No.525612

恋姫異聞録159

絶影さん

年末ぎりぎりのUPです。

すいません、早くあげるといったのに><

今日は友人宅でUPしております

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2012-12-31 17:30:53 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:5610   閲覧ユーザー数:4472

 

 

先程まで苦悩の表情をしていた諸葛亮は、フリをやめて眼を凝らす

全てを見極めるために、厳顔から聞いた韓遂の言葉、いま王の前で手を広げる将の資質を試すため

 

兵との間に割って入るのは魏延。両手を広げ、劉備の前に立つ

珍しい行動をする魏延に驚くのは諸葛亮。何時もならば、魏延は決してこのような行動は取らない

従順に、劉備の言葉を聞き、従い、妄信的に忠誠を誓う。それが魏延

 

だが、この時は違っていた。自分でもしていることが何時もの自分と違うと解っているのだろう

真っ直ぐに見つめる劉備の瞳に息がつまり、たどたどしく、もう一度、自分の意志を確認するかのように

同じ言葉を口にする。お待ちくださいと

 

そして、劉備の前から今度は韓遂の前に立つと、姿勢を正し、真っ直ぐ韓遂の眼を見て礼を取り頭を下げる

 

「報告は貴方様もお聞きになったと思います。どうかお力をお貸しください」

 

「・・・どういった風の吹き回しか知らぬが、出来んな。阿呆が勝手に血迷って出たのだ、捨ておけ」

 

「馬超殿は蜀にとって、王の理想にとっても重要な方です。ですが、今、全兵力を持って助けに行けば、蜀が呉に狙われることも

魏に滅ぼされる事、私にもわかります」

 

「ならばお前が行けば良い、俺になど構っている暇など無いだろう」

 

「私では力不足です。馬術で劣り、恥ずかしながら、用兵も拙い。ですが、涼州の騎馬兵を率いる貴方様ならば、必ず蜀の将を

救うことが出来るはず。いえ、出来ます」

 

「お前は思わぬのか?元は俺達が、涼州の人間が勝手に動いた事だろう、だから責任は俺達にある。

死んだ所で王の信を受ける者が減る。だから死んでくれたほうが清々するとな」

 

礼を取り、頭を下げていた魏延は顔を上げ、韓遂の眼を見て眉根に皺を寄せて唇を噛む

 

「・・・はい、思います。ですが、既に馬超殿は蜀の人間。なれば、客将で有る韓遂様には何も関係が無い。

こうして頼むことすら間違っていると理解しております」

 

「間違っているのならば諦めろ」

 

「諦められません。桃香さまはおっしゃっいました。一人も死なせはしない。今、戦うのは間違ってると」

 

自分の無力さに、自分自身を許せないのだろう。魏延は眼をきつく閉じると再度頭を下げ、礼を取る

恥も外聞も関係はない、高すぎる矜持も拘りも捨て、魏延は膝を地に着いて礼を尽くす

 

「お願いします。私は、王の願いを叶えたい。桃香さまの想いを守りたいのです」

 

「想いを守るか・・・本心をさらけ出し、己の心を認めると言うことは、簡単に出来ることではない」

 

「・・・」

 

「良き将になったではないか」

 

そう一言、韓遂は呟くと、身を正し、片腕だけで礼を返す

 

「素晴らしき礼、王に対する忠義に感服いたした。魏延殿の願い、しかと賜った。しかしながら、私はこの国で客将の身。

出来ることならば、兵を数名お借りしたく。そして、王の許しを得た後、槍と騎馬を持ち、魏延殿の願いに応えさせて頂きたい」

 

「・・・あっ」

 

「どうか劉備殿に伺いを立ててはくれませぬか」

 

美しく礼を取る韓遂の姿に魏延は身を震わせ、零れそうになる涙をこらえ、立ち上がると劉備へと振り向き

跪くと顔を上げ、劉備の瞳を真っ直ぐ見据えて言葉を紡ぐ

 

「魏延が進言いたします。馬超、馬岱、黄忠の救援として、韓遂様の出陣をお認めください。三人の将を救うには

韓遂様のお力が必要です。既に韓遂様から良い返事をもらっております」

 

