No.512896

中二病でも恋がしたい! 正妻(妹)の余裕

樟葉さんストーリー。一話と五話の樟葉さん登場パートの再解釈が中心。楠葉さん、すごい表情で六花さんを眺めていますとさ。

中二病でも恋がしたい!
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2012-11-28 00:08:59 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:5755   閲覧ユーザー数:5623

 

中二病でも恋がしたい! 正妻(妹)の余裕

 

 

『くずは、おにいちゃんのことがだいすき♪ おおきくなったらおにいちゃんのおよめさんになってあげるね♪』

『俺も樟葉のことは大好きだ。でも、兄妹は結婚できないんだぞ』

『ええ~~っ そんなぁ~~』

『結婚はできないけど、俺は樟葉のことが一番好きだぞ。一番の女の子だ』

『じゃあくずははずっとずっとおにいちゃんのいちばんのおんなのこでいるね♪ おとなになっても、おばあちゃんになってもおにいちゃんのいちばんのおんなのこでいるから♪』

『ははは。大好きな樟葉がずっと側にいてくれるなら、俺は一生結婚する必要がないな』

『うん♪ くずは、いっしょうおにいちゃんといっしょにいるから♪』

 

 

 

 

 5月末日、わたし・富樫樟葉(とがし くずは)はいつものように夕食後のお皿洗いをしていました。

 でも、普段とちょっと違うことに気が付きました。

 普段なら妹の夢葉(ゆめは)と一緒にテレビを見ている筈のお兄ちゃん・富樫勇太(とがしゆうた)がリビングにいません。

『あれえ? お兄ちゃんは?』

 洗い物をしながらママに尋ねます。

『六花ちゃんの所』

 ママは夜勤に行く支度を整えながら返しました。

 六花さんというのはお兄ちゃんの高校のクラスメイトで1階上に住んでいる小鳥遊さんの妹さんです。高校入学に伴ってこの春にお姉さんの所に引っ越してきました。

 それは良いのですが……今はもう9時です。

 若い男女が室内で一緒にいるのにはちょっと……いやいや。破廉恥な想像はダメです。

『えっ? ふ~ん』

 何でもないことを示しながら極めて薄く反応します。

 ところがママはわたしの反応に食い付いてきました。ニヤニヤしながらわたしの元へと近づいてきたのです。

『何? なに? 気になる?』

 何故かママは瞳を大きく開いて輝かせ

『覗き行っちゃう?』

 人として間違った行動を勧めてきました。

 そんなママに対してわたしはお皿を拭きながらジト目をもって返答します。

 

『何で? 別に気にならないよ』

 ママの好奇心を粉砕したつもりでした。

 ところが、ママは視線程度で動じる人ではありませんでした。

『どうして? 思春期の男女だよ』

 ママはアニメによく出てくるブラコン妹の演技をしながらわたしを煽ります。

『このままじゃ樟葉のお兄ちゃん。あの泥棒猫に盗られちゃう~的なの、ないの?』

 まったく、ママにも困ったものです。わたしは冷めた声で見解を表明しました。

『別に』

 仕事前に何を言っているのでしょうかね、この人は。

『もぉ、そんなことを言っているとパパに怒られるよ』

 現在インドネシアのジャカルタに単身赴任中のパパの存在を切り札に出します。

 パパがいない以上、現在の富樫家はママが中心なのです。もっと責任者としての自覚を持って欲しいものです。

 ところがママはそれでも懲りない人でした。そしてパパも困ったちゃんなのでした。

『さっきジャカルタに電話したら……おうっ! 覗いて来い、覗いて来いって言ってたもん』

 パパもお兄ちゃんと六花さんの進展にノリノリだったのです。

 わたしは両親のノリの軽さに呆れるしかありませんでした。

『まったく、この夫婦は』

 溜め息を吐くしかありません。

 

 それから程なくしてママは夜勤に出かけていきました。

 閉じられた玄関扉を見ながらわたしはママとの会話の結論を呟いてみました。

「嫉妬なんかするわけないよ」

 もう出かけてしまったママに向かって小さく報告します。

「だって……お兄ちゃんの正妻はわたしなんだから」

 瞳を天井へと向けます。

 この丁度真上が小鳥遊さん家となっています。

 即ち、お兄ちゃんと六花さんが一緒に勉強している筈の空間です。

「正妻たる者、常に余裕をもって優雅たれ。だよね」

 お兄ちゃんが少し前に嵌っていたアニメからヒントを得た私の信条を口にします。

 そう。お兄ちゃんにとっての一番の女の子は昔も今も未来も全てわたしなんです。

 だから浮気にもならない小さな接近に一々動揺してなんかいられません。

 そう、浮気にもならない行為に……っ!!

