どうしてこうなった――
あまりの状況に、人はそう口にしてしまうことがある。
人でなくても口にしてしまうものもいる。主に妖怪という生き物である。
だだっ広い広間。集いしは多種多様な人間と妖怪。
幻想郷ならばさして珍しい光景でもない。主に博麗神社においては。
もっともそんなことを言われれば、とうの巫女は激怒するであろうが。
しかしここにおいては、本来そうあってはならない。
何せここは――
「比那名居の邸に人妖が集まって宴会……どうしてこうなってしまったのでしょう……」
頭痛を堪えるようにつぶやいたのは、竜宮の使いである永江衣玖である。
右を見ても左を見ても、そこにいるのは本来この天界にいない下界の連中である。
むしろ本来の天人など、
「みんなー、今日は集まってくれてありがとー! ゆっくりしていってね!」
と、壇上で杯を掲げている主催の比那名居天子ぐらいなものである。
もっともその天子とて、いわば成り上がりのようなものだけれど。
それはさておき主催の挨拶と共に、集まった人妖もまた、杯を掲げる。
空気を読むことに定評のある衣玖は、誤差の範囲の遅れをもってこれに倣った。
内心の頭痛を華麗にカバーしたその笑顔は流麗そのもの、一点の曇りもない。
そして乾杯の合唱と共にいっせいに杯が突き上げられる風景は、衣玖にはいつかの博麗神社での宴会にかぶって見えた。
「かんぱーい!」
夜の神社は静寂なんぞとはまるで無縁であった。
今日も人妖の集いは上々。四方八方どこを見ても酒池肉林である。
「な、なんだか前に天界でやったのに比べて、数も雰囲気もすごいわね」
初めて神社での宴会に参加した天子は、その空気に飲まれたのか、珍しくたじたじに
なっていた。もっとも、神社は彼女にとってはいわばアウェイであり、また経験が浅いこともあり、無理もないことと言えた。
「あら、総領娘様がおとなしいなんて珍しいですわ」
くすっ、と少しいじわるな笑みを浮かべて声をかけたのは、衣玖だった。
「べ、べつにおとなしくしてるとか、そんなんじゃないわよ!」
天子は早口で捲し立てると、手の杯を一気に飲み干した。
こういう強がりはいつものことであるから、衣玖はただ、あらあらと言うにとどめた。
「お、いいね天人。まだいけるだろう?」
杯の空きをめざとく見つけて酒を勧めてきたのは、萃香である。
勢いに流され天子は、言われるままに酒をもらった。
「ここはあんたにとっちゃアウェイだと思うけどさ、自分の家みたいなつもりで」
「ここはあんたの家でもないんだけどね?」
神速の封魔針と共にすかさず鋭い突っ込みを入れたのは霊夢である。
まるで自分の家のように、しかも妖怪に言われたらたまったものではないのは無理もない。もっとも、今に始まったことではないが。
さわやかな笑顔で崩れ落ちる萃香を華麗に無視して、霊夢は天子のそばに座った。
「ま、せっかくきたんだからもっと力抜きなさいよ」
「あ、うん。ありがとう」
勢いに流された天子は、どぎまぎした様子で答えた。
ほら、と霊夢が指を差す。その向こうには、いつもどおりいじられ犠牲になっている鈴仙がいて、酔っ払った勢いで曲芸を披露して同じ憂き目を華麗に回避している妖夢がいて、給仕に回ることで酒から逃げている早苗がいて。主人連中が煽ったり、談笑の中心に魔理沙がいて話に花が咲く。これもいつもどおりである。
「最初はそりゃあ、ちょっと戸惑うかもしれないけどね。でも、酒と一緒に溶け込んじゃえば皆あんなもんよ。せっかく来たんだから楽しんでいきなさいな」
ねっ、とウィンクと共にアドバイスを送ると、霊夢はさっと身を翻して輪の中に溶け込んでいった。
再び、天子一人に。
「いかがですか、総領娘様」
否、もう一人いた。
天子が顔を見上げると、腰をかがめて微笑む衣玖の姿があった。
「衣玖……?」
「総領娘様には、友達らしい友達というものもおりませんでしたでしょう。ですから、こういう場での付き合いというのは新鮮な刺激になっているのではないですか?」
衣玖は語る。今まで同年代、もしくは同じ立ち位置の存在との付き合いに乏しかった天子が、これを機に交友関係を広めることで、人間的に成長してほしいと願って。
「そう、ね、確かに……」
「本来は天人があまり地上に降りるというのは好ましくはありませんが、見聞を広めるということであれば旦那様もお認めになるでしょうし今後は」
「よぉ~し、私もウチでパーティーやろうっと!」