「韓遂さんからはなんて?」

 

「は、涼州の兵を数名お借りしたいと。それと、此れは私から、将を一人お付けください」

 

「うん。では、韓遂さんの出陣を許可します。将は星さんを、涼州の皆さんに騎馬と武具をお願い、朱里ちゃん」

 

有り得ないこと、目の前で素直に心の中を打ち明け、礼を尽くし、頭を下げ

そして、あれ程までに援軍に出ることを強く拒絶した韓遂を説き伏せた魏延に、諸葛亮は納得がいったとばかりに

劉備の命に諸葛亮は条件反射のように首を縦に振り、返事をしていた

 

僅か数歩しか離れていない所で行われる、王と使いの者、そして客将の対話

普通であれば、茶番の様にも見て取れるこの様子。だが、周りの者は、特に諸葛亮は違う感想を抱く

自分があれほどまでして対話し、饗し、それでも協力を得られなかった韓遂

 

最悪は翠と蒲公英を殺す事も考え、劉備を送り出した時、定軍山へと向かう翠を止めず策を与え、歩兵まで動員させた

成功は必ずするだろう。この策は完璧に調べつくし下地を整えたもの、破られるはずもない。策は成功し黄忠は絶対に討たれ無い

 

あるはずがないが、成功しなかったとしても、今のままで敵に回るかもしれない涼州の兵を減らせる

運が良ければ翠や蒲公英も戦闘不能に出来る。ならば失敗を利用して韓遂を引き入れる事が出来るはず

 

二人が討たれれば韓遂は敵討ちに出るはずだ。残念ながら、韓遂と比べれば翠と蒲公英は二人合わせても劣る

翠達が討たれずとも、傷を負えば共闘しようと申し出たとき必ず受けるはず。此れほどまでに涼州と馬家に固執しているのだから

 

扱いきれずとも、引き入れ共闘するくらいはと、どこまででも自分を汚して王に勝利をと考えていた諸葛亮

 

だが、魏延は礼と言葉のみでしてのけた。しかも、自分には出来ないこと。弱い自分の心をさらけ出し、否定される事を

恐れず、非難されることを恐れず、ただ、心の奥底から響く声を思いをぶつけ礼を尽くす

 

自分は、韓遂に対して此処まで礼を尽くしただろうか。姑息な搦手ばかりを考え行なっていたのではないのか

今も、自分が手を貸したことがバレるのではないか、援軍を送る事が出来無い状況で送り出したのは誰だ?

それも、完璧に時期を見計らい定軍山に敵が少数で見回りに来ることもまで調べあげて、それを韓遂を引き入れるのに利用しようとした

己の行為は礼を失する行為では無かったのか。目の前の結果が全てを物語っているのではと諸葛亮は、唇を噛み締めていた

 

「桃香さまより許可を頂きました。此方からは趙雲を従軍させます。必要な物があれば申し付け下さい。

私に出来ることならば何でもさせて頂きます」

 

「感謝いたす。我等の無事でも祈っていてくだされ・・・それと、娘が容易く【何でもする】などと言ってはならぬ」

 

再び礼を取る魏延に韓遂は返礼し、顎の髭をなぞると諸葛亮に視線を移す

 

「韓遂さん」

 

「満足したか?」

 

「援軍は、不よ・・・」

 

不要、その言葉言う前に韓遂は残された手で遮る。戦は何が起こるか解らぬもの、理不尽なもの

例え翠と蒲公英が貴女の策で走り、確実に無事だと想像出来たとしても、現実は何時も無情なものだと

 

そして、韓遂は城門へと視線を移す

 

「王より許可を頂いた。趙雲殿、騎馬は得手不得手、何方か?」

 

「フム、韓遂殿も人が悪い。せっかく機を見てさっそうと現れようとしていたのに」

 

門の影から現れた趙雲は少しだけ不満そうな表情を見せるが、直ぐに不敵な笑を浮かべて槍を担ぐ

全て見通していたかのような素振りの趙雲に、魏延達、周りの者達は驚く

 

