No.523894

中二病でも恋がしたい!Lite ジャカルタの夏(サマーパラダイス)

中二病でも恋がしたい!完結記念大放出その2
樟葉さんシナリオバッドなのかハッピーなのかは判断保留短編2編

コラボ作品
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2012-12-27 18:28:04 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1725   閲覧ユーザー数:1671

中二病でも恋がしたい!Lite ジャカルタの夏(サマーパラダイス)

 

 

『ねえ。勇太、どうする?』

『うん?』

『お父さん。今年は日本に戻って来られそうにないっていうから。こっちがジャカルタに行くことになりそうだけど』

『う~ん。考えておくよ』

 

 

 そして、俺達は──

 

「着いたぁ~~っ! ここがジャカルタかぁ~~♪」

「お兄ちゃん、海だよ。海っ!! 青い海、常夏の島だよっ♪」

 

 電車を乗り継ぎながら数時間。最後は江ノ電に乗って終点までいき、俺たちは遂にジャカルタへと到着した。

 ずっと真夏の海があるここはジャカルタに違いなかった。島も目の前にあるし、ここはどう見てもジャカルタだった。

 

「お母さんと夢葉は直接ホテルに入ってお父さんに会うけれど、勇太と樟葉はどうする?」

 母さんが長旅に疲れて寝てしまっている夢葉を抱きかかえながら尋ねてきた。

「せっかくだから、このまま海で遊んでいくよ」

「わたしも。お兄ちゃんと一緒にいるね」

 俺達兄妹は昼間からホテルに入るのはやめて、遊んでいくことにした。

「じゃあ荷物はお母さんがまとめてタクシーで運んでいくから。夕飯前にはホテルに入ってね」

「「は~い」」

 こうして俺と樟葉は2人だけで行動することになった。

 

 

「お兄ちゃん。早く着替えようよ」

 樟葉が腕を引っ張ってくる。

「随分な長旅だったのに樟葉は元気だな」

 俺はこのジャカルタに辿り着くまでに何度も乗り換えを体験して結構ヘトヘトだった。対する樟葉は笑顔笑顔笑顔。

「せっかくお兄ちゃんとの新婚旅こ……家族旅行なんだもん。いっぱいいっぱい楽しまないと♪」

 いつもは感情の起伏に乏しい樟葉がこんなにも楽しそうにしている。これも真夏の国の効果に違いなかった。

「……それに、わたしとお兄ちゃんは同じ部屋で宿泊、だもんね。今夜はお兄ちゃんと……クスッ」

 こんなにも楽しそうに笑っている樟葉を見るのは本当に久しぶりだった。

 

「ほらっ、お兄ちゃん。あっちにジャカルタ海の家があるよ。あそこで着替えよう」

「ああっ。そうだな」

 妹に手を引っ張られながら海の家へと走っていく。

「あんまり走ると、転ぶぞ」

「大丈夫だよ~、って、きゃあっ!?」

 砂浜に足を取られて樟葉が転びそうになる。

「危ないっ!」

 正面に回り込みながら転倒しそうになる樟葉を抱きかかえる。

「ありがとう。お兄ちゃん」

 ちょっと恥ずかしそうに語る妹。

「気を付けてくれよな、本当に」

 安堵の息を吐き出しながら妹の頭を優しく撫でる。

 普段はしっかり者の妹もまだ13歳の中学1年生。旅先ともなれば浮かれることもあるだろう。

 そんな妹を守ってやるのが兄の使命じゃないか。

 そうだ。ここでは俺が樟葉を守ってやらないとな。俺がこのジャカルタの地では樟葉のナイトにならないといけないんだ!

「俺が、樟葉のことを守るからなっ!」

「うん。わたしのことを一生守ってね♪」

 妹は満面の笑みを浮かべた。

「……クス。計画通り」

 俺は妹を抱きしめながら魂の滾りを感じていた。久しぶりに兄らしく妹に接することができると。

 

 

 

 ジャカルタ海の家で水着に着替える。

 男の着替えなんて脱いでただ海パンを穿けばいいのですぐに終わった。

 で、妹の着替え終わるのを待っている。

「そう言えば、樟葉ってどんな水着にしたんだろう?」

 去年までの樟葉は小学生だった。

 家族で海やプールに行った時、妹はスクール水着やフリフリが沢山ついた可愛い系の水着だった。まだお洒落にはあまり気を使っていなかった。

 今年中学生となった妹はどんな水着を見せてくれるのか。楽しみだった。

「お兄ちゃん。お待たせっ♪」

 タイミング良く妹から声が掛かる。さて、妹の実力のほどを見せてもらおうか。

 ちょっとだけドキドキしながら振り返る。そこには──

「あっ」

 薄緑色のワンピース型の水着をきた去年よりもずっと大人びた樟葉が立っていた。

 

「どう、かな?」

 不安げな表情で尋ねる樟葉。

「あ、ああ。可愛い、よ」

 毎日見慣れているはずなのに妹を直視するのが照れくさかった。

「で、でも、ビキニとかもっときわどい水着をきてくるかと思ったけど、やっぱり樟葉はまだまだ子供だな」

 恥ずかしいのをごまかす為に偉そうに踏ん反り返ってみる。

「お兄ちゃんは、わたしのエッチな格好がたくさんの人に見られても良いの?」

 妹はとても悲しそうに俺を見ている。そんな妹の視線に胸が痛む。

「お兄ちゃんは、わたしのエッチな姿が他の男の人に見られても平気なの?」

 妹の泣きそうな瞳。それを見て俺は何て愚かなことを言ってしまったのかと悔やんだ。

「樟葉がエッチな水着をきるなんてはしたない真似はお兄ちゃんが一生涯許しません!」

 樟葉の頭を撫でながら叱る。いや、俺が本当に叱りたいのは自分自身に他ならなかった。

「ごめんな。悪いお兄ちゃんで」

 妹に向かって頭を下げる。樟葉よりもっとガキだったのは高校生の俺の方だった。

「うん」

 樟葉は頷いてみせた。

「エッチな水着はお兄ちゃんの前でだけ着るようにするね♪」

 樟葉は舌を出しながらいたずらっぽく笑った。

「お兄ちゃんをからかうんじゃないの」

 妹の頭を軽くこづく。

「さっ。早く海に入ろうぜ」

 妹の手を引きながら海へと急ぐ。樟葉の水着姿を他の男達に見せるのはなんか嫌だった。

「……お兄ちゃん。わたしの水着姿をすごく意識している。クスっ」

 俺は楽しげに笑う妹と共に海に向かって全力ダッシュした。

 

