本章 1-3 宣戦布告
――キャアアアァァァッ!!
騒がしいまでの大音量は、決して悲鳴ではない。歓声である。
突然沸き立つクラス。それは有名人が現われた時の民衆の反応にソックリだ。
事実、織斑千冬は女性、特に女子生徒たちにとっての憧れの的だ。
三年に一度開かれるISの世界大会、『モンド・グロッソ』。
五年前に行われた第一回モンド・グロッソに彼女は日本代表として出場。並居る強者たちを圧倒し、見事格闘部門と総合部門での優勝を果たした。また第二回モンド・グロッソにも出場、総合部門決勝まで進み勝利は目前というところまで進出。しかし突如謎の辞退を申し出、会場からISを纏ったまま消えてしまった。結局、決勝は不戦勝ということで相手方の選手が優勝者となり、千冬は第二位として扱われ、また本人もそれを受け入れた。
だが実際に戦ったのなら千冬が勝っていただろうという意見が圧倒的多数で、対戦相手も大会後のインタビューでそのように述べた。
また、彼女が遠距離武器を一切使用せず、固定武装の『雪片』という刀一本のみで世界の頂点に辿り着いたことも、彼女の伝説性に磨きをかけている。
――ほぉ。
歓声にかき消される様に漏れた感嘆は、大和のものだった。
『強さ』を求める者に最後に立ちはだかるであろう人物が、目の前にいる。彼は歓喜していた。溢れ出そうな闘志や殺気を必死に押し込めなければならないほどに。
一部漏れてしまった殺気が、美月を起こしてしまった。飛び起きた彼女の不安そうな眼には、何時もの優しい彼の顔は映っていなかった。
狂喜の余り笑みに歪んだ顔は、普段の無表情な彼と対照的だった。
彼は『あの日』以来、『強さ』を求めて己を研磨してきた。剣術に始まり、空手、柔道といった武術を修め、それらが身につくとボクシングやムエタイ、フェンシングなど海外の格闘技も見境無く取り込んだ。お蔭で軍では、彼に格闘技で勝てる者はいない。同僚も教官も皆彼の実力を認めており、彼を尊敬する隊員も少なくない。
無表情の裏には更に強い相手と戦いたいという願望が存在し、彼の飽くなき向上心を支えている。そして今、彼の目はぎらついている。
ただし、戦うことが本分ではない。自分は戦闘狂ではない。自己の研磨を促すために行う、成長過程の一つなのだ。子供で言う反抗期、蝶で言う幼虫から蛹への変容となんら変わりはない。
――全てはそう、『・・』の為。
大和の唇は歪に曲がった。
~ ~ ~ ~ ~
騒ぎも一段落着き、HRは再開された。しかし予定が狂ってしまったので、生徒の自己紹介は女子が気にしているもう一人の男性操縦者のみで終えることになった。当然、一夏から大和の間にいた二人の女子生徒の挨拶は見送られることとなった。
尚、その二人を切り捨ててまで大和に自己紹介させたのは、休憩時間中に彼が質問攻めにあうことを予防するためだ。ここで中途半端に終えてしまえば、女子たちが彼に押し寄せることは目に見えている。後の面倒を減らす意味でも、この対処は適切であった。
「では草薙、やれ」
千冬の言葉に続いてスッと立ち上がる大和。再度集まる視線に首筋が痒くなるも、息を整え、そして口を開く。
「日本国海軍所属、(草薙 大和|くさなぎ やまと)だ。階級は少将。趣味は鍛錬と読書、因みに最近読んでいるのは『孫子の兵法』だ。誕生日は12月8日、射手座生まれ。好きな言葉は常在戦場、好物は(鐵堂|くろがねどう)のカレー。以上だ」
そうすらすらと述べ終えると、そそくさと椅子に座ってしまった。
無音も束の間、喋り声が方々から上がり、次いで筆の走る音が聞こえてきた。中には『この情報は高値で売れるわ』などという不穏な言葉も聞こえ、流石の大和も女子たちの狡猾さ、情報への執着心に舌を巻いている。
美月も時にはああなるのだろうか、と思い左を見ると、メモを片手に視線をせわしなく動かしている。自身のことを知り尽くしているはずの彼女が今更何をメモするのだろうと思い訊いてみると、彼女は『…あなたに横恋慕してそうな人間の名を書いているの』と、心を凍てつかせるような声で返した。彼女のこんな声は久方ぶりである。