「お兄ちゃんは渡さないよ……六花さん」

 丁度六花さんの部屋に当たる箇所を眺めながらわたしは決意を口にしました。

 両手の拳が真っ赤に変色するほど強く握り締めながら口にした決意でした。

 

 

 

 

『ブラコンは個性だと思うんです』

 とあるアニメのヒロインのセリフを聴きながら頷いてみせます。まさにその通りです。

 

 今さら言うまでもないと思いますが、兄妹というのは特別な関係です。

 妹とは生まれながらに兄という年の近い年長の異性を身近に持つ特別な存在です。

「生まれた時から兄の内縁の妻となることが宿命付けられている。それが妹だよね」

 更に言葉を変えればヨスガノソラ、シスタープリンセス(血縁エンド)なのです。現在進行形で言えばお兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっなのです。

 以上の当然の摂理を念頭に置くと、兄と妹が結婚できない現行の婚姻制度はナンセンスの極みです。

 でも、見方を変えれば、兄と妹は結婚というつまらない制度から解き放たれた真の男女愛を体現できる間柄なのです。

 ですが、ここでわたしが語りたいことは妹婚(シスコン)自体に関してではありません。

 わたしとお兄ちゃんの関係についてです。

 

 富樫家は両親が共働き。うちを空けていることが多く、わたしとお兄ちゃんは幼い頃2人きりで過ごしていることがほとんどでした。

 わたしにとってお兄ちゃんは、兄であると同時にパパのような存在でもあり、唯一頼りに出来る身近な男性でもありました。

 

「お兄ちゃん、大~好き♪」

「ああ。俺も樟葉のことが大好きだぞ」

 

 そんな環境もあってわたしがお兄ちゃんを好きになったのはごく自然なことでした。そのお兄ちゃんはアニメが大好きでわたしと一緒に見ては博識な解説を加えてくれました。

 

「プリキュアっていうのは、可愛いって意味のプリティーって意味と、癒しって意味のキュアって単語を合わせたものなんだ。可愛いくて癒されるって樟葉みたいだな」

「うん。わたし、プリキュアになるね♪」

 

 わたしはそんなお兄ちゃんの話を聞くのが大好きでした。お兄ちゃんはわたしにとって自慢のお兄ちゃんで、大好きな男の子でした。

 小学校低学年まではお兄ちゃんと結婚すると毎日公言していました。

 ですが、その頃にお兄ちゃんとは結婚できないことを知りました。それで、それからはお兄ちゃんの一番の女の子であり続けることを目標としました。

 当時のわたしにとってそれはとても簡単なことでした。お兄ちゃんにとって他に親しい女の子なんていなかったのですから。

 

 でも、そんな相思相愛のわたしとお兄ちゃんの関係に危機が訪れました。

「あれっ? わたしって、お兄ちゃんと同じ時期に中学校も高校も通えない?」

 学校がバラバラになってしまうという危機です。わたしとお兄ちゃんは3歳差。

 お兄ちゃんが中学に通っている時期にわたしは小学生。高校時代にわたしは中学生です。

 つまり、わたしは学校内でお兄ちゃんと会えなくなるということでした。

「学校内で泥棒猫がお兄ちゃんに寄って来ないように……何か対策を立てなくちゃ」

 わたしがお兄ちゃんに校内で会えないのも問題です。でも、それよりも問題なのはわたしの目が届かない所で女の子たちが格好良いお兄ちゃんに群がってくることでした。

 だからわたしはお兄ちゃんに発情した泥棒猫、いえ、女の子達が寄らないように“誘導”する必要がありました。

 

「お兄ちゃん……このコードギアスって作品……とっても面白いよぉ。DVD全話借りてきたから見てみてね」

「へぇ。樟葉がアニメを勧めるなんて珍しいな。じゃあ、早速見てみるか」

「その次はとある魔術の禁書目録ね。一方通行が格好良いんだよ♪」

「じゃあ、それも見ることにするよ」

 

 わたしはお兄ちゃんに邪気眼系中二病を発症し易いアニメを大量に勧めました。

 効果はすぐに現れました。

 お兄ちゃんはわたしの予想よりも立派な邪気眼系中二病を発症してくれました。

 

『闇の炎に抱かれて消えろっ!』

 

 もう見ていて痛々しくて仕方がない程清々しく邪気眼系中二病学生に育ってくれました。

 そのおかげで中学の3年間、お兄ちゃんに近付く泥棒猫、いえ、女の子はいませんでした♪

 それでわたしは安心していたのですが……卒業を前にしてまた大きな問題が起きました。

 

「俺、中二病を卒業して一般人として生きることに決めたからっ!」

 

