華琳side
華琳「……はぁ」
もう何度目のため息だろうか。
一刀と凪があちらへ行ってから数日。
すぐに帰ってくる訳ではないと分かっていても、やはり思い出してしまうのだ。
私が大陸を統べた日を。
憎らしい程に美しい満月の夜を。
私が、物心ついてから初めて泣いた日だと思う。
今思い出しても一刀が消えた事実を伝えた時の皆の反応は只事ではなかった。
秋欄や風、桂花でさえ動揺していた。
霞の反応も凄かったが何よりも一番荒れたのは凪だった。
私の言葉が信じられないと泣き喚き、その後も一人で探しに行こうとしているのを何度も止めた。
皆一刀を想う気持ちはあったけれど、あの子が一番辛かったのではないだろうか。
失う覚悟、心の強さ、それ以上に自分の中にある一刀の存在のほうが大きかったのだろう。
そして一番引きずっていたのは……私だと思う。
あの日涙を流してから私の心は弱くなってしまった。
夜になればその弱さが喪失感という闇に耐えられず涙を流す日もあった。
……我ながら呆れ果てた。
これが大陸を統べた覇者の姿なのかと。
多分、秋蘭や風あたりにはバレていたと思う。
と、噂をすればなんとやら。
風「お隣失礼してもよろしいですかー?」
華琳「ええ、どうぞ」
城壁から街を眺めていた私の隣に座る。
風「う~~ん、相変わらずいい眺めですねー。
いいお天気ですし、お仕事もサボりたくなってしまうというものです。
サボるって言葉もなかなか面白いですよねーなんというか響きが」
天界の言葉……確か自分のすべきことをせずに怠ける事、だったかしら。
華琳「別にサボっている訳ではないわ。
今は気分じゃないだけよ」
風「そですかー」
そこで会話は途切れ、二人並び無言で街を眺める。
どらくらいそうしていただろうか。
静寂を破ったのは風。
風「この街もずいぶんと発展しましたねー。
治安が良いから商いもしやすくて商人達もたくさん来てくれますしねー」
黙って風の話に耳を傾ける。
風「警備の制度もしっかりしていますし、お兄さんの話もたまには役に立ちますねー」
華琳「そうね」
風「…………」
華琳「…………」
風「……霞ちゃんも」
華琳「…………」
風「霞ちゃんも、今日はお仕事する気分じゃないそうです。
珍しくお酒も呑まずにお部屋でぐでーとしてますよ」
華琳「……そう」
風「まぁそこは雪蓮ちゃんが代役を買って出てくれたので問題はないんですけどねー」
多分、話の本題なんてない。
風「雪蓮ちゃんと言えば、冥琳ちゃんも華佗の診断の結果、経過は良好だそうで。
しばらく安静にしていれば完治するそうですー」
あれから彼女はこの城で大事を取ることになり、華佗が定期的に検診に来ることになった。
風「桂花ちゃんなんかは逆にお仕事ばかりしていますねー。
考えたくないことでもあるのでしょうか」
貴女は?と聞き返そうとする、しかしその言葉を発する前に──
風「風も……風も今回はちょっと弱音を吐いちゃいそうですねー。
……やっぱり、二度は辛いですよ」
華琳「…………」
風「待つのも楽じゃないですねー全く」
口調こそいつものままだが、視線は遠くの一点を見つめ、何かを堪えているように思えた。
風「まぁお兄さんの事ですから
あっちの世界でも女の子としっぽりよろしくしてそうかなーとか考えると
ちょっとは気も紛れますけど」
華琳「今回は凪も一緒だし、あいつはもう私のもとを離れないと誓ったわ」
風「……そですね」
そう、あいつは私に誓った。
あの日と同じ満月の夜に。
だから私は待つ。
必ず帰ってくるから、待つ。
大陸を統べた者が、ただ待つ事しかできない事が滑稽に思えてくる。
何が覇王か。
だけど私は挫けない、折れない。
何もできないからこそ、交わした誓いを信じて待つ。
秋蘭「華琳様、至急お耳に入れたい話が」
しばらく風と二人でいると、秋蘭が神妙な顔でやってきた。
華琳「どうしたの?」
秋蘭「は、まだ確かな情報とは言い難いのですが」
やけに秋蘭の表情が険しい
秋蘭「……国境付近にて、白装束の小団体を見たという話が」
……嫌な予感がした
凪side
趙雲「路銀が尽きた」
程昱・郭嘉『……はい?』
次の目的地へと向かっている途中、突然の申告。
そしてその尽きた理由は見ていれば大体わかる。
