豊田で迎えた夜。
夕飯と風呂を済ませた僕は岐路に立っていた。
明りを消した畳みの借り間には、窓枠へ頬づえをついて夜空を見上げる浴衣着の鳴浜だけがいる。
浴衣の裾からほおり出された太股が、おぼろ月の光に照らされている。
下まぶたに皺を寄せ、唇をかみしめた僕の顔はさぞかしひどいことになっていたろう。
男安形よ。平常心である。鳴浜は大切なチームメイトだと思っている。
自分の言葉を覆すなんて筋が通らん。筋が。
……!
「星が好きなのか」
滾る煩悩を押しこめて、僕は陳腐なことを聞いた。
「ああ。あたしが数少ない進路からプラネットスターズを選んだ理由さ」
星を見つめ続ける鳴浜は静かな声で呟いた。
「なんでうちの隊は『惑星と光星』なんて名前なんだろう」
と僕が聞くと、鳴浜は心外そうな面持ちで僕へ振り向いた。
「知らないのか?」
「あ、ああ」
「……帰ったらさっちゃんにでも聞いてみな」
なぜか呆れられた。知ってなきゃいけないことだったのか。
再び星々へと向き直った鳴浜は、話題を変える。
「なあ、今日ずっと考えてたんだけどさ。弱くて役に立たないヒーローが街を守れると思うか」
素朴な問いかけに、息を呑んだ。
もしや、日中ぼーっとしていたのは弱い理由を考えていたからか?
「だから市議会は教育隊をぶっ潰すつもりなんだろう。じゃ、弱いのはどうしてだと思うよ」
と彼女は問うてくる。
僕は、弱い理由を思いつく限り指折って数えてみた。
「まず装備も貧弱だし人員も足りないし……」
僕の口からすらすら出てくる答えを遮るように、彼女はかぶりを振った。
「外っ面よりもハートの問題さ。例えば、今までのあたし達の行動は全部受け身だ。自分で考えて動いてない」
僕は唸った。
教官に命令されて、サイボットと否応なく闘って、橋上さんに振り回されて……言われてみれば他人本位だ。
鳴浜は続ける。
「ハートの無い戦士が勝てるわけ無い。あたしはもう負けたくないんだ」
ハート、か。
しかしこれほど真面目に喋る鳴浜は初めて見た。
彼女は座りなおし、僕に正対した。
月明かりを反射する鳴浜の真摯な目つきは、決意が嘘でないことをはっきり伝えてくる。
なんだ、本気になろうと思えばなれるんじゃないか。
「あたし達が変わらないと何も変えられないぜ、お前だってあの街に残りたいんだろ」
そりゃあ、もちろん。
だが、具体的に何をすればいいのだろう。
僕は自問自答も兼ねて口にした。
「まずなにから変えようか?」
それを聞くや、鳴浜は笑ってふざけはじめた。
「あー、そのだな。少尉殿の新しい渾名とかどーよ。よっさんとか」
せっかく感心していたのに。
仕方のないように笑う僕を見て、鳴浜は下唇を突きだして不満を表した。
「……それを自分で考えろっつってんだよ」
「あー悪い悪い。まずは、ガルダのチューンについて考えを出し合おうか」
確かに自分のことは自分でやらなきゃならん。
でも乱世の英雄なら何でもかんでも一人で出来るのだろうけど、僕らは良くも悪くも平和と秩序を守るべく闘う凡人のヒーローなのだ。
チームのことは協力しないと何もできやしない。
「okay. 悪く無いな。それについてあたしも考えてたのさ」
その後、電球の下で眠くなるまでフライトコースとガルダに関する話を詰めてから、僕らは別々の布団に潜った。
が、寝付く寸前に、頭の上から地獄耳ロボットの声がぼそっと聞こえた。
「ナニモナイトハ ツマランデゴザルナ」
鳴浜は立ち上がると、サーベルの鞘で天井を突く。
すると、光学迷彩の解けたスカウト達が畳へぽろぽろ落ちてきた。
「グフッ」「ギャンッ」 「ガッシャッ」
「間違いが起こるわけねーだろ。有翼機兵の身体にはナニをブチ切る為の『対暴行カッター』が内蔵されてんだからよ。早く寝ろ」
鳴浜が呟いた事実に、僕は畳が抜け落ちたかのような恐怖を味わった。
そうして、何事も無く夜は過ぎたのだった。
朝食を手早く済ませ、引き止めようとする橋上さんを振り切って馬に乗った僕達が、本拠地へと帰還したのは昼の二時頃だった。
大きな湖と太平洋に挟まれた遠州市の市街地を竜巻丸が駆ける。
