No.516092

嘘つき村の奇妙な日常(8)

FALSEさん

不定期更新です/ある程度書き進んでて、かつ余裕のある時だけ更新します/途中でばっさり終わる可能性もあります/(ここまでのあらすじ:EX三人娘は「嘘つき」によって支配された不思議な村に迷い込んだ。そこで彼女達は様子のおかしな男を拾う。男は三人と似た経緯を経て村に迷い込んだが、彼の仲間は村に定住すると言い出したのだ。村の食物がおかしいと睨んだ三人は食料と村の調査を同時に実行することにしたが、なんとその動きは嘘つきに与する妖怪によって筒抜けであった!オイオイ、こいつは拙いんじゃないのか?三人娘にかつてない危険が迫る予感がするぜ!)/最初: http://www.tinami.com/view/500352 次: http://www.tinami.com/view/517504 前: http://www.tinami.com/view/514818

2012-12-08 00:04:35 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:496   閲覧ユーザー数:490

 村を支配する嘘つきの数は、全部で七人いる。

 全員が道化に扮しており、本名を知る者はいない。各々が見せる芸に対応して、演奏家、ジャグラー、奇術師、舞踏家、彫像男、体術家、クラウンの通り名で呼ばれている。表に出て訪問者への対応を行うのは、三人も会ったクラウンの役目だという。

 朝早くに演奏家の吹き鳴らすラッパの音と共に、村人は起き出して朝の支度を始める。こいしとぬえもその流れに乗じて、忘れ傘亭の門前に顔を出した。

 

「ルームサービスは必要ですかぁ?」

 

 戸口から声をかけた小傘に、ぬえが顔を向ける。

 

「要らない。連れは日光が嫌いだから、開けないでやってくれ。晩飯の要る要らないは、戻ってきたら考える。しばらくこの辺りをぶらついてくるから」

「逝ってらっしゃいませぇ」

 

 手を振る小傘に見送られて、二人が宿を離れる。

 

「はて。何か不吉な送られ方をした気がするな?」

「不吉なのは、いつものことじゃない? それより、これからどこに行けばいいのかしら」

「まずは結界の構造を調べないといけないから……お前は何で持ってんだ、それ」

 

 こいしが白い布袋を抱えたまま、ぬえの方を見る。

 

「んー、何となく? フランの荷物に戻しといても、今は嵩張るだけかなって」

「魔術師の持たせたものなら、あいつが持っといた方がいい気がするけどね」

「そうかしら?」

 

 こいしは涼しい顔で、袋を自分のナップサックに仕舞い込んだ。

 

「まあ、ともかくだ。村が一つの結界だとするなら、どこかに結界を維持してる装置や術者がいるな」

 

 ぬえは周囲を見回すと、家屋の屋根越しに見えるとある物体に注目する。天を衝く鋭い尖塔である。

 

「あの人間のように、闇雲に脱出ルートを探しても埒が開かない。目指すは敵の本丸じゃない?」

「立派なお屋敷ね。紅魔館と同じくらいかしら」

 

 二人は石畳の道を歩き、煉瓦の住宅街を抜ける。急に視界が開けて、田園の風景が目の前に広がった。それに伴って、尖塔を持つ建物の全貌も露わになる。

 石造りの古びた洋館である。石壁は長年にかけて生した苔で覆われ、さらにその上を蔦の蔓が縦横に行き交っていた。田園はその周囲に広がっている。

 首を垂れた小麦や樹木にたわわに実った果実を、農夫達が刈り取る様子が見える。ぬえは麦畑で作業に従事する農夫の一人に近づいて、声をかけた。

 

「おい、あの館は誰のものだい?」

「あんたら新入りかね? あれは、七人の嘘つきが住んでいるお屋敷さ。畑はみんな館の敷地なんだ」

「奴等は畑も貸すのか。本当大盤振る舞いだな」

 

 農夫が生き生きとした目をぬえに向ける。

 

