No.519912

【c83新刊】野菊のような彼女と竜胆のような彼【ストエリ】

たけとりさん

▼c83新刊「野菊のような彼女と竜胆のような彼」の本文サンプルです。ストリバ→アルセーヌ前提のストエリ(というか石流エリー)本。内容は、「Platinum Smile」に石流さん視点の後日談を追加したものと、エリーの誕生日に一緒に美術館に行く事になった石流さんとエリーのほのぼのデート話です。後者は「野菊の墓」をモチーフにしてみました。▼P184/文庫本サイズ/フルカラー表紙/イベント売り700円。12/29(土)西2 つー02a 宙の名前です。宜しくお願いします〜。▼あとオマケに、本編で没になったシーンをUPしてみたり。お姉さんぶったコーデリアさんや根津ネロっぽい雰囲気が書きたかったんじゃよ……。

2012-12-18 01:37:53 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1167   閲覧ユーザー数:1166

▼野菊のような彼女と竜胆のような彼 本文サンプル

 

 

「ねぇねぇ、頼むよー」

「断る」

 カウンターチェアの上で両膝を立てて身を乗り出す譲崎ネロに、石流漱石は眉間に皺を強く寄せた。

「何故私が、エルキュール・バートンの為にケーキを作らなければならない?」

 しかしネロはあっけらかんとした顔で、カウンター前にある透明なガラスケースに両手を手を突いた。

「来週の日曜がエリーの誕生日だからだよ」

 ガラスケースの中には、昼食時には大皿に盛られた総菜が並んでいるが、今は空になっていて、ステンレスの床が銀色に鈍く煌めいている。ミニトマトの一個でも転がっていないかとネロはガラスケースに額を寄せていたが、綺麗に拭き掃除されているのを見て取ると、咎めるように顔を上げた。

「他の生徒には作ってあげてるじゃんか」

「当然だろう、それは」

 石流は眉を寄せたままネロの挙動を暫し見つめていたが、「行儀が悪い」と呟くと、頬を膨らませたネロの額を指先で軽く小突いた。ネロは「あいたッ」と小さな声を挙げ、ガラスケースから両手を離す。

「親元を離れているのだから、誕生日という特別な日には、ささやかではあるが学院から祝いの品を出すことになっている」

 淡々と言葉を続ける石流に、ネロはデコピンされた額を押さえながら、恨みがましい眼差しを向けた。

「じゃぁなんでエリーは駄目なのさ?」

「今の自分達の立場を思い出したらどうだ」

 白のカウンターチェアの上で膝を立て、身体を小さく左右に揺らすネロに、石流は深く息を吐き出した。そして調理台に置いたボウルの中身を別の容器へと移し、ラップを掛けていく。

「特待生扱いだった頃ならともかく、トイズが戻らない今のお前達に、ケーキを与えるわけにはいかん」

「なんだよ、ケチー!」

 ネロの悪態を受け流し、石流はラップを掛けた容器を片手で持ち上げると、厨房の奥にある銀色の冷蔵庫へと移動した。観音開きの大きな扉を開け、上から二段目の棚にそれをそっと入れる。再び片手で銀色の扉を閉めると、ネロへと振り返った。

「それに店で買う金がないなら、材料を買ってきて自分達で作れば良かろう」

 石流のテリトリーである食堂の厨房は、生徒の立ち入りは禁じられていた。しかし、授業で使う家庭科調理室であれば、事前に申請しておけば、放課後や休日に生徒が使用する事ができた。それに調理器具だけでなくオーブンや電子レンジも備わっている為、ケーキを作るのに設備的にも問題はない。

 その事を指摘すると、ネロは困ったように細い眉を寄せた。

「えー、石流さんが作ったって事に意味があるんだよ」

「何故だ」

「それは……その、下手な店で買うより美味しいし?」

 常に明朗な口振りのネロにしては珍しく、口ごもっている。それを怪訝に感じながら、石流は調理台の上に置いたままの汚れたボウルを手にとって、流しへと移動した。蛇口を捻り、ボウルへと水を注ぐ。