サイドカーやトラックが行き交い、木造の家屋と看板が立ち並ぶ街路には、豊田と違った瑞々しい活気が満ち溢れている。
あと、豊田と比べて気づいたのだが、遠州市の至る所には椰子の木が生えている気がする。なんでなん。
僕らの足運びは学校に戻る前に一旦止められた。
沿道を超えた先にある、賑やかな商店街『鍛冶屋通り』へ差し掛かった所だった。
運悪く僕らはスカウト達のお友達であるオバちゃん集団に捕まってしまったのだった。
「スカウトちゃん、もっと砂糖菓子あるわよ」
「カタジケナイデゴザル」
「でさあ、旦那の上司が遠州市にヒーローはいらない! って最近うるさいの」
「ウチの工場でも教育隊反対だの環境保護だの変なピケが絶えなくてねえ」
「ヒーローさん、とっちめてあげなさい!」
もうかれこれ半刻はこんな調子だった。
そのころ隣の鳴浜は長話に飽きて、鋳物屋の五徳ナイフを熱心にいじっていた。
で、やっと話が終わる。
「あら、もうこんな時間! んじゃ、お偉いさんの戯言なんて気にしないのよ! なんだかんだで応援してんだから!」
「カーネル・クシェネルのお譲さんもいるのに見捨てるわけないわよ、頑張りなさい。試合観にいってあげるからね」
「あざっーす。シャカリキで頑張ります! こいつが!」
僕を指して鳴浜が即答する。
オバちゃんの詰問で気力を削がれていた僕は、突っ込む気にもなれずぼんやりと考えた。
クシェネル大佐のお譲さん? 櫛江さんを指す渾名だろうか。
オバちゃんから解放された馬は、満開の桜が形作る自然のトンネルを潜る。
鍛冶屋通りを抜けて学校へ近付くにつれ、並木の色も椰子の緑から桜色へと変わってゆく。
もうすぐ入学式も近い。
草木とコンクリートで巧妙に隠された校門をくぐり丘を登りきれば、そこに青い芝生で囲まれた土のトラックコースがある。
その青いじゅうたんはまっさらで……はなかった。
桃色のペイント弾を塗りたくられて、ピンクパンサーと化したファントムがそのど真ん中で伸びていたのだった。
こいつは景色をブチ壊さんと気がすまんのか。
おおかた、教官にやられたんだろう。ずいぶん身体を張った入学祝だな。
「いつも少尉殿はボコボコにされてんなー。You feeling lucky,punk? Ah?」
と、言いながら鳴浜が奴に近寄る。他人事のように言うが、ボこられた機装を直すのは僕の仕事なんだぞ。
「あの首切り山姥のせいだ畜生め!」
ファントムのカメラアイから光が消え、奴はぐでーんとなったまま動かなくなった。お休み、コメット。
それと同時に鳴浜が木造校舎の屋上に何かを見止めて指差した。
「Jeez? Ey,見てみろアレ」
そこに僕の仕事を増やした犯人がいた。
首切り白虎。
『ブレイド・エレクトラ』が西日を浴びて僕らを見下ろしていた。
身体に沿うような曲面を持つ装甲板は、着装者の肉体を余すところなく浮かび上げる。
純白の電磁装甲に絡みつく無数のベルトバックルが、艶めかしい肢体をさらに強調させる。
そんな彼女の立つ校舎の軒下には、トイポッズに埋もれるエリスと、顔を真っ赤にしてスカートのすそを握りしめる櫛江さんがいた。
「私にブレイドなんて似合わないよ、恥ずかしい……」
櫛江さんの非難を目ざとく聞きつけた教官、つまりブレイドが反論する。
「はあ? 私の愛したブレイドに恥ずかしい所なんてないわね。むしろ感謝しなさい」
なるほど、
いやーそのかっこはどう見ても……これ以上口を滑らせると僕の清純な印象が崩される、やめとこう。
教官は僕を睨みつけていた。
見定めるような眼差しは、明らかに僕を挑発している。
剣術はともかく、機装同士の格闘はやったためしがないのだが。
計器の電池残量、電圧、人筋圧、脳波接続状況指示、機械装置状況指示、兵装コンソール。
各表示計は緑一色。
まあ、いいだろう。僕のへっぴり腰も変えてゆかなくてはなるまい。
覚悟を決めた僕は腰の斬馬刀を抜き、非殺傷モードを起動させる。
「よければ、ぼくもお手合わせをお願いできますか」
そう言い終わらないうちに、照準からブレイドが消えた。気が早いな! おい!
