第十一話「聖職者の真実」
聖杯戦争のマスターとサーヴァントには利害以外に互いを結ぶ絆というものが希薄である事が殆どだ。
それは基本的にどんなサーヴァントだろうと、どんなマスターだろうと変わらない。
何故ならサーヴァントはあくまで英霊として抑止の環である英霊の座に繋がれている存在に過ぎないからだ。
事象へと変化した彼らは幾らでも戦えて代えのある兵隊でしかない。
世界の安定の為の機構に組み込まれた歯車なのだ。
そんな彼らが自ら進んでマスターの為に戦うなんて都合の良い展開は無い。
あくまで己の願いを叶える為の協力者としてのみ彼らの殆どはマスターの前に現れる。
無論、好悪の感情やマスターとの意見の相違が彼らを離反させる事は十分に在り得る話だ。
だから、マスターが殺されそうな場合でも彼らの中にはマスターを見殺しにしようとする者もいる。
あるいはマスターそのものを操ったり抹殺したりして乗り換えようとする輩までいる。
それが普通の関係。
そのはずだった。
「宗一郎様・・・・・・貴方と出会えて・・・わたくしは幸せでした・・・」
「メディ・・・ア・・・」
「あなたが・・・わたくしを拾ってくれた事・・・忘れません・・・」
巨大な悪魔が紫の外套を羽織った女の首を掴み上げていた。
「どうか・・・これからも・・・健やかに・・・末永く・・・」
男は一人巨大な鉄球の付いた足枷に縛られながらも動こうとしていた。
その手はもう病に犯され土気色になり汗を滴らせている。
今や病魔に冒され戦う事すら出来ない体で・・・それでも男は女に手を伸ばす。
「メディア・・・!」
そんなサーヴァントとマスターを前にして彼はやはり動じなかった。
ただ一言、悪魔に命令が下る。
やれ、と。
「メディアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!!!」
その時、初めて私はその男の感情を見た気がした。
葛木宗一郎は確かにその時・・・何よりも大切な者を失って・・・悲しみを知ったのだ。
衛宮邸を襲った骨で出来た襲撃者達を私とセイバーと衛宮君は退け続けていた。
夜の更け始めた時間帯。
藤村先生がいないのは僥倖だった。
一早く異変に気付いた私とセイバーはイリヤに桜を任せて彼がカードで作った結界の中へ退避させ、襲撃者達を殆ど蹴散らし終えていた。
その間隙を縫うようにして現れた紫の衣姿。
無数に沸いて出る使い魔を操るとなれば、たぶんキャスター。
その女を前にして私達は密集しながら互いの背中を預けながら戦っていた。
【無駄なことは止めたらどうです?】
余裕も露にキャスターは宙を浮遊しながら魔術による攻撃を加えてきていた。
使い魔ごと吹き飛ばす勢いで迫ってくる上空からの絨毯爆撃に私とセイバーは手一杯。
周囲の骨で出来た使い魔達を前にして戦っているのは殆ど衛宮君一人で衛宮君の背中を守っている彼はカードも使わずに素手で使い魔達を殴り倒していた。
「無駄かどうかやってみなきゃ分からないでしょ!!」
『凜。使い魔は幾らでも潰せるが、このままではシロウが持ちません』
「分かってる!! でも、まだアイツがカードを抜いてないって事は―――」
『ええ、キャスターのサーヴァントであるならば身代わりくらい立てるでしょう・・・ですが、この流れはまずい』
私の傍まで来ていた骨の大群を一撃の下に斬り伏せてセイバーが私に直撃するはずだった爆撃を一手に引き受けてくれた。
【さすがのセイバーも近づけなければ形無しのようですね】
「随分と詳しいじゃないキャスター!!」
【さて、そろそろ仕上げと行きましょうか】
上空のキャスターの周辺に魔方陣が敷設されていく。
「こんな大規模に魔術を展開してマスターが持つはずが・・・何か仕掛けがあるんだわ」
『凜。これから宝具で迎え撃ちますッ。此の場を切り抜けなければ!』
「ダメよ!! だって貴女シロウから魔力供給が碌にされてないじゃない!? こんなとこで宝具なんて使ったら!!」
『凜!! そんな事を言っている場合では―――』
【仲良く死ねばサーヴァントもマスターもありません。さようなら・・・セイバー】
セイバーが防衛体勢を取った時点で私は違和感を覚えていた。
対魔力を持つセイバーは殆ど魔術が効かない。
そのセイバーを一撃で殺せるような魔術が本体ではないだろう分身に放てるものなのだろうかと。
そして気付く。
「セイバー!! 狙いは私達じゃなくて衛宮―――」
【遅い!!!】
私の声も虚しく。
虚空の膨大な魔方陣から爆撃が一点へと降り注いだ。
未だ大勢の使い魔に囲まれ防戦一方だった衛宮君の頭上へと。
私はその時何とか残りの宝石を全て衛宮君の頭上へと放り投げる事が出来た。
莫大な圧力を宝石から放たれた私の魔力が同じく爆発と同時に逸らせていく。
しかし。
(威力が違い過ぎる?!!)