凪「……メンマの買いすぎでは」
なにせこの方、数日街に留まるということになると恐ろしい事に壺ごと買ってくるのだ。
そして水のように流し込む酒。
尽きてあたりまえである。
趙雲「そんな馬鹿な。
私はしっかりとあふれるメンマ欲を抑えていたぞ」
凪「抑えきれてません。
あとメンマは塩分が高いから控えたほうがいいです」
見ていて思うのは明らかな過剰摂取であるということだ。
趙雲「ふむ、しかし過ぎた事を言っていても仕方がない」
凪「あの、お貸ししましょうか?」
趙雲「いや、借金などをしたとあっては私の沽券に関わる。
自分の管理不足が招いた事態だ、自分でなんとかするさ」
……基準がわからない。
メンマとは果たしてここまでして食べるものだっただろうか。
趙雲「という訳で私は士官をしてくる。
街での話によれば今は丁度公孫讃が義勇兵を募っているとか」
兵を……あ、そうか。
この時期はまだ黄巾党が蔓延っているのだ。
……なるほど。
公孫賛殿のところで士官をすれば資金はまぁいいとして
何か情報が得られるかもしれない。
ここでこの方達は別れたのか……なんという微妙すぎる理由。
しかしこのまま風様達について行くと
多分最終的には華琳様のもとへ行くことになるのだろう。
それは困る。
間違いなくもう一人の自分がいるだろうから。
もとの世界に戻る日まで私は隊長を支えると決めたのだ。
凪「自分もついて行ってもよろしいでしょうか」
趙雲「む?楽獅殿も路銀が尽きたのか?」
凪「いえ、公孫賛殿に士官すれば何か情報が入ってくるのではないかと思いまして」
趙雲「なるほど。
公孫賛のところは規模はそれほどでもないが
我らで探すよりも遥かに多くの情報が外から入るだろうからな」
程昱「おや、ではここでお別れですねー」
郭嘉「ですね。
我々はもう少し旅をして見聞を広げたいと思います」
別れの言葉もそこそこに、二人と別れた。
あまり寂しいという感情が芽生えないのは
この先でまた会えるということを知っているからだろうか。
それともここが自分の居るべき世界ではないからだろうか。
趙雲「さて、我らも行くとしよう」
それにしても本当に路銀が尽きたからという理由での士官なのだろうか?
自分の武に誇りを持っている星様がそんな理由で──
趙雲「一刻も早くメンマを入手せねば……」
……そんな理由かもしれない。
趙雲「とまぁ冗談はさておき。
楽獅殿は最近、賊どもの動きが活発になっているのを感じているか?」
半分くらいは本気だったんだろうなというのは口には出さず
凪「そうですね。
街での話を聞く限りここ最近はどこも被害が増えているようですね」
ここでの事象が自分が居た世界と同じなら、
今が乱世の始まりと言えるのかもしれない。
趙雲「私もこの旅で少規模の盗賊団はいくつか蹴散らしてきたが
それはほんのごく一部でしかない。
一度自分の目で全貌を確認しておきたくてな。
それにこの徴兵は私の武を示すための良い機会でもある。
まぁたかが賊を相手にとは思うが、
それなりに名が知れれば我が矛を預けるに相応しい主人が見つかるかもしれん」
凪「公孫賛殿もその一人なのですか?」
趙雲「さぁな、こればかりは会ってみないことにはわからん。
確かに周りの風評も大事だとは思うが、自分の目で見るのが一番だからな」
なにはともあれ士官という選択には賛成だ。
いくら自分がいるべき世界ではないとはいえ、
目の前で横行してる略奪や殺戮を放っておくことなどできない。
黄巾党ならば自分が関わったところで何か大きな変化があるとも思えないし問題はないだろう。
隊長だってこの戦を放っておくとは思えない。
この黄巾党との乱に関わっていれば会えるはずだ。
趙雲「それにしても……ふふ。
楽獅殿ほどの者がそうまでして探す人物、是非会ってみたいものだ。
もしかしたら、その御仁こそが私が矛を預ける主人になるかもしれんな」
一刀side
「ほいこれ追加ね。
ちょうど昼時だからもっと混んでくるよ」
一刀「うーっす」
関羽「…………」
劉備「うー……全然減らないよぉ」
張飛「桃香お姉ちゃんが遅いのだ。
もっと素早くやるのだ」
俺達が今何をしているか。
うむ、皿洗いだ。
しかも皿洗いだけではない。
ホールの役割も果たしている。
