No.508230

すみません。こいつの兄です。37

今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場37話目。最近、少しペースが落ちていたので、ペースをあげて書いています。ところで、今週末(2012/11/18)は、東京ビッグサイト西1・2ホールでコミティアです。ぼくのスペースは「へ18b」です。ぼくの漫画を見に来てくれると嬉しいな。(ステマ)

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2012-11-14 22:09:41 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:905   閲覧ユーザー数:799

 結局、熱は四日目くらいで一旦落ち着いたが、もう一度だけ高くなって十日ほどで完全に治った。久しぶりに制服の袖を通す。

 一階へ降りていくと真奈美さんが居間のソファの上で丸まっていた。体育座りの背中の丸みが増えて膝が肩の上からちょっと見えるくらいの体勢だ。

「おはよ」

「…おは、よう」

あれから毎日、朝と夕方、真奈美さんはうちに通っている。毎朝、凝った朝食を作って現れて、夕方にはゼリーやらババロアやらドーナッツやら、これまた凝ったおやつを毎日持ってきた。

 言うまでもなく、どれもこれも至高のメニューを目指すパワハラ権現が「だれだぁっ」と叫ぶレベルの美味さだった。おかげで高熱にもかかわらず、食欲はまったく落ちなかった。

「…熱は?」

「もう、大丈夫。三十六度台」

「…そう…」

真奈美さんの白いソックスの先っぽが、ふにふにと動く。

「今日のこれも真奈美さんが?」

テーブルの上のバスケットには、うっすらと焦げ目のついたホットサンドが入っている。

 こく…。

 真奈美さんの頭が揺れる。

「あ、ありがと。いただきます」

ホットサンドを手に取る。耳は切り落としてあって、端を潰すようにして綴じてある。中身は分からない。ひとくち食べる。

 さくっ。

 焼いたトーストの食感。中からチーズとハム、それとオニオン。オリーブオイルと微かなガーリックの香り。美味い。二つ目は、トマトペーストと細かくしたベーコン。オーブンで軽くあぶった刻みバジル。三つ目は、塩気とオリーブオイルの香りがきいたアンチョビ。粒胡椒が絶妙の大きさで挽いてある。

「おいしかった…」

若干、惚けてしまうくらい美味かった。

「よかった…冷めちゃったから…心配だったの…」

これで熱々だったら、帝国ホテルで出していい。そういうレベルの美味さだ。

 熱が引いたときに、こんなにすぐに復活したのも臥せっている間の真奈美料理のおかげなのは間違いない。

「真奈美さん」

「…うん」

「本当にありがとうね。すごく助かったよ」

「…ううん…私…なんでも…するよ」

そんなに恩にきてくれなくてもいいのにな。

「にーくん。ここはたたみかけて、真奈美っち飯を毎日手に入れるっすよ!」

「つーか、お前、真奈美さんに料理教わるといいぞ。一応女だろ」

「真奈美っちは、無言で右手と左手でべつべつのことをしながら作るから、なにがなんだかわからないっす。その上、その間もトースターとかオーブンでなにか焼いてたりしてて、三つくらいの料理を同時に作ってるっす」

同時進行で複数のことが行われると、さすがのこいつの記憶力でも暗記できなくなるのか。

「……ざ、材料一緒のものとか、一緒に作ると無駄が少ないから…」

「卵焼きとババロアとチーズケーキが一緒にできる意味がわかんないっす」

それは、たしかに意味がわからない。一つだけでも手に負えない。

「それより、そろそろ行かないと遅刻するぞ」

三人で連れ立って、家を出る。

 

 真奈美さんの歩く速度が速くなったなと思う。

 

 五月ごろ最初に真奈美さんと登校したときのことを思い出す。俺の足なら十分ほどの距離を、二度トイレに寄って、二十分以上かけて歩いた。あのころに比べると、今の真奈美さんの足取りはしっかりしている。丸まっていた背中も、まだ猫背ではあるけれど、ずいぶんと伸びた。カバンを両手で抱きしめて歩くスタイルはそのままだけど。ここ最近一週間は、俺の付き添いなしで学校に通ったんだよな。

