キリト視点
ガッシュの鉄球とデュオの爆破が決め手となって、ボスは消滅した。
しかし、それを喜ぶものは1人もいない。
皆、黙って床に座り込むか、息を荒くして倒れこむかのどちらかである。
俺も極度の緊張感が解けたためか、体が鉛のように重い。
俺は床に座り込むと、隣に座っていたアスナと背中合わせになる。
しばらくその状態で茫然としていると、そばにいたクラインが訊ねてきた
クライン「何人・・・やられた・・・?」
クラインの向こうで仰向けに寝ているエギルもこちらに目を向けてきた。
俺は手を振りマップを呼び出すとプレイヤーの光点を数えた
キリト「・・・10人、死んだ」
ガッシュ「あの短時間でか・・・?」
エギル「・・・うそだろ・・・」
エギルとガッシュは驚愕の表情を浮かべる。
すると、クラインが立ち上がり、唯一立っているヒースクリフのもとへ向かう。
クライン「おい、団長さんよ。別に大の字になって寝っ転がったって、誰も冷やかしゃしねえぜ・・・」
ヒースクリフ「心配無用だ。この風景を、楽しみたいんだ・・・」
伝説の男の表情は、あくまで穏かだった。
無言でうずくまるKoBメンバーや、他のプレイヤーたちを見下しているのは、暖かい慈しむような視線。
まるで、森の中で遊ぶ子ネズミの群れを見るような。
ヒースクリフのあの視線、あの穏かさ、あれは傷ついた仲間を労わる表情ではない。
彼は、俺たちと同じ場所に立っていない。
あれは、遥かな高みから慈悲をたれる、いわば“神の表情”だ。
キリト〈もしや・・・まさか・・・!?だが、それをどうやって確認すれば良い・・・?方法など無い・・・何一つ・・・〉
俺が視線を落とすと、そこに転がっていた自分の剣が目に入り、ハッとした。
キリト〈いや、ある・・・今この瞬間、この場所でのみ可能な方法が・・・だが、仮に予想が全くの的外れなら、その時は・・・〉
キリト「ごめんな・・・」
そう呟くと、思い切り床を蹴った。
高速で接近していき、片手剣の基本突進技【レイジスパイク】を発動する。
キリト「当たれ!!」
ヒースクリフ「何!?」
クライン「キリト・・・!?」
エギル「何やってんだ・・・!?」
ヒースクリフが驚きに目を見開いて盾を使いガードしようとするが
俺の剣は途中で鋭角に動きを変え、ヒースクリフに直撃する・・・直前で不可視の壁に阻まれて停止する。
ガッシュ「キリト、お前・・・」
アスナ「キリト君、何を・・・!?」
アスナとガッシュが心配するような目でこちらを見ると同時に、俺とヒースクリフの間に
[Immortal Object]の文字が浮かび上がる。
その文字を見て声を上げたアスナを含む全員が言葉を失った。
エギル「イモータル オブジェクト・・・?」
クライン「破壊不能だと・・・!?」
アスナ「・・・どういうことですか・・・?団長・・・」
キリト「これが伝説の正体だ!!」
真っ直ぐに俺を見つめて黙り込むヒースクリフに代わって、俺が答えを述べる。
キリト「この世界に来てからずっと疑問に思っていたことがある・・・あいつは今、どこから俺達を見てるんだろうってな。けど俺は単純な心理を忘れていたぜ。“他人のやっているROGを傍から眺めていることほど、つまらない事は無い”・・・そうだろう?茅場晶彦!!」
ボスの部屋に、静寂が満ちた。
デュオとガッシュが立ち上がり、俺たちと並ぶ位置に来る。
アスナ「・・・本当・・・なんですか・・・?・・・団長・・・」
アスナが呆然と訊ねるがヒースクリフはそれに答えることなく、俺たちに向かって言葉を発した。
ヒースクリフ「何故気付いたのか、参考までに教えてもらえるかな?」
キリト「最初におかしいと思ったのは、入団前のデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんたあまりにも速過ぎたよ。」
ヒースクリフ「やはりそうか。あれは私にとっても痛恨事だった・・・君の動きに圧倒され、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった。」
苦笑したように言ったヒースクリフは、周囲に居たプレイヤーたちを見回し、その笑みを堂々とした物に変える。
ヒースクリフ「予定では九十五層に辿り着くまでは明かさないつもりだったのだが・・・確かに、私は茅場晶彦だ。付け加えるなら、最上階で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」
俺はぐらりとよろめいたアスナの体を、右手で支える。
キリト「趣味がいいとは言えないぜ。最強のプレイヤーが一転最悪のラスボスか!?」
ヒースクリフ「なかなかいいシナリオだろう?盛り上がったと思うが、まさかたかが四分の三地点で看破されてしまうとはな・・・君はこの世界で最大の不確定因子だと思ってはいたが、ここまでとは・・・」
不適な笑みを浮かべるヒースクリフ
ヒースクリフ「・・・最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。二刀流スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった・・・勝つにせよ、負けるにせよ・・・」
