「さ、そろそろ帰ろ。本当に蓮華が怒鳴り込んできそうだし。」
「もう良いのか?」
「ん。充分よ」
大きく頷いた雪蓮が、再び墓石の前に跪く。
「そろそろ行くわね、母様」
と墓石に向かって語りかけている雪蓮。
? しかしここで一刀は何か妙な違和感のようなものを感じ取っていた。普段から祭や思春にシゴかれている一刀はその妙なものが「殺気」であると感じていた。
(!誰だ! どこにいやがる!)
全神経を集中させ一刀はその殺気が放たれている方向を探っていた。
と、その時である。今まさに矢を放たんとしている兵士を見つけた一刀は
「危ない! 雪蓮!!!」
咄嗟に一刀は雪蓮を押し倒した。
「っ痛………」
「一刀!!っ誰だ!!出て来い!!私を孫伯符と知っての狼藉であるか!!」
愛剣・南海覇王を手に取り鬼気迫る表情で矢を放った刺客へ迫ろうとしていた。
「ひ、ひっ!」
「雪蓮!追いかけちゃダメだ!!」
「どうしてよ一刀!!」
「敵がまだどれだけいるか分からないし、それに雪蓮にもしものことがあれば皆が悲しむだろ?」
そう言うと一刀は片膝をついた。
「一刀!!!」
剣を地面に投げ捨て、雪蓮は一刀の側に駆け寄った。
「っ痛……大丈夫、ちょっと腕にかすっただけだから。かすった所が少し熱いぐらいだし。」
「!!大丈夫なわけないじゃない!それは毒が塗ってあったせいよ!!!」
「はは、マジかよ。ならもう俺は助からないのかもな……。でも雪蓮に怪我がなくてよかった…」
「っ巫山戯るんじゃないわよ一刀!あんたは蓮華と呉の為にも必要な人物なの!こんな処で死ぬなんて許さないわよ!」
「姉様っ!城で緊急事態が……!」
「蓮華!ここよ!」
「一刀っ!? 姉様どうしたのですか!?」
「いや~、ちょっとカッコつけすぎたかな~なんて……」
「一刀、これ以上は喋らないで!刺客が放った弓から私を庇ったのよ!」
「何ですって…!?おのれぇ、すぐに犯人を捜し出し、八つ裂きにしてくれる!」
「落ち着きなさい、蓮華!孫呉の王が取り乱してはダメよ。それに一刀の傷は思ったよりは深くはないわ。毒が回るのを防ぐためになにか紐のようなものを探してきて!急いで!」
「は、はい!」
「一刀、あなたは死なせないわよ。なにがあっても絶対に……」
そう誓った雪蓮の眼には涙が溢れていた。
「姉様、見つけました!!」
蓮華が見つけてきた紐を一刀の上腕部にきつく縛りつけた雪蓮は急ぎ帰城し始めた。
「それで蓮華、一体何があったの?」
「は、はい。曹操が国境を越えて我が国に侵入。すでに本城の近くにまで迫っています。」
「という事はこの刺客も曹操の差し金ね……嘗めた真似してくれるわね…蓮華急ぐわよ。江東の虎の恐ろしさ、呉の恐ろしさを魏の奴らに叩き込んでくれる!」
「冥琳!一刀をお願い!」
「っ北郷!?雪蓮何があったの!?」
「曹操からの前祝いってやつかしらね。……まぁこの代償は高くつけさしてもらうけどね。とりあえず応急処置だけはしてあるから。後はお願い…」
「雪蓮……分かったわ。」
段金以降、雪蓮と共に過ごしてきた冥琳にとってそのときの雪蓮の表情は今までに見たことのない顔であり、またもう二度とは見たくない表情であった。
「行ってくるわね一刀……」
「雪…蓮」
「!一刀、どうしたの!?」
「俺は大丈夫だから…思う存分暴れて来いb」
「ぷっ、何よその親指は。天界のおまじないか何か?分かったわ。お望み通り思う存分暴れてきてあげる♪ ……その換わり一刀には私の暴れっぷりを聞いてもらうんだからちゃんと起きておくよ~に」
「はは、それは楽しみだ。じゃ行ってこい雪蓮」
「えぇ、行ってくるわね一刀b」
ー呉軍内ー
――――――北郷一刀が撃たれた――――――
この出来事の経緯を聞いた者たちの反応は十人十色であった。
大笑いをし北郷を称えたが、魏軍に怒り心頭な老将
泣きそうになりながらも自分の成長した姿を先生に見せようとする駆け出し軍師
北郷のことはどうでもよく、王が狙われたという事実だけで怒り狂っている御庭番
自分の無力さに嘆きつつも、冷静に状況を見据えている隠密
見た目は変わらないが、内面では雪蓮の無事に喜びつつ、一刀を心配している大軍師様
など様々なものであった。
