No.510601

ケマンソウ(rap/室青)

自サイトの拍手駄文。花言葉を毎回ネタにして書いてます。入れ替えたので投下。花言葉が、セリフの最後になってます。失恋という意味もあるそうですが、当方コチラを採用。 カプ臭くない室青ですが、湾岸メンバー好きなので、結構こういうのばっかり書いている場合もあります。

2012-11-21 07:42:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:3896   閲覧ユーザー数:3896

 

 今日は朝から引っ張り回され、ようやく湾岸署刑事課に戻れたのは、定時近くになってからだった。すると見慣れない鉢植えが、机や棚を埋めるように、あちらこちらと陳列されていた。

 

 これが中々、面白い形をしている花を咲かせている。葉はまあ、ごくありふれた細めの楕円だが、濃いピンクの花びらが、まるでハートに見えるのだ。そのハートの先が割れて外側に跳ねられ、割れた下からは、こよりに見える白い花びらが出ている。

 

 細い茎から釣り下がって咲くこれは、一体どこからやってきたのか。

 

「何これ、どうしたの?」

 

 被疑者の男を逃げないように腕を掴みながら、書類と睨めっこしている緒方くんに聞いてみる。すると書いていた手を止め、上司である俺を、目で殺さんばかりの不機嫌な顔を向けてきた。

 

「青島さん。これが観賞用に見えますか?」

 

 質問に質問で返さないで欲しいなあ。大分ピリピリしている所を見ると、書類とこの植物には関わりがありそうだ。

 

 勘弁して欲しい。緒方くんが関わっているという事は、強行犯係の仕事であり、つまりは俺が見過ごしちゃいけない事だ。

 

「何があったの」

 

 力の無い声ながらも、めげずに、また質問をする。緒方の代わりに答えたのは、和久さんの甥っ子である、伸次郎くんだ。

 

「あの、例の会社で起きていた食中毒事件、これを使ってたそうなんです」

 

「これって……この植物?」

 

「です。あ、でもこれは押収した一部で、鑑識に置ききれ無いのを、こっちに移動しただけですけど」

 

 ビル丸ごと1つの会社である中で起きた食中毒事件は、最初、社食が怪しいとされていたやつだ。現に、数あるメニューの中の1つから検出されていたし、それを食べた人が病院に運ばれている。

 

 幸いにして症状は軽度の物で済み、ほとんどの人が、その日中に帰宅している。

 

 和久君は胸元の内ポケットから黒い手帳を取り出すと、いくつかページを捲った後、手を止めた。

 

「なんでも、このケマンソウていうやつ、根茎と葉に毒性を持っているそうなんです。誤食すれば、嘔吐・下痢・呼吸不全・心臓麻痺などを引き起こすと」

 

「つまりは……これ」

 

「です。どうやら後輩の女性と浮気した同僚の男が許せない女性が、忍び込んで事を起こしたそうですよ。で、浮気がバレてないと勘違いしている男と食堂に行き、食品を勧めて食べさせたと」

 

 どうやって忍び込んだとかは、この際、緒方くんの報告書を読めば良いから聞くのは止めた。問題は動機と、結果に至る行動だ。

 

 緒方の機嫌が悪いのも、恐らくはそこが理由だろう。

 

「え、じゃあつまり、他の人は巻き添え?」

 

「です」

 

 呆れながらも大きく頷いた和久君は、場を和ませる手段としてなのか、この犯行に荷担する事になってしまった、植物の花ことばまで教えくれた。

 

 思わず2人―ついでに俺の隣にいる別件の被疑者―で1つの鉢植えを見下ろす。

 

「へえ」という、俺が拘束している男の感心した声で、我に返った。

 

「話、聞いてんじゃないよ」

 

「お前らが勝手に話してたんじゃねえかっ」

 

「悪用したら、今よりもっと罪重くなるんだから、絶対すんなよ」

 

 そう窘めながら、取調室に連れていく。こりゃあ残業だよと、俺はため息を隠さずについた。

 

 時間が合えば、室井さんと飯に行く約束してたのになあ。

 

 

 

          □ □ □ □

 

 

 

 自分が取り調べた男の書類作成を明日に回しても、それとは別に、チェックして俺の認印がいる書類が溜まりに溜まっていた。

 

 全部を放ってなんておける筈もなく、結局一人残って残業をする羽目になった。もちろん当直の奴もいるので独りではないが、大して差はない。

 

 当直組が入れ替わりで夕食を買いに出かけている間、体よく留守番を頼まれてしまった俺は、ひたすら判子を押している。

 

 それにしても多くないか?こんなに書類て必要?

