてしょうがない。

 

いやだってさ、久しぶりに会った孫を玄関口で気絶させないでしょ、普通の人なら。

 

「……分かっているならいい。どうやら貴様もただ伸う伸うと時を過ごしていたわけではないらしい」

 

「はは……それしかすることなかっただけだよ」

 

しょうもないただの世間話レベルの会話。

 

その間にも光は辺りを覆うほどになっていた。もう少ししか左慈の姿が見えない。

 

「行ってこい、北郷一刀。あの外史は貴様に任せる」

 

「随分と簡単に言ってくれるな。でもまあ、必死にやるよ。お前の言葉を信じてれば、いつか華琳達に会えるかもしれないし。その時に情け無い姿じゃ無くて、少しでも成長した姿を見て欲しい。それになにより、自分に言い訳とかもう嫌だからさ」

 

静かに目を瞑り、想いを胸に。

心に暖かいものを感じて目を開けた。

 

「左慈――」

 

「なんだ?」

 

拳を前に突き出す。

 

「――チャンスをくれて、ありがとうな」

 

「……ああ」

 

左慈の拳と俺の拳が軽くぶつかる。

 

それが合図だったらしい。拡がりきった光と共に、俺の意識は急速に薄れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったか」

 

「――そのようですね」

 

「――お前か。何をしに来た」

 

「左慈様の様子が気になったものですから。……一刀様には酷な道ですね」

 

「ああ、だが仕方あるまい。さて、次の仕事に移るぞ」

 

「あ、左慈様」

 

「なんだ?」

 

「そちらでしたら既に于吉様が向かわれましたけど……」

 

「……なに?」

 

「左慈様には内密にと言われたのですが……」

 

「ちっ!あの野郎勝手な事を」

 

「ですが左慈様。于吉様にも何かお考えがあってのことかもしれませんし」

 

「……いやに奴を庇うな?」

 

「……もしかして妬いておられるのですか?」

 

「……っ!ち、違う!」

 

「そうですか……私の勘違いですか」

 

「ま、待て!なぜそこで悲しそうな顔をする!」

 

「自分の御心に聞いてみたら良いかと思います」

 

「くっ……!……す、少しだけ妬いたかもしれん」

 

「左慈様っ!」

 

「うおっ!だからお前はいきなりくっつくなとっ!」

 

「嬉しい時には左慈様に飛び付く!それが私ですっ!」

 

「なにを力説しているんだお前は!……ともかく于吉の件、知らせてくれて助かった」

 

「はいっ!」

 

「だがそうなると奴との約束が……」

 

「左慈様。于吉様とて左慈様のお心は私の次ぐらい図れます。ですから于吉様の行動は左慈様の意に沿ってのことだと思いますよ?」

 

「……ふう。今はそれを信じる他は無いか」

 

「はい」

 

「まあ、独断で動いた件は別だがな」

 

「于吉様……ご愁傷さまです」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおっ!?」

 

「どうかしたの?急に身を振るわせて」

 

「い、いえ……今、背筋に寒気が」

 

「……?とにかく、今の話は本当なのね?」

 

華琳は于吉の行動を訝しがりながらも問いを投げ掛ける。

 

于吉は、仕切り直しとでもいうふうにコホン、とひとつ咳きをして頷いた。

 

「ええ、本当です。とは言っても信じる信じないはあなたの勝手ですが」

 

「……信じる他は無いでしょうね。あなたの覚悟の証とやらも見せてもらったことだし」

 

華琳はそう言って于吉の右腕を見る。

 

右腕とは言ってもそこには服の袖しか見えないわけだが。華琳は微妙に顔を顰める。

 

「あなたが気にすることはありませんよ。これは私の好きでやったことですからね」

 

「……そこまで独善的では無いわよ。于吉、感謝するわ」

 

「貴重な体験ですね。大陸の王に礼を言われるというのは。……なるほど、不思議と悪く無い気分です」

 

華琳の言葉に微笑む于吉。その表情には後悔というものが微塵もなく、飛来した感情に戸惑っているようにも見て取れた。

 

しかしそれも束の間、表情が真面目な物に一変する。

 

「そろそろ時間も圧してきたようです。では、曹孟徳殿」

 

「私の準備は出来ているわ。早くなさい」

 

「本当に胆の据わったお方だ。……それでは」

 

于吉が華琳に向かって左手を翳す。

 

それと同時にボウッ、と華琳の足元に光が灯った。

 

そこにはただの地面があるだけ。となればこれは物理的な現象では無いのだろう。

 

徐々に自分の身体を包んで行く光に物怖じもせず、華琳は空に輝く満月を見つめていた。

 

「……ねえ于吉」

 

「なにか?」

 

「私のこれは……ただの我が儘では無いのかしら?」

 

「……そうですね。愛や想いが我が儘であるなら、今の私はそれを肯定しますよ。

我が儘で大いに結構。それが色々な物の源になるのならば尚更」

 

「言葉の匙加減ね。……でも、ありがとう。この恩は必ず返すわ」

 

「ふふ……恩、ですか。それならば心配は無用。この私の行為はその『恩』在りきの物ですから。

私にとってはただ借りを返しただけですよ。曹孟徳という存在に、ね」

 

何かを懐かしむように眼を閉じる于吉。

 

翳す手の先では光が完全に華琳を飲み込みつつあった。

 

光が明滅し、華琳の姿が薄くなる。于吉の手に力が込められる。

 

 

 

恐れは無い。不安も無い。だってこの先には――

 

 

「――今度こそ、私はあなたの手を離さない」

 

 

月に向かって呟いたその言葉を最後に、華琳の姿は光の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行きましたか」

 

一陣の風が吹き、服の袖と裾がはためく。

 

右腕の袖だけが不自然に風に靡いた。それを見て苦笑する于吉。

 

「妥当な代償ですね。……左慈と彼女には怒られると思いますが、それもまた今の私には嬉しいことです」

 

その言葉と笑顔を最後に、于吉の姿も掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

新たな外史が始まる

そしてその先は――

 

 

 

 

 

――ひとえにあなたの心次第――

 

 

 

 

 

 

 

 

【 これはケ〇ィアですか?いいえ、あとがきです 】

 

 

2013年初更新ー!!……がこれってどうよ。

 

本当は表の方でスタートしたかったんですけどね。

そこはこちらの事情(いや知らねーし)を慮って下さいお願いします!

 

 

 

【 補足っす 】

 

この回で書いた外史うんぬんパラレルうんぬん。

左慈や于吉の立ち位置などはオリ設定です。……いやまあそんなことは分かっていると思いますが。

 

今後の色々な疑問は「そういう設定」てな感じでよろしくお願いしたいです。

とはいえ見過ごせない点などはご自由にご指摘くださいますよう。

 

それでは~

 

 

 

 


 
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