第十二話 ~ 剣士と毒蛇酒 ~
【アヤメside】
キリトの案内のもと、転移門広場からやや離れた場所にあるカフェへと移動した俺たち四人。
カフェ、というよりは酒場を連想させる内装であり、俺たちはいくつも並んでいる木製の丸テーブルの中の窓に近い端っこの席に着いた。
第二層が解放されてまだ間もない頃のため、客は俺たち以外に二組しかなく席は選び放題だった。
SAO内のこういった飲食店には予約などの制度は無く、基本的には早い者勝ちなのでラッキーと言えよう。
「それじゃ……ん? コレはベータテストの時には無かったな……。よし、コレにするか」
NPCウェイトレスに手渡されたメニューを早速開いたキリトは、ブツブツと何やら呟いたあと、メロンソーダみたいな《何か》を注文した。結構、高めの値段だった。
「アスナもほら」
「ありがとうキリト君。私は……コレにしようかな」
手渡されたメニューから、アスナは無難にホットミルクを選んで注文した。こっちはお手頃価格だ。
「アヤメさんも」
「ありがとう」
当然の流れか、今度は俺にメニューが回ってきた。
「シリカも何か頼むか? 奢るぞ」
俺はアスナから受け取ったメニューを開きながらシリカに尋ねた。
「え……いいんですか?」
「フィールドにあまり出ないんだから、コルもそんなに持ってないだろ?」
「確かに、そうですけど」
「コルに余裕があるから好きなの注文して大丈夫だ」
「それじゃあ……コレで」
シリカが遠慮がちに指さしたものは、アスナと同じホットミルクだった。
「分かった」
そんなに遠慮しなくてもいいのに、と思いながら俺もホットミルクを注文した。
第二層に登場するモンスターは牛の姿をしているものがほとんどなので、ミルクも美味いんじゃなかろうか、という予想からだ。
「その、ありがとうございます」
「どうしたしまして。気にしないでいいからな」
申し訳なさそうに小さくなるシリカの頭を軽く撫でながら言った。
アスナがニヤニヤしながらこっちを見ている気がするが、気にしない。
十秒ほど待つと、ウェイトレスが頼んだものを持ってきた。
ウェイトレスは、それぞれが頼んだものを並べたあと、機械的な営業スマイルを浮かべて立ち去っていった。
「……キリト君。何、それ?」
と、アスナが少し怯えながら、キリトが注文したものを指差した。
シリカも同じことを思ったらしく、首を大きく縦に振っていた。
「いや…ベータテストの時は無かったものだからつい……」
注文したキリト自身も少し引いていた。
キリトが注文したものは、毒々しい緑色をしていた。細かい泡がたくさん立っていて炭酸飲料だとは思われるのだが、その泡には《シュワーッ》という爽やかな感じは全く無く、《コポ…コポ…》といった怪しい感じしかしなかった。
と言うか、液体かソレ?
「……飲めよ?」
注文したんだから。
「わ…分かった……」
キリトは唾を飲み込み緑色の何か、仮称《液体
少しだけグラスを傾けると、《ドロッ》と中身が動き、かなり粘度があるようだった。
「やっぱり……」
「飲めよ?」
「……はい」
ドロドロ感を見て飲む気が失せたのか、液体Gを置こうとするキリトを言葉で制止する。
諦めたように頷いたキリトは、意を決してグラスを大きく煽った。
その様子を、固唾を飲んで見守る女子二人。
グラスの中の液体(?)は少しずつ減っていき、三分の一程飲んだところで、キリトはグラスをテーブルに置いた。
「お味はいかが?」
「ムリ…ッ! ドロドロしてて飲みにくいくせに、炭酸だけやけにシュワシュワで……マズッ!」
俺が尋ねると、キリトはいろいろと感想を述べたが、最後の一言に全てが集約されている気がした。
「アスナも飲んでみたらどうだ?」
「い、いえ…結構です」
冷や汗を流して、顔をひきつらせながら言った。
「今なら違和感無く間接キス出来るぞ」
「っ!?」
俺がボソッと呟くと、耳聡くアスナが反応した。
「どうする?」
「………」
アスナの目を見てするかしないか聞くと、アスナは頬を僅かに朱く染めてキリトのグラスを凝視した。
そして、少しずつグラスへと手を伸ばしていった。
「あ…っ!」
が、アスナの手が触れるまであと3cmとなったとき、キリトがそのグラスを横からかっさらった。