 

 

 

「お兄ちゃん。そろそろ休憩にしようよ」

「そうだな。離岸流に流されたりすごく疲れたもんな」

 午後3時過ぎ。俺はかなりヘロヘロになって砂浜に寝転がっていた。妹にカッコいい所を見ようと思って張り切りすぎてしまった。遠泳とか自分でも無茶しすぎだったと思う。

「お兄ちゃん。あっちにジャカルタ海の家があるよ」

「ジャカルタは国際観光地だからな。ジャカルタ海の家があるのは当然だよな」

 妹が指差した先。そこには『UMINOIE LEMON』と看板が出ているジャカルタ海の家があった。

「じゃあ、あそこで休憩しようぜ」

「うん♪」

 樟葉と2人で『氷』の表記があるジャカルタ海の家へと入っていった。

 

「ちぃ~す(やあ、みんな。ヴァカンスのひと時を楽しんでいるかい? 僕と樟葉もその輪の中に少し加えさせてもらうよ)」

 父さんに教えてもらった片言のインドネシア語を駆使しながら店内へと足を踏み入れる。

「いらっしゃいませでゲソ(あらっ。これは随分と可愛い騎士さまとお姫さまがお越しになってくれたものね)」

 対応してくれたのは、樟葉と同世代に見える髪の毛の青い、肌の白い少女だった。

 頭には白い三角巾らしきものを巻き、ワンピースも白で統一している。長い髪の毛は10本ほどの束に分かれており、それぞれがまるで意思を持つかのように動いていた。全体的にちょっとだけイカを連想させる少女。

「えっと、2人です(僕と樟葉の為に最高の席を準備してくれないかな?)」

「じゃあ、そっちのテラスに座るといいんだゲソ。海が綺麗なんだゲソ(あらっ。ナイトさまはお姫さまを口説こうというつもりなのかしら? そちらの海が綺麗に見えるテラスを使えばどんな子もメロメロにできるわよ)」

 イカ少女の案内に従って海がよく見えるテラス側のテーブルに座る。

 俺のインドネシア語は通じているようだった。心底ホッとしている。

「お兄ちゃん。外国語で会話できるなんてすごいね♪ 気のせいか日本語のやり取りのようにも聞こえるけど」

 樟葉が瞳を輝かせて喜んでいる。兄の面目躍如を果たしたという所だろうか。

「まあ、ジャカルタに行くことになってから必死に勉強したからな」

 旅行先でちょっとでも話せるようにと必死に勉強した甲斐があったというものだ。

「さあ。注文を選んでくれなイカ?(カップルでの甘いひと時を過ごす前にまずはオーダーしてくれないかしら? チャージ料代わりにね)」

 イカ少女がメニューを渡してよこした。メニューを開くとインドネシア語でメニューが並んでた。

 

 ジャカルタ海の家ラーメン

 ジャカルタ海の家カレー

 ジャカルタ海の家エビチャーハン ◎店員お勧め

 

 

「えっと、樟葉はお腹空いている?」

「ちょっとだけ、かな」

 妹はお腹に手を当てながら首を少しだけ捻ってみせた。

「俺もちょっとだけ、かな」

 遠泳で疲れ果ててお腹は減っている。けれど、体力を消耗しすぎてガツガツ食べる気も起きない。

「じゃあ、エビチャーハン1つとカキ氷のイチゴとメロン味を1つずつください(可愛い君お勧めであるエビチャーハンと南国の海にとろける氷山の太陽味と緑の自然味を1つずつ頼むよ)」

「分かったでゲソ(強いカクテルを頼んで女の子を酔わせてしまう方が良いのではないの? 随分と真摯なナイトさまなのね。クスッ。了承したわ)」

 イカ少女はメニューを持って下がっていく。何とか注文も無事に果たせてホッとした。

 

「やっぱり異文化コミュニケーションは緊張するなあ」

 緊張感が抜け落ちて脱力する。テーブルを枕にして店内の様子をだらっと眺めてみる。すると、厨房の奥で普段よく見慣れたアホ毛がひょっこり立っているのが見えた。

「あの髪って、もしかして六花か?」

 アホ毛は六花が生やしているものとよく似ていた。しかしここはジャカルタ。六花がいる筈もない。ということは……。

「もしかして、十花さん?」

 可能性を口にしてみる。ここは外国でそんな筈はないと思いながらもつい呟いてしまった。

「うん?」

 アホ毛の持ち主は俺の声に呼応するかのようなタイミングで振り返った。

「なんだ。勇太と樟葉ではないか」

 振り返ったその顔と声は小鳥遊十花と一致していた。というかどう見ても本人。

 俺たちの名前を言い当てたことからも間違いなかった。

 

「何でここに十花さんがぁっ!?」

 つい大声で叫んでしまった。だってここジャカルタ。インドネシア。湘南っていうか江ノ島っぽい風景が広がっているけれど外国だ。外国に違いないはずだった。

「何故って、私はこの店でシェフとして働いているのだから当然だろう」

 十花さんはたまねぎを超高速で刻みながら涼しげに答えた。

「十花さんの職場ってここだったんですか」

 話を聞きながら何となく納得してしまった。

 十花さんは朝早く出かけ、夜遅く帰ってくる。それは、お店が忙しいだけでなく往復に時間が掛かっていたからなのだ。

 十花さんが毎日ここジャカルタ海の家まで出勤していると考えれば何の疑問もなくなる。

 極めて理路整然とした答えだ。十花さんの職場の謎が全て解けた。異論は認めない。

 

「それで、お前たちこそ何故ここにいる?」

 十花さんが瞳を細めながらジッと俺を見ている。

「えっと、父さんに会いにここま……」

「新婚旅行か?」

 十花さんは瞳を限界ギリギリまで細めながら首を捻った。

「あの、十花さんは一体何を言って? 俺と樟葉は兄……」

「はい。そうなんです」

 妹はコクッと頷いて肯定してみせた。

「ちょっと待て。妹よっ! お前は一体何を言っている?」

 立ち上がって妹の意見を訂正させようとする。しかし──

「そうか。遂に樟葉も結婚か。おめでとう」

「はい、ありがとうございます。13年越しの交際の果てに遂にゴールインです」

 十花さんと樟葉は俺の話を聞いてくれない。

 2人ともかなり無表情のまま淡々とした口調で祝いの言葉と返礼を述べている。

 何この空間?

