「あなたは、知らない」文章サンプル
【ケイブックスさんとガタケットショップさんのサンプルページ、まとめて4ページ分が読めます。】
【同人誌は小説です。本文のイメージでイメージイラストと、漫画を描いてみました。宜しければどうぞ。】
表紙です
「なぁ」
「何ですか?」
「最近お前って、悲しい事あったか?」
「かなしいこと…?」
黄瀬は心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「悲しい・・・ことがあっても、先輩には言えません」
「何で」
「だって、好きな人を心配させるのなんて、俺は嫌っスから」
はー。と笠松はため息を吐いた。百点満点の答えだな。
こいつ、自分を全部見せてるようで、その実見せてない。
黄瀬は、本当につらい事や、悲しい事を見せないところが
ある気がする。でも黄瀬が俺にそれを見せまいとするのは、俺を心配させまいという気持ちからだけだ。
そういうことをやるやつだ、こいつは。
これから、もっともっと多分好きになる。
こんなに好きになって、自分が重荷になることはないだろうか。自分がこの人を傷つける存在になってしまうのではないだろうか。それだけが怖い。
好きな気持ちの大きさの前で黄瀬は立ち尽くしている。
言葉にして気持ちを伝えたのはほんの少し前の事で、部の先輩後輩として付き合った期間の方が遥かに長いのだから、急に関係が変わるはずもないのは当然だった。
黄瀬が、ただの能天気ないつもにこにこしているだけのお気楽人間だとは笠松はさすがに思わない。むやみに人に自分の辛さや悲しさを話さないのは、話を聞いた人間を心配させたくないからだ。心を開いてないのではなく、優しいからだ。
「無理してるんじゃないのか」
「ホントどうしたんですか?そんなこと聞くなんて。それより俺も先輩に聞きたいことがあるし」
「…なんだ」
「先輩は辛いことなかったの?自分のことなんかより、そっちの方が俺はいつも気になってるけど」
「嬉しいなぁ、先輩の夢に俺が出てきたなんて。それだけ俺の事考えててくれたってことですよね?」
「ちがうって。別にそんなことは…」
「俺が思ってるより、先輩は俺の事考えてくれてるんだ」
「そんなに考えてない」
「またまたー。じゃあなんで夢に出てくるんですか?ね、先輩」
「お前はどうなんだよ…。まさか俺もお前の夢に出て来てんのか?」
「…それは言えません…!」
そういって顔を赤らめた黄瀬を見て、笠松は赤くなった。
「お前っ!どういう登場のさせ方してるんだよ!バカ!」
「具体的には言えませんけど、意気地なしなりに夢に全部願望が出てくる感じとだけ言っときます」
「もーいーよ。お前真面目なんだか不真面目なんだかわかんねぇよ」
そこまで言うと、笠松は黄瀬に背中を向けた。
努めようとしたのに、ドアの向こうに立っている黄瀬を見て、ぱさりと雑誌が足元に落ちた。
「見ちゃったんっスね」
「・・・これ・・・ほんとうにお前なのか?」
「見たとおりっスよ」
いつものように明るい気
配は微塵もなく、笠松は明るさの削ぎ落とされた黄瀬の顔に絶句した。
何似合わない顔してるんだ?俺はおまえのそんな顔初めて見た。
「そんな顔を、あの写真に一緒に写っていた女の子の前で
なら見せるのか?」
思ったより傷ついた声だったことに自分で驚いた。
感情的にならないようにしようと思ったのに、簡単に片づけようと思ったのに。
俺は先輩が、こんなに俺が誰かと付き合ってるかもしれない、という事に嫉妬するとは思わなかった。
笠松は普段口数が少ない。怒った時や不機嫌な時はすぐ顔に出るので分かりやすいが、好きなものに対するリアクションはあまり大きくない。嫌でなければ、黙っている。
もしくは異論を挟まない。顔も微かに嬉しそうな気がすれ
ば、それは喜んでいるということだ。
自分のように全身で嬉しさや好意を表すタイプと全く違っている。
部が終わって突然モードを切り替えられる程二人とも器用なタイプとはいえず、現状、単なる仲のいい部の先輩と後輩が一緒に帰っているという状態のままで、下手をしたら気持ちを伝える前より後退している可能性すらあった。下手に関係性を崩せなくなって身動きが取れない、という点においては確かに後退しているのかもしれなかった。
こうして自分と一緒に居てくれることを嫌だと思ってない事だけは分かる。それだったら、絶対にこうして一緒に出掛ける事などない。そんな無意味な時間の使い方をする人じゃない。逆に、先輩が俺のように分かりやすい愛情の表し方をするタイプだと、それはそれでまたうまくいかない気がするし。なかなか世の中は上手くできているものだ。黄瀬はそう思い、軽くため息を吐いた。
特にどこか明確な目的地がある訳でもなくて、ただ黄瀬と、
のんびりと話しながら電車に乗っていたいから、ただそれだけなのだと笠松は言った。
笠松が自分を気兼ねする相手として見てないことだけは嬉しかった。
手探りで互いに心地のいい関係を構築している途中のまだ曖昧な状態で、本来ならもっとじれったく思うはずなのに、なぜだろうか、まだまだのんびりでもいい。ゆっくりでもいい、と気長に思えるのがとても不思議だ。
「何聞いてるんっスか?」
「何で」
「先輩の好きな音楽知りたいんっスよー!」
「ほら」
そう言いながら、笠松は液晶画面に表示された曲一覧を黄瀬に見せる。
「んー、だからそういうのじゃなくて!」
黄瀬は頭を深く傾けると、笠松の片耳からイヤホンを外して自分の耳に入れた。笠松の肩に頭が載りそうで載らない微妙な位置で、首に黄瀬の微かな息がかかり、ふんわりとした髪が首筋を撫でて、近い!近いって!と慌てた笠松が黄瀬のからだを横からぐいぐい押したので、黄瀬はおかしな加減で横に反って、離れたくない余りに自分も体に力を入れて笠松の方に押し返した。バカっ、お前電車でふざけてんなよ!と笠松は相手にしないが、黄瀬は半ば意地になって自分も押し返す。
「お前、なかなか力強いじゃないか。」
「なめてもらっちゃ困りますよ?先輩より十センチも身長あるんですから」
押し合った均衡が崩れて、笠松が座席の上に横倒しになり、
黄瀬はその上にのしかかるような体勢になってしまった。
「……。」
怯んだような顔を上から見下ろしながら、黄瀬はその黒い瞳と意外と長い睫毛をまじまじと観察した。
先輩、パーソナルスペース広いから、中々こんな風に近づけないんっスよね。一応、付き合ってるんっスけど。でも、
ちょっと射程範囲に入ったらこうだし、こんなのでもないとやってられないっスよ。そう思いながら無意識に黄瀬はどんどん笠松の顔に近づいていた。
うっとりしていた所をいきなり突き飛ばされて、黄瀬はよろめく。
「あ、ついつい油断して…。でもそんなに恥ずかしがらなくても…。」
「バカお前ここどこだと思ってるんだ!電車の中だぞ?