 高校進学にあたり、お兄ちゃんは一般人として生きることを宣言し始めたのです。

 そして一般人として円滑に生きる為に、誰も知り合いがいない高校にわざわざ進学する徹底ぶりを示したのです。

 そう。お兄ちゃんは過去を封印して一般人として生きようとしたのです。

「お兄ちゃん……一般人として生きて、女の子とラブラブになりたいんじゃ?」

 お兄ちゃんの正妻としてそれは無視できない問題でした。

 高校進学を機にわたしは新たな戦略を打ち立てることを要求されたのでした。

 

 

 お兄ちゃんの高校入学式の日を迎えました。

 中二病の過去を捨て去って一般人デビューを試みるお兄ちゃんは鏡と睨めっこしています。女の子にモテたい下心が見え見えです。

 だけどわたしはそんなお兄ちゃんに対してどう方針を打ち立てるべきか、まだ結論を出しかねていました。お兄ちゃんにどう生きて欲しいのか分からなかったのです。

 

『なあ、樟葉?』

 洗濯物を取り出す手を止めてお兄ちゃんへと振り返ります。

『なあに、お兄ちゃん?』

 お兄ちゃんは歯ブラシを咥えたままニッと笑ってみせました。

『どんな感じ?』

 お兄ちゃんの顔をジッと覗き込みます。

『あっ?』

 段々と自信をなくしていくお兄ちゃん。どんな答えを期待しているのかは何となく分かります。

 でも、それを答えて良いものかどうか分かりません。調子に乗られても困ります。

 とはいえ、他の名案も出てきません。だから仕方なく首を大きく傾げながらお兄ちゃんが望んでいるであろう答えを述べました。

『普通』

 わたしの答えを聞いてお兄ちゃんはパッと輝かせました。

『普通だよねっ!』

 お兄ちゃん、本当に嬉しそうです。

 わたしもそんなお兄ちゃんに頷いて返しました。

 中二病患者だったお兄ちゃんにとっては普通というのは最高の誉め言葉なのです。

『うん』

 今日はお兄ちゃんの高校入学式。めでたい晴れの日です。だから良い気分にさせてあげるのが正妻としての務めだと思いました。

 お兄ちゃんはすっかり気分を良くしてガッツポーズをとりました。

『ヨッシャ~~っ!』

 

 お兄ちゃんの歓声を背にわたしは洗濯へと戻ります。

 お兄ちゃんのパンツの洗濯はわたしの1日の仕事の中で最も重要なことの1つです。お兄ちゃんのパンツだけは本人にみつからないように丹念に手洗いしています。

『変なお兄ちゃん』

 わたしという正妻がいるのに何で他の女の子にもモテたいのか。その辺りの男性の浮気心にはわたしにはよく分かりません。わたしはお兄ちゃん一筋なのに。

 よく分かりませんが、自分の仕事はちゃんとしたいと思います。

 わたしは洗濯物を持ってベランダへと出ました。

 

 

 ベランダには大量の段ボール箱が置かれていました。見た瞬間、それが中身が何かわたしには予想が付きました。お兄ちゃんは中二病と決別しようとしているのです。

 でも、お兄ちゃんがどの程度の覚悟を持って中二グッズを捨てようとしているのか確かめる必要がありました。

『ああっ! なに、このゴミ?』

 お兄ちゃんに聞こえるようにわざと大きな声を出してみました。

『それ俺の。後で出すから気にしなくて良い』

 お兄ちゃんはごく平然とした口調で答えました。そこには中二病だった過去を捨てることへの未練が篭められていませんでした。

でも、まだ分かりません。

お兄ちゃんが邪気眼系中二病に掛かったのは小さい時からアニメが大好きだったからです。アニメ好きが高じて中二病になったのです。

その長年の習慣を簡単に捨てられるわけがないのです。

わたしは更に探りを入れてみることにしました。

 

『たくさんあるねぇ』

 お兄ちゃんが大切にしていた、真っ黒い大剣を手に取って振ってみます。

『これお兄ちゃん、せっかくのお年玉をつぎ込んで買ったのにぃ』

『いいから、いじるな!』

 過敏な反応を見せるお兄ちゃん。やはりこの剣はお兄ちゃんにとって簡単になかったことにはできないものだったのです。

 わたしはお兄ちゃんへと振り返りながらよく見えるように剣を振ってみせました。

『これ買った時に、これで世界は俺のものだ~とか何とか言ってなかったっけ?』

 懐かしきあの日を思い出します。

 これでお兄ちゃんに目障りな他のメスが寄り付く心配がなくなったと歓喜したあの日を。

 