 おかしいのは俺の方なの?

 誰か教えてよ、ママ~ン!!

「しかし、これが旦那で良いのか? 果てしなく外れに見えるのだが?」

「無表情のまま俺を貶すのはやめていただけないでしょうか?」

「確かにダメダメのダメダメですけど。でも、役に立ったり良い所もありますよ。お刺身のパックを買ったらついてくる緑色でギザギザの飾りぐらいには」

「それって何の役にも立ってないって言っているのと同じですよね?」

 クソォ! 2人とも俺の言うことを完璧に無視してくれやがる。

 間違っている。間違っているぞぉ~~っ!

「だがまあ、幸せの形は人それぞれだ。樟葉が勇太と一緒になることで幸せになれるのならそれで良いさ」

「はい。わたしは今、とても幸せですから」

 しかも俺を無視して良い話風にまとめている。樟葉なんかセピア色の景色の中で微笑んでギャルゲーのエンディングCGみたいになっている。

 世界の……悪意を感じるよ。

 

「お待たせしたでゲソ(さあ、ご注文の品の到着よ。南国での開放的な雰囲気をその舌で堪能してちょうだいね)」

 イカ少女が注文を運んできてくれた。

「このエビチャーハン……美味しい」

「当然だ。この私が調理したのだからな」

 誉められて嬉しいのかドヤ顔をしてみせる十花さん。

 でも、俺はこのチャーハンの本当の隠し味を知っている。

 十花さんのチャーハンに絶妙に加えられた更なる塩辛さ。それこそがこのエビチャーハンを最高の美味へと引き上げているのだ。

「お兄ちゃん。泣いているの?」

「最高の調味料を付け加えているのさ」

 妹に返答してみせながら最高のグルメを遠い南国の地で味わうのだった。

 

 

 

 わたしとお兄ちゃんは海でいっぱいいっぱい遊んでからホテルへと引き上げてきました。

 それはわたしたちの新婚旅行がいよいよ佳境へと向かっていくことを意味していました。

 

 パパとママ、言い換えれば夫の義父と義母との会食も済んでみんなまったりモードです。

 そんな中ママはホテルの喫茶店から夜の海を眺めながら楽しそうに述べたのでした。

「そっかぁ。十花ちゃんってこっちのレストランで働いていたのね。知らなかったわぁ」

 それは一見独り言のように聞こえます。でも、お兄ちゃんに顔を向けて発している言葉なのでわたしとしては警戒せざるを得ませんでした。

「高級取りの大人の女性って素敵よねぇ~」

 ママがお兄ちゃんを見ながらニヤッと笑います。その瞬間、わたしの警戒警報レベルはマックスに到達しました。

 そして、ママは世迷いごとを言い放ったのです。

「勇太、頑張らなくちゃ」

 それを聴いた瞬間、わたしは全身の血が凍りついていくのを感じました。

 新婚旅行中の息子夫婦に対してこの人は一体何をほざいているのでしょう?

 やはりこの人は自分の手に孫を抱きたくないようです。

「何を頑張るってんだよ!」

「年上の女をメロメロにできてこそ本当に良い男って言えるのよ~」

 お兄ちゃんをいやらしい瞳で見ながらニヤニヤと笑うママ。

 まったくママときたらママときたらママときたらっ!!

「……やっぱり、今夜決行するしかないね」

 テーブルの下で拳をグッと握り締めながら決意を固めます。

 放っておくとこの人は十花さんに何を吹き込むか分かりません。

 お兄ちゃんの正妻はわたしで、今は新婚旅行の最中だと言うのにです。

「……もう、お兄ちゃんの気持ちが付いてくるのを待っている余裕はない」

 できることならお兄ちゃんにリードしてもらいたかったです。私だって女の子ですから。男性にぐいぐい引っ張ってもらえる恋愛でいたかったです。

 だけど、目の前に不穏分子が存在する以上、まずは結果を追求することが何より重要となります。

 

「……フフフ。これで樟葉ちゃんも火が付いてくれたかしらね。ママは今、無性に孫を抱きたい欲望にとり憑かれてしまっているのよ。誰の子であろうとね」

 

 のん気な顔をして楽しげに笑っているママ。この人の思い通りにお兄ちゃんを十花さんに渡すことなんてできません。

 プランNを即時に実行に移したいと思います。今こそ、勝負に出るときです!

 

「す~ぴ~」

「むにゃ~~ママぁ~久しぶりに会ったんだし、今夜は思い切り鞭で叩いてくれぇ~むにゃぁ~」

 夢葉とパパはテーブルに突っ伏して眠ってしまっています。好都合です。

 後はママとお兄ちゃんですが……。

「あっ! UMINOIE LEMONの方で人が光っているよっ!」

 外を指差しながら2人の気を他の所へと逸らします。

「本当だっ! あれって、今日昼間に応対してくれたイカ少女じゃないか」

「世の中には不思議な特技を持った子もいるのね~。勇太、頑張らなくちゃ」

「だから何を頑張るんだ!」

 2人の注意がイカ少女さんへと移ります。テーブルに関心を寄せている人間は皆無になりました。今がチャンスですっ!

