No.525542

すみません。こいつの兄です。45

妄想劇場45話目。2012年度中はたいへんお世話になりました。2013年も、妄想劇場におつきあいください。

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(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2012-12-31 13:41:59 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1079   閲覧ユーザー数:987

 試験休みの空けた月曜日。一週間、半日だけの授業が続いて冬休みに入る。

 そんな月曜日の朝。

 

 真奈美さんが、寒い玄関先で座って待っているといけない。いつもより早く起きる。ドアの鍵を開けて、メモを貼り付ける。

 

《真奈美さん、カギは開いてるから勝手に入って》

 

 そろそろ、外だけじゃなく家の廊下も寒くなってきた。冷たい床に足の裏の体温を奪われながら、部屋に戻る。ぬくもりの残る布団の中に足を突っ込んだまま、着替える。

 着替え終わったあたりで、呼び鈴が鳴る。

 真奈美さんかな。

「おはようございます。お兄さん」

意外!?玄関に現れたのは、天使の笑顔を浮かべた美沙ちゃん。真奈美さんは、その後ろに隠れるように背中を丸めている。美沙ちゃんは、赤いコートにタータンチェックのマフラー。制服のスカートからすらりと伸びる足は黒いタイツ。足元はふわふわのファーが付いたブーツ。女性誌のモデルさんみたいだ。この冬の、ぜったいかわいい美沙ちゃん。

 真奈美さんは、ユニクロで買った黒のコートに、ジャージのボトム。足元はズック。この冬のオキニ!完璧お役立ちジャージ宣言♪ここまで言葉で飾っても、女性誌みたいにはならない。

「お兄さん。お手間かけさせちゃってごめんなさい。これ、要りませんから」

美沙ちゃんは、にっこりと笑顔のままドアに貼っておいたメモを破く。一センチ刻みに…。

「姉は、私が面倒見てますんで、お兄さんは気にしないでくださいね」

瞳にはハイライトが入っていない。

「う…うん、た、たすかるよ。と、とりあえず上がって、今、真菜も降りてくると思うから…」

美沙ちゃんと、真奈美さんをダイニングに通す。

 真奈美さんが、例によって台所に移動する。母親は学校のある日の朝食の支度は真奈美さんにアウトソースすることにしたらしい。すっかりソファでくつろいでいる。

 真奈美さんに続いて、美沙ちゃんも台所に移動する。

「お姉ちゃん。なにを作るの?」

「…寒いし、チーズとハムがあるから…ホ、ホットサンド…」

真奈美さんが、材料を冷蔵庫から取り出す。

「じゃあ、お姉ちゃんは真菜の分作ってよ」

美沙ちゃんも、手際よく食器を用意する。

「…え…う、うん」

「私が、お兄さんの分は作るから」

美沙ちゃんが、流しの下の扉を開ける。

「…そ、そう?」

ぎらり。

「そうだよ。これからもずっと…そう」

美沙ちゃんが包丁を手にして呟くように言う。包丁を持っているのは、料理をするためだ。そのはずだ。

「おはよーっす…ひぅ」

二階から降りてきた妹が、包丁を持った美沙ちゃんを見て一瞬固まる。

「お、おう。真菜…み、美沙ちゃんが朝食作ってくれるんだってさ」

「そ、そうっすか…。楽しみっすー」

「あ、真菜。おはよー。真菜の分は、お姉ちゃんが作るよ」

美沙ちゃんが、妹に笑いかける。

 ずんっ。

 食パンの耳が切り落とされる。

「お兄さんの朝食は、私が…。私だけが作るからね。嬉しいですか?お兄さん。嬉しいですよね。」

「わ、わぁい」

「あらぁー。直人、モテモテね。だめよ。浮気しちゃ」

ソファで高みの見物を決め込んだ母さんが、そんなことを言う。

「そうですよ。お兄さん。浮気しちゃだめですよ」

 ざくっ。だんっ。

 トマトがスライスされる。

 浮気も何も、俺、たしか美沙ちゃんの告白を断ったよな…。

 制服の袖が軽くひっぱられる。見ると、表情を消した妹が小さく首を横に振っていた。

「(今の美沙っちに逆らうのは、あまり健康にいいとは言えないっす)」

 俺も小さく頷き返す。妹の言うとおりだ。瞳からハイライトが消えた美沙ちゃんに逆らうのは、健康に良くない。不眠に悩まされたり、病院に行くことになったりするかもしれない。運が悪いと、それが原因で命を落とすかもしれない。元気に暮らしたかったら、とりあえずは話をあわせておくことだ。