「あんたもお願いしてみりゃあいい。大抵の願いは聞き届けてくれるだろうさ」

「ああ、願ってみるよ。色々とね」

 

 舌打ちを残しながら、その場を歩き去ろうとする。だがもう一人、こいしはその場で足を止めていた。

 

「私からも、いいかしら。今、何月だったっけ?」

 

 農夫は目を大きく見開いて動きを止める。ぬえもまた歩み出しかけた足にブレーキをかけ、歪な顔でこいしを眺める。彼女だけが超然とした無表情だ。

 

「卯月の半ばだろ? それがどうかしたかね?」

「そうね、きっと。有難う」

 

 ぺこりと頭を下げると、やっとぬえの横に並んだ。こいしは彼女の顔を見て薄い笑みを浮かべる。

 

「地上の麦は、卯月に実るのね。知らなかったわ」

「何?」

 

 こいしは構わず、先行した。彼我の距離ができたところでぬえは少し飛び上がり、足早に続く。

 

「地上で、ってどういう意味よ?」

「地霊殿って、ペットがたくさんいるでしょう?」

 

 ぬえが首を傾げる。

 

「だからお庭の中に菜園を作って、食べられる植物もほんの少しだけど育てているわ。中には麦もあるのだけれど、地底の麦はだいたい水無月に採れるの」

「はあ。それで、今が何月かって」

 

 ぬえの顔が、僅かに強張った。歩きながら周囲の景色を眺める。豊作の麦畑を、果樹園を。

 

「こいしは植物に詳しいのかい」

「お姉ちゃんがお庭の手入れをするのを見てるから、ちょっとだけね」

 

 赤い果実が鈴生りに実った樹木を指差す。

 

「あれは何の木だ?」

「林檎ね」

「地底ではいつ頃に実をつける?」

「神無月の頃じゃなかったかしら」

 

 二人のすぐ脇を、橙色の実でいっぱいになった籠を背負う農夫が通り過ぎた。

 

「あれはオレンジね。地底では師走頃に」

「いや、そろそろ突っ込むべきところじゃないかね」

 

 ぬえが目を瞑って頭を振る。

 

「そうだよ、まだ春先じゃん。なのに、どの作物も実をつけてる。誰もこれに違和感を感じてないのか」

「おかしいって思ってるのはあなただけみたいね」

「せめて隣の誰かさんには同意してほしかったよ」

 

 周囲の景色から目を離して、近づいてきた洋館を見上げる。古ぼけた茨の館は、もはや空を見上げるつもりで首を上に向けなければいけないほど間近だ。

 

「この嘘の秘密を解き明かしてやろうじゃないか。私ら二人なら、忍び込むのは造作もないしね」

「壊さないと抜けられない場所はどうするの?」

「そういう所はきっと重要な場所さ。今回はそれにあたりをつける。後々三人で押し入った時に、順に暴いてやりゃあいい」

 

 洋館の周囲は、堀に囲まれている。ぬえは淀んだ水で満たされたその溝を、一息で飛び越えた。

 

「こっちはもう敵の懐にいるんだ。大胆に行こうや」

 

 

 §

 

 

 すり潰してペースト状にしたパンを水へと浸し、その上澄みを試験管に取ってゆっくりと熱していく。鼻から下にマスク代わりのナプキンを巻き、試験管を手で固定し続けるフランドールの額にも、若干の汗が滲んでいた。里の男は固唾を飲んでその様子を見守っている。

 

「よ、よお、お嬢ちゃんよ。もしかして、熱いのか」

「それほどでもないわ」

 

 何気なく答えてはいるが、彼女の表情は限りなく厳しい。彼女の検査は、夜からずっと続いていた。傍には処理を終えた試験管の列が並ぶ。ガラス管の底面には全て、粉末状の物質が沈んでいた。微かな蛍光ブルーの色彩を放つ、劇物的な粉末が。

 