 わたしはポーチの中に入れておいた白い丸薬をお兄ちゃんのジュースの中に放り込みました。

 薬はすぐにジュースの中に溶けて混ざりました。混入の形跡は残っていません。第一段階はクリアです。

 

「お兄ちゃん、はい。ジュースだよ」

 グラスを持って僅かに回してかき混ぜながらお兄ちゃんに渡します。

「ああ。サンキュー」

 お兄ちゃんは発光するイカ少女さんを見ながらジュースを受け取ります。そして、ストローからトロピカルジュースを口に含んだのでした。

「あれっ? さっきと味がちょっと変わったような?」

 眉間に皺を寄せながら飲むのを中断しています。でも、それではわたしが困るのです。ちゃんと最後まで飲んでもらわないと。

「生ジュースなんだから早めに飲んだ方が良いと思うよ」

「そうだな」

 お兄ちゃんはわたしの言葉に頷くと、ストローを深く刺して一気にジュースを飲み干したのでした。第二段階クリア。

 これで……プランNの執行を迎えることができそうです。

 ママに良いムードを邪魔されて一時はどうなることかと思いました。けれど、これでわたしとお兄ちゃんの旅行は本当の意味での新婚旅行になることができそうです。

 

 さて、後は部屋に戻るだけですね。

 お兄ちゃんとわたしの2人で泊まる部屋に。

「あっ、あれっ?」

 お兄ちゃんが急に上半身をグラグラと揺らし始めました。その顔はみるみる上気し始めてすぐに真っ赤になりました。まるで酔っ払ったかのような状態です。

「昼間、たくさん泳いだから疲れが急に出たんじゃないかな?」

 嘘であることを知りながら可能性がありそうな意見を述べてみます。

「そ、そうなのかも知れないな」

お兄ちゃんはわたしの言葉に同意しました。

「じゃあ、わたしが肩を貸すから一緒に部屋に戻ろう」

 頭を寄せてお兄ちゃんの右腕をわたしの頭の後ろに回します。

「えっ? 樟葉の体から甘くて良い匂いが……いや、ちょっと待て。樟葉は実の妹だぞ!?」

 わたしが密着したことに激しく動揺するお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんの慌てぶりに気付かないフリをしながら立ち上がります。

「ほらっ。お兄ちゃん。お部屋に戻ろう」

「ああっ。…………って、胸が。胸が当たってる!? いや、落ち着け、俺。相手は血の繋がった妹だぞ。一体何をそんなに焦っているんだ!?」

 お兄ちゃんの意識が全てわたしに向いているのは間違いありませんでした。

 薬は……大成功のようです♪

「それじゃあママ。お部屋に戻ってお兄ちゃんと“寝る”ね」

 “寝る”という単語に特殊な意味を込めながら挨拶をします。お兄ちゃんは十花さんには渡さないという宣戦布告をママ本人に気付かれないように行います。

「海外ではしゃいでいるからって、あまり夜更かししてはダメよ」

「明日には響かないように適当に寝るってば。それじゃあ、おやすみ」

 やはりわたしの宣戦布告に気付かなかったママにおやすみを告げてホテルの中へと戻っていきます。

「……なっ、何で樟葉を見ているとこんなにもムラムラしてくるんだ? 樟葉は妹なのに。まだ中学生なのにぃっ!」

 お兄ちゃんは自分の中の葛藤と戦い続けています。部屋に到着するまでは精々争ってもらおうと思います。

 わたしの方は、夕食前に体をピカピカに磨いて準備は全て万端ですので♪

「お兄ちゃん。素敵な夜にしようね♪」

 打倒十花さんを胸に誓いながらわたしはお兄ちゃんに微笑んだのでした。

 

 

「……奥手な娘もこれでようやく孫を抱かせてくれる道を歩み始めたわね。計画通りだわ」

「すぴ~。ままはしししんちゅうのむし~おにいちゃんとくずはおねえちゃんとのなかをとりもつだなんて~すぴ~」

 

 

 

『はぁはぁ。わたし……お兄ちゃんの子供、絶対に産むからね』

 

 夢の中に潤んだ瞳で頬を上気させた樟葉が出てきた。いつもの無表情と違いとても艶っぽい顔。

 そして妹は何も身に着けていなかった。生まれたままの姿。更に俺は樟葉を組み伏せる姿勢を取っていた。

 そんな状況で妹は俺の首に両腕を回してキスをねだりながら幸せそうに微笑んでいた。

 

「何だそりゃ?」

 あまりにも意味不明な夢に思わずノリツッコミを入れてしまう。そしてツッコミと共に意識が覚醒した。

 目を覚ますと知らない部屋。というか、昨日到着したジャカルタのホテルの室内だった。

 けれど、昨夜いつこの部屋に戻ってきたのかさえも覚えていない。家族で夕食を共にしたことまでは覚えているのだけど、その後の記憶が曖昧。

「樟葉に聞けば分かるか」

 同室に泊まったはずの妹の姿を探す。隣のベッドに妹の姿はなかった。

 樟葉のベッドは綺麗に整理されていた。まるで昨夜妹はあのベッドを使用しなかったかのようにシーツが綺麗に敷かれている。

樟葉の几帳面さと家事技能の高さを示すエピソードの1つと言えるだろう。

「樟葉は散歩にでも出かけたのかな?」

 妹の姿は室内のどこを探してもなかった。シャワーを浴びている様子もない。

 ジャカルタの地を堪能したくて朝早くから出かけているに違いなかった。

「じゃあ、俺も起きるか」

 上半身を起こして布団を引っぺがす。

 すると、妙なものがベッドの上に置かれているのが目に入ってきた。

「これは……樟葉のブラとパンツ?」

 洗濯時に何度も見たことがあるから分かる。妹の下着に違いなかった。

「何で樟葉の下着が俺のベッドの中に?」

 まったくもって謎だった。

 

 