 

 朝食がテーブルに並ぶ。妹の前には、うっすらと絶妙な焦げ目のついた香ばしいバジルの香りのホットサンド。俺の前にも、ちょっと焦げ気味のホットサンドだ。

 美沙ちゃんの手料理。

 それは、すごいことだ。特上和風美少女の手料理だ。男なら、誰でも泣いて喜ぶはずだ。でも、なんだろう。このプレッシャーは…。

 おかしいな。

 美沙ちゃんがニコニコと笑いながら、俺の反応を待っている。その横では、真奈美さんがうつむいたまま、前髪の隙間から魔眼ビームを放射している。

「いただきまーす」

 さくっ。

 妹が一つ目を口に入れた。反応は見なくてもわかる。真奈美カフェの逸品。美味くないわけがない。さて。俺も…

「い、いただきます」

「うふふ…どぉーぞ」

両手の手のひらを開いて、思いっきりこちらに伸ばす美沙ちゃんが超かわいい。瞳からハイライトが消えていなければ、もっといい。

 さくっ。

 チーズとハムとピザソースだ。この組み合わせで美味しくならないわけがない。しかも、美沙ちゃんの手作りだ。真奈美さんの料理みたいな、高級ホテルじみた異常な美味さではないけれど、無難に美味しい。二種類目はトマトとチーズとレタス。一度トマトとチーズとパンにだけ熱を通してから、しゃきっとしたレタスを挟んである。美味しい。

 ニコニコと笑う美沙ちゃんの笑顔も甘くて、そっちもとろけそうになる。こんな美少女に想われて、朝、自宅まで来て手料理ふるまってもらって、一緒に登校する。

 最強だ。これならリア充の頂点に立てる。リア充王に俺はなる。

 それなのになんで、俺はこの子に告白されて断っちゃったりしたの?百度目の同じ疑問が脳裏をよぎる。今からでも、付き合おうって言っちゃうべきだろうか。男としては、優柔不断で駄目駄目だけれども。そこまで連想したところで、ふと真奈美さん方面からの魔眼波動に気がつく。

 そうだよ。

 美沙ちゃんと俺がつきあったりしたら…。美沙ちゃんは、独占欲も強いんだ。真奈美さんが独りになってしまう。絶対に駄目だ。

 俺は、始めてしまった。

 だから、俺は真奈美さんに責任があるんだ。たぶんそれが、美沙ちゃんの告白を断った理由。

 そう思ったとき、真奈美さんと前髪越しに目が合う。ふわりと、真奈美さんの瞳がやわらいだ気がした。

 

 幸せにちょっぴり闇の味をふりかけた朝食を摂って、四人で家を出る。

 

 むぎゅ。

 うほっ。

 左腕が天国だ。美沙ちゃんがぐいっと強引気味に俺の左腕を捕まえて、パラダイスにする。婉曲表現過ぎた。つまり美沙ちゃんの胸がぎゅうぎゅう腕に押し当てられた。感触がすばらしすぎる。

「美沙っち!だめっす!」

ばりっ。妹が引き剥がす。ああ…天国の感触が…。

 うつむく俺の横で、妹が美沙ちゃんに説教をしている。彼氏以外に胸を当てるのは、ビッチの所業であり、まともな女性のするべき所作ではないとか、そんな説教だ。上品な美沙ちゃんに、妹が女性らしい作法の説教をするとか、世も末である。というか、天国の感触に騙されて気づかないでいたが、あの美沙ちゃんが俺の腕を胸に押し付けて歩くとは、美沙ちゃんの病みっぷりは意外と深刻なんじゃなかろうか…。