「そもそも今度の日曜は、久々のオフだから外出する予定にしてある。だからケーキを作る暇など無い」

 ボウルの縁まで水に浸すと、石流は蛇口を閉めた。

「外出?石流さんが出かけるって珍しくない?」

 どこに行くの、と好奇心に満ちた声音で尋ねられ、石流は暫し思案した後、ミルキィホームズに知られても問題ないと判断し、口にした。

「新・五島美術館だ。いま平安・鎌倉の絵巻や書の展示をやっているだろう」

 新・五島美術館は、ヨコハマ駅から三駅離れた東横線沿いに建っていた。元々は都内の上野毛に五島美術館というこじんまりした私営美術館があるのだが、そちらが手狭になってきた事と、本館を怪盗に備えた最新設備に大改築する為、コレクションの一部が移されている。

 上野毛にある本館同様、一階建ての平屋造りだったが、敷地の半分以上は庭園が占めていた。そこに茶室を有し、春先や秋にはよく茶会が催されている。

 ヨコハマ市街から大分離れた住宅街のど真ん中にあること、そして何より、そこで展示されている美術品にアルセーヌの食指が動かなかった事から、これまで怪盗帝国が侵入した事は無かった。だが、現在そこで展示されている「桐鳳凰蒔絵香合」にアルセーヌは目を付けている。まだ予告状は出していないが、過去に侵入して盗みを成功させた経験と実績から、石流が下見を命じられていた。

 今回石流が訪れる目的も、半分は趣味で、半分は怪盗としての下準備の為である。

 そんな思惑に当然気付くはずもなく、ネロは大きな瞳を瞬きさせると、小さく笑った。

「へぇ。石流さんの趣味って古くさーい」

「貴様……」

 いささか気にしている部分を子供らしい率直な感想で抉られ、石流は僅かに眉をしかめた。

「あれ?でもそれって、源氏物語とか展示してなかったっけ?」

「あぁ。源氏物語絵巻の一部と、紫式部日記絵巻の一部が展示されているはずだ。確かチラシにも載っていたと思うが」

 興味ない事には無頓着な彼女にしては妙に知っていると内心首を傾げ、石流は再び冷蔵庫へと足を向けた。そして目立たないよう側面に磁石で張ってあったちらしを手に取り、カウンター前へと戻る。

「ほれ」

 片手でネロへと突き出したついでに、危ないからちゃんと座れと促した。彼女はそれに素直に従い、カウンターチェアにちょこんと腰を下ろすと、両脚を僅かに広げ、その間に両手を置いた。そして制服のスカート越しに、円形の白い座面を掴んだ。

「あ、これ、やっぱりそうだ」

 やや前屈みになりながらチラシを上から下まで眺めると、ネロは、床に届かない両脚をぶらぶらと前後に揺らした。

「ねぇ石流さん、これのチケットってもう買ってる?」

「いや、まだだが」

 ヨコハマ超美術館のように大勢の人間が押し掛ける場所でもなく、そういう展示でもない。だから当日そのまま現地に向かうつもりだと石流が話すと、ネロは唇の両端を大きく持ち上げた。

「ならちょうどいいや」

 ネロは良いことを思いついたと言いたげに、両手を軽く叩いている。

「これの前売り券、エリーが持ってるんだよね」

「なに?」

「バイト先で貰ったんだってさ」

「……それで?」

 話の流れに嫌な予感を覚えながら先へと促すと、ネロは石流が想像した通りの言葉を口にした。

「石流さん、エリーを連れて一緒に出掛けてくれない?」

「……何故、私がそのような事をしなければならない」

 石流は強く眉を寄せ、チラシを掲げた手を下ろした。

 何故ミルキィホームズと、しかもよりにもよってエルキュール・バートンと同行しなければならないのか。

 そう口にはしなかったものの無言でネロを見返すと、彼女は何故か石流の反応が意外だったらしく、あれっと目をしばたたかせている。

 石流は僅かに肩を落とし、小さく息を吐いた。

 美術館へは、出来ればアンリエットを誘いたかったし、誘うつもりでいた。しかし、彼女が展示のメインである絵巻物にあまり興味がない事を把握している為、声を掛けられないままでいる。それにただでさえミルキィホームズに頭を悩ませているのに、自分の趣味に付き合わせてしまっては申し分けないという想いが強い。

 石流は、手にしたチラシを冷蔵庫の側面へと再び貼り付け、流しの前に立った。ボウルの水にスポンジを浸し、そこに洗剤を付けてボウルを擦り始める。

 怪盗アルセーヌは美術品を好んで盗むが、国宝ならば何でも良いというわけではない。主に絵画や彫刻像、そして宝石をあしらった小振りな美術品を好んでいる。その殆どがルネッサンス期のもので、この傾向は仲間のトゥエンティにもいえることだった。逆にラットは宝石など持ち運びしやすい物や、金額的に価値が分かりやすいものを好む傾向がある。