 お昼時、今日もまた俺は樟葉と2人で海に遊びにきていた。

 でも、昨日とは少しだけ異なる点がある。

 それは妹が水着に着替えていないことだった。青いワンピース姿で海岸線を歩いていた。

 その理由が気になって俺はひと泳ぎした後で妹に尋ねてみた。

「何で今日は泳がないんだ?」

 妹は顔をボッと赤く染め上げた。

「きょっ、今日はまだ体が痛くて、歩くのも辛いの。だから……」

 樟葉は体をモジモジと擦り寄らせて恥ずかしがりながら答える。

「そう言えば今日歩くのも辛そうにしているよな。日焼けが辛いのか?」

 納得の理由だった。樟葉は昔から日焼けに弱かったから。

「……わたしが泳げないのも歩けないのもみんな昨夜のお兄ちゃんのせいなんだからね。……お兄ちゃんのケダモノ。草食系のふりしてあんなにすごいことするなんて……」

 妹はブツブツと呟きながら何故か俺を恨めしい瞳で見ている。昨日日焼け止めを塗ろうと提案しなかったことを怒っているのかも知れない。機嫌を直してもらうことにする。

「なあ。そろそろお腹減らないか? 十花さんの所に行ってご飯にしようぜ」

「お兄ちゃん。女の子を食べ物で釣ろうとするのは良くないよ」

 不満そうな樟葉の表情。でも、ちゃんと手を繋いで付いてきてくれた。

 

「あっ。また来たでゲソね(昨夜はお楽しみだったようね。可愛いプレイボーイさん)」

「また2人。テラスの席をお願いするよ(おいおい。樟葉に向かってそんなはしたない挨拶はやめてくれよ。彼女はとても初心なんだから)」

 少し慣れてきたインドネシア語でイカ少女と会話しながらテーブルに着く。

「お昼はエビチャーハンがお勧めでゲソ(エビチャーハンの魔力に掛かれば、そちらの可愛い彼女と今夜も燃え上がること間違いないわよ)」

「エビチャーハンは昨日も食べたんだけどなあ。でも、美味しかったからいいか。エビチャーハン2つとオレンジジュース2つで(おいおい。僕はどうせなら、可愛らしい君をエビチャーハンと共に食べてしまいたいぐらいなのに。君は冗談が上手いねえ)」

「了解したでゲソ(あらっ。私は火遊びは好きじゃないのよ。奥さんのいる男に手を出しても虚しいだけだもの)」

 イカ少女は厨房へと戻っていく。

 代わりに俺たちに興味津々な瞳を差し向けてきたのは十花さんだった。

「あの……見られていると、非常に居心地が悪いんですが」

 十花さんの視線が俺たちにねっとりと絡みつく。

「料理は完璧に作るから気にするな」

 返事しながら超人的包丁捌きを披露する十花さん。

「料理に失敗はなくても、見られていると俺の胃が圧迫されるんですが……」

 こんなにも食欲が減退する視線も珍しい。そしてそんな視線を送ってくるシェフも珍しいだろう。

「まあ、勇太は別にどうでも良い」

 そして心をナイフで抉ってくれる。十花さんの精神攻撃はハンパない。

 

「樟葉……一晩で、その……随分綺麗になったな」

 十花さんが樟葉を見ながらどもった。顔が少し赤くなっている。一体何故?

「一晩あれば、女は綺麗になれますよ」

 妹はとても綺麗な。そう、とても大人っぽくて色気を感じさせる表情で十花さんに微笑んだ。

「そ、そうか。…………樟葉に先を越されてしまったか」

 樟葉の笑顔が眩しすぎたのか、十花さんは真っ赤になって俯いて調理を再開した。

「勇太。お前、ちゃんと責任は取るんだぞ」

 ごにょごにょと小さい声で俺に注文をつける。

「あの、責任って一体?」

 十花さんが一体何のことを言っているのか。まるで理解できない。

「大丈夫ですよ。お兄ちゃんはちゃんと責任を取ってくれますし、2人で幸せになってみせますから。来年には3人かもしれませんけど♪」

「2人とも、一体何の話をしているんだぁ~~っ!?!?」

 俺の絶叫が木霊する。樟葉と十花さんの話はまったく訳が分からなかった。

「店内でうっさいでゲソっ!(あらあら。プレイボーイさんはようやくお姫さまと生涯を共にする覚悟を決めたっていうわけね。おめでとうって言っておくわ)」

 俺の疑問はジャカルタにいる間、結局解かれることはなかった。

 

 

 

 

 

『お兄ちゃんの赤ちゃん……できちゃった』

『へっ? 俺と、樟葉の赤ちゃんっ!? えっ? えっ? えぇえええええええぇっ!?』

 3ヵ月後、樟葉のお腹が少し膨らみ始めたことで俺はあの夜何が起きたのかを知った。

 トロピカルジュースを飲んで酔ってしまっていたので何も覚えていないなんて言い訳は通じない。

 俺は妹の光り輝くはずだった人生を滅茶苦茶にしてしまったのだから。

『すっ、すまない。樟葉……。俺は、なんてお詫びをしたらっ!?』

 何度も何度も必死になって樟葉に頭を下げた。だけどそれで許されるわけがない。許されるわけがなかった。

『いいんだよ。お兄ちゃんがわたしをいっぱい愛してくれているのが伝わったから。だから、いいんだよ』

でも、それでも妹は笑ってゆるしてくれた。

『だからわたしは、お兄ちゃんとの愛情がたっぷり詰まったこの子を産むね』

 そして妹はお腹の子を産むと宣言。ジャカルタのあの夢を少しだけ思い出した。

『なら俺は……そんな樟葉を、一生涯懸けて守ってみせるから! それが俺の今後の人生の進むべき道だっ!』

 俺が兄として、男としてできる唯一の償いは妹の決意を叶えてやることだけだった。

 けれど、日本社会において妹の夢を叶えてやることは難しすぎた。

 だから俺と樟葉は、父さんに骨を折ってもらってジャカルタに移り住むことにした。俺たちの関係が血の繋がった兄妹だと人々に知られずに済む遠い異国へと。

 

「ほらっ。しっかり働けよ、勇太。お前の働きぶりに樟葉とお腹の子供の未来は掛かっているのだからな」

「はいっ。十花さん。俺、頑張りますから」

 