しかしながら衣玖の努力は、天子の思いつきの一言にあっさりと吹っ飛ばされたのであった。
そもそも衣玖はひとつ忘れていた。
天子が、天人という基準においてあまりにも非常識である、ということを。
「どうしてこうなってしまったのでしょう……」
一通り回想し終えた衣玖は、眼前の状況を見て改めてつぶやいた。
先日神社で見た光景が、まんま天界にあるこの比那名居邸にて繰り広げられている。
飲めや食えやと大騒ぎ、歓声と悲鳴はとどまるところを知らない。
「あっ、と失礼します」
「あら、あなたは……」
そんな中、衣玖の側を忙しなく通りすぎようとしたのは、早苗だった。
見れば左右の手にはお盆、その上には豪勢な料理が乗っている。
「客人の貴女がどうしてこんなことを? ゆっくりしていけばよろしいのに」
「ありがとうございます。でも何かしてないと落ち着かなくって……」
どこかぎこちないく答える早苗が、一瞬視線を別に向けたの、衣玖は見逃さなかった。
その向こうには。
「くぉらだぁれが下にいるってええええ!? 月が一番上とか言うのはこの口か!?」
「んぐ、んむむ~~☆?!?」
鈴仙が、酔った天子に捕まって酒瓶をねじこまれていた。俗に言う1.03天地プレスというやつである。特殊射撃なのでグレイズしてかわすこともできない。
ああ。
衣玖は思わず、涙とともに顔を背けた。犠牲者に哀悼の意を捧げながら。
そう、早苗は、二の舞になるまいと逃げてきたのだ。
「ところでその料理、誰がこしらえたのでしょう? 邸のものが作ったとは思えないのですが……」
向こうの惨劇を見なかったことにして、衣玖はたずねた。
「ああ、それなら咲夜さんが。なんでも吸血鬼さんが、もっと別の肴がほしいってわがまま言い出したらしくって。食材まで準備してあるなんて手際がいいですよねぇ」
それを聞いて、衣玖は唖然とせずにはいられなかった。
最初から、あの連中は他人の家を私物化するつもりであったのだ。
そのとき、おおおという大歓声が響いた。
何事と衣玖が声のほうを向くと、その私物化の元凶たるレミリアらが、巨大なカクテルタワーを築いていた。
流れる酒は滝のごとく滴り落ち、フォール・オブ・フォールと化していた。
さらに山のふもとには、厨房を拝借してこしらえたであろう料理の数々が並べられていた。
もはや、誰が主催かわからないような勢いである。
「にゃーに調子くれちゃってりゅのよ~!」
そこへろれつの回らない言葉と共に現れたのは、本来の主催である天子であった。
もはや完全な酔っ払いである。
「衣玖~~? わらしといっしょにだぁれが主催か、はっきりしゃせにいくわよ!」
「総領娘様、飲みすぎです。第一、どうやってわからせるというのですか」
「ふっふっふ~ん。さっき地下からこぉれもってきたもんねぇ」
天子が後ろに回していた手を出すと、握られていたのは1本の酒瓶。
一見するとやや古臭い酒瓶だが、それを見た衣玖の目の色が変わった。
「そ、それは……旦那様の秘蔵品『大魔王』!? 50のエキスを食らったという、ヴィンテージものの……」
天子は、親の取って置きの酒をちょろまかしてきたのである。
衣玖があきれてものが言えないでいると、隙を突いた天子がその綺麗な首に腕を
絡み付けた。
「な、なにをするんですか総領娘様……!?」
「とっつげええええええええええき!!」
衣玖を道連れに、天子は宴のど真ん中へと飛び込んでいく。
絶叫に似た悲鳴とテンションの高い歓声が、夜の天界に交錯した……
「ひ、ひどい目にあいました……」
宴の後。
静まり返った夜更けに、ふらふらと邸の庭を歩く衣玖の姿があった。
疲れきった様子で、近くにあった桃の木のそばに座り込んだ。
しん……と静まり返った空気が耳に心地よい。
先程までの騒ぎが嘘のように、比那名居邸は静まり返っていた。
「本当に……あの人の非常識さはどうにかならないのでしょうか……」
天人でありながら天人らしく振舞わず、むしろ俗人のような趣向を好む天子の立ち振る舞いに、改めて頭を痛めた。
今日だけではない。いつも、いつも。
振り回されてはあきれ、引っ張りまわされては説教をして。
いつだって、嫌になるほど迷惑をこうむっているのに。
わがまま娘の子守りなんて、投げうってしまいたいぐらいなのに。
いつもそばにいて。
いつもそばにいてしまうから、巻き込まれて。
「…………?」
どうして?