「絶対に…飲まないほうがいい……」
死にそうな声で言ったあと、キリトは再度グラスを煽った。
チラリとアスナを見ると、安堵と落胆が半々といった複雑そうな表情をしていた。
「……惜しかったな」
アスナに聞こえないような小声で呟いてから、キリトに視線を移す。
その飲みっぷりを眺めながら、俺は自分のホットミルクに口を付けた。
「間接キス……」
そのとき、ぼんやりと呟いたシリカの目は俺の顔、主に口元に注がれていた。
「どうかしたか?」
「な、なんでもないですよ?」
シリカは手のひらをこっちに向けて、横に振りながら誤魔化すように言った。
「ぶはっ! はぁ…はぁ…。あと…少し……ッ!!」
「だ、大丈夫キリト君? あ、あの……わ、私が代わりに飲んであげましょうか?」
「大丈夫だ。問題無い!」
そんなシリカを疑問に思いながら、決死の声をあげたキリトの方を見てみると、グラスの中身が十分の二くらいまで減っていた。
しかしながらキリト、それは死亡フラグなんだが……。
「取り敢えず、冷めないうちに飲でしまおう。アスナもそうした方がいいぞ」
「で、でも……」
「男には、やらなきゃいけない時があるんだ」
絶対に今ではないが。
「……ぷはっ! 飲みきった…ぜ……」
液体Gを飲み切りグラスを置いた直後、キリトは力尽きたように《ガクッ》と崩れ落ちた。
「キリト君!?」
アスナが慌てて支える。
「あ…すな……?」
「こんなになるまで無茶して……」
アスナは脱力しきったキリトの体を支えて、ゆっくりとテーブルに上体を下ろした。
「なんか、様子が変じゃありませんか?」
その間、微動だにしないキリトを見てシリカが疑問を感じたようだった。
「確かにな……」
その疑問に、俺も頷いた。
テーブルに下ろされたあとも身じろぎ一つしないのだ。
俺はキリトを注視してみるが、特に目立った変化は無いようだった。
そして、キリトからアスナへ、何気なく視線だけを動かしたとき、キリトのHPバーの横にマークが現れていたのを発見した。
緑色の背景に、黄色い稲妻が描かれたマーク……っておい。
「そいつ、麻痺ってるぞ」
【キリトside】
ひどい目に遭った。
俺が頼んだドリンクは《ヴァイパーソーダ》という名前で、非常にマズい上に、飲むと一時的に麻痺状態になるという代物だった。
圏内では基本的に状態異常は発生しないが、稀にこういう《イベント扱い》で発生するものが存在する。
「どうしてこんなものを?」「何か理由があるのか?」と思うかもしれないが、ぶっちゃけ意味はない。ただの開発者側の遊び心だ。
「で、どうして明らかに毒が入ってそうな名前なのに頼んだ?」
麻痺が治ると、やや呆れ気味にアヤメが聞いてきた。
「ベータテストの時に無かったもので、気になって商品名読まずに見た目だけで頼みました」
「馬鹿だ、お前は」
素直に理由を話してみたら、言葉で一刀両断された。
「アヤメさん少し言い過ぎですよ?」
ショックを受ける俺を見て心配になったのか、シリカが咎めるようにアヤメに言った。
「そうか?」
「そうですよ」
「そうか…」
そうすると、アヤメは居心地悪そうにシリカから視線を反らして口を噤んだ。
アヤメが口で押されているのを初めて見たかもしれない。
「まあいいよシリカ、もう馴れたし……。そんなことより、このドリンク結構面白い効果もあるみたいだぜ」
俺は自分のHPバーの隣に現れた四つ葉のクローバーを見ながらそう言った。
「どんな効果なの?」
アスナはその効果が気になったらしく話に喰い付いてきた。
「どうやら、
「そうなの!?」
自慢気に話すと、アスナは目を丸くして驚いた。
アヤメも表情にこそ出ないが、仕草に驚きが現れていた。
「あの、幸運って?」
俺がアヤメにニヤリ勝ち誇った顔を向けていると、この中で唯一攻略に参加していないシリカが首を傾げながら聞いてきた。
「SAOには筋力値や敏捷値等の数値化されているパラメーターの他に、数値化されていない《隠しパラメーター》がいくつか存在している。その中の一つが《運》で、クリティカル率やレアアイテムのドロップ率、状態異常の発生率などに影響を与える。《幸運》はクリティカル率やドロップ率を上昇、状態異常発生率を低下させるモノだ」
「そうなんですか」
