18話 ~~晴の決断~~
―――――――蜀の街の外れ。
そこには、何も無い空き地がある。
周りの建物の配置の関係で、囲まれるようにして偶然できた家一軒程度のスペース。
正確な場所を知らな無い限り、行こうとしなければいけないような細い路地を抜けた奥。
特に資材等が置かれている訳でもなく、街の人間もまず立ち寄らない場所だ。
飯店を出た晴は、ここにいた。
海燕と名乗る、隻眼の男と共に。
海燕 :「へぇ・・・・・。 よくもまぁこんな場所を知ってたもんだ。
ここなら誰にも話を聞かれずに済むな」
先に口を開いたのは海燕だった。
周囲を囲む壁を見渡して、少し感心したように言う。
晴 :「そんなことはいい。 それより、今更ボクに何の様だ?」
飯店で海燕の顔を見てからずっと、晴は少し殺気だっていた。
今も、海燕の顔を鋭い視線で睨みつけている。
海燕 :「はっ、まぁそう怖い顔すんなよ。 久しぶりの再会じゃねぇか。
しばらく見ない内に、随分とイイ女になったもんだな銀公」
言いながら、海燕は晴の身体を値踏みするように見渡した。
晴 :「ふざけるな! そんな話をしに来たわけじゃないだろう。
まさか意趣返しにでも来たのか? その右目の・・・・・・」
海燕の刀傷のついた右目を見ながら、晴は言った。
その刀傷は昔、晴が付けたものだった。
海燕 :「カカッ! まさか、こんな傷の事もうなんとも思っちゃいねぇよ」
晴 :「それを、ボクに信じろと? ・・・・・しかも、お前なんかの言う事を」
海燕 :「別に信じるも信じないもお前の勝手だ。 だがもし本当に意趣返しなら、俺がこうして大人しく会話してるわけねぇってことくらい、お前が一番よく分かってるはずだろ?」
晴 :「・・・・・・・・・・・・・」
ニヤリと笑う海燕。
晴は不審そうに眉を寄せながらも、それ以上何も言わなかった。
晴 :「ならそれが本当だとしてもう一度きく。 ボクに何の様だ?」
海燕 :「なに、大したことじゃない。 実は近々でかい仕事があってな、お前の力を借りたいのさ。 昔みたいに・・・・な」
晴 :「断る!」
海燕 :「なに・・・・?」
晴 :「ボクはもうお前の手伝いはしない。 恨みや私欲で人を殺したりもしない。
ボクは、あの頃のボクとは違う!」
海燕 :「・・・・・・・ククっ」
晴 :「・・・・・?」
晴の答えを聞いた海燕が、急に顔を伏せて笑い声を洩らした。
海燕 :「カッカッカッカッカ!!」
晴 :「なにがおかしい?」
海燕 :「なにが・・・・だと? カカッ! これが笑わずにいられるかよ」
海燕は額に手をあて、いまだに少し笑いをこらえている様子だった。
海燕 :「もう人は殺さない、だぁ・・・・・? あれだけ盗賊をかたっぱしから殺しておいて、いまさら良い子のフリしようってのか? えぇ? 銀髪の盗賊狩り・・・・・!」
突然声を張り上げ、左目を見開いた海燕。
闇を移した様な深紫色の瞳が、晴を捉えた。
海燕 :「それとも、忘れちまったってんなら教えてやろうか?