 

 今更な愚痴を腹に収めた所為か、腹が1回鳴った。

 

「腹、減ったなあ」

 

 室井さんには、取り調べが終わってからメールをした。

 

―今日の約束、仕事で無理になっちゃいました、すみません。

 

 タイムラグも少なく返ってきたのは、簡素ながらも状況がよく分かる物だった。

 

―お前だけじゃないから気にするな。

 

 そんな事言われて、ああ良かった、なんて思える訳がない。

 

 実は室井さんがこんな風に返すのは滅多になく、普段はもっと短い。「分かった」「そうか」と返事が来るだけ、まだ良い。大半は返事が無いまま、次回会う約束の前振りとして使われる。

 

 そうして後日の仕切り直しすら、仕事で流れたのだって1度や2度ではない。それでも室井さんの応対は簡素過ぎるぐらい簡素だ。

 

 そんな人が、「お前だけじゃない」と言った。

 

 困った人だな、と思わず苦笑してしまった。

 

 気が抜けた所為で再び腹が鳴りつつも、どうにか最後の書類に印鑑を押し終える。

1つ背伸びをしたタイミングで、当直組が戻ってきた。

 

「ちょっと煙草吸ってくる」

 

 俺は小銭と煙草と一緒にスマートフォンをポケットに入れて、刑事課を出た。

 

 電話をかける前に主張する、3度目の空腹感。そうだ、俺は腹が減ってるんだ。おあずけ食らってるのにも限度てのがある。

 

 もし出なかったら、かけざるを得ないくらいのメールを送ってやる。きっとそれぐらいが、この人には丁度良い。

 

 そんな念でも一緒に飛ばしたのか、留守番電話にならずに出てくれた。

 

「室井さん」

 

『青島、今は話せるのか』

 

 開口一番がこれって、少しは俺と電話がしたいって、思ってくれてたのかな。

 

 自然と綻ぶ顔を隠さず、俺は人のいない喫煙室に入った。当然腹は減っているけど、煙草だって吸いたいから、話をするならここが良い。

 

「はい。だから少しで良いんで、俺の電話に付き合って下さい」

 

 こちらからお願いをすれば、一寸考える間の後、室井さんの声が和らいだ。

 

『……ああ……そうだな、少しぐらい構わないだろう』

 

「有難うございます」

 

 ポケットに入れたタバコを一本取り出し、口に銜えた。

 

「そういえば今、うちにくれば華やかな状態で出迎え出来ますよ。この前行っていた店に行くついでに、近い内覗きにどうですか」

 

『華やかとは、湾岸署がか』

 

 俺は「うーん」と言いながら、銜えていた煙草に火を点ける。

 

「気持ちだけならそうですけど。見た目は刑事課で精一杯かな」

 

 いくらたくさんあっても、新しくなった署内全部は無理がある。

 

 電話口の向こうで、首を傾げる代わりに眉間に皺を寄せた姿が安易に想像できた。

笑いそうになるのをこらえながら、煙を吐き出す。

 

 被疑者となった女に宿った、ハートの花が咲く根に何があったのか。きっと根の底までは理解出来ないだろう。

 

 鉢植えの数だけ憎悪を募らせたのだけは読み取れ、俺たちが憂うとすれば、犯罪の共謀者となった、行き場を失った花たちだ。

 

 そう、罪を憎んで花を憎まずってね。

 

『一体、どういう意味だ』

 

「ケマンソウが教えてくれますよ」

 

 毒を食らわば皿まで。あんたの食らわされている毒を、俺も食ってるって事。室井さんもだろうけど、俺だって忘れないで欲しいんだ。

 

 俺たちが抱く理想が、花開くようにと託して。

 

「あなたにどこまでも従います、てね」

 


 
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