 俺は今、UMINOIE LEMONで調理補助として働いている。十花さんが俺の採用をオーナーに勧めてくれたのだ。十花さんには本当に感謝している。

 彼女のおかげで樟葉を養っていける糧をみつけ出せた。そしていずれは免状を取って正式なコックになろうと頑張っている最中だ。

 平凡な高校生活を3年間送るという予定とはだいぶ違う展開になった。けれど、決して悪い人生だとは思わない。

 今の俺は樟葉とお腹の子の為に働く意欲に溢れ、仕事も楽しくて仕方ないのだから。

「勇太、奥さんが様子を見にきたぞ。休憩に入って良いからちゃんとエスコートしてやれ」

「勇太と樟葉はラブラブだゲソ(貴方たちって南国のこの真夏の太陽よりも熱くって、本当に妬けちゃうわ)」

「はい。ありがとうございます」

 エプロンを外しながら樟葉の元へと駆け寄っていく。

 今では最愛の人となった妹の元へと。

 

「樟葉ぁ~~~~っ」

「お兄ちゃ~~ん♪」

 

 早足で近寄ってきた樟葉を固く抱擁する。

 天真爛漫な笑みを浮かべてくれる樟葉がいてくれる限り、俺にとってこの土地は楽園(パラダイス)に違いないのだった。

 

 

 中二病でも恋がしたい!Lite ジャカルタエンド

 

 

 

 

中二病でも恋がしたい!Lite 2人だけの……現実逃避(エスキャピズム)

 

 

「お兄ちゃん……これは一体どういうことなのか。説明してくれるかな?」

 六花が俺の家に泊まっていった翌日。

いや、俺は決して六花に変なことはしてないぞ。

 六花には樟葉の部屋で寝てもらったし、指1本触れていない。

だが、その樟葉が怒りに満ち満ちた表情で俺を見ていた。

「あの、樟葉様は一体何をそんなに怒っていられるのでしょうか?」

 震えながら尋ねる。俺は六花に触れていないのだし、部屋もきちんと綺麗にした。

何も疚しいことはないはず。

「昨日……六花さんがわたしの部屋に泊まったよね?」

 樟葉は今にも視線だけで俺を殺しそうなほどキツい瞳で俺を睨んでいる。

 イエスと言ったら殺される。それを直感した。

「えっと、それは……」

「匂いで分かるよ。六花さんの匂いがわたしの布団から漂うもの」

「その…………はい」

 諦めて死刑判決を待つしかなさそうだった。

 

「で?」

「でっ、とは?」

 妹の言葉の意味が分からずに大量の冷や汗が流れ出る。

「六花さんを……抱いたの?」

「はひっ!?」

 妹から予想外の余りにもストレートな質問に俺の脳が機能を停止する。

「だから、わたしの部屋で六花さんとエッチしたのかって聞いているの!」

 樟葉の怒りの形相。とっても怖い。

 でも、兄の威厳として、俺個人の名誉の為、六花の為にも訴えずにはいられなかった。

「そんなわけがあるかぁああああああああああぁっ!!」

 大声で疑惑を否定する。

 

「高校生の男女が一つ屋根の下で一緒に泊まって何もなかったなんて信じられるわけがないでしょっ! 少年漫画やラノベの主人公じゃあるまいしっ!」

 樟葉がいつものクールな態度をかなぐり捨てて怒鳴ってくる。

 でも、これだけは譲れなかった。

「俺は六花に指1本触れてないっての!」

「嘘っ! わたしの部屋でエッチなことたくさんしたんでしょっ! わざわざわたしの部屋を使うなんて……この鬼畜お兄ちゃんっ!」

「だから、俺はお前の部屋でそんな変態的行為に及んだりしないっ!」

 激しい言い争いをする俺と樟葉。こんな激しく言い争ったのは何年ぶりだろう?

 

「じゃあ、エッチはお兄ちゃんの部屋でしたって言うの!?」

「だからエッチから離れろっての!」

 樟葉は完全に逆上している。

 まあ、俺もだが。

 確かに、兄と上の階の住人の情事など想像すれば樟葉が平然としていられないのは分かる。

 けど、それはそれ。俺は自分の無罪を譲ることはできない。

「じゃあじゃあ、お風呂場でエッチしたって言うのっ!?」

「だから俺と六花は清い関係だし、彼氏でも彼女でもないっての!」

「そんな男の人にだけ都合の良い台詞を信じられるわけがないよっ!!」

「俺はいまだにDTだってのぉ~~~~~~っ!!」

 妹相手にとても恥ずかしいことを叫んでいた。

 でも、それが事実だった。

 そして、それをきちんと納得してもらわない限り俺は今日樟葉に殺される。

 それも間違いなかった。

 

 

 

 

「お兄ちゃんが六花さんとエッチしてないってことは信じてあげる」

「それは、良かった」

 DT宣言したおかげで妹の信頼を勝ち得た。

 でも、童貞発言でしか妹を説得できないというのは兄として、人としてどうなのだろう?

 ちょっと虚しかった。

「でも、どうして六花さんがうちに泊まることになったの? お兄ちゃん、六花さんの故郷に行ったはずだよね?」

「えっと……それは、だな」

 妹にどこまで説明していいのか判断に迷う。それ以前に六花の葛藤について俺は全てを分かっているわけじゃない。

 彼女の心の闇はよく知り得ない。けれど、独りにしておけなかった。だから一緒について戻って来た。かいつまんでしまうとそういう話だった。

 