一方、雪蓮は蓮華とともに曹操へ舌戦を行うために前方へ進んでいた。
「姉様、北郷は大丈夫でしょう……か…」
姉の表情を見た蓮華は思わず吃っていた。
―――――怒っている
いや、怒っているなど生易しいものではない。これぞ「江東の小覇王」と言われている孫伯符本来の姿であった。燃え上がる炎のような熱さに、氷のような鋭い瞳に蓮華は息を呑んだ。
「蓮華、そんなにびくびくしないの。兵が見てるわ。」
「す、すみません。一刀の事が心配で……(姉に気圧されていたとは言えなかった)」
「それでも。表情は隠しなさい。あなたは……次期王なんだから。しっかりと前を向き、その内心を兵に悟られないようにしなさい。さっ、そろそろお喋りはお終い。行くわよ蓮華。」
「はい、姉様―――――」
呉・魏の両軍が見合い合っている中、それぞれの軍から一名ずつ単騎で前方へと展開していた。
魏王・曹孟徳と呉王・孫伯符その人であった。
「あら、遅かったじゃない孫策。しかしこれ以上英雄同士の戦いにあまり無粋なものは必要ないわね。誇り高く、堂々と戦いましょう、孫策。そして我が覇道の礎となりなさい!!」
「……………………やる……」
「? 何ですって?」
「曹操!!貴様が私の暗殺を企んだのか!!貴様ほどの人物がこのような卑劣な策を講じるとはな!貴様のせいで私を庇った我らの愛する仲間が倒れたのだ!曹操、貴様ら魏などミナゴロシニシテヤル!!」
「なっ、暗殺ですって!?どうゆうことだ孫策!」
「五月蠅い……今更そのような戯言聞きたくもないわね」
そう言うと孫策は踵を返し、呉の将に向かい檄を飛ばした。
呉の将兵よ! 我が朋友たちよ!
我らは父祖の代より受け継いできたこの土地を、袁術の手より取り戻した!
だが!
今、愚かにもこの地を欲し、無法にも大軍をもって押し寄せてきた敵がいる!
敵は卑劣にも、我が身を消し去らんと刺客を放ち、この身を毒に侵そうとしたのだ!
しかし我が愛する者が我が身を庇い代わりにその身に毒を受けたのだ!
この孫伯符、そのようなことをされ黙っているような人物ではない!
我が身、鬼神となりてこの戦場を駆け巡らん!
我が気迫は盾となりて皆を守ろう!
我が闘志は矛となり、呉を犯す全ての敵を討ちこらそう!
勇敢なる呉の将兵よ!その猛き心を!その誇り高き振る舞いを!その勇敢なる姿を我に示せ!
呉の将兵よ! 我が友よ!
愛すべき仲間よ! 愛しき民よ!
孫伯符、怒りの炎を燃やし、ここに曹魏打倒の大号令を発す!
天に向かって叫べ! 心の奥底より叫べ! 己の誇りを胸に叫べ!
その雄叫びと共に怨敵、曹魏を討ち滅ぼせえぇぇぇ!!!!!
王の猛檄、仲間が倒れたという怒りも作用し、死兵と化した呉軍の強さは圧倒的であった。雪蓮が語った暗殺事件のことが曹操に深い哀しみと怒りを与え、もはや曹操には戦意はなく、魏の将兵も呉軍に押され続け魏軍が撤退を開始するのにはさほど時間は掛からなかった。
「魏軍が後退していきます!」
「何を今更……!逃がさないわ!思春、祭!後退する敵を徹底的に叩くわよ!」
蓮華の号令に思春、祭は頷き追撃を始めようとしていた時、雪蓮の声が響いた。
「待ちなさい蓮華!追撃の必要はないわ。」
「なぜですか姉様!奴らは姉様の暗殺を企て、一刀を撃った!奴らを殺し尽くし、自分たちが何をしたのか、徹底的にその身に刻みこませるべきです!」
「蓮華、冷静さを失ってはダメよ。この状態がいつまでも続くわけではないし、魏は追い返したのだから上々よ。全軍退かせなさい。」
「軍を退かせるのですか!?姉様は一刀が撃たれた事が悲しくないのですか!?悔しくないのですか!?何とも思っていないのですか!?」
「…何とも思ってないですって……悔しいに決まってるじゃない!!私を庇ったせいで一刀は撃たれたのよ!?私があの時油断なんかしていなければこんなことにはならなかった!好きな男一人守れなくて何が王よ!だけど私一人の感情のせいで軍を危険に晒すわけにはいかないの。それにこの暗殺の件は曹操はどうやら知らなかったようだし。」
「確かに曹操の様子がおかしかったな。開戦してすぐに後退したようだしな。今は追撃する必要はないでしょう。それに……」
本陣からやってきた冥琳はそう告げると、
「北郷の治療が終わったぞ。」