「それは悪いことをした。貴女の楽しみを奪ってしまったようだ」

 

「なに、面白いものが見れましたから、十分満足しております」

 

そう言って、不敵な笑を見せつつ視線を送る趙雲に、魏延は一瞬だけ顔を赤くして頭に血を上らせるが

湧き上がる感情を振り払うように首を振って、次の瞬間には強い顔を趙雲へと向け、趙雲と同じように城門で

事を眺めていた厳顔は、ニッコリと微笑んでいた

 

「それで、騎馬は?」

 

兵に引かれてきた逞しい体躯の馬に跨る韓遂。それを見た趙雲は、クスリと笑うと、韓遂の前に乗ってわざと躯を預ける

 

「韓遂殿に比べれば児戯同然。お任せいたします」

 

「クックックッ、俺も未だ枯れてはおらぬ。どうなっても知らぬぞ」

 

「殿方の駆る騎馬に乗るなど初めての事、私の初めてを貴方様に預けます」

 

誂うようにして韓遂を見上げる趙雲に、韓遂は豪快に笑うと、まるで熱風のような覇気を垂れ流し

眼光鋭く、次の瞬間、天に向けて咆哮を揚げた

 

同時に、城に残った涼州兵達の眼つきは変わり熱気と殺意に包まれる

喩えるならば、血塗られた一本の槍。その槍は、何度も敵を突き続け、刃はこぼれ切れ味は悪い

しかし、その武器は殺意に塗りつぶされ、死の匂いが纏わり付く

 

「此方はお任せする」

 

「任された、存分に槍を振るわれよ。紫苑をよろしく頼み申す」

 

槍を一振り、門から現れた厳顔は韓遂に投げ渡し、韓遂は槍を受け取ると準備が整った兵から順次着いて来いとばかりに

定軍山に向けて馬を疾走らせた。撃ちだされた弾丸のように、韓遂を先頭に一本の線を作り出す涼州の兵

 

「会ったら、翠に何と言われるのですかな?」

 

「そうさな、馬鹿めと叱ってやるとする」

 

楽しそうに騎馬を駆る韓遂と共に、趙雲は新たな王の姿を思い出し笑をこぼしていた

 

 

 

 

定軍山から無事に将を脱出させた韓遂と趙雲は、そのまま真っ直ぐ王である劉備の元へと戻り、予想外の出来事を報告された

諸葛亮は眼を丸くしていたが、それを他所に劉備は韓遂へ感謝と褒美を与え翠と蒲公英には禁固刑を命じた。

 

「それだけで良いのか?アタシは、勝手に兵を動かして死なせた」

 

「なら、それを忘れないで。貴女は私情で兵を動かし、死なせた。貴女が殺したも同然なのだから」

 

「・・・解りました。謹んで刑をお受けいたします王よ」

 

以前の劉備からは考えられない重く厳しい言葉、そして迷いなく刑を執行する姿に戸惑うのはやはり、今まで偶像のような姿を

見続け、それを支えようと力を尽くしていた将達。同時に、此処に来た時とは全くの別人のような姿を見せる翠に

諸葛亮は息を呑む、自分が手を貸したことを一言も語らず、全くの別人といっていいほどの気迫を漲らせているのだから

 

王の下す刑の執行を見届け、玉座の間から出るのは韓遂

新たな劉備の姿を見た後から、韓遂の口元の広角は釣り上がったままで、眼はギラギラと鋭い光を保っていた

 

「蒲公英に伝えよ、知識を民に与える必要は無くなったと」

 

「は、理由をお聞きしても?」

 

「必要が無くなったからだ」

 

廊下を進む韓遂に、玉座の間の入り口で待機してた古株の涼州兵が付き従うように一歩後ろを歩く

 

「そう、正義を掲げ、善意で人を殺すという倒錯した考えで戦う必要が無くなったのだから」

 

「どういう意味でございましょう」

 

「美しい理想を崇拝し、盲目になった眼で戦う。恐らく、舞王はこう劉備殿を評価したのではないか【偶像】と」

 

