No.514085

学園黙示録~とりあえず死なないように頑張ってみよう~ 1話

ネメシスさん

1話です

2012-12-01 22:45:14 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:14372   閲覧ユーザー数:14035

 

 

 

あれから一年ほどの時が過ぎた。

赤ん坊という不自由な体ではあるが、そのころになってくると動けないわけでもなくなってくる。

親父が仕事で家を空け、母さんが家事に勤しんでいる最中、俺はハイハイをしながら床に置いてある新聞を見たり、時々やってくる近所のおばさんと母さんの会話を聞きながら情報を集めている。

……今でこそハイハイができるようになったが、できるようになるまでは本当に大変だった。

生まれて初めてのころは体に全然力が入らず、動くこともままならない状況だった。

それでも無理に体を動かそうと、なんとかうつぶせになるも今度は腕や足に全然力が入らず、起き上がることができなくなり、体がまだ出来上がってもいないというところに顔や肺が圧迫され、息をするのもつらい状態になってしまった。

その時はたまたま様子を見に来た母さんがあわてて仰向けにしてくれたからよかったものの、危うく窒息しそうになったものだ。

だがそれも、半年もすればなんとかお座りができるようになり、1年がたつ頃にはようやく腕の力もついてきたのか何とかハイハイをすることができるようになった。

 

……ほんと、大変だった、いくら肉体的な年齢が一歳未満であっても精神的な年齢でいえば三十路直前。

そんな俺が見た目同年代の、しかも美人の女性に排泄の時も食事の時もその手伝いをさせているのだから、俺としてはかなり羞恥心をかきたてられるものだった。排泄の時は赤ん坊であるがゆえにトイレに行くことなどできるわけがなく、履いているオムツの中に我慢ができなくなると漏らしてしまうのだ。

あぁ、赤ん坊がお漏らしをしたときにあんなにも泣く理由が意識のある俺にはよくわかった。ほんと、あれなんだ、気持ち悪いんだよ。小の方も大の方も漏らした後あの生暖かい温度、そしてその感触……今思い出しただけでもほんと怖気がする。

一秒でも早く取り換えてほしく、これでもかというほど泣きわめく。恥も外聞もあったものではない。

……まぁ、排泄は1年たった今でもまだトイレにいけないからお手伝いしてもらっているから変わらないけど。

 

そして、食事、これはもう言わずともわかると思うけど……そう母乳だ。

これも赤ん坊だからしょうがないとは思うけど、何度も言うが俺は精神的には三十路直前で相手は俺よりいくらか年下の美人さん。気恥ずかしいったらない。ほんと下手したら自分の親に欲情する息子になるところだった……赤ん坊だから欲情なんてしないけど。

それに関してはようやく離乳食に代わることができたということで、うん、よかったよかった。

まぁ、それは置いといて、この一年で集めた情報で分かったことがある。

 

1、 まぁ、当たり前だがここが日本である(言葉や新聞の文字にて

 

2、母さんは小学校の教師で、育児休暇で休んでいる(時々来るおばちゃんの会話にて

 

3、ここが床主市というところである(時々来る…以下略

 

4、俺の性が小室である(時々…以下略

 

と、まぁ、こんなところだ。

何気に新聞やTVの情報より、時々来るおばちゃんの情報の方が俺のほしい情報であるということには何か意味でもあるのだろうか?

そんなことはとりあえず置いといて、まず気になることが二つ。

一つ目は俺が住んでいるここ床主市についてだ。

床主市は俺がおぼえている限りだと俺のいた日本にはなかったはず……まぁ日本中の市の名前すべて覚えているわけじゃないから何とも言えないが。

だが、ここ床主市には右翼団体「憂国一心会」なるものが幅を利かせているということが新聞やTVに載っていた。新聞やTVに載るほどの大きな組織、少なくとも俺は知らない。

新聞に書かれていた年代からしても俺が死んだ時期とそう変わらないことを踏まえて考えるに、この日本は俺が元いた日本とは似ているが、微妙に異なる日本だと認識していいだろう。

そして、もう一つが俺の名前「小室孝」だ。この名前に関してなら微妙に心当たりがある。

俺が死ぬ前、仕事場の同僚であり俺の数少ない親友とも呼べる奴がいた。

そいつは……まぁ、世にいうオタクとかその類のヤツで、仕事場では見せないが家にはかなりの量のグッズとかがそろっている。

俺も何度かそいつの家に行き、一緒に酒を飲んだことがあるが、その時は大抵アニメの鑑賞をしながらそれを肴に酒を飲むのだ。

酒が進むごとに「この描写はかなり力入れて作ってるな」とか「この子がめっちゃかわいいんだ!」とか「俺、死んだら神様に頼んでこの世界に転生させてもらうんだ」とかどんどんそいつのテンションは上がっていき、はっきり言って俺にはついていけない時が多々あったが、それでもそいつと一緒にいる時間は苦痛ではなかったし退屈もしなかった。

そんなある日、毎度のごとくそいつと一緒にアニメを肴に酒を飲んでいた時に見ていたのが「学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD」といい、平和な学園生活から一転し沢山のゾンビが現れ人々を喰らい、仲間を増やしていくそいつらと戦いながら必死に生き延びていく人間たちの物語……だったか? 

俺としてはそれ以外にパンチラやエロい描写が多い作品だったとしか記憶にないのだが。

そしてその作品の登場人物であり主人公というのが「小室孝」という名前だったはずだ。

俺が見たのはガソリンスタンドで狂った男をゾンビたちの餌にしたところまでだったが、あいつが言うにアニメは12話まであるそうだ。その12話までパンチラやエロ描写が続くのかと俺はそこで見る気を失ってしまい、違う作品に替えてもらったのでそれ以降は見てないから彼らがどうなったのかは知らないが。

そういえば、床主市や右翼という単語も作中か何かで聞いたような気がしてきた。

 

……と、そこまで考えると、俺は悪寒にも似たような感覚を覚えた。

外から聞こえる子供たちの笑い声が、おばちゃんと母さんの楽しそうな世間話が、一見平和で平穏なこの日本が、悲しみに、憎しみに、そして狂気におおわれる、そのヴィジョンが脳裏に浮かぶ。

 

(……いや、だからと言って、ここがあの黙示録の世界だっていう確証はどこにもない)

 

俺は信じていなかった、ここがあの死と恐怖に蝕まれる絶望の世界だということを。

……いや、信じたくなかっただけなのかもしれない、この平和な時が終わってしまうことを、大切な人たちが泣き、悲しむ世界が来ることを。

 

 

 

 

 

しかし、いくら俺が信じなくても、目をそむけたとしても、時間は止まることはなく、現実が変わることはない。

 

刻一刻と時は流れて、そしてその時はやってくるのだ。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

そしてさらに時は流れ、俺は幼稚園に入園したある日、この世界を黙示録の世界なのではないかということを改めて意識させられたのだ。

 

……あの少女の言葉によって。

 

 

「あたし、孝ちゃんのお嫁さんになったげる!」

 

 

 

 

 


 
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