嫌なら離れてしまえばいいのに。
どうして、ほうっておけないのだろう……
上下関係の縛りがあるから?
――――嘘。
それなら親身にならずに適当に流すことは、空気を読む衣玖には造作もないこと。でもそれをしないのはなぜ?
親身になるということは、心を近づけてしまうということは……
「あ~~~、衣玖ってばここにいたんだぁ」
思考がまとまらずにいると、不意に声をかけられた。
衣玖が視線を向けた先には、顔をあかく染めた天子の姿があった。
ふらふらと、千鳥足で近づいてくる。
「ああもう、総領娘様! そんなになるまで飲むなんてはしたない――」
「ん~ふ~ふ~」
あわてて衣玖が抱きとめると、天子はうつむいて笑い出した。
衣玖がいぶかしんでいると、急にぱっと顔を上げる。
すぐ目の前には、無邪気な子供のような、ピュアな笑顔。
「衣玖ね、今日もありがとう」
「えっ?」
思いもがけない言葉をかけられて、衣玖は思わず戸惑ってしまった。
あのじゃじゃ馬の天子から、不意に受け取った、感謝の気持ち。
「わたしってココじゃ、問題児扱いじゃない? 窮屈でせまっくるしくって、
やってられなくって、だから反発ばっかりしちゃって」
唐突に、天子は空の星を見つめながら語りだした。
衣玖は、静かにその言葉に耳を傾ける。
「みんなしてもてあましちゃってて、ついにはさじを投げちゃうようなわたしに、衣玖はずっとそばにいてくれるじゃない?」
「それは誰かが見ていないと心配だからです。すぐそばで、誰かがいてあげないと……」
答えて、衣玖ははっとした。
いてあげないと危なっかしい。
そう思って、だからずっとそばにいて。
その一瞬、隙が生じたから。
画面の連続性が途切れて、次に衣玖が見た天子は。
「って、何服のボタンをはずしてるんですかはしたない!」
「だって、あついんだもの。それにぜんぶぬぐわけじゃないんだし、いいじゃない」
星明かりになだらかな曲線を描く鎖骨を晒した天子が、横を向いてくすっと小悪魔的に微笑んでいた。
無邪気な可憐さの中に混じる淫らな誘惑は、よりいっそう天子の魅力を引き立てている。
「ねぇ衣玖?」
「な、なんですか」
うふふ、と蠱惑的な笑みと共に、大切な人の名を呼ぶ天子。
次の瞬間、その幻惑にも似た雰囲気は。
にぱっ、という満面の無邪気な笑みによって、一掃された。
「だぁ~いすき」
どきん――
あまりにも直球過ぎる言葉は、衣玖を稲妻のように駆け巡った。
雷撃を操るはずの衣玖が、電気に打たれたかのように体をしならせる。
「ねぇ衣玖」
「な、なんですか!」
そんな後だからか、衣玖は過敏に反応してしまい、語尾が甲高くなってしまう。
「すわって」
「どうしてですか」
「すわって」
「いや、だからどうして」
「すわって」
「……はい」
座るまで絶対にやめないと悟った衣玖は、仕方なく再び座り込んだ。
すると、
「わーい、このひざもーらった!」
「って、何するんですか総領娘様!?」
ころん、とかわいらしく、天子は衣玖のひざに転がり込んだ。
あわてて起き上がらせようとしたがもう遅い。
何より、天子の顔があまりにも。
あまりにも、しあわせそうだから――
「ふかふかぁ……」
「も、もう……子供じゃ、ないんですよ?」
「子供じゃなくったっていいんだもん。衣玖はわたしのそばにいてくれるからね」
そんな弱々しい説教なんておかまいなしとばかり、天子はスカート越しの衣玖の太ももに、仔猫のように頬をこすりつけた。
くすぐったくて、胸がどきどきして、気持ちがまとまらなくて。突拍子もないことのオンパレードに衣玖は何もできずにいた。
しばらくすると、ふいに天子は上を向いて、うっすらと目を開いた。
「衣玖はぁ……」
「なんですか」
「きれい、だよね」
「ほ、ほめても何も出ませんからね?」
再びにぱっと無邪気な微笑みと共にほめられて、どぎまぎしながらそっぽを向く衣玖。
収まりかかっていたのに、再び刻まれる胸の鼓動。
「雲を泳いでいるのもきれいだけど……」
ゆっくりと伸びる手は、そっと衣玖の頬をなでる。
再び結ばれる、二人の視線。
「さらさらの髪、すべすべのはだ、ふかふかの胸、あったかいひざ……」
「あ、貴女は何を言ってるんですか、セクハラですよ!?」
「でもぉ……」
そして衣玖の赤い目に映る天子の顔。
三回目のは、とびっきりの無邪気スマイル。
「やさしい衣玖は、きれいだなぁー……」
「どうして、もう……!」
――そんなに恥ずかしいことが言えるんですか!