この俺の怖さをよ・・・・・・」
晴 :「っ・・・・・・!!」
晴を睨みつけたまま、舌なめずりをする。
“ゾクリ”と、晴の背筋を激しい悪寒が走った。
同時に、小刻みに膝が震え出す。
思い出してしまったのだ。
ずっと忘れたかった・・・・・忘れようとしていた、昔の出来事を。
海燕 :「カカッ。 どうした、膝が震えてるぜ?」
晴 :「うるさい・・・・・・っ!」
海燕 :「戻って来いよ銀公、また俺と組め。 お前は天才だ。
俺とお前が組めば、誰だって殺せる」
晴 :「嫌だ・・・・・っ! ボクは、もう・・・・・っ!」
いまだに震えを残しながらも、晴れは鋭い目つきは崩さないまま言葉を絞り出した。
海燕 :「・・・・・・はぁ~、そうかよ」
今までの上気していた様子とは一変し、海燕は下を向きグシャグシャと頭をかいた。
そして再び顔を上げた時、その顔は静かに、そして冷酷なものに変わっていた。
海燕 :「・・・・・・なら、力ずくしかねぇよなぁ?」
晴 :「っ・・・・・・!」
海燕は言いながら、背負っていた身の丈ほどもある長い包みへと手を伸ばした。
その異常な殺気を感じ、晴も刀へと手を伸ばす。
二人ともが武器を構えたまま、相手の出方を見るように硬直した。
狭い空き地の全体に、緊張した空気が流れる・・・・・・・・。
海燕 :「・・・・・・・・カカッ」
晴 :「・・・・・・・?」
だが、先に動いた・・・・というより、先に構えをといたのは海燕だった。
包みに伸ばしていた手を話し、先ほどの様に小さく笑う。
海燕 :「やっぱやめとくわ。 今のお前と全力でやりゃあ、さすがに俺も無事じゃすまなそうだしな・・・・・・。 でかい仕事の前に、無駄なケガはしたくないんでね」
晴 :「・・・・・・・・・」
警戒しつつも、晴も刀に伸ばしていた手を収めた。
同時に、膝の震えも徐々におさまっていく。
海燕 :「まぁ確かに急な話には違いねぇ。 だから、少し考える時間をやるよ。
今日の日暮れに、俺はまたここに来る。 それまでにせいぜい考えな」
晴 :「無駄だ。 どれだけ時間をもらおうと、ボクの意見は変わらない」
海燕 :「大切な家族の命がかかってても・・・・・・か?」
晴 :「なに・・・・・っ!?」
海燕の言葉に怒りをあらわにし、身を乗り出す晴。
その反応を予期していたかの様に、海燕はまた卑劣な笑みを浮かべた。
海燕 :「調べはついてんだぜ? お前が俺と別れたあと、関羽に拾われた事も。
今ここの城で兄妹として暮らしてるってことも、な。
そいつらの命がかかってても、お前は断れるのか?」
晴 :「お前・・・・・っ!!」
海燕 :「お前の兄弟とやらが強えぇのも知ってるさ。
だが、お前も俺の殺しの腕がどれほどかは良く知ってんだろ?
弱い奴から一人ずつ・・・・・俺がくたばるまでに、3,4人は殺れるだろうぜ?」
張ったりではない・・・・・・。
そう言いたげに、海燕の左目は鋭く光る。
そして晴自身、その言葉がどれだけ現実味のあるものかを知ってしまっていた。
晴 :「海燕・・・・・。 お前というヤツは、どこまで・・・・・・っ!!」
ギリギリと歯をくいしばり、今にも爆発しそうになる感情を必死に抑える。
そんな晴を嗤うように一瞥すると、海燕は背を向けた。
海燕 :「カカッ! まぁ、よく考える事だ。 ・・・・・・良い返事を待ってるぜ」
言いながら片手を振り、海燕は細い路地の奥へと消えて言った。
晴 :「・・・・・・・・くそっ!!」
去っていく背中を見ていることしかできない自分が情けなく思えてか、晴はその場に立ちつくしたまま固く拳を握りしめる。
血が滲みそうな程握りしめられたそれは、悔しさと怒りをぶつける場所を探すように小さく震えていた。
晴 :「ボクは・・・・・・・っ」――――――――――――――――――――――――――
――◆――
章刀 :「はぁ~・・・・やっと終わった」
首を左右に動かすだけで、ゴキゴキと気持ちよく音が鳴る。
おまけに肩もまわしながら、俺は重い足取りで城の廊下を歩いていた。
変にやる気スイッチの入ってしまった愛梨とマンツーマンで、自分でも驚くほどの速さで仕事をこなしてしまった。
その代償として、こうして身体がまるで楽器の様に悲鳴を上げているわけだけど・・・・・。
ま、そのおかげでまだ日の高い内に仕事も終わったし良しとするか。