「故郷は六花にとっては居辛い場所だった。だから先に帰ってきた。俺はそんな六花に付き添って一緒に帰ってきたんだよ」

 樟葉は俺の言葉の真意を測るように瞳を細めて俺を見る。

「樟葉さんの事情は聞かないよ。敏感な問題のようだし」

「そうしてくれると助かる」

 どうやら信じてくれたらしい。ずっと一緒に育って来ただけあって、俺達兄と妹の以心伝心はお手の物だった。

「一緒に先に帰って来たのは分かった。じゃあ、何で六花さんはお兄ちゃんの部屋に泊まったわけ?」

 ……樟葉の追及は終わったわけではなかった。むしろ、一番厄介な部分を突かれた。

「えっと、それは、六花が家の鍵をたまたま忘れてしまったからで……」

「お兄ちゃん。幾ら何でもその言い訳は苦しいんじゃないかなあ?」

 妹の視線が厳しい。

 確かに、逆の立場だったら俺も疑うに違いない。

「でも、事実だ」

 重ねて事実であることを告げる。六花が鍵を持っていなかったことは事実なのだから。

 

「じゃあ、仮に六花さんが鍵を持っていなかったことを認めるとしてだよ」

「仮じゃなくて、真実なんだけどな」

 今日の樟葉はいつになく厳しい。六花が泊まっていったことがよほどご立腹らしい。

「それで、お兄ちゃんの方には、六花さんが泊まることになって親しくなりたいっていう下心があったんじゃないの?」

 妹の視線はどこまでも厳しかった。

 

「何を根拠に、そう思う?」

 内面の動揺をポーカーフェイスで押さえつけながら聞き返す。

「気配」

 妹の言葉に躊躇はなかった。

 何とも抽象的で曖昧な証拠。けれど、俺と樟葉の仲に限って言えば、あまりにも的確すぎる証拠だった。

 樟葉には、嘘が通じない。

 昔からそうだった。言葉がどうとか仕草がどうとか言う前に、気配で嘘がバレてしまう。

 俺が中二病だった時は、さすがに樟葉でも心が読めなかった。

 それはそうだろう。俺自身でさえ何を考えて行動していたのか謎だったのだから。

 でも、中二病をやめた今、俺は再び妹に思考が筒抜け状態に戻っている。その樟葉が、俺の六花に対する下心を読み取っていた。

 

「それでお兄ちゃんは……六花さんと、お付き合いしたいの?」

 樟葉は思い詰めた表情で俺に尋ねた。先ほどまでのように怖くはない。でも、今までで一番重い質問だった。

「俺は……六花と……」

 考える。考える。考える。

 俺は六花とどうなりたいのか。昨夜、何を想ったのか。

「六花は中二病患者で……でも、可愛いくて傷付きやすい女の子で……」

 昨日の六花の表情が幾つも脳内にフィードバックする。

 悩み苦しんで、逃避して、でも救いを求めるあの表情が。

「俺は、六花に同情しているのか? それとも……」

 俺は、六花の保護者でいたいのか?

 それとも、もっと特別な男と女の関係になりたいのか?

「俺は、俺は、俺は……」

 頭の中がどんどんグチャグチャしていく。

「俺はぁ~~~~っ!!」

 両手で頭を抱える。

 頭がおかしくなりそうなほど混乱している。

 そう、混乱していた。

「分からない、んだ。俺は、六花と、どうなりたいのか……」

 結局それが今の正直な気持ちだった。

 

「そう、なんだ」

 樟葉は俯きながら重い声で答えた。

「その、何とも曖昧な答えになってしまって情けないないんだが……」

「そう、なんだ」

 樟葉は同じ言葉を繰り返した。更に重い感じで。

「あの、樟葉?」

 妹の様子が何かおかしいことに気付いて妹の元へと1歩近付く。

「そうなんだぁあああああぁっ!」

 すると、妹の怒鳴り声と共に思い切り肩を掴まれた。

 そして俺の体は半回転し、ベッドの上へと思い切り突き飛ばされた。

 

「えっ? えっ? ええっ?」

 俺には一体何が起きたのかさっぱり分からない。

 分からない。けれど、眼前に暗黒のオーラを放ち、目から永久凍土な眼差しを発する妹が立っていることだけは分かった。

「あの、樟葉……?」

 かつてないほどに全身を激しく震わしながら妹に尋ねる。

「……しないんだっ!」

「今、なんて?」

「六花さんと恋人になりたいってことを、否定しないんだぁっ!!」

 樟葉の大声と共に視界が一瞬暗転する。

それと共に腹にドンっという大きな衝撃を受けた。

 

「く、樟葉ぁっ!?」

 眼前の光景に驚きが隠せない。

 俺の腹の上に樟葉が乗っていたのだから。樟葉は俺の上に馬乗りになっていた。

 ヤンデレ、としか表現のしようがない壊れた瞳で俺を見ていた。

「お兄ちゃんが、お兄ちゃんが悪いんだからね……」

 樟葉は着ていた青いTシャツを脱ぎ去った。

 真っ白いブラが露になる。

「おっ、おまっ!? 一体、何をして!?」

「わたしの心をもてあそぶから。六花さんと天秤に掛けるような真似をするから」

 俺の話を聞かない樟葉の指が俺のTシャツの内側へと潜り込み、腹や胸を撫で回す。

「樟葉、一体どうしちゃったんだよ!?」

「お兄ちゃんが、わたしを選んでくれないのがいけないんだからねぇえええええええぇっ!?」

 Tシャツの中にあった妹の手が一気に引き上げられる。そのせいでシャツが縦に裂けて俺の上半身が露になった。

 それと同時に妹の頭が凄い勢いで俺に近付いてきて──

 顔がぶつかる直前に瞬間的に停止したかと思うと、妹の唇が俺の唇に重なってきた。

 

「………………っ!?!?」

 生まれて初めてのキスの相手が実の妹。その事実に俺の頭はパニックに陥りかけた。

 でも、俺が本当に混乱するのはこれからだった。

「お兄ちゃんは……誰にも渡さないんだから」

「樟……葉…………っ?」

 妹は自分の背中に手を回すと、ブラのホックを外した。

 ブラを躊躇いなく外しながら樟葉は俺の胸へともたれ掛かってきた。

 ピッタリと重なる俺と樟葉の上半身。

 

「お兄ちゃん……大好き。樟葉の全てをあげるから。お兄ちゃんの好きにしていいから。だから、永遠にわたしだけのお兄ちゃんでいてね」

 