 寒い外気で目が覚めて、事態の深刻さに気が付いた。

 だいたい、昨日のあれだ。

 美沙ちゃんには《忘れた》とメールしたけど、忘れられるはずがない。

「美沙ちゃん…」

「はいっ。なんです?」

キラキラと舞い散る美少女オーラを振り撒いて、美沙ちゃんがととっと駆け寄ってくる。

「昨日、寝れた?寝不足なんじゃない?」

「ばれちゃいました?実は完徹です。でも、今日からは午前中で終わりですから…」

よく見ると、美沙ちゃんの目の下にうっすらと、本当にうっすらとだけどクマが出来ている。

「無理しないでね」

「はい…心配してもらえて、うれしいです」

美沙ちゃんが、そう言って少し上目遣いになる。可愛すぎて人が死ぬよ。

 右手にかすかな感触を感じた。ふと見ると、真奈美さんが俺の薬指のあたりをつまむように握っていた。過去形。なぜなら、気づいたときにはすでに、鋭い美沙ちゃんの手刀が断ち切っていたから。

「お姉ちゃん。甘えるのもいい加減にして!独り立ちしないとだめでしょ!」

さっき、頬を染めていた控えめな美少女と同一人物とは思えない迫力である。

「み、美沙ちゃん。真奈美さんを怖がらせないで」

「あ…ご、ごめんなさい」

真奈美さんと美沙ちゃんの間に入るような位置取りで歩く。俺の気遣いも大概である。俺って、ストレスで早死にするタイプなんだろうなぁ…。そう思う。

「(しくじっちゃった…お姉ちゃんが漏らしたら、またお兄さん、萌えちゃうところだった…)」

美沙ちゃんの小声がうっすら聞こえる。動機はどうあれ、真奈美さんを怖がらせたりしないでくれるとありがたい。

 あと、俺はお漏らしに萌えてるわけではない。そこのところの誤解も解きたい。

 

「あ、二宮くん。ちょっといい?」

午前中で授業が終わり、帰りかけたところで佐々木先生に呼び止められる。

「はい。なんです?」

「ちょっと、個人的な話なんだけど…大晦日と、その前の日って予定空けられる?」

「バイトですか?」

「察しのいい子は好きよ」

かわいくウインクしても三十歳だからな。まぁ、美人なのは認めるけど、趣味はエロ漫画描きという残念美人だからな。

「あの…前の日って?」

「入稿間に合いそうにないから、コピー誌になるの」

「コピー誌って…コピーで本を作るんですか?文化祭のパンフみたいに」

「まぁ、そんな感じね」

「いいですよ。空けておきます」

自由に出来る現金収入は貴重だ。エロゲ買ったりするのに。

「ありがとう。頼りにしてるわ」

すっかり、つばめちゃんの顔になって俺の両手を握ってくる。異性に耐性が低くて、感度の高い男子高校生にそういうことは控えて欲しい。どきどきしてしまう。三十歳にどきどきしたとか、不覚だ。

「…あの。バイト代は半額くらいでいいんですけど、一つお願いしてもいいですか?」

「なに?当日の朝は絶対に五時に来てくれないと駄目よ。そこだけは譲れないわ」

「あ、いや。そうじゃなくて…真奈美さんも連れて行っていいですか?とりあえず前日だけ」

つばめちゃんが、佐々木先生とつばめちゃんの中間の表情で一瞬、ぽかんとする。そして、すぐに佐々木先生の笑顔になる。

「いいわよ。手が多いほうが助かるわ」

「ありがとうございます。じゃあ、それで…」

「こちらこそありがとね」

「ほい。それじゃあ」

「ん。じゃあね。よろしく」

つばめちゃんが、小さく手を振って一組の教室へ入る俺を見送る。

「真奈美さん、帰る?」

つばめちゃんと話していて、少し出遅れた。人口密度が半分ほどに減った教室で真奈美さんが椅子に座って俺を待っていた。

「…うん」

いつもより、ほんの少しだけ声が沈んでいる。原因は言うまでもなく美沙ちゃんだろう。真奈美さんは、美沙ちゃんと喧嘩をしてはいけない。誰と喧嘩しても最弱なヤシガニさんは一発で死んでしまうのだけど、美沙ちゃんとは特にいけない。