もちろん酒の酔いがさせることにしても、あまりにも恥ずかしくて、また顔を背けてしまう。
鼓動は熱を帯び、いつの間にか顔まで火照ってしまっている。
と、頬の感触が消えた。
「総領娘……様?」
天子のほうを見ると、かわいらしい寝息を立てて、くぅくぅと眠ってしまっていた。
ぽかん、と衣玖は思わず空白になってしまった。
宴の後も相変わらず好き放題荒らして、自分はこれである。
またいつものようにあきれて――しまうはずなのに。
この……いとおしさは、何なのだろう。
天使の寝顔を見つめる衣玖の顔は、知らないうちに微笑んでいた。
くすっ、と零れ落ちたその微笑みは、天子が好きだと言った、やさしい衣玖。
そういえばさっきはずしたボタン。つけてあげないと、と手を伸ばして……やめた。
「貴女は私を綺麗だと言いましたけれど……」
白いブラウスからのぞく鎖骨は、何より美しい曲線を描いて。
蒼い髪のカーテンに包まれたうなじは、かぶりつきたくなるほど、白くて。
火照った肌は朱に染まり、浮かぶ汗は熟れた甘い桃の雫。
衣玖は、そっと天子の髪を掬い取る。
かきわける指先を何の抵抗もなく受け入れた髪は、清らかな清水のように、そっと衣玖の口元に運ばれる。
甘い香りは、酒に洗われた乙女の想い。
「本当……どうしてこんなに困った人なのでしょう――――」
続きは、天界に吹いた心地よい風に流されて、星空に吸い込まれていった。
食べてしまいたいぐらい……
朝。
早めに起きられたものから、身内のものをまとめて引きずって帰っていった。
紅魔館、白玉楼、永遠亭、妖怪の山、守矢神社、地霊殿、命蓮寺、そして巫女と
魔法使いたちに鬼。どれを見ても、五体満足だったものはいない。
しかし、それぞれの生活があるから。朝はそれをささやいて、みんなの帰る場所へ
と光を差し込むのであった。
「お~は~よ~……」
けだるさを4乗したような重たい声で、天子は起きだしてきた。
視界はぼやけ、頭はぐわんぐわんとゆれている。
そして何より、妙に体に力が入らない。
「おはようございます、総領娘様」
早くから片づけを手伝っていた衣玖が、さわやかな笑顔と共に挨拶した。
どうせまた説教があるのだろう、と思っていた天子は、少し拍子抜けしてしまう。
「あー……衣玖が部屋まで運んでくれたの? どーもありがとー……」
棒読みで礼を言いながら、ぼやけたまなざしで襟元を見ると、白いブラウスに口紅が
ついていた。
「……ありゃ、汚れた?」
天子がおかしいなぁ、と思っていると。
衣玖は、とびっきりいたずらっぽく、そしてかわいらしく。くすっ、と笑った。
――ごちそうさまでした♪
Fin
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どうもお久しぶりです、銀の夢です。
あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。
昨年は結局諸般の事情で作品を投稿できなかったので、ちょこっと引っ張り上げてきたものをば。衣玖と天子の甘いお話になります。
よろしければご覧くださいな。