「だ、だが、昨日からぶっ通しで働いてんだろう。ちったぁ休んだ方が」

「そうね、外も大分明るいしそろそろ眠いわ。でも我慢できないほどのものでもない。私達にとっちゃ睡眠も一つの娯楽なのよ」

「そ、そうなのか」

 

 鋭い目線が、一瞬だけ男の方向へと向けられる。針のように細い瞳孔を見て、男が少し仰け反った。しかしフランドールはすぐ試験管へ視線を戻す。

 

「でも、何か会話があった方がいいかもしれないわ。その方が気分も紛れるし。何か話しかけてくれる? こういう有様だけど、聞こえてはいるから」

「お、おう」

 

 だが、男は口籠って視線を周囲にさまよわせた。時折もごもごと口を動かすが、肝心の言葉が出ない。額に脂汗が浮かび始めたところで、彼は遂に試験管の列へと着目した。

 

「さ、さっきから、ずっとそうしてるがよ。毒とか薬とか、何も出てこないのかよ」

「出てるわよ。さっきから、ずっと。質問だけど、あなたここ数日は雨水しか口にしてないわね?」

「ああ。き、昨日の食いもんまではずっとだ」

 

 試験管の持ち手を、僅かに振動させる。

 

「それはよかったわね。得体の知れない薬のような何かが、さっきからずっと検出され続けているわ。あなたのお仲間がおかしくなった原因かもしれない」

「本当かよ、それは」

「おちおち毒味できないから何とも言えないけどね。でも、問題なのはそこじゃないの」

 

 空いた手で、テーブルの上の試験管立てを示す。

 

「左から順に、ワイン、ミネストローネのスープ、具材だけを裏ごしして取り出したもの、さらにその中の人参だけ、マカロニだけ、玉葱だけ」

「はあ。はあ」

 

 男が生返事を繰り返す。フランドールは目を伏せ、マスクの下で軽く息を吐き出した。

 

「みんな、何かの粉末が沈殿しているでしょう? それが今言った食材の中から抽出した、謎の物質。単刀直入に言うとそれは全部の原材料、加工食品の中に入ってたってことよ」

「はあ」

 

 手元の試験管を注視する。一階からミスティアの呑気な歌声が聞こえてきた。

 

「そうね、もっと単純に結論を言いましょう。この村にある全ての食べ物に毒が入ってるわ。全村人がそれを有難がって食べている。毒というより麻薬ね」

「ま、麻薬ぅ!?」

 

 男の声が裏返る。それを聞きつけフランドールは、もう一度軽く息をついた。

 

「そう、麻薬よ麻薬。毎日が麻薬パーティーなのよここの村人は。あなたのお仲間も食事に入った薬を飲んで、おかしくなってしまったというわけよ」

「な、ななな、なんてこった」

 

 頭を抱えてわなわなと震え出す。フランドールが失笑を浮かべたところで、試験管に変化があった。白い沈殿物が試験管の底に溜まりだす。青白い色は、他の試験管によく似ていた。目が翳っていく。

 

「そしてパンも薬入りと。生地を練る時に仕込んだ、わきゃあないわね。これも原料からして、薬入りの可能性濃厚ってところ」

 

 ゴム栓で試験管を塞ぎ、マスクを剥ぎ取る。

 

「な、なあ。一つ聞いていいか」

「何かしら?」

 

 ベッドに座り込んで、両手足を伸ばしながら男の言葉を聞き流す。

 

「その麻薬ってのはよ。首を吊った奴でも生き返すようなもんなのか?」

 

 しばらくの間両手両足をぶらぶらと揺らした後に、フランドールの動きが唐突に停止する。

 

「いや。それはないと思うけど。思うけど」

「よくわかんねえな。麻薬でおかしくなったっても、なんで連中は首吊って、死のうとしたんだ?」

 

 フランドールは硬直したまま、沈黙する。

 そのまま、所在なく足を揺らし。

 続いて、頭をばりばり掻き毟った。

 

