ある天気のよい日、月と詠は一刀の寝室の掃除をしていた。
「まったく、どうしてボクがあんな奴の部屋を掃除しなくちゃいけないのよ」
「詠ちゃん、ご主人様のことそんな風に言っちゃダメだよ。でも、詠ちゃん、顔がうれしそうだよ」
月の言った通り、詠の表情は明るかった。
「そ、そんなこと無いわよ!?」
「詠ちゃんはウソが下手だよね。どうして素直になれないの?」
そう言うと詠は黙ってしまった。図星だからである。
「私はね詠ちゃん、詠ちゃんも、もっとご主人様と仲良くなって欲しいの」
「月……」
「じゃあ私が、詠ちゃんを素直にしてあげる」
「え?それってどういうこと……ってちょっと月、手を引っ張ってどこ行くの!?」
月は詠の手を引いて、一刀の寝室を出て行った。
月は星の部屋に向かった。
「月、ここって星の部屋じゃない。こんな所に来てどうするの?」
月は「そうだね」と答えてノックをすると中から星の声が聞こえた。
「失礼します」と月。
「おや、誰かと思えば月に詠ではないか。何か私に用なのか?」
部屋の中は少し酒の匂いがした。
「ちょっとあんた、昼間から酒?」
「いやいやこれは酒ではない、不思議な味のする水でな」
と、ほろ酔いの星が説明しようとするのを月が遮った。
「星さん、お願いがあります」
「なんだ?」
「詠ちゃんを素直にしてあげてください」
一瞬ぽかんとした星だが、すぐに平静に戻った。
「ははん……なるほどな。詠よ、お主はいい友人をもっているな」
「当たり前よ、月はボクの親友よ」
月は頬を赤めて、少し恥ずかしそうだ。
「ふむ、素直になる方法か……一つ心当たりがあるぞ」
「本当ですか?」
「私は主と出会う前までは大陸中を旅していたからな。そうだな、私が会稽山で仙人に会ってな、そこで少々面白い仙術を教えてもらったんだ」
「仙術? あんたそんなのできるの?」
詠が疑問の声をあげて星の方を向いた。
星は続けてこう言った。
「できるとも、いいか詠、そこの椅子に座ってくれ」
詠は疑いながら、椅子に座った。
「いいか詠、心を落ち着かせてゆったりとしてくれ。そう、そうだ。そのまま何も考えずに私の言うことだけを聞いてくれ」
詠は言われた通りにしている。
月は少し不安そうだ。
星は詠に対してこういい始めた。
「詠、お前は素直ないい娘だ。自分の思いを口にし、行動する娘なんだ。私が三つ数えると、お前はその通りになる。一、二、三」
星はパンッと手を叩いた。
辺りは静寂としていて、月は詠に問い掛けた。
「詠ちゃん……どう? 大丈夫?」
月は詠の顔を覗き込んでいると、詠は目を開けた。
そして、月の問いかけにも答えずに走って部屋を出て行った。
「あ~疲れた……」
俺は政務室で愛紗に半ば監禁されているような状態からようやく開放された。
疲れた体を伸ばしながら廊下を歩いていると、前方から何かが走ってくるのが見えた。
俺は立ち止まり、それを見ていると、それはいきなり飛び掛ってきた。
「なっ……」
勢い余って俺は押し倒された。
「……え、詠!?」
「一刀……好き」
え、え、なんて言った、え!?
詠がまず走ってきた、これはまだ解る。
抱きついてきた、ここからおかしい。
好きと言う、ありえないだろ。
「どうしたんだ詠! どこかで頭でも打ったのか?」
「違うの、一刀……あんたのことを考えたら、あんたに会いたくなって……」
さて、どういうことか解らず、とりあえず立ったのは良いけど、詠は俺の腕をぎゅっと組んでいる。
「あの……詠さん、腕を組んでいらっしゃるんですか?」
「そうよ、ボクは一刀とずっとこうしていたかったの。ね、一刀、町に行きたい」
そう言われるがままに、俺は詠に手を引かれて町に赴いた。
さて、その光景を見ていたのは星と月だ。
「星さん、何だか凄いことになってませんか?」
「くっくっく……月よ、面白くなってきたじゃないか」
星は笑いを必死にこらえながらそう言った。
「月よ、私達も行くぞ」
星は月を連れて一刀の後を追った。
詠に言われるまま、俺は町まで到着した。
「なあ、詠そろそろ腕を離して欲しいんだ。結構恥ずかしい」
実際、道行く人たちが俺たちの方をチラチラ観てきたりしている。
「……しょうがないな、ボクは嫌なんだからね」
と、腕を離したと思ったら今度は手に指を絡めてきた。
「手、なら良いよね?」
頬を染めて言う賈駆の可愛い顔に、俺は頷くしかなかった。
そのまま歩いていると、前方から朱里と雛里がやって来た。
「ご主人様、見回りです……か」
「あわわ……」
何故かわからないが、二人は俺達を見るやいなや、朱里は言葉をなくし、雛里は慌てだした。
「うん、まあ見回りと言うか何と言うか……」
「二人で逢引してるの」
と詠。
「あ、逢引!! そんな……まさか。詠さんは大丈夫だと思ってたのに……」
朱里は頭をたれてそう言った。
「あ~、二人はどうしてここに?」
「え、ええっと……べ、勉強の、本です」
雛里が俯きながら、何か誤魔化しているような言い方でこう言った。
「そうだ、お茶でも飲みませんか、ご主人様」
朱里が何かを払拭するかのように提案した。
「お茶?俺は良いけど」
チラリと詠の方を見ると「……一刀が行くって言うんなら」としぶしぶといった感じで了解した。
近くのお茶屋でお茶を飲んでいると、朱里が質問してきた。
「あの、ご主人様。詠さんどうしちゃったんですか? 何だかいつもと違うような気がするんですけど」
雛里もうんうんと頷いている。
「あ~俺もよくわからないんだ。なあ詠、何でだ?」
「ボクはいたって普通だよ」
「……いつもの詠さんなら、手なんて絶対つなぎませんよ」
雛里はそう漏らした。
「その事については、私が説明しよう」
俺は声のする方を向くと、そこには星と月がいた。
「星、月。説明って……ひょっとして原因は星か?」
「原因と言うか何と言うか、まあそのようなものです。実は私が少々詠に仙術を施しましてな」
「仙術?」
俺を含め三人が声を漏らした。
「そう、今からそれを解いて見せましょう」
とパンッと手を叩くと、詠は急に俺と距離をおいた。
「うわあああ!!あ、あんた、何てことしてくれるのよ!!」
突如としていつもの詠に戻って、全員驚いた。
「詠ちゃん、どうだった? 素直な自分は?」
「……最悪よ」
しかし、俺が見た感じまんざらでもないような感じがした。
「くっくっく、あっはっはっは!!!」
「ど、どうしたんですか、星さん!?」
「いやいやなに、まんまとひっかっかったなと思ってな」
「どういうことよ?」
詠は睨みながらそう言った。
「言葉通りだ。私は元から仙術など使ってなどいないし、そもそも使えない」
この言葉を聞いた途端、月と詠は絶句した。
「どどどど、どういう意味よ!!」
「私はあたかも使ったかのように振舞っただけだ。それをお前は勘違いしてこのような行動になったんだろう。いやはや愉快愉快」
星は高笑いをしながらそう言った。
「いやでもこれで、詠が主のことを好いていることが証明されたんだ。良かったではないか」
「……良くないわよ!!!!」
詠の叫びが店内に響き渡った。
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詠ちゃんの悩みです。
妄想だらけ