No.516678

バスパニック

日宮理李さん

さやかちゃんがお風呂に入った後に、訪れた事件とは。

2012-12-09 14:08:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:793   閲覧ユーザー数:789

「なに……、これ……?」

お風呂場から洗面所へと出たあたしは、ある種の事件現場に遭遇してた。

違う……か、ある種の混乱状態に陥ってたというべきなのかもしれない。

だから……なのか、ただ――呆然と突っ立てることしかできなかった。

「えっ……? えー?」

 困惑の声をあげ続け、何分が経過した後、

「くしゅん。あっ」

 やっと自分がどんな格好をしているのか思い出し、バスタオルだけ身体に巻きつけた。

 何分間――裸でいたのかわからない。

今更、バスタオルを巻いたとしても遅いような気もするけど……。でもまぁ、見てるような人もいないし、見たい人もいないからそもそも大丈夫なような気もするし、大丈夫だよね?

そんな思考が浮かんだとしても、『裸で何をしてたの?』と言われないように、やっぱりバスタオルだけは身につけるに越したことはない。

「……はぁ?」

一息つき、落ち着き始めても、ここにはやっぱり違和感しかない。

あるものがなくて、ないものがある。そんな感じだった。端的にいえば、下着とパジャマがなかった。そして、バスタオルしかなかったわけ。

バスタオルだけがあったのは幸いというべきなのだろうか。なかったら、全裸でいるしかないんだし……。脱いだ服でもあればよかったのだろうけど……。

な・ぜ・か、脱いだはずの服すら見当たらない。綺麗に畳んでおいた……見滝原中学の制服がない。それに――脱いだ下着もない。

あんなにわかりやすいのがなくなるはずないんだけど……。大きい赤のリボンさえないし。

確かに、

「ここにおいたはずなのに?」

なかった。

着替え入れであるバスケットに入れて、お風呂場に入ったはずなの……。姿形すらない。

――消滅。

そういう言い方が一番わかりやすい……。

とは思うんだけどさ、消滅するはずないでしょ!

バスケットをひっくり返してもないものはない。そもそも重量すらない、あってもバスケット本来の重さぐらい。透明な下着とかがあるわけでもない。当然そんなパジャマすらない。

蛍光灯へ向けても、肉眼では、バスケットの網目の木の模様から漏れる光しかみえない。

バスケットにはそもそも、あたしが今身につけてるバスタオルしか入っていなかった。

 

――やめておけばよかったかもしれない。

 

クラっと身体が一瞬揺れると、

「えっ……えっ……!?」

めまいのような感覚があたしを襲うこととなったのだから。

ゆらゆらと身体が揺れる中、バスケットを手離すと、ゆっくりと洗面所の壁へと向かった。支える何かが欲しかった。

「うっ……」

手離したバスケットは乾いた音を一度放ち、転がってった。そして、お風呂場のどこかにぶつかったのか木と木がぶつかる音がした。

「あいたたっ……!」

 頭を抑え、ふらふらする身体をたどり着いた壁で支えると、ゆっくりとしゃがみ込む。

 湯冷め……なのかな?

壁に手をつきながら、そんなことを考えているうちに、

「はぁ」

 痛みが収まり始め、深呼吸した。

 二回、三回と念を押すように繰り返す。

「ふぅ……」

 でもまぁ……落ち着いても、慌ててもいったい何があったのかわからないのは変わらないってね。

深く考えれば、頭の中かがグルグルとまわり、またおかしくなりそう。

もしかしたら、そんなだからめまいがしたのかもしれない。湯冷めの線もありえなくないと思うけど。

でも、どこに一体いったんだろう?

「あれ……?」

そもそも、お風呂場に着替えを持ってきたのも怪しくなってきた。

「それは……」

 ないか。さすがに……。

 バスタオル姿で、居間や廊下を歩きまわる娘も中にはいるらしいけど、あたしにはそんな趣味はない。さっさと服を着てベッドにダイブしたい。気持ちがいいふかふかの布団に包まれない。

だから、しっかりと着替えをバスケットに入れた……はず。と思っても、録画してたわけじゃないから、本当のことはわからない。

 でも、忘れたんじゃないとすれば……。

ここだけ隔離されたとか……? それか、キャトルミューティレーション……? 

って違うか。そんな非科学的なことは起きない。

じゃぁ、

「ぼけ……とか?」

自分で言って、何ともいえないおかしさだけが増した。あははと自然に声まで出てしまう。

「まさか……」

 盗まれた……? 

でも、お風呂場に人が入ってる時に盗みを働くものなのか? 普通は居ない時を選ぶような気がするのだけど……。

「あれ……」

 そういえば、何か忘れてるような気がし始めた。とても大事で、そもそもの問題で、考えるべき一番のこと。

 お風呂場……、部屋……、場所……、

「あっ――」

 そうだ、ここあたしの家じゃない。

「えっ?」

 でも、それっておかしくない? 例え、人の家でもさ、旅館でも、ホテルでもどこでもいいんだけどさ。普通なくならないでしょ。そもそも犯罪だし……ね?