やれやれと言った様子で演技っぽく肩をすくめるヒースクリフ。
しかしその眼は、今だに真っ直ぐ俺を見ている。
ヒースクリフ「だが、君は私の予想を超える力を見せた。まぁ、この予想外も、ネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな・・・?」
その時だった。
一人のKoB団員がゆらりと立ち上がる。
KoB団員「貴様が・・・俺達の忠誠・・・希望を・・・よくもぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
自分の武器である
だが、ヒースクリフは慌てる様子も無く左手を振りウインドウを操作すると、男は空中で停止して、地に落ちた。
見るとHPバーにグリーンの枠が表示されている。
麻痺状態だ。
ヒースクリフはそのまま、幾つかの操作を続ける。
すると、俺以外の全てのプレイヤーを麻痺状態にしていく。
アスナ「あっ・・・!?キリト君・・・」
キリト「アスナ・・・!?」
俺は、力が抜けたように倒れるアスナをしっかりと支えると、ヒースクリフを睨む。
キリト「どうするつもりだ?この場で全員殺して隠蔽する気か・・・?」
ヒースクリフ「まさか。そんな理不尽な真似はしないさ。こうなってしまっては致し方ない。予定を早めて、私は最上層の【紅玉宮】にて君たちの訪れを待つことにするよ。だが・・・その前に・・・」
ヒースクリフは右手の剣を床に突き立てる。
ヒースクリフ「キリト君、君には私の正体を看破した褒美を与えなくてはな。チャンスをあげよう。今この場で私と一対一で戦うチャンスを。無論不死属性は解除する。私たちに勝てばゲームはクリアされ全プレイヤーがこの世界からログアウトできる。」
その言葉を聞いた途端、俺の腕の中でアスナが首を振った。
アスナ「だめよキリト君・・・!あなたを排除する気だわ・・・今は・・・今は引きましょう・・・!」
エギル「そうだぞ・・・キリト・・・ここは・・・退くべきだ・・・」
必死にもがくエギルも、アスナの意見に賛同する。
確かに、俺1人でこの男に挑むのは危険だろう。
だが、ここで退いてしまえば、残り二十五層を突破しなければならなくなる。
そうなれば犠牲者の数は確実に増えるだろう。
もしその中に、アスナやデュオたちがいたらと思った時、答えは自然と口から出ていた。
キリト「いいだろう・・・決着をつけよう・・・!!」
アスナ「キリト君っ!!」
キリト「ごめんな・・・ここで逃げるわけにはいかないんだ・・・」
アスナ「死ぬつもりじゃ・・・ないんだよね・・・?」
キリト「ああ・・・必ず勝つ。勝ってこの世界を終わらせる。」
アスナ「わかった。信じてる。」
俺はアスナの体を床に横たえさせて立ち上がる。
そして、背中の二本の剣を同時に抜き放つ。
エギル「キリト!!やめろ・・・っ!!」
クライン「キリトーっ!!」
声の方を見ると、エギルとクラインが必死に体を起こそうともがきながら叫んでいた。
キリト「エギル。今まで、剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前が儲けのほとんど全部、中層ゾーンのプレイヤーの育成につぎ込んでたこと・・・・」
エギルは、ハッとしたような顔をすると、何も言わなくなった。
続いてクラインの方を見る。
キリト「クライン。・・・・・・あの時、お前を・・・・置いて行って、悪かった。ずっと、後悔していた。」
俺が声で言うと、彼らの頬には涙が伝っていた。
クライン「て・・・てめえ!キリト!謝ってんじゃねえ!!今謝るんじゃねえよ!!許さねえぞ!ちゃんと向こうで、メシのひとつもおごってからじゃねえと、絶対ゆるさねえからな!!」
キリト「ああ、次は向こう側でな・・・」
クラインにそう告げると
俺は最後にアスナを見て、微笑んでから、ヒースクリフに向き直る。
その時、
デュオ「【デュアルスレイヤー】!!」
突然後ろから聞こえた声に、振り返ると、一瞬だけ紫色の光を纏ってから
デュオが立ち上がった。
キリト「デュオ、どうして・・・?」
デュオ「俺も一緒に戦う。」
デュオは俺にそう言うと、ヒースクリフの方を向き、剣を引き抜く。
ヒースクリフ「そうか、デュアルスレイヤーか。まあいい、2人同時に相手をするとしよう。」
デュオ「後悔しても知らないぜ!」
ヒースクリフに対抗するかのように強気な態度を取り、不敵な笑みを浮かべるデュオ。
その口調は荒々しくも聞こえるが、いつも通りの余裕な感じを残している。
デュオ「絶対勝つぞ・・・」
キリト「当たり前だ・・・」
俺たちは最後にそれだけ言うと、臨戦態勢に入る。
ヒースクリフ「不死属性を解除。」
ヒースクリフが手元のウインドウを操作して、不死属性の解除をする。
さらに操作を続けると、今度は俺たち3人のHPが全快する。
そしてウインドウを閉じると、十字盾の後ろに剣を構えた。
3人の間で緊張感が高まっている。
キリト〈これはデュエルではない。単純な殺し合いだ。そうだ・・・オレは、あの男を〉
キリト「殺す!!」
デュオ「
俺とデュオの言葉が同時に響き、次の瞬間、俺たちは床を蹴って戦闘を開始した。
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