 なんだか、成長していく愛娘を見る親の気持ちが少し分かる気がした。

 そう思って、真奈美さんを見ると魔眼じーと目が合った。これは変わらない。そうでもないかな。若干、目が優しくなった気もする。怯えの色ばかりだった目に、他の色が混ざり合っている気がする。それがなにの色なのかはわからない。

 学校に到着する。

 真奈美さんは、上履きをカバンから取り出し、履いていたスニーカーをビニールに包んでカバンにしまう。相変わらず、全部の荷物を片時も手放さずに持ち歩く。それは同じ。

 階段を上がり、ほんの少し躊躇ってから教室のドアを開けて中に入る。机の中を覗き込んで改める。いつもの真奈美さんの手順。でも、躊躇う時間は短くなっている。椅子に座る動作もなめらかになっている。

「一週間、大丈夫だった?」

聞かないでおこうと思ったが、どうしても気になる。

「…うん…。でも…あの…」

真奈美さんの言いよどみに胸がさわぐ。

「どうしたの?な、なにかあったの?」

「…うう…ん。あの…でも、やっぱり…なお…とくんと一緒がいい…」

やっぱり一人で学校に来るのは怖かったのだろう。

「…そう。じゃ、また明日からは真奈美さんのうちに行くよ」

「…わ、わたしが…寄っても…いい?なおとくんのうちに…」

「うん。いいよ。じゃあ、そうする?」

「…ありが…とう」

 始業チャイムが鳴る。

「あ。じゃあ、またね。真奈美さん」

あわてて、自分の教室へと移動する。

 

 休み時間に三島が俺の席にやってきた。

「……」

三島がだまって、じーっとにらむ。怖いなどというものではない。

「…二宮…さ。あの…ちょっといい?」

「体育館裏ですか?」

「そこでもいいけど…屋上がいいかしら」

突き落とされるのだろうか。

 三島について屋上に行く。人の目のないところで、クラスの女子と二人きりというのは、どきどきするイベントだ。命の危険にアドレナリンやベータエンドルフィンが放出されて、心拍数も自然にあがろうというものだ。