チラリとメモを見ると、2、3行が文字で埋まっていた。
『それをどうするんだ』と訊くと、ぞっとするような、それでいてとても妖艶な顔と聲で、こういった。
『…程度が過ぎれば、コロス…』と。
冷や汗が頬を伝う。視界に映る満面の笑みが悪魔のそれに思えてならない。
そして大和は思った。今夜の夕飯はカレーがいいな、と。
明後日の方向へと顔を向け現実逃避する彼の顔は、この世の物とは思えないほど爽快感に溢れていたと、後にある女子生徒は語った。
~ ~ ~ ~ ~
紆余曲折を経て、その日の全授業が終わろうとしていた。残るはHRのみ。
ここに来るまで色々あった、と心底疲れた顔で大和は思った。海軍での訓練時でさえ体感することの無かった疲労を、彼はこの6時間で味わった。
朝のHR後すぐに女子の大群が押し寄せ、世にも珍しい男子二人はその対応に追われた。ただただ人の多さにうろたえるだけの一夏に比べ、ある程度事態が予想できていた大和は女子を一列に並ばせ、一人一問一答で捌いていった。
一時間目が終わった後もまた人だかりが出来、大和はひたすら答える作業に従事していた。
二時間目の後も、三時間目の後も、そして貴重な昼休みの時間でさえ、母――無論、義母のことである――が作ってくれた弁当を啄ばみながらひたすらひたすら答えていった。
際限無く現れる女子たちの数には流石の彼も疲弊し、机から動けなくなっていた。心配した美月が女子たちを牽制しようとしたが、大和がそれを止めた。まだ初日だと言うのに、こんなところで疲れていてはこの先心配だから、そして何より、ここで美月が叫べば彼女に対する印象が悪くなってしまうから、と言う旨を伝えると、彼女は無表情な顔で暫く黙り込み、やがて渋々といった感じで『…分かった』と言った。そして『…無理は駄目』と釘を刺すと、彼の肩に頭を預けてまた眠りについてしまった。
大和は、彼女の安らかな寝顔を流し目で見、幸福感を得ながら束の間の休息を満喫した。
質問攻めは相変わらずだったが、午後も順調に過ぎていった。
だが、5時限目が終わり、『あと1時間で終わりか…』としみじみ考えていた彼の前に、
「少しよろしくて?」
「ん…?」
ロールが掛かった眩しいほどの金髪、澄み切った青空の如く碧眼、シミ一つ無い白磁の肌。ロングスカート状にカスタムされた制服が育ちの良さを思わせる。
一年一組、というよりもIS学園の女子は全体的にレベルが高い。コンパニオンの採用条件の一つに容姿端麗があるが、IS学園にもそれが起用されているのではないか、と疑ってしまいそうなほどだ。
そんな美少女たちの中でも、目の前の少女は一際美しかった。
(まあ、それでも美月には敵わんがな)
心中で盛大に惚気ながら、愛しい少女の頭を撫でる。大和のその態度が気に食わなかったのか、目の前の少女は方眉を吊り上げ、棘を含んだ声色で再度話しかけた。
「貴方が草薙大和さん、ですのね?」
「いかにも。そういうアンタはセシリア・オルコットで間違いないな?」
初対面の相手に対しては余りに無作法と言える応答だったが、相手は満足げに何度か頷くと
「あら、もう一人の殿方とは違って私のことを御存知でしたか」
もう一人の殿方とは織斑一夏のことだろうと断定しながら、問いとも確認ともとれる返答に更に答える。
「まあ、軍属だからな。他国の軍事に関する情報は殆ど頭の中だ。で、用件は何だ?」
途端、相手の顔が変わった。余裕のあるそれから、怒りを帯びたものへと。
今度は方眉だけでなく、両方が吊り上っている。
「ええ、そうでした。草薙大和さん、
貴方に宣戦布告します!!」
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2041年夏――日米関係の歪が明らかになった頃、ある少年の両親が殺された。少年もまた、左目を失った。
幼くして両親を失った少年は遺産目当ての親戚を拒絶し、自衛官を務める小父の下に自ら赴く。
それから12年後――
少年は紆余曲折を経てIS学園へと入学する。
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