 ではストーンリバーはというと、ベクトルが全く違っていた。

 盗む物には別段興味はなく、ただ強い相手と戦いたいだけだった。高名な美術品を狙って予告状を出せば、当然その価値に見合うだけの強い探偵が現れる。それだけの理由でターゲットを定め、立ちはだかる探偵や、横槍を出してくる怪盗と戦った。そしてそれに満足すれば、数日後には盗んだ美術品を返してしまうことも多々あった。仲間になる前に同業者として知り合ったトゥエンティには、「釣りでいうところのキャッチアンドリリース」だと評され、不思議がられた事もある。

 それ以外では、不法に海外に持ち出されたとしてリストアップされた絵巻物や仏像などを「回収」したりしていたが、やはりそれらも己の物とする為に盗んでいたわけではない。

 石流は蛇口を捻り、ボウルについた洗剤を流し落とした。横目でネロを伺うと、まだ立ち去る様子はなく、カウンターに両肘を載せ、頬杖をついている。

「サプライズでさ、エリーの誕生日パーティをしたいんだよ」

 ネロは洗い物を続ける石流を見つめながら、小さく息を吐き出した。

「ほら、エリーは僕の為にモデルのバイトにも行ってくれてるし、日頃のありがとうって気持ちを形にしたいっていうか……」

「お前にしては随分と珍しいことだな」

 蛇口を閉めながら石流が正直な感想を漏らすと、ネロはリスが食べ物を頬に詰めるように頬を大きく膨らませ、失敬だなぁと呟いた。食べ物やお金にがめつく、嫌と言えないエルキュールに強請っている光景をよく目にするが、彼女は彼女なりに、エルキュールに甘えている自覚はあるらしい。

「だから石流さんと一緒に出掛けてくれると、エリーが帰ってくる時間も大体把握できるし、その間にこっそりパーティの準備も出来るし、エリーも石流さんも楽しいだろうしで一石三鳥なんだよぅ!」

 強請るように上目遣いで見やるネロに、石流は腰の白いエプロンで濡れた手を拭きながら、冷静に返した。

「最後がおかしくないか」

 自分はエルキュールと一緒に出掛けても楽しくないし、それは彼女も同じはずだ。そもそも彼女は自分を怖がっている節がある。そう指摘すると、ネロは「そんなことないよ」と首を横に振った。

「ね?だから協力してよ!」

「そもそも最初のケーキの件はどうした」

「いや、石流さんがそっちで手伝ってくれるなら、ケーキはこっちで何とかするし」

 カウンターから腕を放し、前屈みになっていた半身を起こすと、ネロは両腕を頭の後ろで組んだ。

「それにさ、昼間美術館に付き合って貰った上にケーキまで石流さんってことになったら、エリーがスゴく気を遣いそうな気がするんだよねー」 

「……だろうな」

 眉を八の字に寄せながら俯く姿が脳裏に思い浮かび、石流も同意した。

 そして冷蔵庫へと足を向けて一番下の扉を引き出し、キャベツを三玉取り出した。それを流しへと運び、水洗いする。

「しかし、それなら私でなくとも、お前達の内の誰かが一緒に美術館に行けばいい話ではないのか」

「えー、だって僕達はエリーと違って、こういうの興味ないもん。それにパーティの準備に人手も欲しいし」

 ネロは両手を首の後ろで組んだまま脚をぶらぶらと揺らしている。

「石流さんなら道案内も出来そうだし、解説できるくらい詳しそうだし」

「そこまでではないと思うが……」

 調理台の上のまな板にキャベツを載せ、一通りの知識がある程度だと弁明すると、ネロは腕を大きく振り上げて身を乗り出した。

「そういう解説を聞くのって、エリーも好きだしさぁ。エリーの勉強にもなるはずだからさ、お願い!」

 そして、拝むように胸元で掌を合わせる。

「まぁ、勉学の為ということなら……いやしかし……」

 迷いを見せ始めた石流に、ネロは畳みかけるように懇願してくる。

「こういうのお願いできそうなの、他に石流さんくらいしかいないんだよ」

「そう言われても、正直困る」

「頼むよー」

 押し問答の末ついに根負けして、石流はキャベツを半分に切り分けると、小さく息を吐いた。

「アンリエット様の許可が頂ければ、考えておこう」

「え?なんで許可がいるの?」

 石流の言葉に、ネロは大きな目をしばたたかせた。

「学院の職員が外で生徒を引率するなら、予め報告する必要があるのではないか?」

「へー、そういうもんなの?」

「さぁ……。したことはないから、分からん」

 半分に切り分けたキャベツを千切りにしながら口を開くと、ネロは石流の包丁裁きを興味深げに見つめている。やがて「石流さんは真面目だなぁ」と顔を上げると、勢い良くカウンターチェアから飛び降りた。