「でももう暗いし、フィールドに出るのは危険よね」
窓の外を見ながら、アスナがそっと呟いた。
「そうなんだよなぁ……」
それを聞いた俺は、さっきまでの高いテンションから一転して、重い溜め息をついた。
RPGゲームでは、昼間よりも夜の方が強いモンスターが出現するということがよくある。このSAOもそれが適応されていて、夜のフィールドには厄介なモンスターが跋扈している。
これが普通のゲームなら、このままノリでフィールドに出るところだが、デスゲームへと変わった今ではそれは出来ない。
充分な安全マージンを確保出来ていないまま、夜のフィールドへと出るのは非常に危険なことだからだ。
「まあ、この発見があっただけでも充分な幸運だろう。……もしかしたら、アルゴも知らない情報かもしれない」
「そりゃ確かに幸運だな」
アヤメに言われて、俺は思わずにやけてしまった。
あのアルゴも知らないかもしれない情報を知っているって、なんかいいな。
「アルゴって? シリカちゃん、知っている?」
「私も知らないです」
と、俺が妙な優越感に浸っていると、アスナとシリカが頭に疑問符を浮かべた。
「二人は、顔に三対の鼠の髭がペイントされた小柄なプレイヤーに会ったことがあるか?」
「無いです。アスナさんは?」
「無いわね。そんな特徴的な人、忘れるはず無いもの」
まあ、確かにそうだよな。
「アルゴは《鼠のアルゴ》って呼ばれてる《情報屋》だよ。《売れる情報は全て売る》のが玉に瑕だけど、正確性は確かだから面識を作っておいて損は無いヤツだ」
「へえ~」
「ベータテストからのキリトの付き合いで……女性だ……」
「へぇ~……」
そうアヤメが付け足した途端、アスナの目が冷ややかなモノに変わり、戦闘中の三割増で鋭くなった。
「な、なんでしょうかアスナさん……?」
「……なんでもないわ」
アスナは俺を睨みつけてから、ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。
えー……何でですかアスナさん?
「キリトは馬鹿だな……」
「そうですね……」
アスナの行動に首を捻る俺を見て、アヤメとシリカはそろって溜め息を吐いた。
「……あ、そうだ。皆はもうどこに泊まるか決まってるのか?」
何がいけなかったのかは全く分からないが、何故かいたたまれなくなった俺は苦し紛れに言葉を発した。
「俺は決まってない」
「私も」
「私ははじまりの街に借りているところがあります」
そうすると、思いのほかくいついてきた。
「この近くにちょっと高くなるけどいい宿屋があるんだ」
「誰情報だ?」
「そりゃ、アルゴから」
「ふうーん……」
しまった、これは無限ループ!?
「ま、まあそれは置いておいて……。」
アスナの視線を浴びて軽く冷や汗を流した俺は、誤魔化すように作り笑いを浮かべて続けた。
「もう表の目立った宿屋は埋まってるかもしれないから、そこに連れていこうか?」
「なら、お言葉に甘えて」
アヤメは即答し、「断る理由もないからな」と続けた。
「アスナはどうする?」
「うーん……。ねえ、そこ、お風呂ある……?」
恥ずかしそうに顔を俯かせながら聞いてきた。
「確かあったな」
「じゃあ、私も……」
「了解」
「は、はい!」
「じゃあ早速」と俺が席を立とうとしたとき、シリカが何やら緊張した様子で手を挙げた。
「わ、私も一緒に行っていいですか?」
「え? でも、シリカははじまりの街に宿屋があるんだろ?」
「皆さんともっとお話がしたいんです。……だめ、でしょうか?」
俺が立っているからか、シリカはやや上目遣いで聞いてきた。
「大丈夫だよ。あそこ、五人までなら大丈夫だから」
断ることは出来なかった。
男ならあんな表情されて断れるわけがない。
いや、ホント仕方ないんですよアスナさん……!
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十二話目更新です。
今回はオリジナルの話ですが、ぶっちゃけあまり意味は無かったりします。
ただなんとなく、《こんなのもありそうだな》と思い付いたもので書いてしまいました。
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