章刀 :「さて、これからどうするかな~・・・・・」
なんだか昼寝ももったいない気がするし、夕飯まではまだ時間もある。
誰か誘って街にでも行くか。
???:「ニャー」
章刀 :「ん?」
これからの予定を練っていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
でも、振り向いただけじゃ姿は見えない。
足元まで視線を下げると予想通り、青いトラしま模様がカッコイイそいつが居た。
章刀 :「よう、虎助。 散歩中か?」
虎助 :「ニャッ!」
しゃがんで手を伸ばすと、虎助は元気よく返事をして俺の腕に登ってきた。
初対面の時こそ手を引っ掻かれて散々な目にあったけど、あれから何度も顔を合わすうちに俺の事を信用してくれたらしく、今ではすっかり仲良しだ。
手に収まってくれた虎助を抱き上げ、顔の正面まで持ってくる。
章刀 :「今日は晴は一緒じゃないのか?・・・・・って、一緒にいる方が珍しいか」
虎助のヤツはご主人様に似て自由奔放だから、勝手にどっかに行って勝手に帰って来るし。
晴の一緒にいるのは、屋根の上で月見酒を飲んでいる時くらいだもんな。
章刀 :「そうだ、晴のヤツを誘ってみるか」
晴の事を考えていたら、ふと思いついた。
晴とは前に一緒に街に行ってからはしばらく行ってないし、丁度いい。
章刀 :「お前も来るだろ?」
虎助 :「ニャー♪」
目の前の相手は元気よく返事をしてくれた。
これで相棒をひとりゲットだ。
あとはもうひとり。
章刀 :「晴のヤツはどこだ? ま、部屋か・・・・それでなければ城壁で昼寝でもしてるだろ」
この時間に晴の居そうな場所はそう多くないので、適当に当たりを付ける。
虎助を腕に抱えたまま、まずは晴の部屋に行こうと歩き出した時だった・・・・・・
向日葵:「お兄様ーーーーっ!!」
章刀 :「・・・・・向日葵?」
ちょうど俺が向かおうとした方向から、向日葵が随分慌てた様子で走って来るのが見えた。
いつもなにかにつけて騒がしい子だけど、今回はなんだか様子が違う。
章刀 :「どうしたんだよ、そんなに慌てて・・・・・・」
向日葵:「大変、大変なんだよ! 晴姉さまがいなくなっちゃったの!」
章刀 :「えぇっ!!?」
何事かと思ったが、さすがに予想していなかった答えに俺も驚きを隠せない。
章刀 :「ちょっと待ってくれ。 晴が居なくなったってどういうことだ?」
向日葵:「さっき侍女さんが晴姉さまの部屋に掃除に言ったら、手紙が置いてあったの。
それでその手紙にひとこと“旅に出る”って書いてあって・・・・・・」
章刀 :「旅に出る・・・・・? それって、いつも晴が人捜しをするためにっていうあれだろ?
確かに急だけど、そんなに慌てる事なのか?」
以前晴と話した時に言っていた。
昔危険なところを助けてもらった人を探すためにずっと各地を旅してるって。
俺はともかく、ずっと晴と一緒に過ごしてきた向日葵立ちなら慣れてるはずだけど・・・・・。
この向日葵の慌て方からすると、なにか違うのか?
向日葵:「違うの! たしかに急に旅に出るのはいつもの事だけど、今までは絶対私たちにひとこと言ってから出発してたんだよ! こんな風に手紙だけ残していなくなっちゃうなんて初めてなの!」
章刀 :「・・・・・・・・・・・・・・」
向日葵は今にも泣きそうな顔で俺に訴えて来る。
どうやら、俺が思っているより事ははるかに深刻な様だった。
俺はとにかくパニックになっている向日葵を落ち着かせようと、軽く頭を撫でてやる。
章刀 :「わかった、とにかく落ちついて。 この事は他の皆は?」
向日葵:「知ってるよ。 今、皆で手分けして探しに行ってる」
章刀 :「よし、俺も心当たりのある場所を探してみる。 向日葵は他の皆の手伝いに行ってくれ」
向日葵:「・・・・・うん、わかった。 ねぇお兄様・・・・・晴姉さま、居なくなったりしないよね?」
章刀 :「当たり前だろ? 向日葵や皆をおいて行ったりするもんか。 早く見つけてつれもどそう」
向日葵:「・・・・・グスっ。 うん!」
目に溜まった涙をぬぐって、向日葵は力強く頷いた。
そしてすぐに踵を返すと、晴を探すために街へと向かっていった。
その背中を見送った後、俺は小さくため息を吐く。
章刀 :「・・・・・・さて。 とはいっても、いったいどこを探せばいいのやら・・・・・」