「!?」
そう冥琳が告げると雪蓮たちは一目散に本拠地へと帰還した。
―――――呉軍 本拠地――――――
「「「「「「一刀(様、北郷)」」」」」」
一刀の部屋に押し入った面々は一同に凍りついていた。それもそのはず一刀の部屋にいたのは一人の青年と二人の人外魔境な化け物が二匹いたからである。
「えぇーっと、どちらさまでしょうか?」
唖然としている面々を代表して何故か亞莎が言った。
「俺の名は華佗。五斗米道の教えを受けた流れの医師さ」
「わたしは貂蝉。しがない都の踊り子よ~ん」
「私は卑弥呼。漢女道を極めんとする漢女である」
とりあえず呉の将の面々は二匹の化け物についてはスルーすることにした。
「それで華佗と言ったか、一刀の様子はどうなのだ!?」
雪蓮が華佗の肩をぶんぶんと揺さぶりながら尋ねた。
「お、落ち着いて下さい。なかなか手強い病魔だったが、俺の五斗米道に治せぬ病などありはしないのだ!!(恋の病以外 ぼそっ)」
「「「「「!ということは!?」」」」」
「今は麻酔が効いている為眠っているが二、三日もすれば目覚めるだろうな。」
そう聞くと一人の将がその場に座り込み大声で泣き始めた。その人物は雪蓮であった。
「あああああああぁぁぁぁぁぁ………よかった……一刀……無事で…本当によかった………」
その姿を見、雪蓮を一刀と二人きりにさせようと思い皆部屋から出ていった。
三日後、目を覚ました一刀を待ち受けていたのは皆から手荒い洗礼であった。
冥琳からは寝ている間に溜まりまくっていた政務を押し付けられ、
祭からは訓練が足りんからこうなったのじゃといままで以上の訓練が告げられ、
穏からは個人授業の約束を強制的にさせられ、
思春からは………特に何もなく(泣
明命からは大量の猫グッズを貰い、
亞莎からは大量の胡麻団子をもらい、
小蓮には毎日毎日布団に潜り込まれ、
蓮華からは心配したのだからと泣きつかれ、
とりあえず皆が自分のことをこれほどまで心配してくれていた事に一刀は驚きとともに嬉しさがこみ上げていた。しかし一刀は疑問に思う事があった。---一刀は目覚めてから一度も雪蓮に会ってないのである。
「……雪蓮」
ある夜、雪蓮を探しに行った一刀は城壁の上で一人空を見上げ佇んでいる雪蓮を見つけた。
「…もう歩けるようにまでなったんだ」
「何とかな。まだ本調子ではないけど、もうそろそろしたら政務もできるようになると思うぜ」
「そう……」
「雪蓮?どうかしたのか?」
一刀はそう言うと雪蓮に向かい歩み出した。すると不意に右頬に衝撃を感じた。----雪蓮に叩かれたのだ。
「何で庇ったりしたのよ!私が居なくても呉には蓮華という代わりがいるけど、あなたの代わりはいないのよ!あなたにもしものことがあれば一体どうするつもりだったの!?」
そう一刀に告げた雪蓮の瞳は今にも涙で溢れそうで、その瞳が月の光に照らされ輝いている様子に一刀は見とれていた。
「ごめん。でも雪蓮は誤解してるよ。」
「……ご、かい?」
「雪蓮の代わりには蓮華がいるって言ったけど。それは孫伯符の代わりとしてってことだろ?確かに王の座は譲ればそれでいいかもしれないよ。でも雪蓮という女の子の代わりなんて誰もいないんだよ。」
そう言うと一刀は微笑み、
「雪蓮、君が無事で本当に良かった。」
「バカ………」
一刀に抱きついた雪蓮は大粒の涙を流し、一刀はそんな雪蓮の頭を優しく撫でていた。
後日政務に復帰した一刀は会議に参加していた。その会議も滞りなく終わり退出しようとしたその時である雪蓮が
「あ~ぁ、皆ちょっと待ってくれるかな~」
そう言い皆を呼びとめた雪蓮が、思わぬ発言をしたのである。
「えぇ~っと、実は私王の座を蓮華に譲るつもりだったんだけど、あれやっぱナシね。まだ私がやるから。ということだから蓮華、私一刀をあなたに譲る気も無いからねえ~。もちろん他の皆にもね!」
「「「「「「「ええええーーーーーーーーーーーーーーーー」」」」」」」
呉は今日も平和です。
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雪蓮がもし助かっていたら…
というifの話をを呉編の第六章にあてて。
雪蓮が生存FDを超絶希望