私の宝石を全て使い切った一撃を押し切って、爆撃が衛宮君と彼を飲み込んだ。
『シロウッッッ!!!?』
セイバーがその光景に未だ爆撃を行っているキャスターへと剣を向けた。
膨大な魔力がセイバーの剣から立ち上っていく。
今まで見えなかったはずのセイバーの剣がその姿を現していた。
『よくもシロウをッッッ!!!』
セイバーが剣を振り上げる。
『【約束された―――】』
その剣から放たれる力に私は体を強張らせていた。
宝具。
サーヴァントにとっての切り札。
その真名はただ一度でも放てば相手に己の本当の正体を知らせてしまう。
「セイバー!? ダメッッッ!!」
未だ本体は出てきていないはずのキャスターの思惑に私はセイバーを止めようとした。
しかし、その制止を振り切ってセイバーの剣が振り下ろされようと―――。
【罠(トラップ)カード発動(オープン)『魔法の筒』(マジック・シリンダー)】
その声にセイバーが止まる。
【?!!!】
私が振り向いた時には眩いばかりの閃光が撃ち返されていた。
彼と衛宮君の傍らには人が一人入るだろう馬鹿でかい筒が二門。
頭上からの爆撃を貪欲に飲み込む左とそれを収束しキャスターへと撃ち放つ右。
二人は幾分か煤けていたものの、目立った外傷も無かった。
打ち返された一撃を受けてバキンとキャスターの姿が硝子でも割れたように砕け散る。
それと同時に使い魔達が地面へと倒れ伏して消えていく。
「シロウ!!!」
セイバーが二人に駆け寄っていった。
「セイバー!! 大丈夫だったか!?」
「それはこちらの台詞です!!」
セイバーに衛宮君がいつもの少し困った笑みを浮かべる。
「それならいい。まだやれるか?」
「は、はい」
いつになくアグレッシブな衛宮君に戸惑ったもののセイバーがハッキリと頷く。
消えていく筒の横で僅かにフラフラしている彼の傍に私も急いで寄った。
「アンタ大丈夫なの!? これって戦闘用のカードじゃ・・・」
彼の手には一枚のカードがあった。
あれだけの攻撃を撃ち返す代物。
戦闘用以外には考えられない。
「・・・・・・」
「少し無理をしてデッキを減らさずに使ってみた? いや、何かフラフラしてないアンタ?」
「・・・・・・」
「ライフが1000減った?! まさか、今のDuelじゃなかったの!?」
「・・・・・・」
「つまりライフの減少はDuelとしてカードを使わなかったペナルティーなわけね・・・」
彼が頷く。
「・・・無茶しないで・・・アンタが死んだら誰が困ると思ってんのよ」
「・・・・・・」
「はぁ!? ついにデレ期に突入!? これからは【あ、あんたの為に戦ってるんじゃないんだからね!!】とか言って欲しいぃいい?! 人が心配してやれば付け上がるんじゃないわよ!!」
私の拳を避ける余裕も無かったのか彼はそのまま引っくり返った。
「お、おい!? 遠坂!? お前なんつー事を!? めっちゃさっきまでしんどそうにしてたんだぞ!?」
「え!? だ、大丈夫!?」
いつもの調子で殴ったにも関わらず彼は起き上がる気配が無かった。
慌てて私が抱き起こすと僅かに彼の手が私の手に触れる。
その手は・・・ぞっとするくらい冷たかった。
「馬鹿!? 辛いなら辛いって言いなさいよ!」
「・・・・・・」
「今からキャスターを追撃するですって!? そんな!? どうやって!? それ以前にアンタ体は―――」
彼がピタリと私の唇に人差し指を付けた。
「・・・・・・」
私を真っ直ぐに見て彼は言った。
サーヴァントの役目を果たすと。
彼の決意に私が否と答える理由は無かった。
「分かったわ。その代わりアンタがもしも戦力外になりそうなら一端体勢を立て直してからって事にするから。いいわね?」
彼が頷いて立ち上がる。