城には当然居ないだろうし、街の中をしらみつぶしに探してもそう簡単に見つかるとは思えない。
だいいち、手紙を残して姿を消している時点で、もう街を出ている可能性も高い。
そうなると、範囲が広すぎる。
街の外で晴が行きそうなところなんて・・・・・・
虎助 :「ニャッ! ニャーッ!」
章刀 :「っ! 虎助っ!?」
考えを巡らせていると、突然腕の中で虎助が暴れ出した。
そして俺の腕を振りほどいて、地面に着地する。
章刀 :「虎助、急にどうしたんだよ?」
虎助 :「ニャーッ! ニャーッ!」
章刀 :「・・・・・・・・?」
虎助の様子がおかしい。
まるで『ついて来い』とでも言うように、俺に向かって首を振る。
もしかして・・・・・・
章刀 :「もしかして、晴の居場所に心当たりがあるのか!?」
虎助 :「ニャッ!!」
虎助は、力強く頷いてくれた。
章刀 :「・・・・よしっ! 案内してくれっ!」
虎助 :「ニャーッ!!」
勢いよく走りだす虎助の後を追う。
晴・・・・・・。
いったい、どうしたっていうんだよ・・・・・・・―――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――◆――
虎助に案内され、やってきたのは意外な場所だった。
街の外に出ているのでは、という俺の予想は当たっていたけど、そこは俺にもよく見覚えのある場所だ。
ここは、蜀の街からほど近い森の奥・・・・。
周りを木々に囲まれてその中を小さな川が静かに流れ、その川辺にはいくつかの岩が寄り添うようにして立ち並んでいる。
そう・・・・・・。
俺の母さんたちの墓石が並ぶ、あの河原だった。
そしてその真ん中の石・・・・俺たちの母さんが眠る石の前には、よく知る銀色の後ろ姿が立っていた。
章刀 :「ここにいたのか、晴」
晴 :「・・・・・・章刀、か?」
俺の声に返事はしても、晴はこっちを向こうとはしなかった。
声も、どこか重々しく感じる。
晴 :「よくここが分かったな」
章刀 :「虎助が案内してくれたんだ」
虎助 :「ニャー」
いつの間にか晴の足元まで歩み寄っていた虎助は、やっと見つけた主人に嬉しそうに頬ずりする。
晴はしゃがんで、虎助の頭を優しく撫でつけた。
晴 :「・・・・・そうか。 お前を残してきたのは失敗だったかな」
章刀 :「いきなり旅に出るなんて、どうしたんだよ? 皆心配してたんだぞ?」
晴 :「そのままの意味だよ。 皆には悪いと思っているが、もう決めた事なんだ」
章刀 :「・・・・・・・・それで、もう二度と戻らないつもりか?」
晴 :「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
晴は、返事をしてはくれなかった。
今晴がどんな表情をしているのか、後ろ姿では読み取ることはできない。
でも俺の予想は、どうやら悪い方向で当たっているようだった。
章刀 :「せめて訳を話してくれ。 一体何があったんだ?」
晴 :「・・・・・君には関係ない」
章刀 :「関係無い事なんて無いだろ? お前は俺たちの家族だ。 お前が何か悩んでいるなら力になる」
晴 :「関係無いと言っている。 もともと、ボクは一人で生きて来た根なし草・・・・・またその頃に戻るだけさ」
章刀 :「何言ってるんだ。 とにかく、一度に城に戻・・・・・」
晴 :「来るなっ!!」
章刀 :「っ・・・・・・!?」
俺が近づこうとした瞬間、晴は声を荒げながら初めてこちらを振り返った。
そしてその手にはいつの間に握られていたのか、一振りの刀があった。
章刀 :「晴・・・・・・・?」
その刀の切っ先は、真っ直ぐに俺に向けられていた。
晴 :「それ以上近づけば・・・・・・・ボクは、君を斬る・・・・・・!!」
俺を見つめる、彼女のガラス玉の様な青い二つの目。
向けられた切っ先よりも鋭く光るその瞳が、刀の向こうで大きく揺れていた――――――――――――
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今回はわりと早めに投稿できた18話目ですww
一応おまけ程度に挿絵も載せてみたんですが・・・・いまいち雰囲気が伝わらない 汗
指摘・感想・要望などなどあればお待ちしております 礼