 そして樟葉は焦点の定まらない瞳で俺に愛の告白をしたのだった。

「樟……葉…………っ」

 妹のそれは、怖いはずなのにとても甘い響きを持つ告白だった。

 その一言は、俺を完全に混乱に陥れたのだった。

 理性とかモラルとか倫理とか道徳とかも意識と一緒に次元の彼方へ吹き飛んでしまった。

「お兄ちゃんは……六花さんにも……他の誰にも……渡さないんだから……クス。クスス。クススススス。アッハッハッハッハッハッハ」

 

 それ以降のことはよく覚えていない。

 ただ、樟葉と六花に対して謝罪の言葉を口に出していたことだけははっきりと憶えている。

 抱きしめた樟葉の顔を見ながら何度も何度も。

 

 

 世間ではそろそろクリスマスの飾り付けがチラホラと目に付くようになった12月中旬。

 俺は一家で成田空港を訪れていた。

「ママ、いつかこんな日が来るんじゃないかって。前々から予感していたのよね~」

 母さんは俺と樟葉の顔を交互に見ながら大きくため息を吐いた。

「勇太の、樟葉ちゃんを見る目が中学の頃からおかしかったから」

「ええ~~っ!? 俺の方なのかよっ!?」

 母さんの言葉に納得しかねて声をあげる。

 確かに中学の頃の俺の目はおかしかっただろう。ダークフレイムマスターだったのだから。

 でも、その瞳は樟葉だけに向けられていたものじゃなくて……。

 けれど事ここに至ってはそんな言い訳が何の意味も成さないことは重々分かっている。

「まあ、今回のことは……結局、俺のせいなのは間違いないからさ」

 だから口を閉じる。

 

「樟葉ちゃんは、いいの?」

 母さんの瞳が樟葉へと向けられた。

「樟葉ちゃんは、こんな形で日本を離れる形になっちゃって、本当に良いの?」

 母さんは、少し膨らみ始めた、女性であればその膨らみの理由に敏感に気付くであろう、樟葉のお腹を見ながら尋ねた。

「わたしは幸せだから。お兄ちゃんと一緒なら世界のどこにいたって幸せだから。だから全然、悪いことなんてないよ」

 樟葉はそっと俺と腕を組んで並んで立ってみせた。

「樟葉ちゃんは、幸せ?」

「うん♪ とっても幸せだよ」

 母さんの問いに樟葉は迷いなく頷いてみせた。

「なら、ママは樟葉ちゃんの味方だからね♪」

 母さんは優しく樟葉を抱きしめた。

「うん。わたしとお兄ちゃんの仲を認めてくれて、お腹の子供のことを認めてくれて……ありがとう」

 涙を流しながら樟葉はお礼を述べた。

 いい風景。なんだけど、俺の場合と随分対応が違うなあと思わずにはいられない。

 

「勇太」

 母さんの顔が再び俺へと向き直った。

「ジャカルタでは樟葉ちゃんとお腹の子をしっかり守るのよ。あなたはお兄ちゃんであると同時にパパでもあるんだから」

「分かってるさ」

 力強く頷いてみせる。

 その覚悟がなければ、樟葉とお腹の子を連れてインドネシアに旅立とうとは思わない。

「それから、ジャカルタではしっかり働くのよ。偶然、インドネシア支社で日本人スタッフを募集することになって、パパが勇太にと申し込んでくれたんだから」

「分かってるさ。父さんに感謝しながら一生懸命働くよ」

 もう1度力強く頷いてみせる。

 多くは語れない。

 けれど、あの街にどうしても住み辛い状況になった時に救いの手を差し伸べてくれたのは父さんだった。そしてそれをフォローしてくれたのが母さんだった。

 両親のおかげで俺は樟葉とお腹の子を守る道を得ることができた。そのことには深く感謝している。

 

「さて、そろそろ出国審査に向かわないといけない時刻だな」

 国際線は乗るまでに時間が掛かる。そろそろ手荷物検査と出国審査を受けないといけない時間帯だった。

「勇太。樟葉ちゃん。向こうでもしっかりね」

 母さんが両手でガッツポーズを取りながら励ましてくれた。

「ああっ」

「うんっ」

 俺と樟葉は力強く頷いてみせた。

「ほらっ。夢葉ちゃんもお兄ちゃんとお姉ちゃんに行ってらっしゃいしないと」

 何が起きているのか多分よく理解していない夢葉はきょとんとした表情を見せて

「いってらった~い♪」

 とても微笑ましい顔で俺達に手を振ってくれた。

「じゃあ、行ってくるよ」

「行ってきます」

 母さんと夢葉に挨拶をしてから樟葉と手を繋ぎながら検査場に向かって歩き始める。

 

「樟葉のことも、子供のことも。誰に何を言われても俺が守るから」

「うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 樟葉の握り返してくる手の力が篭る。

「結婚はできなくても、俺は樟葉の夫であり、その子の父親だから」

「…………後で戸籍を操作しておくから。わたしとお兄ちゃんは血の繋がらない義理の兄妹だったってことになって、正式に結婚できるようになるから心配要らないよ」

 小さな呟き。樟葉は自分の将来に不安を抱いているに違いない。

 当たり前だ。実の兄と一線を越えて、子供までできてしまったのだから。

 それでも、心優しい樟葉は、お腹の子供を堕ろすなんてできなくて産むことを選んだ。

 そんな樟葉だからこそ、俺がこの人生を賭けて守ってやらないといけない。

「樟葉……俺は兄として、男としてお前のことを愛しているから。絶対幸せにするから」

「うん。わたしもずっとずっと……お兄ちゃんのこと、大好きだよ♪」

 樟葉の笑顔を見て改めて思った。

 俺は絶対、樟葉に泣き顔をさせないと。笑顔で一生を過ごさせると。

 それが、俺の人生の新しい目標になった。

 

「………………計画通り。クス」

 

 樟葉の天真爛漫な笑みに勇気と希望をもらいながら俺達はインドネシアへと旅立っていった。

 

中二病でも恋がしたい!Lite 樟葉ジャカルタエンド

 


 
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