「いただきます」
「いいよ、無理に食べなくても」
私はテーブルの向かい側に座っている彼に少し震えた声で答えた。
テーブルには私が作った料理が並んでいる。今日のメインは肉じゃがなんだけれど、正直言って食べさせたくなかった。
「食べられないわけじゃないんだろ。だったらいいじゃないか」
「でも、それ失敗しちゃってるし」
いつもなら料理で失敗する事なんてない。小学生の時からずっと母の手伝いなどで料理を学んできたから腕には自信がある。だけれども、今日に限ってはうまくいかなかった。
「ん……んー、確かにお世辞にも美味しいとは言えないな」
肉じゃがを口にした彼ははっきりと感想を述べた。ストレートに意見を述べる所は彼の長所であり、短所でもある。いい時もあれば悪い時もある。今は後者だ。
「だから言ったのに……」
料理に失敗して凹んでいる私の心に追い打ちをかけるなんて、酷い。
「何で失敗したんだ? 肉じゃがはお前の得意料理の一つだろ」
「……つーん」
「何だ、「つーん」って。マンガじゃあるまいし、そんな拗ね方をしてもごまかされないぞ」
「つーん」
意地悪なことする人には教えてあげませーん。
「何なんだよ……」
軽くため息をつきながら再び肉じゃがを取って食べる彼。
「――って、何でもう一口食べてるのっ」
「お前が答えるまで俺はこの肉じゃがを食べ続ける」
「酷い」
「取引だよ」
やめて、美味しくない物を食べさせてる気にさせないで。あまり表情変わってないように見えるけど、ほんのわずかに眉間にシワ寄ってんのわかるんだから。
「わかった、言うから箸を止めて」
「ああ」
結局私が譲歩することで彼は食べるのをやめてくれた。
「それで、改めて聞くが今日の肉じゃがを失敗した理由は何だ?」
限りなく黒に近いこげ茶色の瞳がこちらを見つめてくる。私は観念してゆっくりと口を開いた。
「……この前さ、あなたの実家でお夕飯をごちそうになったでしょう」
「ああ。そういえばあの時も肉じゃがだったな」
「おばさんの肉じゃが、美味しかったね。私の作るものとは全然違う味付けで」
「確かに母さんのとお前のとは違うな、同じ肉じゃがなのに」
そう言った直後、彼は何かに気づいたようで「あっ」と声を漏らした。
「そうか、この肉じゃが、美味しくはないが何か食べたことのある気がする味だと思った。母さんの肉じゃがに似てるんだ」
「うん、夕飯の後におばさんから味付けを教えてもらったの」
「つまり母さんの肉じゃがの味を再現しようとして、うまくいかなかったという事か」
そう、それが今日肉じゃがを失敗した理由。
「味付けを変えるくらいなら大丈夫って思ったのに意外とデリケートなんだよ、おばさんのやり方」
「そうなのか。子供の頃からずっと食べてたけど、そんなのわからなかったな」
彼は納得したようにうなずいた後、肉じゃがを口にした。
「何でまた食べてるのっ」
「食べなきゃもったいないだろ」
「失敗作を食べさせる嫌な女にしないでよ」
「じゃあ次は美味しい肉じゃがを期待してる。約束な」
彼は箸を置いて小指を差し出してきた。
「……わかった」
私は彼の小指に自分の小指を絡めて軽く上下に振る。
「出来ればお前の味付けで頼む」
「また失敗するかもしれないから?」
「いや、お前の味付けの肉じゃがの方が好きだから」
一瞬だけ心臓が大きく鼓動した。
「嘘」
「俺はいつだって正直者だ」
「ずるい」
「俺はいつだってずるい」
意地悪だ。本当に意地悪だ。
そんな事言われたら頬が緩んじゃうじゃない。
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即興小説で作成しました。お題「初めての失敗」制限時間「1時間」