「これからどうするのですか?」
セイバーの質問に彼が一枚のカードを取り出す。
「これは?」
「よく分からないけど、もう居場所は割れてるみたいよ? 見せてやりましょう。私達の力を・・・誰に喧嘩を売ったのか教えてやらないとね」
彼の手元にあるカードは珍しくいつもとは違う色のカードだった。
『ビッグアイ』
黒い縁取りのイラストの中で巨大な三角錐に目玉が一つ。
ギョロリと目玉が動いて遠くを見つめていた。
まるで何かを追掛けるように・・・・・・。
『く・・・まさか、あの一撃を返してくるなんて・・・想定外にあのサーヴァントは・・・一体・・・何の・・・』
幾分か顔色も悪くキャスターは本拠地に戻ってきたらしかった。
『アサシン!! 出てきなさい!!』
大声でキャスターが山門の前で名前を呼んだ。
『出てこないですって? 何か―――』
「あったんじゃない? 例えば不意の訪問者を迎撃してるとか」
『?!! そんなどうして此処がッッッ!?』
キャスターが即座に飛翔した。
柳桐寺を背にしてこちらへ向かう合う。
「それにしてもまさかアサシンを呼び出して使役してるなんて、キャスターのクラスは伊達じゃないのね。さすがにアサシンがあんなお侍だとは思わなかったけど」
『どうやって此処を突き止めたか知りませんが、此処に到った以上生きて帰れるとは思わない事です。此処にノコノコとやってきた貴女達自身を恨みなさい』
「その台詞、そっくりそのままお返しするわ」
『強がりを。今のわたくしに勝てるサーヴァントなどいはしないというのに・・・』
キャスターが嗤う。
「他人様の街から生気を吸い上げて得た力じゃない。よくあんなのを張り巡らせたもんね。気付かなかったわ。まさか、この柳桐寺を中心にしてあんな仕掛けをしてたなんて」
『もうそこまで分かっているなら、やはり生かして返すわけにはいきませんね』
私と衛宮君と彼の三人に対してキャスターは一人。
確かに実力ではキャスターの方が上かもしれない。
しかし、万一にもアサシンにセイバーが敗れるとは私は微塵も感じていない。
それはつまり加勢が来るまで持ちこたえればいいという事。
その時こそ対魔力を持ったセイバーを主軸にしてキャスターを一気に叩く事が出来る。
だからこそ、私は奇襲も掛けずに会話を続けていた。
「・・・・・・」
『抵抗は無駄ですって? ふ、ふふ・・・あはは・・・此処はわたくしの整えた場。接近戦しかできないセイバーと訳の分からぬ力を持ったサーヴァント一人倒せない道理などありはしません!!』
ついにキャスターが杖を掲げる。
衛宮君は剣を投影し、私は家から回収してきたありったけの宝石を拳に握り込んだ。
「メディア・・・」
『!?』
刹那、私はいつ攻撃してくるか分からないキャスターから視線を逸らせていた。
柳桐寺からは人気が無い事を確認している。
たぶんは誰もがキャスターの魔術で眠らされているはずだった。
しかし、その中でキャスターに声を掛ける人物。
更には本当の名を呼ぶ事の出来る人物。
それはキャスターのマスター以外に在り得ない。
「な!? 葛木!?」
衛宮君が驚きの声を上げる。
私も驚きを隠さずには要られなかった。
その声の主は私の日常にいるはずの人間。
学校の中以外で聞くはずの無い声。
葛木宗一郎。
何処かいつも冷めている高校教師。
感情らしい感情を感じ取れない男。
確か柳桐寺にお世話になっていると風の噂で聞いた事があったが、まさかそんな高校教師がキャスターのマスターになっているとは思っても見なかった。
『宗一郎様!?』
私は耳を疑う。
キャスターは間違いなく英霊。
その英霊に様付けをされるなど普通では考えられない。
「どういう事だ? どうして此処に衛宮と遠坂がいる?」