いつの間にか握りしめていた拳に気がついた韓遂は、躯を震わせた

心まで熱く震わせるようになったかと

 

俺は、劉備殿の変化は此れを貫く道だと想像していた。

だから、蒲公英に教えたのだ。民を教育し洗脳する術を・・・が、結果は違った

その必要は無くなったのだ。民を引き連れ、子を抱くその姿は、皆と足並みを揃え、苦しむ事を望んだ姿

 

口が裂けても言うことは無いだろう【正義】等という偽りの言葉を

 

皆は貴女の背に惹かれ、進むだろう。数多の戦場を、死線を。そして見出すだろう、民一人ひとりが

兵の一人ひとりが、己が命を賭けるに値する王であり、王の求める理想こそが我等の理想であると

 

本当なら蒲公英にある程度知識を与え、宗教国家のような形が出来たならば此処を去ろうと思っていたのだが

もう少し貴女を見定める事が必要のようだ。果たして、貴女の見出したモノは一時的なものなのか

それとも、挫け、膝が折れ、地に足を着こうとも、這いずりながら進むのか、見届けさせてもらう

 

「だが、今は真の意味で自由を手にしようと槍を掲げた」

 

「自由・・・呉の王、孫策と同じ道でございましょうか?」

 

「違う、真の自由とは不自由であることだ。全ての束縛、シガラミから解き放たれた先は孤独よ」

 

「孤独?」

 

眉根を寄せる兵の顔を見て韓遂は笑う

 

「故に空の道。自立と独立、己の生に勇気と言う名の槍を一つ持ち、踏み出し立ち向かう強さだ」

 

韓遂の言う空、自由とは、全ての繋がりや自分を支えるモノ、自分を護るもの、住み慣れた温かい巣からの旅立ち

だが、それでは・・・

 

「それでは、劉備様の理想とされる道と対極。まるで魏の目指す道」

 

「いや、真の孤独を知るからこそ、真の自由を知るからこそ、人との繋がりを強く見いだせる。それこそが中道、空の道」

 

見出した道を中道であり、空の道であると言う韓遂に、兵はいつの間にか震えていた。それは恐れから来ているものだと直ぐに理解した

理由など簡単な事だ、自分が韓遂の言う空の道に心を惹かれ、同時に真の自由を想像したからだ

真の孤独の恐ろしさ、こんなものは戦場に足を向ける者にとっては簡単に想像がつく。孤立無援で取り残された戦場そのもの

だからこそ、誰よりも背中を預けられる戦友が、家族の繋がり、絆が強く尊いものに感じるから

 

「行け、蒲公英に伝えよ。蜀の民の心は、魂は此処より生まれ変わる。それぞれ心に一振りの槍を携えてな・・・」

 

頷き、地下の牢へと走る兵の後ろ姿を見ながら、韓遂は空を見上げ、誰かの面影を移し再び笑っていた

 

それからと言うもの、夏侯昭が負傷し、隙を突かれ魏の体制が崩れている間に劉備は領地の治安を第一に兵を自ら率いて統治を開始していた

無論、内政を全て軍師任せにすること無く政を執り行い、国力の強化へと力を注いでいた

 

「桃香様、既にこの地から賊は去ったようです」

 

「遅かった・・・また、救えなかった」

 

「そんな、我らは死力を尽くしました。どうか、ご自分を責めないでください」

 

賊が出た情報を聞いた劉備は、即座に動ける関羽を連れて、兵を率いて討伐へと向かったが、情報のあった邑には、既に人は一人も居らず

荒らされた家屋が外観からも一目で解るほどで、そこらじゅうの壁には黒ずんだ血の痕がくっきりと、此処に人が居たことを物語っていた

 

劉備は、騎馬から降りると地面に落ちた白木を拾い上げる。それは、木にしては固く、軽く、そして滑らかだった

 

「桃香様、これ以上の追跡は危険です。夜通しの強行軍で兵の疲労も限界、食料もありません」

 

「此処で休む。夜が明けたら追跡を開始します」

 