 一方でお兄ちゃんは更に焦った表情でわたしに詰め寄ってきました。キスしてくれるのなら良いですが、このヘタレにそんな勇気はないでしょう。

『言ってないです~』

 案の定、見苦しい言い訳をしてきました。しかもイラッとする口調で。

 そんなお兄ちゃんをわたしは冷たい瞳で見ます。

『言ってたよ』

 わたしがあの素晴らしい記念日を忘れるはずありません。

『あの頃よく変なコート着て……』

 お兄ちゃんは慌ててわたしの話を途中で声を出して遮りました。

『うるさいよっ! 余計なことは思い出さなくて良いの!』

 お兄ちゃんが口止めを要求してきた所でママと夢葉が起き出して来ました。

『『おはよう~』』

 2人が眠そうな声を出した所で話は打ち切りになりました。

 

 

「お兄ちゃんは自分が決意するほどは変わってないね」

 お兄ちゃんを見送りながら結論を述べます。

 中途半端な中二病への未練。そして過去を極度に恐れる態度。あの姿を見る限り、一般人に上手くなりきることはできないでしょう。

 未練と躊躇は一般人の輪の中に入る際に障害となる筈です。それは女性と親密になる際にも言えると思います。

 結論を言えば、びくびくしながら一般人のフリをしているようでは女の子にモテることはないと思います。

「でも、どうしてかな? 胸の中を何か得体の知れない不安が渦巻いている……」

 何か予想外の悪いことが起きる。根拠は何もありませんが、何故かそんな予感がしてなりませんでした。

「やっぱり、お兄ちゃんの高校生活をどう“誘導”するか、早く方針を立てなくちゃ」

 悪いことが起きるというのなら、それにも耐えられる体制を整える。

 それが正妻としての務め。正妻の余裕を見せるべき時なのだと悟りました。

 

 

 

 

「お兄ちゃんが完璧な一般人になれる可能性は少ない。でも放置するとどう転ぶか分からなくて危険。だけど不用意に中二病に戻してしまうとまた孤立した3年間になってしまう」

 学校から帰ってきたわたしは台所で腕組みをしながら今後の方針を考えていました。

「夢葉を中二病戦士として覚醒させてお兄ちゃんを刺激する? ううん、夢葉はまだ幼すぎて中二病扱いはされない」

 夢葉をお兄ちゃん再覚醒に一役買わせる案を却下します。

 妹はまだ5歳の幼稚園児。アニメを見て真似をしても可愛いとしか言われない年齢です。

「それに……夢葉はわたしを除いてこの世で唯一お兄ちゃんの正妻になる資格を持った子。不用意に趣味を一致させすぎるのは危険」

 夢葉もまたお兄ちゃんの妹。お兄ちゃんの愛を一身に受ける資格を有しています。

 そして男性は若い女の子を好むと言います。夢葉はいずれわたしの最強のライバルとして立ちはだかるかも知れません。

 そんなあの子を不用意にパワーアップさせるのは危険すぎます。

「なら、わたしが中二病として覚醒したことにする? でも、わたしは……お兄ちゃんがプリキュアって言ってくれたから邪気眼中二病にはなれない…よね」

 わたしが邪気眼系中二病になるのも却下です。わたしはお兄ちゃんにとっての光でなくてはなりません。

それに下手をすれば一般人を目指すお兄ちゃんに嫌われてしまいかねません。

「う~ん。どうしたら……」

 悩んでいると玄関のチャイムが鳴る音がしました。

「は~い」

 誰だろうと思いながら玄関へと出て行きます。

 そして何とも困った事態に直面してしまうことになりました。

 

「どうしよう、これ……?」

 やって来たのは引越し屋さんでした。

 小鳥遊さんの所に荷物を届けに来たのに留守で荷物が置けないとのこと。お隣も留守ということで、うちで荷物を預かって欲しいとなりました。

「荷物の量が多すぎるよぉ」

 廊下をギッシリと埋める荷物の山に頭痛がしてきます。

 そして小鳥遊さんは朝早く出勤して夜遅く帰ってくる忙しい人です。この荷物を早々に引き取ってくれるとも思えません。

 方策なくお兄ちゃんの帰りを待ちます。

 今日は入学式なので早く戻ってくるはずでした。でも、なかなか帰ってきません。

 お兄ちゃんがようやく姿を現したのは空がすっかり茜色に染まってからでした。

 

 