なぜそんな事をしているのかと言えば、そこに至るまでの話は長いのでそれは割愛。
腹が減ったので昼食をと店に入り、腹いっぱい食べた。
そこまではよかった。
しかしなんということでしょう、
私はもちろんの事このお三方もお金を持っていなかったのです。
関羽「何をぶつぶつ言っているのです」
一刀「軽いエピソードをば」
関羽「えぴ……?」
勝手にお世話になろうとしてた俺が言うのもなんだが
この人たちは一食分の路銀もなしにこれからどうするつもりだったのだろうか。
関羽「それにしても妙に手馴れていますね。
初めてではないのですか?」
そういう彼女と比べると、確かに俺との差は倍近く開いている。
一刀「んー?あぁ前の世界にいた時にいろんなバイトしてたからねー。
飲食店に引越しに──」
関羽「あの、ばいと、とは?」
一刀「あー、アルバイトって言って正規雇用とかじゃなくて、
何かのかたわらにちょっとした資金稼ぎのためにする仕事かな」
関羽「なるほど。
ではまさにこれは”あるばいと”と言う訳ですね」
いやまぁ無銭飲食したその代わりに働かせてもらっているのだからバイトとは少し違う気もするけど。
気前のいい女将さんでよかった。
これで黒服のイカツいグラサンかけたおっさんが出てきたら間違いなく裏でボコられる。
まぁ、そんなのがいるわけないんだけど。
「ほらお客さんが呼んでるよ。
くっちゃべってないで注文とっておくれ」
一刀「了解っす」
……了解っすじゃねぇよ俺。
確かに身を任せてみようとは思ったけど任せすぎだろ。
何普通に勤労してんだ。
「はいおつかれさん。なかなか筋がいいじゃないかあんたら」
劉備「疲れたぁ~~~……」
関羽「まったくです……」
……いや、混乱してる真っ最中に厨房という名の戦場に放り込まれた俺が一番疲れたと思う。
「はっはっは、こんな事でへこたれてちゃこれから先、人助けなんてできっこないよ~?」
劉備「え?」
「聞こえたよ、全くこんな時代に対した度胸だね。
あたしゃ応援するよ」
張飛「だったらここのご飯代も大目に見て欲しかったのだ……」
「それはそれさ。
こういうことはきちんとしないと信頼なんて勝ち取れないよ」
関羽「そうだぞ鈴々、意地汚い事を言うな」
張飛「……お兄ちゃんにご馳走になろうとしてた愛紗に言われたくないのだ」
関羽「なっ……!」
劉備「あはは……」
張飛の攻撃!
関羽に痛恨の一撃!
「ほら、これを持って行きな」
そう言い店の奥から持ってきた陶器でできたビンのようなものを差し出す
関羽「これは?」
「うちで作った酒だよ。
大望を抱くあんたらへの餞別さ」
関羽「女将……」
一刀「え?体毛?」
関羽「……黙っていてください」
一刀「……はい」
「こんな時代だ。
あたしらみたいに暴力から身を守る術を持たない者がいつ死ぬかなんてわからない。
でもあんたらみたいに世の中を良くしようとしている子がいるなら、
まだまだ腐ったもんじゃないってね」
手渡される瓶を手に取り、その言葉に感激しているのか嬉しそうに微笑む。
その後も女将さんと3人で会話をしている。
その様子を俺は一歩下がった場所で見ている。
華琳とは全く違うけど、やっぱりこの子達も人を惹きつけるものがあるんだ。
華琳は覇道を歩むため。
劉備さんは人々を助けるため。
確かに歩むべき道は違うけど、その先に行き着くものは同じ。
華琳は覇道を歩むために自ら戦いをけしかけたりはしたけど、
それはこれから自分を狙ってくるであろう国へ対して。
馬騰に関しては馬騰という名将を欲したがため。
確かに馬騰は死んでしまい、華琳が国を侵略し殺したという形にはなってしまったけど
その後は敬意を払い墓標を立て丁重に埋葬した。
その後も街を襲うなんて事はもちろんなく、よりよくしようと尽力していた。
彼女を知らない人間からすれば、冷血な侵略者としてしか捉えられていないのが心苦しい。
なぜ目指す先は同じなのに、手を取り合えないのか。
華琳の考えももちろん理解はしている。
だけど俺の考えは多分劉備さん寄りなのだ。
これから争うであろう二人を思うと切ない気持ちでいっぱいになる。
もとの世界では仲良くやっている姿を見ているから余計に。
やっぱり俺はどうしても庶民だから。
「あんたら行く宛はあるのかい?