「しかし、糧食もそこを付いています。確かに、斥候からは、この先の洞窟に賊が潜んでいるとの情報がありますが」

 

「なら、解るでしょう?私たちの接近に気が付いて、逃げる可能性は高い」

 

キュッと細く鳴る瞳に、関羽は言葉が出なくなってしまう。あの場所から帰ってきてからというもの、劉備の雰囲気はガラリと変わった

言葉の一つ一つが重く、まるで幾万と言う戦場を一人で戦ってきたかのような顔つきを見せるのだ

 

遠くに行ってしまったかのように感じさせる劉備に、関羽は必死になって追いつこうとしているかのように隣に立ち

言葉を無理矢理につなげていく

 

「食料はどうします。これでは士気が下がり、賊にも遅れをとってしまいます。まさか、食わずに戦えと兵に言わせるおつもりですかっ!」

 

王を止めるのも自分の役目だと自分の心を鼓舞して、少々危うい感じすら受ける劉備に苦言を呈すが

劉備は関羽に目もくれず、近くの家屋に入っていく。関羽は、そんな劉備を慌てて追いかける

もし、家屋に敵が潜んでいたら危ない。気配が無いとはいえ、気配を消して命を狙う者が居ないとは限らないのだから

 

「お待ちください!桃香様っ!!」

 

土足で上がり幾つか部屋を通った所で、居間だろうか?少々広さのある部屋で劉備は佇んでいた

 

「桃香様、此処で何を・・・桃香様っ!?」

 

荒らされ、家具は破壊され木の破片が転がる床を、劉備は腰に携えた剣を抜いて何度も突き刺し始めた

何度も何度も乱暴に突き刺すその行動に、関羽は劉備を止めようとしたが急に劉備は剣を置いて、地面に座り

手で土を掻き分けはじめた

 

「見て、沢山あるでしょう」

 

「こ、これは」

 

地面に敷かれた石を破壊し、更に土を掘り返した場所に出てきたのは木の板

それを外せば、中から出てきたのは米や粟、稗、保存のきく野菜や芋

 

「なぜこんなものが、賊に全て取られたはずでは!?」

 

「あるよ、なんでも。武器だって、沢山あるよ」

 

意味深な言葉を吐く劉備の瞳は、悲しみで染まり口元は寂しく笑を作る。手に掴んだ生米を見詰め、劉備は唇を噛み締めた

そんな姿を見た関羽は、なんと言葉をかけて良いのか、言葉を無くしていた

 

「不思議?」

 

「え?」

 

「此処に、沢山たべものがあるのが」

 

不意に問いかけられ、関羽は慌てて頷き、改めて見る目の前の食料に驚いていた。税で取られ、地主に取られ

蜀の統治下でようやく緩和されてきたとは言え、まだまだギリギリの生活をしているはずの民が、これだけの食料を持っていることに

関羽は信じられず、己の眼を疑っていた。しかも、劉備はもっとあるというのだ、武器すらも

 

「何にも不思議じゃないんだよ、だって隠さなきゃとられちゃうんだもん。これだって、ひと月持たない。でも、隠さないと食べられないから」

 

「賊に、ですか?」

 

「賊だけじゃないよ。王様だったり、地主さんだったり、役人さんだったり、商人さんにも取られるし、だから隠さなきゃ」

 

「武器があるというのに、戦わぬのですか!理不尽だと、納得ができないと!」

 

「無理だよ、だって怖いもん。痛いもん。他の人が痛い思いしても、怖いから助けられない。助けたら、自分がやられちゃう

だから逃げるんだよ。他の人がやられてる間に」

 

劉備の言葉に関羽は言葉を無くし、同時に悟る。劉備があの場所で一体何を拾って帰って来たのかを

劉備もまた同じだったのだから、搾取される側と搾取する側。その搾取される側の人間

昔の自分を拾い上げて来たのだと

 

【ようやく見つけてくれたね】

 

「民は、ううん、皆はね、愚かで矮小で、ずるく、泣き虫で、意地汚い最低の卑怯者なんだよ」

 