 マンションの階段の踊り場で途方に暮れていた所、お兄ちゃんがようやく帰ってきました。頼れる存在が帰ってきてホッとしながら声を掛けました。

『お兄ちゃん、大変大変っ』

 手を振りながらお兄ちゃんを招きます。

 でも、この時のわたしにとっての本当の大変は荷物ではありませんでした。

 お兄ちゃんの鞄に両手を引っ付けて歩く制服姿の女の子をみつけてしまったことです。

「誰……あの人?」

 背が小さくて眼帯を付けた可愛らしい感じの、知らない女の人でした。でも、制服を見る限りお兄ちゃんと同じ学校の生徒でした。

「まっ、まさか。お兄ちゃん……入学早々彼女ができたんじゃ?」

 高校デビューでとりあえず彼氏を欲しがっている卑しい発情メス猫。そんな泥棒猫が、中二病な本性を隠しているお兄ちゃんの格好良さにメロメロになって告白。そして交際。

 そんな流れも入学初日だからこそ考えられなくもありませんでした。

 

「あの小娘……狩っちゃおう、かな」

 今まで感じたことがない黒い波動が全身を包み込んでいきます。でも2人を観察していると、どうも様子が変なことに気付きました。

「だけど全然付き合っている感じには……見えないよね?」

 お兄ちゃんたちには出来立てカップルの初々しさがどこにも見えません。お父さんが手のかかる娘を引っ張りながら歩いている。そんな光景です。

「ど、どういうことなの?」

 だけど、お兄ちゃんが入学初日に知らない女の子を家に連れてきたのもまた事実で。わたしの頭はすっかり混乱していました。

 

 わたしの疑問はすぐに解決しました。

『お前のか?』

 お兄ちゃんは山と積まれた見ながら、一方で女の子をジト目で見ました。

女の子は冷や汗を垂らして顎に手を置きながら格好付けて喋りました。

『管理局の妨害により帰宅が遅れてしまった。計画では15時に帰宅す……』

 お兄ちゃんは最後まで言わせませんでした。女の子の額にチョップを入れたのです。

『あうぅっ』

 女の子は小動物な悲鳴を上げました。

『あうっ あうっ あう~っ』

 お兄ちゃんのチョップは止みません。

 一方でわたしは、何となく予測が付いた答えを確かめてみることにしました。

 

『お兄ちゃん、この人は?』

 お兄ちゃんはチョップを続けたまま答えました。

『上の小鳥遊さんの妹だ。一緒に暮らすんだって』

 やはり思った通りでした。十花さんとはあまり似ていませんが、姉妹だったのです。

 同じマンションに住んでいるから一緒に帰ってきたのだと分かり少しホッとしました。

 まだ、全ての疑惑が解けたわけではありませんでしたが。

『あうっ あうっ あうっ あう~っ』

 小動物な悲鳴を上げ続ける妹さん。

 これだけの連続チョップって、お兄ちゃんはもしかして女の子をいじめて楽しむS気があるのでしょうか?

 そうだとすると、わたしの将来が少し心配です。縛られるのも、叩かれるのも、ロウソクを垂らされるのもちょっと勘弁して欲しいです。

 もっとも、お兄ちゃんが一緒に帰ってきたこの人に暴力を振うのを止めたりしませんが。

『そうなんだ』

 わたしが納得を示すとようやく攻撃が止みました。

 

『なんだってこんなにあるんだよ? ひとりの荷物にしては多すぎないか?』

 お兄ちゃんは今朝自分が出した大量のゴミを棚に上げて妹さんにジト目を送ります。

 一方で妹さんは箱の中身の一部を取り出しながら自信満々に語ってみせました。

『全て大切なもの』

 妹さんが取り出した謎物質を見ながらわたしは悟りました。

「……この人、お兄ちゃんと同じ邪気眼系中二病だ」

 あまりにも身近に同じ病を発症した患者がいたのですぐに分かりました。

 それと同時にあの眼帯も伊達で、きっと下にはカラーコンタクトを嵌めた瞳があるのだろうなあと確信を抱きました。

 一方でお兄ちゃんは箱の中身に憤慨していました。

『この中、全部ガラクタじゃないだろうな!』

 お兄ちゃんは妹さんを見ながら怒っています。

 でも、お兄ちゃんは基本的にお人よしなのできっと妹さんの引越しをすることになるのだろうなあと予想がつきました。話は長引きそうです。

 そうなると、わたしにはわたしの役目がありました。

『お兄ちゃん、私、お夕飯買って来るから』

 引越しのことはお兄ちゃんに任せて、わたしはお夕飯の支度に掛かろうと思いました。

 それに、2人と離れて考える必要があったからです。

「じゃあ、行ってくるね」

 2人に小さく声を掛けてわたしは買い物に出ました。

『防御の時は……シュバルツ・シュルトッ!!』

『ああ、もういいからっ』

 中二病な妹さんとそれに動揺するお兄ちゃんの会話を聞きながらわたしは買い物に出かけました。

 