 なぜなら、美沙ちゃんは家にいるからだ。

 学校にも、家にも居場所がなくなったら死んでしまう。

 だから…。

 振り向く。教室の入り口にいつのまにか美沙ちゃんが来ている。にこにこと天使の笑顔。妹もついてきている。一組の男子が、ちらりと『てめー。美少女が二人も教室まで迎えに来るとか、どういうリア充だ。爆発しろよ』というオーラを一瞬送ってくるが、真奈美さんと一緒にいるのに気づいて納得のオーラに変わる。そうだよ。真奈美さんの妹と、俺の妹だ。それと、妹を美少女の範疇に入れる奴が多いのが、どうしても納得いかない。顔立ちが整っていて痩せていればいいのか?

「お兄さん。帰りましょ」

にこっ。小さく小首を傾げる。美沙ちゃんは美少女。

「にーくん、帰るっすー。あっ。すまんっすー」

ごっ。思いっきり手を振り上げた拍子に、後ろを歩いていた男子を殴打した。妹は美少女じゃない。

 四人で、連れ立って帰る。

「うひぃー。さむいっすー」

たしかに、この数日、ぐんと寒くなった。昼間でも風があると冷たく感じる。

「こうなったら、アレしかないっす!」

「?」

妹が拳を握り締める。

「ウインド!ブレイカー!!」

さっと、両手を広げる。

「ファスナーッ!アーップ!ぎゅいーん」

ウインドブレーカーのファスナーを首元まで閉めた。

「…かっこいい…」

真奈美さん。今のは別にかっこよくないと思う。

「お兄さん…。手、冷たくないですか?」

美沙ちゃんが、にっこりと俺の顔を覗き込みながら言う。同時にコートの袖が引っ張られてポケットの中から左手が引きずり出される。寒い。

「はい。手袋、一つ貸してあげます」

美沙ちゃんが右手から外して、薄緑色のミトンを貸してくれる。だけど寒いのは左手。右手ではない。

「あ、ありがとう…」

ミトンを受け取って、右手にはめる。

 ぎゅっ。

 左手を美沙ちゃんの右手が握ってくる。手のひらと手のひらを合わせる握り方だ。

「ふふ…。寒いからしかたないですよね」

悪戯っぽく笑って美沙ちゃんがそのまま、俺の手を俺のコートのポケットに入れる。

 当然、俺の左腕には、断続的にただならぬ感触を持った箇所が当たる。ぎゅっと押しつけられるほどではないところが、これまた有罪である。

 パライソである。

「寒いから、まだ恋人同士じゃなくても手くらいつなぎますよね」

「つながないっす」

ああ、実は俺もそう思ってたよ。

 妹が俺と美沙ちゃんを引き剥がす。妹はブレない。美沙ちゃんの可愛さに、あっという間に流される俺と比べると、海のうねりに翻弄される小船と空母ジョージ・ワシントンほどの違いがある。なんて頼りになるんだ。

 そうだ。ブレてはいけない。

 いつか真奈美さんに友達ができて、いろんなことに自分で立ち向かえるようになって、美沙ちゃんともちゃんと喧嘩できるくらいまでになったら。

 そのときになって、まだ美沙ちゃんが、俺を好きだと言ってくれるならいいにゃあ~。あ、美沙ちゃんに好かれてると思うだけで脳みそとろける。ブレブレだ。

 い、け、な、い。

 ブレないよー。俺はぶれないよー。

 そう、自己暗示をかける俺を妹が口の中をもにょもにょさせて見ていた。

 

(つづく)


 
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