【一緒に行こう、私は何時も一緒にいるよ】

 

自分の中から聞こえるもう一人の自分の声に手を差し伸べて。まるで自分の事を語るかのように話す劉備は、拳を痛いほどに握り締める

 

「だれが、いったい誰が皆をこんな風にしたんだろうね、愛紗ちゃん」

 

「と、桃香様?」

 

「一体誰がっ!!」

 

叫ぶ劉備は、握りしめた生米を口に運ぶ。食らうと言う表現が相応しいその姿

まるで、何かを躯に染み込ませるように、躯に刻むように隠されていた食料を口に運んでいく

 

「愛紗ちゃん、よく聞いて。これはね、此処に居た人たちの命そのものなんだよ。此処に居た人たちの無念そのものなんだよ」

 

だから、自分は喰らい躯に刻み、背負うのだと無言で語る劉備。涙など流さず。無心に飯を喰らい、皆の思いで

皆の願いで躯を満たし、埋め尽くすようにして

 

関羽の感じていた言葉の重さ、幾万の戦場を闘いぬいたかのような顔は、此処から現れていた

劉備の躯は既に自分のものではないのだ、民の思いや願い、無念や命で満たされている

 

だから、涙は流さない。涙すらも己のものではないのだ。この躯から流れ出るモノすら

 

関羽は思い出す。劉備と会話した韓遂の言葉を

 

【劉備殿は既に、飯を喰ったのだろう?】

 

そう、既に劉備は民からの税を、民からの願いを、民からの思いを喰ったのだと韓遂は言ったのだ

韓遂の言葉に劉備が衝撃を受け、言葉を無くしたのは当然だった。なぜなら、劉備がそのことを一番に理解しているはずなのだから

 

「・・・頂きます」

 

劉備の姿、劉備の覚悟を知った関羽は、手を合わせて劉備と同じようにして飯を喰らう

もはや覚悟など疾うの昔に決めていたことだ、劉備を王と仰ぎ、姉妹の契を結んだ時に、自分はこの人と共に歩むことを

 

「ごちそうさまでした」

 

「兵にも、このことを知らせて来ます」

 

「お願い、食べ終わったら休憩をとって直ぐに出ます」

 

屋敷を後にする関羽は、いつの間にか劉備の危うさを感じなくなっていた。危ういと感じたのは、全て彼女の背負ったモノに対して

想像の付かない自分の心だったのだと。大きさに恐れ、危険であると見てしまっていたのだと。今は何も恐れる事はない

自分もまた、民の意志を魂を食ったのだ

 

武器が重く感じる。背に何かが覆いかぶさる。だが、それは自分を奮い立たせ、胸を張らせるものだと言えるのは劉備の姿を見たから

関羽は夏侯昭との戦を思い出す。あの時は、自分の刃は軽かった。だが、今は違う。背負うという本当の意味が解ったから

 

兵の元へと向かう関羽は、劉備と同じ幾万の戦場を抜けた横顔を見せていた

 

 

 

 

「予想外だったようだな」

 

「はい、本当に戦場は生き物ですね。まさか、定軍山の策を破るなんて」

 

城の中の一角、韓遂の為に用意された部屋で対面する韓遂と諸葛亮。小さな卓を一つ、真ん中に菓子をおいて

諸葛亮は翡翠色の茶を口に運び、小さく微笑んでいた

 

だが、正面に座る韓遂の表情は少しだけ曇っていた。あれほど怯えていたどころか、策を渡した事を既に知られている

はずの諸葛亮が、こうも図々しく目の前に座っているから、というわけではない

 

韓遂には、定軍山の戦で一つだけ不審な点を見出していた。それは、黄忠の言った言葉

「一体どこまで見えていると言うの?」という言葉。今回の策は、恐らく諸葛亮が考えた必勝の策。典韋を討てずとも夏候淵を討てた

だが、それは敵の迅速過ぎるな対応で防がれた。そう、迅速過ぎるほどに早く定軍山に夏侯昭が到着していた

 

まるで、定軍山で狙われるのがわかっていたかのように。

 