 

「現役邪気眼系中二病女子高生と、元邪気眼系中二病男子高校生の組み合わせ、かあ」

 商店街を歩きながら色々と考えを張り巡らします。

「懐き具合、コレクションの見せびらかし方から判断して……妹さんはお兄ちゃんが中二病患者だったことに気が付いているのは間違いないよね」

 どう露呈したのかは分かりませんが、お兄ちゃんの隠ぺい工作は初日から失敗したようです。その辺の不完全さが如何にもお兄ちゃんという感じなのですが。

「問題は……妹さんがお兄ちゃんに非常によく懐いちゃってることよね」

 入学初日にして随分な懐き方です。邪気眼系中二病はボッチになり易いので同類をみつけて嬉しい妹さんの気持ちは分かります。でも……。

「更に面倒な問題は……あの妹さん。すごく可愛いんだよね。お兄ちゃん、コロンと参っちゃうんじゃ?」

 そこまで考えた所で思考を停止して買い物に集中します。

「くっ、樟葉ちゃん。何か悪いことでもあったの? すごく、怖い顔しているけど……」

 気が付くと八百屋のおじさんがすごく引き攣った表情でわたしを見ていました。

「何でもないですよ」

 ニコッと笑って返答しました。

「夕飯にサラダを作るので、レタスとトマトときゅうりとそれから……」

「まっ、毎度……」

 おじさんは引き攣った表情のまま野菜を準備してくれたのでした。

 

 

 富樫家では食事はお兄ちゃんとわたしの2人で作っています。

「お兄ちゃん。サラダの方をお願いね。わたしはパスタの仕上げに掛かるから」

「ああ。分かった」

 今日の夕食もお兄ちゃんと2人で作りました。

 小鳥遊さんの妹さん……六花さんもうちで一緒に食べていくことになったので、わたしとお兄ちゃんの仲の良さを見せておく必要もありました。

 一方でママはお兄ちゃんが女の子を連れてきたということで興味津々に六花さんを見ていました。

 

『へぇ~小鳥遊さんの。姉妹揃って美人さんねえ~』

 六花さんはちょっと照れた表情を見せました。

『勇太、頑張らなくちゃ』

 何を頑張るのかは明白でした。

 この瞬間、ママはわたしにとって敵となりました。

 正確には戦乱を誘発する危険対象となりました。

 お母さんを冷徹な瞳で見ます。

『何をだよ?』 

 お兄ちゃんも分かっていてわざと質問することで抗議の声を上げます。

 まったく、わたしとお兄ちゃんの仲を引き裂こうだなんてママはとんでもない人です。

 孫ができても抱かせてあげないかもしれません。勿論わたしとお兄ちゃんの子供のことです。

 そんな不届きなママを無視する形でテーブルにお皿を置きます。

 そして六花さんにコンタクトを試みることにしました。

 

『あのお、その目は?』

 もし本当に六花さんが目を患っているのであれば、失礼な質問だったかも知れません。

 でも、わたしには確信がありました。患っているのは目ではなく脳だと。

『気にするな。別に悪いわけでも何でもない』

 先に答えたのはお兄ちゃんの方でした。

 六花さんを庇ったというよりも、この先に展開されるであろう中二病的な会話の流れを断ち切りたいからのようでした。

 でも、お兄ちゃんのそんな想いは通じませんでした。

『邪王真眼はそもそも闇の力を聖なる力で御した……』

 お兄ちゃんは音を立てながらサラダをテーブルに置いて六花さんの話を途中で遮りました。

『お前も説明しなくて良い』

『了解した』

 何故か軍人っぽい口調で喋る六花さん。やっぱりこの人、本物でした。

 

 お兄ちゃんが六花さんを見て、邪気眼系中二病っ娘の良さに気付かれても困ります。お兄ちゃんの一番の女の子はあくまでも健気な妹でいてくれないと困ります。

 なので、中二病患者だったトラウマを抉らせてもらうことになりました。

 わたしは妹の夢葉に密かに目でゴーサインを出しました。

 夢葉は笑顔を返してみせてくれました。

『きえろ~~』

 夢葉は黒剣を両手で握ってお兄ちゃんに斬りかかりました。剣はお兄ちゃんの額にクリーンヒットしました。

『夢葉、ダメだろ。勝手に持ってきちゃ』

 叩かれた額を押さえながらお兄ちゃんが妹を注意します。

 だけど夢葉はお兄ちゃんを叩き続けました。

「いっ、痛いって!」

 夢葉も幼いなりに妹としての本能を全開にしてジェラシーを感じているのかも知れません。いえ、きっとそうなのだと思います。夢葉もお兄ちゃん大好きですから。

 わたしは叩かれているお兄ちゃんを見ながらちょっとだけ気分がすっきりしました。

 