「じゃぁ僕が訊いてきてあげるよ!」

 唇の端から舌を覗かせ、くるりと背を向ける。

 石流は手を止め、顔を上げた。

「おい、ちょっとまて」

 だが制止する声も聞かず、ネロは食堂の出口に向かって駆け出し、そのまま渡り廊下へと飛び出した。

「……何なんだ、一体」

 誰もいない出入り口を見つめ、石流は深く息を吐き出した。そして手元のキャベツへと目を落とす。

 薄い黄緑色の葉からエルキュール・バートンの探偵服姿が連想され、恥ずかしそうに俯く制服姿の彼女が脳内に思い浮かんだ。途端、妙に動揺している自分に気付き、石流は軽く目を見開いた。数度瞬きを繰り返し、頭を小さく左右に振って、脳内からその姿を追い出す。

「何なんだ……」

 素直な感想を口に出したが、喉に小さな魚の骨が引っかかった時のようなモヤモヤさが胸の奥に残っている。

 石流は、再び深く息を吐いた。

 だが、アンリエットが許可を出すわけがないと高を括ってキャベツを切り刻んでいると、きっちり十分後、ネロは行きと同様、息を弾ませて戻ってきた。

 石流が手を止めないで目だけを向けると、ネロはカウンター越しに彼を見上げ、にっと唇の端を持ち上げる。

「会長、いいってさ」

 その言葉に耳を疑い、石流は包丁を止めた。驚きのあまり、ぽかんと口が開かれる。

「……それは本当なのか?」

「なに、ボクを疑ってるの?」

「当然だろう」

「失礼だなぁ」

 石流の返答に、ネロは唇を尖らせた。

「じゃぁ会長に直接確認してみれば?」

 自信満々に胸を反らすネロに、石流は唇を真一文字に結んだ。彼女の様子からして、アンリエットに確認し、許可を取ってきたのは本当なのだろう。しかし、己の主人があっさりと許可を出すとは考えづらかった。

 自分がエリーと一緒に、侵入予定の美術館に出掛ける。これにどんな意味があるのか分からないし、どんなメリットが怪盗帝国、ひいてはアンリエットにあるのかが読みとれない。

 そもそも考えるとは言ったが一緒に行くとは明言していない。そう言及しようとしたが、今更口にするのも妙にはばかられ、石流は口を噤んだ。

 それを肯定と受け取ったのか、ネロは石流へ右の人差し指を突き出し、片目を瞑って笑みを浮かべている。

「というわけで、来週の日曜、エリーのエスコート宜しくね!」

 有無を言わせない口調で言い放つと、ネロは再び駆けるようにして食堂を後にした。おそらく屋根裏部屋に戻ったのだろう。

 ただ聞き流していたはずだったのに、いつの間にか決定事項とされた状況に、石流は頭を抱えたくなった。

「どうして、私が」

 深い息と共に、声に出して呟く。

 しかし、エルキュール・バートンと二人きりで出掛けるという事態に、不快感を覚えるどころか些か緊張している己に気付き、石流は反射的に顔をしかめた。

 

 

**********************

 

▼オマケ 本編没シーン

 

 