「ああ、畜生! 私にわかるわけないでしょうが、そんなことなんて!」

「そ、そうだよな」

 

 後ずさりしながら相槌を打った男を捨て置いて、フランドールは一人ごちる。

 

「こういう推理はぬえの役目よ……うん、あいつが帰ってきたら考えさせればいいわ。それがいい」

 

 そんな結論を見出したところで、男を見る。壁に張り付いた彼に向けた視線は、穏やかだった。

 

「あなた、ここの食事を食べなくてよかったわね。奥さんに感謝するべきだわ」

 

 彼はきょとんとした顔をする。一階から聞こえるミスティアの歌声が、相変わらず騒々しい。

 しばらくして、彼は顔に湛えた緊張を解いた。

 

「そ、そう、そうなんだ。いつも怒鳴ってばかりの器量もねえカカアだが、飯だけは旨くてよ」

 

 愛想笑いを浮かべる男の頬と目尻は、だらしなく垂れ下がった。フランドールが目を細める。

 

「それは何よりだわ」

「お嬢ちゃんも食いに来てくれよ。戻ったらよ」

 

 フランドールの目が点になった。

 

「私が?」

「何言ってんだ、あんたら俺の命の恩人なんだぜ。何か恩返ししなきりゃ申し訳立たねえよ。カカアとガキも紹介してぇしな」

 

 くすりと、笑みが漏れる。

 

「何言ってるの、私達妖怪よ? 怖がられちゃうわ」

「うめぇこと俺から紹介してやっから心配すんな。しけたあばら家だが、飯くらいは出せる。お屋敷のご馳走にも負けやしねぇよ」

 

 鼻息荒く胸を張る男を見て、苦笑を重ねた。

 

「それはまた、大きく出たわね……咲夜が聞いたら何と言うやら。でもまあ紅魔館や地霊殿のお料理もいい加減食べ慣れてるし、そういう食べ物もたまには悪くはないかしら――」

 

 視界が、暗転した。

 

「ん?」「な、何だ!?」

 

 部屋から突如、光が失われた。墨汁を水の中へと落としたような闇の中で、声が動揺を伝え合う。

 

「み、見えねえ。どうなってんだ、こりゃ」

「落ち着きなさい。そのまま、動かないで!」

 

 フランドールは自分の目を擦り、歯を軋ませた。夜の眷属である筈の彼女が、視界を奪われている! ドアを探して周囲に手を這わす彼女の耳に入ってきたのは、依然続くミスティアの歌声だった。

 額に、血管が浮き上がる。

 

「夜雀ぇ!」

「ひいいい、なんだこりゃあ!」

 

 男の悲鳴が響いた。

 何らかの小物体が、頭上から何十何百と降り注ぐ。

 それらは体に取り付いて、全身を這い回った。

 青筋が増殖する。

 右手を振り上げ「破壊の目」の召喚を開始した。

 

「助けて、助けてくれ!」

「落ち着けっつってんだろうが!」

 

 男の暴れる音と悲鳴を聞きながら周囲を高速検索。

 現状破壊するべき最適の対象を右手の感触だけで選び出し、そして握り潰す!

 パァン! 破裂と表現するべき轟音と共に足元の感覚が消え失せる。そのまま重力に体を預けた。

 視界が開ける。抜けた天井から上を、タール状の闇が包んでいた。家具や荷物もろとも一階へ落ちる。

 奇声をあげながら、男も落ちてきた。それと共に落下するのは、夥しい数の多足虫だ。

 フランドールは空中で体を入れ替え、一階に着地……できずに、そのまま床に激突する。

 

「なっ……」

 

 首筋に、鋭い痛みが走った。全身が痺れて上手く動かせない。歯を食いしばりながら首に噛み付いた虫を払うが、色々な意味でその動作は遅すぎた。

 

「して……やられたわ……くそっ……せめて……」

 

 萎えた腕を懸命に動かし床を這いずる。散乱する試験管に手を伸ばしたところで、意識は、途絶えた。


 
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