『かっこいい♪』

 一方でお兄ちゃんの剣を見て瞳を輝かせたのが六花さんでした。

 やはりあの剣は中二病患者の心をくすぐる一品だったのです。

『格好良くないっ』

『格好良いっ』

 中二病的美的感覚を認めたくないお兄ちゃんと認めたい六花さんの言い合い。

 六花さんは夢葉へと視線を移しながらうずうずして言いました。

『それ背中に装着したら完璧っ!』

 夢葉はお兄ちゃんを見ながら尋ね返します。

『かんぺき?』

 どうやら妹はお兄ちゃんの以前の姿を思い出したようです。

 何のことだか分からないだろう六花さんに解説を入れてあげます。

『昔お兄ちゃんやってたよ。黒いコート着て、背中にそれつけて』

 お兄ちゃんはギョッとした表情を見せて

『樟葉っ!』

 わたしを大声で怒ったのでした。

 これで、お兄ちゃんが邪気眼系中二病に対する否定的な感情は再発されたと思います。

 言い換えれば、お兄ちゃんが六花さんにのめり込んでいく事態は避けられたと思います。

 とはいえ……。

「お兄ちゃんも六花さんもこれからどうするんだろう?」

 現役中二病患者と元患者。2人がこれからどういう高校生活を送ることになるのかわたしにはよく想像がつきません。

 ラブラブになられるのは困ります。断固反対します。が、中学時代の様なボッチになることがない高校生活を送って欲しいと思います。

「六花さん……悪い人じゃなさそうだからなあ。何となく憎めないんだよねえ」

 お兄ちゃんが昔買ったダガーのレプリカを鋭く研ぎながらわたしは呟いたのでした。

 

 

 

 時間は元に戻って6月。

 9時半を過ぎてようやくお兄ちゃんが家に戻ってきました。そして今は入浴中です。

「ぬいだ~♪」

「あっ、ちょっと。夢葉。ちゃんと脱いだものを畳んでから入らないとダメだよ」

 妹は服を脱ぎ捨てるなりお風呂場へと駆け込んでしまいました。

 わたしは自分の服と夢葉の服を綺麗に畳んでからお風呂場へと入っていきます。

 

「こらっ、夢葉っ! お湯をそんなにかけるんじゃない!」

「だ~くふれいむますた~かくご~♪」

 夢葉は両手で水をすくってお兄ちゃんの顔にかけています。

「やっ、やめろって! …………って、何で樟葉まで入って来るんだぁっ!?」

 お兄ちゃんはようやくわたしの存在に気付いたようでした。わたしは驚きの声を聞きながら浴槽の前へと移動します。

「何でって。夢葉をお風呂に入れないといけないから」

 さも何でもないように答えます。内面の緊張を気付かれるわけにはいきません。

 中学生になってお兄ちゃんの前で裸を晒すのが恥ずかしくないわけがないのですから。

「けどなあ、今、俺が入っているんだぞ!」

 わたしの方をチラチラ見ながらお兄ちゃんが怒った声を出します。

 ここで引くわけにはいきません。

 もうお兄ちゃん以外のお嫁さんになれない地点に足を踏み入れてしまっているのですから。

「でも、夢葉がお兄ちゃんと一緒に入りたいって」

 夢葉と目を合わせます。

「ね~♪」

 息の合った姉妹の連携プレイ。

 

 お兄ちゃんは大きな溜め息をはきます。

「この際だ。夢葉は別に構わない。けど、樟葉。お前はまずいだろうが」

「どうしてわたしはダメなの?」

 戸惑いの瞳でお兄ちゃんに尋ねます。

「どうしてって、夢葉は幼稚園児だけど樟葉はもう……中学生だろう」

「中学生だとどうしてダメなの?」

「………………そっ、そんな、質問をしているようじゃ、樟葉はまだまだ子供だな。うん」

 お兄ちゃんは焦りながら盛んに頷いて何か自分を取り繕っています。

「わたし……そんなに子供かなあ?」

 前屈みの姿勢を取りながらお兄ちゃんの顔を覗き込みます。

 ちなみに今のわたしはバスタオルも何も巻いていません。

「かっ、勝手にしろ。入りたいなら……好きに入れば良い」

 お兄ちゃんは顔を真っ赤にして顔を背けながら了承のサインを出しました。

「うん♪」

 わたしは満面の笑みで頷き返しました。

 

