千早のレコーディングが長引き、事務所に戻った頃には、事務所のクリスマスパーティーは既にはお開きとなっていた。
会場となっていた会議室の明かりを点けると、すっかりきれいに片付けられた机や椅子と、
部屋の隅に置かれた大きなゴミ袋が目に入った。
「『兵どもが夢の跡』だな……」
「申し訳ございません。私のせいでパーティーに間に合わなくて……」
「イヤ、いいんだ。これも仕事のウチさ。さて千早、家まで送るぞ」
「プロデューサー、私たちの分のケーキ、残して置いてくれたみたいですね。
グラスも2つ。でも肝心のシャンメリーが……」
「しょうがないなぁ。こんな事もあろうかと……」
「シャンパンですか? あの、お酒は……まだ未成年ですし」
「それを言ったら、俺だって飲酒運転になるぞ。ホレ」
「……レッドブル、ですか」
「年末に『聖戦に征くから』と3日前倒しで休みたいという某事務員のご要望により、
俺はこれからもう一頑張りして未決案件と聖夜を共にする、いわゆる年末進行ってヤツだ」
遠くでくしゃみが聞こえた気がする……。
千早が申し訳なさそうな顔をするのをよそに、グラスにレッドブルを注いでみせる。
「ホラ、見ようによってはそれっぽく見えるだろう。気分だよ気分」
沈みがちな気分を盛り上げようと明るく振る舞ってみせると、千早の表情もほころんだ。
「それじゃ乾杯しようか」
「はい。メリー……」
「ルネッサーンス!」
「……プロデューサー、真面目にやって下さい!」
「スマン、おそらく来年には使えないネタだし」
悪ノリが過ぎたようだ。
「では気を取り直して。メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
「しかし……今日歌番組の仕事で、千早が歌ったカヴァー曲『PEARL-WHITE EVE』だが……」
「どこかいけないところがありましたでしょうか?」
「イヤ、『今夜私はあなたのものよ』なんて、男なら一度は言われたみたいセリフだなって。
……スマン、忘れてくれ」
「……なら、今ここで歌ってみせましょうか?」
「いいよ。長丁場のレコーディングで疲れているだろう。ゆっくり喉を休ませてやれ」
「一曲くらいなら平気です。それと、今どうしても歌いたいんです。
歌手としてではなく、如月千早という一個人として。
せっかくのイヴなのに何もプレゼントを用意してませんし、
それにプロデューサーは私のために、今日も遅くまで仕事を……。せめて私に出来ることなら、と」
「ならば、言葉に甘えて……せっかくだから、他の曲リクエストしていいか?」
「えぇ、私が知っている歌ならば」
「そうだなぁ……。やっぱり聖夜らしく、バッハ&グノーの『アヴェ・マリア』を」
「分かりました、バッハ&グノーの『アヴェ・マリア』ですね」
千早がアカペラで歌う聖母マリアを讃える歌は、柔らかく静かに、
そして強さをも秘めて、二人しかいない会議室に響いた。
「いかがでしたか、プロデューサー。プロデューサー?」
「……スマン、聞き惚れていた」
「そう言っていただけると光栄です。
……バッハとグノーが時代を超えて、このような名曲を生み出した事が奇跡なら、
私とプロデューサーが同じ時代に生まれ、こうやって出会うことが出来たのも、
一つの奇跡なのかも知れませんね」
「そうだな……」
二人の間に流れる沈黙、そして次第に縮まる距離……。
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2008年のクリスマスイヴにUpした千早SSです。
ホントはドリフばりのオチがあるギャグSSだったんですが、あえてそれはやめてキレイにまとめてみました。
「PEARL-WHITE EVE」については、2007年12月に発売されたCD「Christemas fou You!」を聴いて欲しいかも~。