もしないんだったらこの街周辺を治めている公孫賛の所へ行ってみな。
最近近隣を荒らしまわっている盗賊団をとっちめようと義勇兵を募ってるらしいから」
考えに耽っている間もどんどん話は進み、どうやら白蓮のところへいくらしい。
もとの世界では仲良くやってる分
こっちでもフランクになってしまわないよう気を付けよう。
……あの子の普通が服着て歩いてるようなオーラにどうしても油断してしまいそうだけど。
張飛「で、どうするのだ?お兄ちゃん」
一刀「ん?」
いや、何が?
張飛「お兄ちゃんは鈴々たちの主人になったんだから、
お兄ちゃんがどうするか決めるのだ」
一刀「……はい?」
え?主人?
関羽「そうですね。
鈴々の言うとおり、貴方は我らの主人だ」
劉備「じゃあご主人様、白蓮ちゃんのところに行ってもいいかな?」
一刀「うん行こうかっていやいや待って待って」
張飛「?」
一刀「え?なんで俺が主人?
劉備さんじゃないの?」
確かにここに来た時に出来る限りの協力はするって言ったけどさ。
劉備「でもでも、貴方のおかげで私たちは歩き出す事が出来る訳だし、
やっぱりご主人様は貴方だと思うな」
俺華琳のところじゃせいぜい警備隊長だよ?
確かに天の御使いって肩書きからそれなりに自由にはさせてもらってたけどさ。
俺が一国一城の主人?
…………。
ないわー。
玉座に座ってふんぞり返っている俺を想像したら殴りたくなった。
俺なんかせいぜい主人(笑)みたいな表現されて終わりだぞ。
というか俺は華琳のもとへ帰らなきゃいけないから無責任に引き受けるなんて事はできない。
一刀「ま、待ってくれ。
その申し出は嬉しいけど俺にそんな事できる能力はないよ」
関羽「……我々に力を貸してはくれないのですか?」
ショックを受けたようにやや俯き加減で小さな声を……
卑怯だ……。
一刀「いや力は貸すよ。
俺なんかでよければ馬車馬のように使ってよ。
俺だって賊に苦しめられている人は一人だって多く助けたい。
でも俺は人を統べる能力なんてないし──」
一息入れて
一刀「俺はもとの世界に帰らなくちゃいけないから。
だから君たちが天の御使いという肩書きを使って立ち上がるまでは出来る。
だけどその国を、いつかはいなくなる俺が治めるなんて無責任な事はできないよ」
関羽「そう……ですか」
張飛「んー……」
さっきまでの雰囲気とは打って変わって気まずい感じ。
だけどこれだけははっきりさせておかなくてはいけない。
これだけは流されて決めてはいけない事なんだ。
劉備「わかりました」
少しの沈黙の後、劉備さんが口を開き
劉備「ちょっと残念だけど、主人は私が引き受けます。
だからどうか私たちに力を貸してください!」
体を直角に曲げて頭を下げた。
一刀「ちょ、頭上げてよ。
もちろん協力はするって。
困っている人を助けたいってのは俺も一緒なんだから」
劉備「うん、ありがとう。
……じゃあ行こうかご主人様!」
一刀「うん行こうかっていやだから待って。
俺の話聞いてた?聞いてたよね?」
劉備「もちろん。
だから形としての主人は私がやります。
でも私たちの中のご主人様は貴方なのです」
なにその超自分理論。
そんな嬉しそうな笑顔で言わないでください。
張飛「……よくわからないけど
とにかくお兄ちゃんが鈴々たちのご主人様なんだな?」
一刀「いや、ちが──」
関羽「そういうことだ。
では参りましょうご主人様」
こちらも嬉しそうな笑顔。
俺の言葉を遮ったのはわざと?
わざとなの?
まずい、勝手に話が進んでいく。
追いつけない。
「はっはっは。
男なら女の要求くらいどーんと答えてやるのが甲斐性ってもんさ!
それじゃあんたら、公孫賛様をしっかり助けてやりなよ!」
劉備「はい!」
一刀「待って!?」
女将なにしてんの!?
親指立ててサムズアップとかしてる場合じゃねぇよ!
張飛「それじゃあ早速公孫賛のところへ行くのだ!」
俺の腕を掴みものすごい勢いで店を後にする。
一刀「待って!俺の話聞いて!?」
関羽「それじゃあ女将、行ってくる」
「ああ!頑張ってきな!」
劉備「はい!」
勝手に話進めないで!?
一刀「俺の話を聞いてくれえええええええええええ!!!」
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