接近警報は真右から。速度も速い。
イヅラホシは鈍重な戦車級、相手は軽量の駆逐級だ。攻撃は避けられそうにない。
なんとかブレイドの上段蹴りを肩のシールドで弾き、ブレイドの短刀を斬馬刀の鍔で受け止めた。
目の前に迫った隻眼のカメラアイが怪しく灯る。
「あんたの親父さんの手ほどきが、どんなもんか見せてもらおうじゃないの」
剣撃を打ちあいながら教官がのたまう。
防戦一方の僕は、敵の繰り出す太刀筋をさばくので精いっぱいだ。
面、胴、突き、また突き。
剣を弾くたびに、振動場の共鳴音が校庭に響く。
「凡兵から習うことなんてありませんでしたけどね!」
隙を突いてブレイドの胸を蹴りあげるが、全く手ごたえが無い。
衝撃を受け流してブレイドは飛び跳ねた。
しめた。着地点を見定めず宙に舞えば逃げ場はなくなる。
貰ったぞ!
が、渾身の出力で振り切った斬馬刀は、虚しく空を切った。
僕の真上を、ブレイドが飛び越えてゆく。
ブレイドは見えない壁を蹴り飛ばすかのごとく、空中でもう一度跳躍してみせたのだ。
教育隊の機装はそれぞれ特有の能力『アビリティデバイス』を持っている。
ブレイドのそれが空間制御系だっただけ、それだけだ。
背中を見せたらもう負けに等しい。
だがここで諦めたくはない。
腕を使わない捻り側転マニューバ――エアリアルを僕は試みた。
地面すれすれのイヅラホシの上を、短刀が掠めてゆく。
なんとか片足を地につけて体勢を立て直した僕は、突き刺さっていた刀を抜いて敵と向き合う。
ブレイドは距離をとって片膝をつきながらこちらを見据えている。
睨み合う中、前に出るべきか逡巡していた時。
ブレイドはかくん、と頭を下げた。
……?
教官機の異変を察し、僕は刀を収めて尋ねた。
「どしました?」
「ゴホッゴヘッ! ええい、戦傷なんぞ糞っ喰らえだ!」
叫びながら咽びちらすブレイドへ櫛江さんが駆けよった。
「教官、古傷に触りますからこれ以上は危険ですよ……」
『第三小隊各位、ブレイドを格納庫へ搬送しなさい』
エリスの命令でポッズ達がブレイドをむりやり担ぎ上げた。
「ワカッタ」「アイアイマザー」「ゴアーン」
教官はカラ元気でごねる。
「まだいけるわ! 幸のカーチャンと同じ歳なんだぞ私は!」
『ご同期でも、ご令嬢のご主人さまと
「相変わらずむかつくトリポッドだな!
エリスと教官の言い合いが遠ざかってゆく。
僕と鳴浜へ申し訳なさそうに一礼して、櫛江さんも運動場から退場していった。
うーん、ちょっと配慮が足りなかったのだろうか。
稽古相手がリタイアしたため、僕は不完全燃焼のまま手持無沙汰で立ち尽くすしかない。
「同じ年ねー。あたし、同期で教官だけが独身である方に50銭賭けるぜ。どうだ、乗るか?」
鳴浜もそっちだと賭けが成立しないじゃないか。
頭を捻っていると、ヘッドセットからぶっきらぼうな命令が飛んできた。
「おい安形。助けろ」
おはよう、コメット。いっそのことずっと寝てろ。
僕は寝ころんだままのファントムに近づき、覗きこんだ。
「自力で立ち上がれないのか。機体がめげとんかいの」
「身体の節々がいてえんだよ」
「なら良かった。お前の方は寝てりゃ勝手に治る」
メンチを切るファントムを無視して、僕はイヅラホシのワイヤーをファントムの背中に括りつけた。
「これじゃあ仇があっても獲れねえな」
引き摺られながらファントムが悔しそうに呟いた。
僕は言葉をかけた。
「お前も変わらんとな」
「あ? まあ、な」
生返事を返すファントムを引きずりながら、後ろをつけてくる鳴浜をみやる。
気恥ずかしそうに、彼女がそっぽを向いた。
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おひさしぶりです
一話→http://www.tinami.com/view/441158
挿絵描いただけで一ダース分の心折れた
こんなデザイン思いついたん誰や俺や
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