「高校生にもなって中学生の妹と入浴だなんて……それ何てギャルゲーアニメ展開だよ……」

「しっかりあらう~~」

 お兄ちゃんは夢葉の髪を洗ってあげながら現状を嘆いています。

「お兄ちゃん。髪は女の命なんだからしっかり洗ってあげないと困るよ」

「へいへい」

 わたしは湯船に浸かりながらお兄ちゃんに注文をつけます。

「それから、夢葉が終わったら次はわたしの髪も洗ってね」

「へいへい…………って、ええ~~っ!?」

 お兄ちゃんの驚きの声が再び鳴り響きました。

「嫌だったら体を洗ってくれるのでも良いよ」

「もっと難易度上がってるっての!」

「じゃあ、髪をお願いするね」

「…………分かったよ」

 お兄ちゃんはガックリとうな垂れて降伏宣言しました。

 

「なあ、樟葉。今日何かあったのか?」

 夢葉と代わり鏡の前に座ったわたしにお兄ちゃんが話しかけてきました。

「何かって?」

「いや、その、なんだ。もしかして俺、樟葉のことを怒らせたのかなって」

 お兄ちゃんはしどろもどろに答えます。

「どうしてそう思うの?」

「だって……急に一緒に風呂に入ってきたり、髪を洗って欲しいなんて言われれば何かあったと思うだろう」

 半分自信なさそうな、でも、的を射た見解でした。

 

「そうだね。わたし……六花さんにヤキモチ焼いているんだよ」

 素直に心情を吐露します。

「六花にヤキモチ?」

 何を言っているんだとばかりに首を大きく捻っているお兄ちゃんが鏡越しに見えました。

「うん。お兄ちゃんが六花さんを恋人に選んでわたしと夢葉は捨てられちゃうんじゃないかって」

「俺が六花を恋人に選ぶっ!? そっ、そんなことがあるわけないだろ~~っ!!」

 お兄ちゃんは大焦りしながら必死に恋人疑惑を否定しました。

「本当?」

「六花は同じマンションに住んで、クラスメイトで、一緒の部活動に参加しているだけだ。こ、ここ、恋人なんて……ぜ、ぜぜ、絶対に…………ない、から」

 顔を真っ赤に染めるお兄ちゃん。

 六花さんを意識しまくりであることが明白であるその言葉に説得力はありません。

 でも、まだ否定してしまえるぐらいに覚悟が決まっていないことも見て取れました。

 どうやら、六花さんとの勝負にはこれから本腰を入れないといけないようです。

 でも……。

 

「……まだ、わたしが一番だって言っていいよね」

「今なんて?」

「別に」

 背を倒してお兄ちゃんの胸に寄りかかります。

 お兄ちゃんにこんなことができる年頃の女の子は世界でわたし1人なんです。

 やっぱりこのポジションを誰にも渡したくありません。

 ずっとわたしが一番でいたいです。

「お兄ちゃん、このまま髪と体洗って」

「何か今日の樟葉は……いつもよりわがままだな。悪いとは言わないが…」

「いいの。わたしは六花さんにヤキモチを焼いているんだから。妹を粗末にすると、明日から食事が大変なことになるからね」

「はいはい。昔は毎日樟葉のこと洗ってあげてたんだしな。まあ、いっか」

「昔とは違うよ。ううん。同じ、なのかな?」

 

 わたしは昔からお兄ちゃんのことが大好きです。その意味では幼い頃から今までずっと同じです。

 でも、どういう意味で大好きなのか考えていくと……きっと昔の好きと今の好きはちょっとだけ質が違うと思います。

 六花さんというライバルができたことで、好きの質がまた最近変わってきた。

 自分でもそう思います。

「……六花さん。わたし、負けないからね」

 小さな声で、でもはっきりと上の階にいるライバルに宣戦布告します。

「今、何て言ったんだ?」

「お兄ちゃん大好きって言ったんだよ」

 首を後ろに反らしながらお兄ちゃんの顔を見て微笑みます。

「お、俺も……樟葉のことは大好きだよ」

 お兄ちゃんはどもりながらもちゃんと口にしてくれました。

「今日はさ、お兄ちゃんと夢葉とわたしの3人で一緒に寝ようよ」

「………………まあ、たまにはいいか」

 逡巡の末、お兄ちゃんは一緒に寝ることを認めてくれました。

「大好き、お兄ちゃん♪」

「照れるからやめてくれ…」

 

 六花さんにヤキモキさせられましたが、終わってみればとても良い1日となったのでした。

 わたしはこれからもお兄ちゃんがずっとずっと大好きです♪

 

 

 

 了

 

 

 

 

「ゆめはがおおきくなって~おにいちゃんのおよめさんになるまで~おにいちゃんにまとわりつくはつじょうめすねこたちのはいじょはまかせたよ~くずはおねえちゃん」

 

 

 


 
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