 屋上に着くと、三島がひとつ大きなため息をついた。

「めずらしいな。三島がため息をつくなんて…」

「私だって、空気くらい読むし…落ち込むこともあるのよ。もう…いいけど…たぶん」

三島は頭をふって、自分に言い聞かせるように手をひらひらと振る。

「具合が悪かったら、すぐに病院に行ったほうがいい。インフルエンザはすぐにタミフルを飲むと大丈夫らしい。俺は飲まなかったから、大変だった」

「あんた。わざとやってるの?泣くわよ…本当に」

三島がシャープな眉根を寄せて、上目遣いでにらむ。一瞬、本当に泣き出しそうな表情に見えるが間違っちゃいけない。泣くのは俺のほうだろう。「泣かす」の間違いなのだ。

「…そんなことより、言っておきたい事があるのよ」

「なんだ?」

「二宮、市瀬さんの妹のほうになんかした?」

「俺はなにもしてないが、妹はなんか貸した」

「なんかってなによ?」

「エロゲとか…」

「…あんたねぇ…。もうすこし自覚した方がいいわよ…もったいない…そうじゃなくて」

「まさにおっしゃるとおり。美沙ちゃんとせっかく知り合いになれたのに、妹が俺の秘蔵エロゲを開示したおかげで、台無しになったんだ。もったいないなんてもんじゃないぞ」

美沙ちゃんだぞ。絶世の美少女だぞ…と、愚かな妹への怒りが再燃する。しかし、憎むべきは妹の愚かさだ。妹を憎んではならない。

「そうじゃなくて…。あの子…、二宮が休んでいる間に図書室に来て、修学旅行中に二宮がどうしていたか、根掘り葉掘り聞いてきてたわ」

「なるほど」

「心当たりがあるの?」

ある。

 エロゲの中に修学旅行イベントのあるゲームがあった。定番風呂覗きイベントのみならず、先生にばれないように押入れの中に隠れて声を出さないように我慢しながらというイベントがあるゲームだ。マウスカーソルで素敵なCGの上のさまざまな部分をクリックしたり、ドラッグしたりするシステムが組み込まれている。押入れイベントでは、あまりやりすぎると声が出すぎてバッドエンドになる。ウィンドウズ8と一緒に発売されたタッチインターフェース付きのパソコンで、ぜひもう一度プレイしたいゲームだ。俺的には画期的なシステムだが、美沙ちゃん的には頭がおかしいと思ったはずのシステムだという確信がある。

「そんなことはしてないって、ちゃんと言ってくれたか?」

「あ、当たり前でしょ!あの子といい、二宮といい、なに考えてるの?アタマおかしいわよ」

やはりそうか…。めまいがしてきた。

「いや、美沙ちゃんが変な偏見を持ってる可能性があるから…」

「もう…。だいたい、下剤入りの味噌汁飲んで脂汗流したり、宮本先生に連行されたりして、三日もあったのに修学旅行って台無しだったじゃない。いい迷惑だわ」

「なんだよそれ、俺のせいかよ!」

「どうみても、二宮のせいでしょうが!」

そのとおりだった。百パーセント俺のせいだ。

「すまなかった。美沙ちゃんは、いったいどんな誤解というか、邪推をしていたんだ?」

「私が同じ班で、だいたい一緒に居たって言ったら…なんか知らないけど『勝手なことしないでください』とか怒られたわ。意味わかんない…ってか、あの子ちょっとヤバいわよ」

「そういえばうちの妹も、『美沙っち激ヤバ』ってメールしてきたな」

「それ、当たってるわ。二宮…気をつけなさいよ。ってか…その…二宮も、もう少し自分の都合も考えて…ふ、普通の女子にも目を向けても悪くないかもしれないわよ…。手遅れになっても知らないからね…。それだけ…」

そう言うと、三島は小走りに校舎内にもどってしまう。小走りとはいえ、飛ぶような速度だ。すげー。

 

 美沙ちゃん、激ヤバなのか?

 

 美沙ちゃんといえば、俺の評価では女子力アルティメットの美少女女子高生だ。あの美沙ちゃんのどこにヤバい要素があるのか想像がつかない。

 頭をひねりながら、教室に戻る。

 

 教室に戻ると、橋本は東雲さんと楽しそうに話していて、上野は八代さんと楽しそうに話している。いつのまにかカップルが成立しかけている。まだ、告白していないけれど、なんだかんだと理由をつけて、お互いに話題を探している。そんな甘酸っぱい雰囲気が漂っている。

 正直、少しうらやましい。

 橋本も上野も、いろんな意味で収穫のあった修学旅行だったみたいだ。

 俺は武勇伝だけたくさんつくったけれど、とくに青春的な収穫はなかったような気がする。

 …ああそうか。わかった。

 たぶん、東雲さんと八代さんも、ほんのり橋本と上野を意識していたのかもしれないな。三島は、そういう機微に意外と鋭い。三島のやつ、それで修学旅行中ずっと俺をあの四人から遠ざけていたのか…。

 なるほど、修学旅行中の三島の行動の謎がとけた。

 三島のほうを見ると、読みかけの本を置いて、三島もこっちを見ていた。一瞬、目があう。三島が瞬間きまりの悪そうな顔をして、また本に目を戻した。

 そういう機微に聡い三島が言うのだ。美沙ちゃんに気をつけろというのは、少し心に留めておくことにしよう。

 

 

(つづく)


 
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