情報の漏洩に関しては、諸葛亮の事だ知恵が回るぶん完璧にやってのけるからそれはない

相手は天の御遣い。もしや未来が見えているのかと一時考えたが、それではあのなりふり構わず慌てて此方に向かった様子が説明できない

そもそも、分かっていたのなら俺ならば逆に罠をはる。しかし、それをしなかったと言うことは

 

「・・・」

 

「どうしました?何か」

 

「いや、なんでも・・・そうか、そういう理由か」

 

考えを巡らす韓遂は一つの答えにたどり着く。それは、策や将の成長を予想建て、こうなるであろうということを理解しても

結果がいつになるか分からない。知っていても、其れがいつになるのか分からないという感覚に似ていると言うこと

魏延や翠、蒲公英の成長を促した韓遂にはその感覚が理解できる。つまりは、天の御遣いは、夏候昭は未来が見えているのではない

 

未来の図がある程度見えているが、其れが何時、何処でそうなるのか分かって居ないということだ

 

確信を得た韓遂は、一人心の中で笑う。おそらく、実際の戦場を見てない諸葛亮が気がつくのはもう少し後のことになるだろう

 

実際目にしていた扁風は、おそらく気がついていことだろう。そして、あの姿を見たならば扁風が夏候昭に対して違う印象を受けるはずだ

ならば、目の前にいる諸葛亮は・・・

 

「今後の劉備様の動きは、どのようになると思います?」

 

「問いではないな、確信があって聞いているhな。そういう聞き方は嫌いではない」

 

諸葛亮はわかっていて質問を投げた。今までは、恐れるばかりで韓遂をまともにみることができな買ったはずだ

だが、王の変化とともに軍師である彼女もまた、強く変化をしていた。それも、当たり前のことだろう。今までは、余裕などなかったはずだ

だが、気を付き合うことも遠慮することもなく、すべてをさらけ出せる王がいるのだから

 

「恐らく和睦を考えていることだろう。だから力をつけている、蓄えている戦を終わらすには賢い選択だ」

 

今の行動は、対等に会話をするため、対等に交渉をするため。対等な交渉とは、力が同じ者たちですか成立しないのだ

 

「戦を終わらせるには理由が必要、鉄心がしたように勝敗を決めるやり方が最もわかりやすい」

 

「はい、王が死ねば戦は終わる。負けが決まる。兵は納得するしかない」

 

「己の命が残り少ないと悟った鉄心は、全将に呼びかけ全軍を率いて戦場に行きながら、一騎打ちの形で終わらせた。軍師の目から見てどう見えた?

さぞかし美しく、清清しい姿に映ったのではないか?」

 

涼州の盟主である馬騰があの行動に出たのは、誰の目にも明らか。全軍を動かしながら双方の被害は微々たる物

だが、盟主の死という決定的な負け方で、涼州は何の抵抗もなく従順に魏に従った。

鉄心は、己の命を使い、人が死ぬことを最小限に抑え、戦を納めた。涼州の諸侯は納得せざるおえない。何しろ負けたのだから

 

想像通りの答えを出す諸葛亮に満足げな笑みを浮かべる韓遂。鉄心が行ったことは、みなに正しく伝わっているようだと

 

「桃香さまは、そうではなく、和を持って戦を終わらせようとしている。今の桃香さまはできるなら魏と和睦し、自分の考えを伝えようとしているはずです」

 

「だろうな、そもそも目指しているのがみなが笑って暮らせる世界。これ以上の戦を望まないはず」

 

だが、今の蜀では魏と交渉するどころか、話に耳を貸してもらうことすらできない

 

「今は、力を欲している。だから、くれてやるのよ」

 

「えっ!?」

 

突然の韓遂の言葉に目を見開く諸葛亮は、急な韓遂の言葉に想像がつかなかった

 

「羌族だ」

 

「羌族!?」

 

ニヤリと口角を吊り上げて笑みを見せる韓遂に、新たな不安と恐怖に背筋を凍らせる諸葛亮であった

 

 

 

 


 
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