『あ・・・これは・・・その・・・』
あの傲慢を隠そうともしないキャスターがうろたえていた。
それだけで二人の関係が只ならぬものなのだと私は理解する。
「一人で・・・戦いに行っていたのか?」
『す、すみません!!』
「いや、良い。私に心配をかけまいとしての行動だろう。この際何も問うまい」
『宗一郎様・・・』
キャスターのフードに隠れた視線が僅かに熱を帯びた気がした。
「葛木!? アンタ、ホントにキャスターのマスターなのか!?」
衛宮君の声に葛木がキャスターの前に移動しながら首肯した。
「ああ、そうだ」
「どうしてそんな事になってるんだよ!?」
衛宮君が声を荒げる。
その気持ちは少しだけ分かった。
自分の日常の一部を形成していたはずの存在が急に倒すべき「敵」のマスターなのだと言われれば、納得など普通は出来ない。
「私は自分の意志で彼女のマスターになった。それだけだ」
「それだけって・・・アンタはキャスターが一体何をしたのか知ってるのか!?」
「何をしていようと彼女が私のサーヴァントである事に変わりはない」
「な!? アンタ教師だろ!? この街に住んでんだろ!!? キャスターは街から大量に人の生気を吸い上げてた!! それも人に害が出始めるような勢いで!! アンタの生徒が犠牲になってるかもしれないんだぞ!?」
葛木がゆっくりと私達を見た。
「「!?」」
私と衛宮君は同時に悟る。
その瞳の中に込められた意志は一つ。
「アンタ・・・本気なのか?」
衛宮君が下げかけていた投影済みの剣を葛木に向ける。
「悪いが死んでもらおう。衛宮」
「く・・・ホントにやるんだな。手加減出来ないぞ・・・」
「衛宮・・・その言葉は正しくない。それは」
私が気付いた時にはもう葛木は衛宮君の前まで迫っていた。
「―――?!!」
「力のある者が力の無い者に言う言葉だ」
葛木の拳が衛宮君の喉を抉り――絶つ――寸前。
「む・・・」
バックステップを踏んで後ろへと下がっていた。
衛宮君の首筋に一筋の汗が流れる。
まったく反応できなかった私と衛宮君の前に彼がカードを一枚翳していた。
たぶんはカードに危険を感じて攻撃を中断した。
それが分かっているからこそ、私と衛宮君は確信していた。
もしも、彼がいなければ葛木は確実に自分達を殺していたはずだと。
「・・・・・・」
「油断するなですって? わ、分かってるわよ!」
「悪い。助かった」
「・・・・・・」
「下がってろって!? アンタまさか此の後に及んで一人で戦う気!? よく分からないけど葛木が只者じゃないってのは分かる。デッキが少ないのに二人を相手にするなんて出来るつもり!? 此処は私と衛宮君と一緒に!!」
「・・・・・・」
彼は首を横に振る。
その瞳には動じた気配など無い。
いつものようにいつもの如く。
彼は魔力で具現化したデュエルディスクを片腕にセットした。
「おい!? オレも一緒に!?」
「・・・・・・」
「足手まとい!? いや、そうかもしれないけど・・・お前一人にやらせるなんて出来るか!?」
「・・・・・・」
彼は衛宮君に対して背を向けた。
大した事はないと。
何故なら自分はサーヴァントなのだからと。
【Duel!!!】
彼の声は全てを越えて世界を掌握する。
その背中にあの数日前に消えた大きな英霊を見た。
赤いジャケットを颯爽と靡かせて彼は敵と向かい合う。
英霊。
彼こそは【決闘者(デュエリスト)】。
それこそが全てだとでも言うように、戦いのゴングは鳴らされる。
ドローの声は夜の静寂に木霊した。
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凛と士郎の前に現れたのは彼らも知る一人の教師だった・・・。