「エリーはうんと可愛いんだから、普段私達の事を小馬鹿にしている石流さんを見返してやるのよ!」

 エルキュールの黒髪をブラシで解きながら、コーデリアは声を弾ませた。

「そうなんですかー?」

 ベッドの上で足を崩して座っているシャーロックは、素直に首を傾げている。ネロはその隣で胡座を組むと、苦笑いを浮かべた。

「でもさ、ポニーテールは石流さんとお揃いになるから止めた方が良いんじゃないの?」

「それもそうねぇ……」

 コーデリアはエルキュールの髪を両手ですくい上げると、右の側面で一纏めにし、片手で持ち上げた。

「頭の真後ろじゃなくて、横で結ぶのはどうかしら?」

 床に腰を下ろしたエルキュールの正面には椅子が置かれ、その上には小さな鏡が置かれている。

 その鏡の中に写るエルキュールに問いかけるように、コーデリアは彼女の背後から軽く身を乗り出した。

 エルキュールは両手を膝の上に置き、頬をほんのりと染めて、ちらちらと鏡に映る自分に視線を送っている。

 その様子を横から伺いながら、シャーロックが勢い良く片手を挙げた。

「そのままお団子にするのはどうでしょう?」

「三つ編みにしてみたら?」

 ネロも面白がって口を挟んでくる。

「あの……その、やっぱりいつも通りで……」

「あら、せっかく出かけるんだから、相手が石流さんでももっとお洒落しなくちゃ」

 エルキュールの意見は、コーデリアにあっさり却下された。しかし、「今日のコーディネイトは私が見繕ってあげるわ!」と宣言され、髪をいじり始められてから既に三十分以上は経過している。

「でもコーデリアさん、その……。そろそろ急がないと、時間が……」

「あら、もうそんな時間?」

 俯くエルキュールに、コーデリアはベッド上の時計へと目をやった。

「じゃぁ……こうするのはどうかしら?」

 コーデリアは、エルキュールの腰まで届く黒髪をブラシですくい上げた。少し癖のついた前髪や耳横の少し短めの髪はそのまま残し、長髪を後頭部でひとまとめにゴムで止める。そしてポニーテールのように垂れ下がった髪をくるりと捻って円を描くようにまとめると、黒いピンで手早く固定した。

「どう?ちょっと大人っぽくなるでしょう?」

 エルキュールが鏡へと目を向けると、長髪を後頭部でひとまとめにした自分が写っていた。

 入浴時にはよくこうして髪を上げるが、耳の上で跳ねた前髪や少し短めの顔横の髪はそのままな分、ぱっと見、後ろ髪をばさりと切ったような印象を受ける。

 コーデリアの言う通り普段とは異なる雰囲気に、エルキュールは有り難うございますと頷き返し、ゆっくりと立ち上がった。

 机の上に置いたバックを手に取り、扉へと足を向ける。

「じゃぁ、いってきます……」

 皆の方へと振り返り、エルキュールは扉を開けた。

「いってらっしゃいですー」

「気をつけてね」

「夕方の四時前には戻ってくるんだよね?」

 ネロの言葉に、エルキュールは小さく頷いた。そして静かに扉を閉める。

 木製の階段を踏みしめる音が小さく響き、徐々に遠ざかった。そして屋根裏部屋への入り口となる扉が開き、閉められる音が微かに耳に入る。

 ネロは大きく息を吐き出した。

「ったくもう、コーデリアは時間をかけすぎだよ」

「そう?だってエリーの髪って、黒くて綺麗だもの」

 仕方ないじゃない、とコーデリアは笑っている。

「でも、これでエリーさんの誕生パーティの準備ができますね」

 シャロがにこやかな笑みを浮かべると、ネロは組んだ足を伸ばした。

「いやぁ、まさかホントに石流さんまで協力してくれるとはねぇ」

「流石アンリエットさんですー!」

 ベッドの端に腰を下ろし、ネロとシャーロックはのんきに笑いあっている。コーデリアは椅子の上の鏡を机に戻すと、二人へと振り返った。

「ところでシャロ、ケーキの材料とかもう買ってきているの?」

「いえ、これからアンリエットさんと一緒に買いに行く予定です」

 きりりとした表情で頷くシャーロックに、コーデリアは微笑を返した。

「じゃぁその間に、まずは部屋の飾り付けから準備しなくちゃね」

「ならさ、根津も呼んで手伝わせようよ」

 ベッドの端で足をぶらぶらとさせながら上機嫌で提案するネロに、コーデリアは眉をひそめた。

「せっかく会長も手伝って下さるんだから、女の子だけでいいじゃない」

「でもアイツ手先が器用だからさぁ、居たら便利そうじゃん?」

 人手は多い方が楽だし、と腕を組むネロに、コーデリアは「そういうものかしら?」と頬に片手を当てている。

「素敵な誕生日にしましょうね!」

 両手を広げて満面の笑みを浮かべるシャーロックに、ネロとコーデリアは大きく頷き返した。

 

 

***********

 

 

お姉さんぶるコーデリアさんとか、ちゃっかりシャロと一緒に買い物に行く段取りを整えているアンリエットさんとか、根津ネロっぽい雰囲気が書きたかったんじゃよ……。

 

 


 
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