この車両誰も乗ってないからよかったようなものの、ちょっと考えろよ、ボケ死ね」
「死ねはないっスよー。そんなにいやだったんっスか?」
「イヤ」
きっぱり言い切った笠松の顔を見て、黄瀬は軽くため息をついた。
おれ、そんなに先輩に嫌がられてるの?先輩キスもなかなかさせてくれない。今日だって、滅多にない休みの日に折角二人で遠出できたのに。
「あ、そうだ、俺お前に話があったんだよ」
そう言って真面目な顔でこちらを見た笠松の顔に、黄瀬の血の気がすっ、と引いていく。
こういう時って、だいたい良い話だったためしがないんだ…。嫌だな。こういう改まった空気。
先程まで唇に触れていて、幸福な気持ちに満たされていた筈だったのに、離れた瞬間、もう手におえないくらいに不安になって、気持ちが分からなくなる。
早く何か言って欲しい。たかだか数十秒しか経ってない沈黙なのに、永久に続くかと思える時間が辛い。お願い、早く何でもいいから何でも言って下さい。話ってなんですか?バカでも、お前なんて嫌いだ、でもいい。この沈黙が消えるものならなんでもかまわない。それほどに、今の沈黙はとても重い。
「俺、お前に謝らなきゃいけないことがある」
やはり、これから切り出される言葉は自分にとって辛いものだったのだ。
「言ってください。それがどんな事でも俺は受け入れます」
「いいのか?多分お前は怒ると思う」
「構いません。聞きます。言ってください」
「俺は、とてもずるい人間なんだ」
どういう事だ?まさか先輩は同情で俺に付き合ってくれたというのだろうか。黄瀬は笠松の次の言葉を、身を小さくして待ち受けた。
「俺は…。今日ここに来ることを知ってた」
「え?」
「つまり、計画的ってことだよ」
「え?電車に揺られて気ままに旅したかったんじゃないんですか?」
「んな訳ねぇだろう!格好つけてそう言ってみただけだよ」
「じゃあこれは先輩が計画してくれたデートって事ですか?でも…。どうして、そんなウソ付くんですか?」
笠松は頬をすこし赤くして黙り込んでいる。
「ねぇ先輩、どうして?」
肩に軽く手を掛けて、黄瀬は笠松の顔を横から覗き込ん
だが、ぷい、とすぐ顔をそらされた。
「うっせぇな!俺だって、お前と付き合うんだから一応色々考えたんだよ!お前の付き合いたいって、まさか今まで通りに一緒に自主練して、二人で帰るってことじゃないだろう?それぐらいいくら俺が鈍感でもわかるんだよ、バカ」
そこまで凄い勢いで捲し立てると、見てんじゃねぇよ、と笠松は顔を赤くして俯いた。
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このサンプルの本「あなたは、知らない」はケイブックスとガタケットSHOPにて取扱い中
【ケイブックス商品販売ページhttp://www.c-queen.net/ec/products/detail.php?product_id=147932】
【ガタケットSHOP商品販売ページhttps://www4.ginzado.ne.jp/~g-shop/index.cgi?mode=item_view&no=2522533022635】です。
この話の前の話となる、「笠松先輩が居ない日」という本は、
とらのあなとガタケットSHOPにて取扱い中です。(pixiv再録27P+書き下ろし11ページで、全40Pの本です。)
【ガタケットSHOP商品ページhttps://www4.ginzado.ne.jp/~g-shop/index.cgi?mode=item_view&no=2522534022634】
【とらのあな商品ページhttp://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/08/04/040030080459.html】
pixivにて、再録の部分が半分ほど公開していますので、宜しければ。
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1453915(pixivの公開アドレスです)
また、こちらの本もpixivにてイメージイラスト公開中です。
(☆http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1708859
☆http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=1585117 )
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黄笠の小説の3冊目「あなたは、知らない」のサンプル集で、2冊目の「笠松先輩が居ない日」の続編にあたる本です。2冊目が「告白編」ならば、この3冊目は「交際編」です。全年齢向きで、全40P。
付き合うことになった二人ですが、例によってすんなりといくはずもなく、お互い相手の気持ちをあれこれ考えて行ったり来たりしてしまいます。意識し過ぎて思わず避けてしまったり、素直な行動が取れずに悩んだりします。デートしたり、一緒に時間を過ごすうちに、だんだん相手への信頼、相手を理解する気持ちが高まっていく感じの話です。
わりとほんわり目の話になります。
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