まさか、

「――杏子?」

いやそんなはずないと思いたいし、信じたい。

でも、あいつこないだあたしの髪飾りを大量につけてような記憶が……。もちろん全部引っこ抜いてやりましたけど――。

「なんだよ、さやか。一人で楽しいそうじゃんかよ」

「ふぃ!?――」

 唐突にお風呂場の引き戸が開けられると、

「あ、あんたその格好!?」

 あいつがいた。

「いやさ、落ちてたからさ。着てみたわけじゃん」

 しかも、見たことのある姿で。

「落ちていないから! それあたしのだからさ! 早く返してよっ!」

 掴みかかろうとしたあたしの両手を、ひょいと回避すると、

「いやさ、拾ったんだって」

 絶対違うでしょ。どや顔で何言ってるの?

「でもなんで、さやかそんな姿なんだ? 服着ろよ服。風邪引いちゃうじゃん?」

 誰のせいよと怒りが頂点に達するかと思うと、杏子の制服姿が視界に全部入り、

「あっ――」

 以外に似合ってるなって思い始めて、なぜか思わず顔を背けてしまう。

 ――綺麗だった。

一輪の赤いバラにも見えて……、心臓の音がドクンドクンと高鳴り始めた。落ち着け、杏子なんだぞと言い聞かせても、どんどん音が大きくなってく。

「意外に過ごしやすいんだな、この服。さやかが着てたからどんなもんだと思ったけどさ」

 杏子の楽しそうな声でやっと現実に戻され、

「あ、あたしの服返してよ! そ、それに着るものもないんだけど?」

 でも、心臓の音は変わらない。杏子が来てからずっと鳴りぱなっし。

「だから、落ちてたのを着たんだって」

「そ、それって――」

 どういう意味と言おうとして、それが目に入った。気が付かなかった。ってか、何でそれが目に入ってなかったのか不安になりそう。

「パジャマ?」

 制服とは明らかに違う、青色のパジャマがスカートから覗いていた。私のお気に入りのパジャマが。

――覗いていた?

なんていうんだろう。ズボンだからその言い方は違う気がする。

いうなれば、寝ぼけてパジャマ着たまま学校に来ちゃいましたってやつ? 昔、まどかがありましたな。そういえば……。

「ってか、その格好変でしょ? そもそも、それどう見てもあたしのじゃない……。ってか絶対あたしのでしょ。落ちてないし、ってかあんたの部屋なのに落ちてるのおかしいでしょ」

 第一に、確実に、疑うことなく、あれはあたしのパジャマと制服だ。杏子が着てるのはおかしい。着てること自体はおかしくない。組み合わせが変でしょ、普通。

「そうか?」

 本人はそう思わないらしい。もしかして、鏡とか見ていない……の?

「それにさ――」

杏子はひくひくと鼻を動かすと一息吸い込み、

「だってさ、さやかの匂いでいっぱいなんだから! 別にそういうことならさ! アタシが着たって構わないでしょ? なんて言ってもアタシじゃん」

 制服の袖をぺろりと杏子が舐めた。

「へっあ!? な、なにいってるの! それにひ、人のにな、な、なにしてるのさっ!?」

 全身が熱を持ち始め、頬から耳まで熱くなっていく気がする! 

心臓の音も収まるどころか、飛び出してしまうくらいどんどん強くなっていく気がして。

「服ならさ、ほら――」

「うわっ」

言葉と共に投げられたのは、服だった。それもよく見たことのある服。

――杏子の服だった。

「アタシのがあるじゃん」

 杏子はひまわりみたいに明るく笑ってた。だから、

「これを着ろって?」

 何も言い返せなかった。

 ――ずるい。

 こんなときに、なんてものを見せるんだよ。そんな笑顔見せられたら……、

「わ、わかった。き、着ればいいんでしょ」

ってか、『あたしの』ってことは、着てる服はあたしのだって、言ってるようなものだよね?

後ろを向くと、バスタオルの上から履こうとして、

「そういえば、下着は……?」

 二枚あるはずだよね、あったはずだよね?

「だから、着たんだって」

 言ってる意味がわからなかった。あたしの想像不足なの……か?

「へー、それってどういう意味?」

 だから疑問だった。一枚は穿いてるにしても……。いやそもそも穿くなよと思うけど……、あと一枚はどうしたんだろうって。

「いやさ、そのままの意味に決まってんじゃん」

 へぇ? 穿いてるってこと……? それなら、

「あんたの下着は?」

「脱ぐわけないじゃん」

 そんなはっきりと言わなくても……。

「いいじゃんか、どうせ後で全部見るんだからさ――」

「ひゃう! や、やめてよ!」

 いつの間にすぐ後ろまで来ていたのか、杏子が首筋を舐めるもんだから、あたしは一発杏子のお腹に一発してやった。

「おい、さやか。そいつは洒落にならない……」

 うずくまるような気配がする中、あたしは急いで杏子の服を着た。下着がないのがちょっと気になったけど、この際文句なんて言ってられない。

 だって、

「じゃぁ、杏子……服を返してもらおうか……!」

 すぐにでも奪い返してやるんだから!

 


 
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